ミーレス7 ジョブ
25/6/22。
ごちゃごちゃしていた文面を読みやすく。
ところどころ、に訂正を。
書き直しました。
ミーレスが順番待ちをする背中を遠目に見ながら、オレは地味な作業を始めた。
オレは今日、少々忙しい。
待合のベンチに座って荷物を紐解く。
背負っていたリュックサックから、アリシィアさんの靴を出すのだ。
腰に巻いていたポーチからは、いくつかの道具を取り出した。
道具はひどく年季の入った風情を醸している。
それも当然で、これはオレの父親が若いころから愛用していたものなのだ。
父がオレぐらいの時、靴職人として修業をしていたころのものらしい。
オレが、父が修業を始めた年齢になったとき、贈られた。
それ以来、スマホは忘れても、このポーチだけは肌身離さず持ち歩いてきた。
オレの幼いころの父親の記憶と言えば、この道具で靴底のすり切れた靴や破けた袋を直す父の姿と、それを手伝う自分だった。
おかげで、オレもある程度のことはできる技術を身に着けている。
作れる靴の種類は革靴かブーツだけ、鞄だって袋のような形状のものしか作ったことがない。
それでも修繕はできる。
オレはアリシィアさんの靴を取り出すと、縫い目に鋏を入れてとりあえず各パーツを切り離していった。
少量の油を染みさせた布を使い、一つ一つ丁寧に磨いていく。
磨き終わったら、リュックサックに残しておいた『樫の木片』を取り出し、今朝髭剃りに使った短剣で削り始める。
靴を作るための木型を作るのだ。
素材で売るのがもったいないと考えた理由。それがこれだ。
自分でも拙いながらものづくりをする身なので、良い素材を見ると何か作りたくなるのだ。
といっても、作れるものは靴ぐらいなので武器素材を集めて何ができるってわけでもないけれど・・・。
木型は、昔から自分の靴のものを自分で作っていた。
誕生日の一月前に木型を作っておくと、父が新しい靴を誕生日までに作ってくれたものだ。
そんななので、作業はもう慣れたもの、手がほとんど勝手に動いてくれる。
木型が完成したら、各パーツのへたっている箇所に、補修のための当てものを入れたりしながら獣脂の膠と糸で縫い直していく。
「ご主人様!」
ミーレスが呼んでいる。
換金が終わったようだ。
「いま行くよ」
一声返して立ち上がった。
受付まで行くと、ミーレスが空になったリュックを渡してくれた。
ちなみに、換金したあとの貨幣は必ずしもそのまま受け取るわけではない。
貨幣そのものを袋に入れて運ぶとなると恐ろしく重い。
なので、換金後は木の葉大の書面に金額を書き込み、ギルドの印を押した証文に代えたものを受け取るのが主流だ。
みんな、空間保管庫の使いづらさには悩まされているのだろう。
現金が必要になれば、ギルドに証文を持ってきて再び換金するわけだ。
これにも手数料がかかるが、貨幣の山を背負って歩くわけにも行かないから仕方ない。
狩りは昼食をはさんで、夕暮れにまで及んだ。
少し張り切りすぎたかもしれない。
ミーレスを連れ、帝都へ行く。
これだけ遅くなると、商人ギルドの喧騒も収まっていた。
収まったというか、収めたのだろう。
暗くなってから帝都に入れるのは、元から住んでいる住人などに限定されるらしい。
オレはというと、そんなことは露知らず、昨日の夕方と同じように並ぼうとしたところを捕まった。
昨日と同じ騎士だ。
オレの顔を完全に覚えてしまったようだ。
こちらへ、と促され、またしてもミーレスと二人だけで帝都へ移動した。
二度目ということで、もう迷いはしない。
まっすぐに『レマル・ティコス』へと向かった。
店は奇妙な感じに空いていた。
夕飯には遅いが、酒盛りには早い時間なのかもしれない。
酒なんて飲んだことないのでわからないが。
「あ、ハルカさん。お帰りですか?」
目ざとくオレを見つけたアリシィアさんが、パタパタと駆け寄ってきた。
「はい。さっき切り上げたところです。今夜もここで夕食にしようと思って」
「まあ! ありがとうございます」
お辞儀をするアリシィアさんから、ふわりと柔らかな香りがした。
飲食店の店員なのでかなり抑えてはいるが、この子の場合だと距離感がときどきおかしいので、本来なら届かない匂いが、届いてしまう。
「それと・・・」
背中からおろしたリュックサックに手を突っ込んで、紙袋を取り出す。
中身はもちろんアリシィアさんから預かった靴だ。
紙袋はギルドの売店で女性職員に無理を言ってもらってきた。
結構長い時間押し問答をする羽目になったが、通りかかったリティアさんが片手で拝むようなしぐさを一つしただけで出してもらえた。
「預けてもらっていた靴です」
両手で差し出すと、アリシィアさんは不思議そうに首を傾げて受け取った。
古くて汚れていた靴を、今更紙袋で包む意味があるのだろうか? という顔だった。
だが・・・・。
「きゃぁっ!」
アリシィアさんの口から悲鳴が上がった。
予想になかった反応にオレの肩が跳ねる。
同時に厨房から水色の髪の店員――確かユトアと呼ばれていたと思う――が素晴らしい反応速度でやってきた。
手にはどこから出したのか菜切り包丁が握られている。
そして、電光石火の速さでアリシィアさんのもとに駆け寄り、彼女が目を見開いて凝視しているものに目を落とす・・・ユトアさんの目が点になった。
アリシィアさんが両手で持つそれは、ギルド印の入った紙袋から覗くそれは、少し小奇麗になってはいるが中古の靴でしかなかったからだ。
少なくとも悲鳴を上げるような代物ではない。
「は、ハルカさん? これ・・・?」
「はい、アリシィアさんのですよ?」
視線を戻して、問い掛けてくるのに頷いてオレは疑問に答える。
「一度ばらして、洗浄して、組み立て直してみました。履いてみてもらえますか? ちゃんとできてるか確認したいので、なにしろ靴の修理なんて久しぶりだから」
後頭部に手を回して、頭を掻きながら言う。
久しぶりというのはウソ。
正しくは、自分と翔平以外の靴を直すのが初めて、だ。
もう一度目を見開いて、アリシィアさんは靴を床に下ろし履き替えてみている。
きつかったりしないといいが――。
緩いなら下敷きを入れて調整も可能だが、きついのはやり直さないとどうにもならない。
「ぅわぁ・・・」
感嘆の、と言うべきだろう、吐息が小さな唇を震わせる。
爪先立ちをしてみたり、足踏みしたり、床を爪先で蹴ったりして感触を確かめるたびにアリシィアさんの顔が綻んでいく。
「ぴったりです! すごく動きやすいですし、なんか軽くなったみたい」
その場でくるりっと回って見せすらしてアリシィアさんが笑みを浮かべた。
スカートの裾がふわりと舞って、オレは自分の頬がほんのりと血色をよくするのがわかった。
「なるほど。足を触っていたのは、サイズを確認するためでしたか」
包丁を、これまたどこに隠したのか、一所作で消して見せたユトアさんが落ち着いた口調で呟く。
ミンクを窘めてはいたが、女性の靴を預かりたいとか足を触りたいとかいうオレに、不審の目を向けていたのは彼女も同じだったらしい。
誤解を解いた顔がわずかに緩む。
アリシィアさんの喜びようが微笑ましい、そんな顔だ。
「あ、ありがとうございますっ! ハルカさんっ!」
頬を上気させたアリシィアさんが、オレの手を取って微笑んでくれた。
キラキラの瞳に真っ直ぐ見つめられて、オレは思わず仰け反ってしまう。
アリシィアさんの可愛さはズル過ぎるよ!
「ニャんと! そんなにいいのかニャ? 坊主、ミャーたちの靴も直すのニャ!!」
「ミンク。そういうのをなんというか知っているか? 厚かましいというのだぞ」
いつものごとく、ほとんど脊髄反射で反応してくる猫人を、ユトアさんが窘めている。
もちろん、その声はオレの耳にも届いていて、オレを振り向かせた。
「別にいいですよ?」
さらりと言って了承する、が・・・。
「一足につき・・・500ダラダいただきますけど」
「ニャ! 金をとる気かにゃ!?」
「父が言ってました。『職人が技術を安売りするのは、同じ職人に対する冒涜だ。だから、技術を提供するならそれに見合う報酬は必ずもらえ』、とね」
「あ、アリシィアはどうなのニャ!?」
「アリシィアさんの靴は依頼されたのではなく、オレの勝手な贈り物ですからもちろん無料です。でも・・・」
ミンクが同じ技術を望むのなら、それは依頼ということになる。
依頼なら、金はもらう。
オレの答えは簡潔にして正論のはずだ。
「はははははっ!! なかなかできた親父さんに教えられたニャアだね。まったくもってその通りニィよ。技術の安売りはいけニャアよ」
艶やかなのに豪快な声とともに、厨房から女将さんが出てきた。
途端に店内へミントの香りが吹き抜ける。
「ニャアて、ぼうや。まさか、人の店で雑談だけして帰ったりはしニャアだろうね?」
ギラリ、と女将さんの目が光を放つ。
「わかっています」
もともとそのつもりだったのだ。
ミーレスと一緒にテーブルについた。
注文する料理は決めてあるので、座るのと同時にオーダーを告げて一息入れる。
注文は、メニューを端から順に二品ずつと決めているのだ。
どれも食べたことのない料理だから、一つずつ網羅する所存なのである。
それはさておき。
「あのさ、もし知ってたら教えてほしいんだけど」
一日考えてみたものの、答えが見つからなかった疑問がある。
「わたしに答えられるようなことでしたら、何なりとお聞きください」
スリーサイズを・・・という冗談としても本気としても最悪な言葉を飲み込んで、気を取り直す。
まじめな疑問を解決してもらおうというのに、ふざけるわけにはいかない。
「照魔鏡に出る職業、ジョブ? って言った方がいいのかな。あれの戦士と騎士の違いが分からないんだ。そもそもあのジョブってなにで決まるの?」
オレのジョブが冒険者なのは、未定だったところに冒険者ギルドに登録したからだ。
他の人たちはどうなのだろうか?
「ジョブですか。基本的には適正で決まります。あとは、本人の意志です」
いや、それはそうだろうけど。
ものすごく一般論的なことを言われてちょっと困惑した。
そんなことは聞くまでもないだろう、と。
「そう、ですね。基本として生まれたばかりのときには、例外もありますが、たいていの人は未定です」
「例外?」
未定で生まれるというのは、すごく当然の気もするが、その前に例外というのが気にかかった。
「魔法使いや魔導士のように、魔力を操ることに長けた者がつく職業は生まれつきです。神の血を引き継ぐ家系の中でも特に神の血が濃い者だけがつける職業になります」
神様と同じ場所で暮らしていたような世界だと、そういうことが起きるのか。
「なるほどな」
「例外以外の場合は生まれたあとの行動がものを言います。教会での奉仕に力を入れれば司祭。神学を学べば神官。神の尖兵として己を鍛えれば修道士という具合です。戦士と騎士の違いは・・・とにかく何かと戦うために己を鍛えた結果が戦士、貴族階級の剣となるべく鍛えたうえで貴族に認められたものが騎士となります」
「ジョブとしての騎士になるためには、貴族に認められる必要があるのか」
「そうです。騎士団にいる騎士のほとんどは、ジョブとしての騎士となることを目標にしながら貴族の下で働いている戦士、となります」
だから、あの女騎士? も騎士身分でありながら戦士だったわけだ。
「レベルがある程度の水準に達すると転職ってわけではないんだね」
ゲームの世界ではたいていそうなっている。
「レベルはあまりあてになりません」
「・・・そうなの?」
「レベルの上がり方は人それぞれです。同じLv10でも中身はまるっきり違うのでLvの数値は基準になりえないのです」
前衛を務め剣術が得意な戦士も、そのサポートをしつつ荷物持ちをし続けた力自慢の戦士も、ともに戦っていればLv10にはなる。
さて、この場合のLv10は同一のステータスたりえるだろうか?
なりえない。
同じように剣を鍛えてきたLv10の戦士同士、かたや身長180センチムキムキのゴリマッチョ、かたや身長160の女戦士。
同ステータスか?
そんなはずはない。
少なくとも長所は違うものになるだろう。
戦い方も。
レベルが同じなら同じ能力になるなんて話は、架空世界にしかない。
ゲーム世界ならともかく、リアルではありえないのは当然か。
学校の学年が同じだからと言って、同じ成績になるわけではない。
それに、同じ成績だとしたって同じことができるわけでもない。
たとえば、英語のテストでともに満点の二人、そのうちの一人が英語でのスピーチコンテストに出場できるとして、もう一人も当然に出られるかと言えばそうはならない。
いや、出ることはできるかもしれないが、同等の活躍ができるわけではない。
定型句の読書きは優秀でも、そこに『人前で』『自分の考えを』『話す』。という項目が加わると途端になにもできなくなる性格かもしれないのだ。
統一されたキャラクターではない『個人』の、それが特性だ。
「その本人が必死に、夢中で積み上げた結果として掴み取った称号。それがジョブという形で現れます。ですから、商人というジョブの剣士とか、騎士というジョブの司祭という者もいることになるわけです。レベルの数値は、それに対してどれだけ努力を積み重ねたかを表すもので、実力を示すものではありません」
「なるほどな。ありがとう、すごくよくわかったよ」
いや、ほんと、よくわかった。
現実は、数値通りにはいかない。
たとえ、異世界であっても。
「お待たせいたしましたぁ!」
しみじみと感慨にふけっていると、アリシィアさんが料理を運んできた。
実にうまそうだ。
「食べようか。半分ずつな」
オレとミーレスで別の料理を頼んである。
半分ずつ食べて、互いの料理を入れ替えれば一度の食事で二品食べられる。
「ご主人様の食べ残しをいただくのならわかりますけど、私が口を付けたものをご主人様に食べさせるのは・・・」
「そのご主人様がそうしたいって言ってるんだから、問題なし」
夜のベッドではなかなか勇気が出ないが、このくらいなら踏み込んで行ける。
従姉がまだ小さかった時、ダイエットしてるから、と一口だけ食べた皿をオレのほうに押し付けてきたことがある。
当時は恥ずかしいとも思わず、たくさん食べられると喜んで食べていた。
その経験があるせいか、食べ物をシェアすることには相手が女の子でも抵抗感がない。
むしろ、男友達相手の方がダメかもしれない。
もっとも、オレの男友達というと翔平だけであるわけだが。
「いただきます」