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異世界で家を買いました  作者: 葉月奈津・男
『恵』編
57/404

リリム 9 はな

25/6/25。

ごちゃごちゃしていた文面を読みやすく。

ところどころ、に訂正を。

書き直しました。

 

 ハルカが行ってしまい、残されたミーレスたちは与えられた任務を果たそうとしていた。

 ただ、これは控えめにいって無茶振りだった。


「・・・・・・」

 ひきつっていると思わせない程度の微笑を浮かべて、ミーレスは棒立ちだ。

 額には冷や汗が浮いている。

 困惑の極みにあるのだ。


 ミーレスは剣を持たせれば、この場の誰よりも強い。

 なんだったら、全員斬って捨てることもできる。


 しかし、剣を持たないときのミーレスは世情に疎い硬い女だ。

 世の女性たちのように、男性と話の花を咲かせて談笑の渦を生み出すなんてことはできない。

 黙ってそこにいれば、華やかな美貌で男を惹きつけることはできるがそれだけ。

 話が続かない。


 剣術や戦いについてなら、いくらでも話せるが男女間でするような浮ついた話となるとネタなんてない。

 当然だ。


 少し前は奴隷としてメイドの仕事、その前は奴隷商で奴隷としての教育を受けていた。

 今は迷宮で戦うか、家事をする毎日。


 妙齢女性の好む趣味を嗜む時間などない。

 ネタがないのでは、こちらから話を振ることなどできない。

 相手の話に相槌を打つので手一杯である。


 それすらも、実を言えば話の半分は内容を理解できていないのだ。

 何とかしなければ!

 使命感に焦りを覚えながら、汗を流すのだった。



 同じように困惑していたのはアルターリアだ。

 こちらもまた、かつての『高貴な家』に生まれたエルフ。


 人間の庶民との共通の話題というものを、見つけられずにいる。

 困惑もしようというものだ。


 魔法関連の話なら、いくらでもできるのに。

 そう思うが、魔法に興味を持つ庶民なんていない。

 魔法使いや魔導士は生まれつきだ。


 庶民として生まれ、庶民として暮らしている者には何ら興味の持てない話題となる。

 他に何かあっただろうか?


 考えてみるが、何一つ思いつかなかった。

 女としての存在感に乏しいことを痛感させられる。


 見た目はいいので男性を寄せ付けはするが、話がまったく弾まない。

 すぐに沈黙が下りてくる。


 これでは、情報収集などやりようがない。

 会話を繋げることすらできていないのだ。


 こんなんでよくも「結婚にあこがれていた」とか言えたものだと、我ながら呆れかえる。

 何かしないといけませんのにっ!

 責任感に苛まれながら、とりあえず微笑むアルターリアだった。



「オラ、村では一番強かっただよ。冒険者になって稼ぐだ!」

 ミーレスが汗する横に位置取りをして、男性と会話をするのはシャラーラだ。


 もとより、男性に興味津々だった彼女のこと。

 男相手に会話をするのが楽しくてしょうがないのだ。


 話を始めるのに躊躇いなんてない。

 大胆に前へと出られるのだ。


 とりあえず、どうとでも取れる爆弾を放り込んで、とっかかりを作る。

 幸いなことに、ミーレスの美貌に吸い寄せられた男どもの興味を引くことは簡単にできる。

 できている。


 あとは、意味なんてなくていい。

 何となく盛り上がっているような雰囲気にしてしまえばいいのだ。


『村では』、に反応した男は、エレフセリアの案内を買って出て、女の子が興味を持ちそうな店や場所を伝えてくる。


『一番強かった』では体がでかいだけのもっさりとした男が腕相撲を申し出てきて、テーブルごとひっくり返された。周囲で笑いが広がったので大成功である。


『冒険者』ならば、非番で参加していた騎士が手合わせを申し入れてきた。さすがにパーティー会場では無理なので断るわけだが、ならばとエレフセリアの町にある稽古場や武芸を教える道場のいくつかを教えてくれた。


『稼ぐ』であれば、商家の息子たちだ。自分のところの店で働かないかと、誘いをかけてくる。おかげで、エレフセリアにある中堅どころ以下の商家の規模と取扱品目を知ることができた。


 情報と言えるほどの情報かといえば微妙だし、役に立つかどうかもわからない。

 それでも、沈黙だけは回避できた。

 雰囲気はよくなっている。

 話しが続く。


 これが他の一般女性であれば、言い寄ってくる男たちの中から好みの男を選んで、何とか二人きりになろうとしたりするところだろう。

 少なくとも、相手の意識が自分に向くように仕向けようと必死になるはずだ。


 しかし、シャラーラはそうならない。

 彼女はもうハルカ一筋だ。

 初めてを捧げた相手であるし、自分に合わせて相手をしてくれる。

 激しいのが欲しければ、力強く、

 思い切り甘えたいときは、じっくりと深く。

 シャラーラの求めに応じて、それ以上のものを返してきてくれる。


 彼女はもう、ハルカがそばにいれば他はどうでもいいのだ。

 他の男に食指を伸ばそうなんて思いもよらないことだった。

 会話を続けつつ、誰か一人とだけ話しているような状況は作らないでいられる。


 誰ともくっつく気なんてないからだ。

 恋の鞘当てとは無縁である。

 会話が続く、それが理由だ。


 雰囲気的には盛り上がっているように見えるので、他の女性も寄ってくる。

 ミーレスやシャラーラ目当ての男でも、自分に見向きもしない女よりはいいと他の女に目移りすることはあるものだ。

 そんな男を横から引っさらうべく、入ってくる。


 ミーレスもシャラーラも男に用があるわけではないから、そんな動きは無視だ。

 牽制なんてしない。

 軋轢が産まれようもない。


 自分を売り込みたい女性もしっかりと利用して、場を盛り上げるだけのことだ。

 それで男が一人いなくなったとしても、代わりはいくらでもいる。

 他の女性の興味を引かなかった男でも、そこに良さを見つける女性はいるものだから女性もまた代わりが来る。


 あとはひたすら、自分たちが輪の中心になるようにするだけ。

 スムーズに会話が続いていく。

 情報が勝手に集まってくる。


 会話に加わらないミーレスが、それを一心に記憶していればいい。



 同じく、リリムも会話を始めることに苦はなかった。


「こんな場所に来たの初めてで、どうしたらいいかわかんないです」

 可愛く微笑んで、そう言うだけでいい。


 ハルカを相手に磨き上げた、自分の『かわいい』を引き出すための仕草と表情を最大限駆使していれば、周囲に人が集まってくる。

 美人というよりかわいい系。

 まだまだ幼さを残す顔と身体。

 男たちも必死に口説こうとはしづらい相手である。


 お見合いパーティーに出席はしつつも、別に結婚を急いでいるわけではない者からしたら、安心して話しかけることのできるキャラなのだ。

 男女どちらにとっても。


 だから、無理に爆弾を投げる必要もない。

 笑顔で立つだけで、周囲には輪ができた。

 恋だの愛だのを語ろうという気構えはいらない。

 普通に雑談の花が咲く。


 あとは、その輪にアルターリアを巻き込めばいい。

 情報の取捨選択と記憶はアルターリアに丸投げだ。


 リリムはただひたすら、愛想よくして会話を円滑にするだけ。

 会話の輪が広がっていく。


「かわいらしいわね。うらやましいわ」

 少し年上の女性が話しかけてくれた。


「お姉さんはきれいです。私もそうなりたいです」

「うふふ。ありがと。いいところがあるのよ。最近帝都にできた店なんだけど・・・」

 無難に返すと、うれしそうに店を紹介してくれる。


「その店なら知ってる。近くに『』ってレストランがあるだろ? 俺常連なんだぜ。今度一緒に行かないか? 二人きりで」

「あら、私ってば口説かれてるのかしら?」

 さらりと、声をかけるタイミングを計っていたらしい男に持っていかれてしまったが、店の場所とかは聞きだしたあとだから問題ない。


「次です」

 リリムの目が、いまだ相手を見つけかねている男女を選び出す。


 ハルカが命じた情報収集任務は、こうして成果を上げていくのだった。


 めんどくさい 5/17


 会場に戻るとミーレスとシャラーラ、アルターリアとリリムの二組が、それぞれに人の輪を作って聞き役に徹していた。

 自分のことはほとんどしゃべらずに相手の話したそうなことに水を向けて、気持ちよくしゃべらせるあれだ。

 オレには到底まねできないので、違う輪の一つに狙いを定めて、話が聞こえる距離で目立たないように立って会話に耳を傾けた。



 どこかの商家のお坊ちゃんがとある豪農の二女を捨てて三女に手を出したとかいう話で盛り上がっていた。

 暇なときに聞くにはちょうどいい話だが、情報収集には役に立ちそうもない。

 別の輪に移ろうかな、とか考えていると初老の紳士が近づいてきた。


「ご都合がよろしければおいでいただきたいと、伯爵様が」

 おっと。

 呼び出しが来た。

 一応こちらの都合を気に掛けてくれているあたり、貴族だが、貴族様ではないようだ。


「いいですよ」

 格好付けに持っていたワイングラスを手近なテーブルに置いて、紳士に導かれて会場を出る。


 階段を上っていった先、三階に領主がいた。

 クレミーとシェリィ、それにマローネもいる。

 四人とも立ったままだ。


「来てくれたか」

 ほっとした顔の伯爵が、オレに向けて右手を出した。

 この世界にも握手はあるらしい。


 拒否する理由もないので受けておく。

 魔導士だからかやわらかくて暖かい手だ。


「まずは、詫びさせてくれ。騒ぎに巻き込んでしまったことへの詫びをな」

 巻き込まれたのは主にメティスなのだが・・・。

 そんな風に考えていると、伯爵はオレにしか聞こえない声で言葉を続けた。


「メティスの件。先日耳にした。もっと早くに相談してくておれば、という思いもあるが、私も公職に身を置く身。普段、いくら身内と言っていたにしても立場がある以上は救いの手を出せなかっただろう」

 家が本人ともども売りに出たのだ。

 しかも、街の不動産は騎士団が管轄している。

 領主のもとにも報告は来るわけか。


 オレが買ったとの報告を受け・・・ああ!

 なるほどね。オレが『異世界人』というのも耳に入ったのだ。

 それで、先刻の目を向けることになったわけか。


「詫びる気持ちを金銭にするのは失礼かとも思ったが、他に良い案もないのでな。10万ダラダを受け取ってほしい」

 そう言って、布袋を渡してくる。

 金貨十枚にしては・・・重っ?!


「それに感謝だ。先ほどの男、素行は悪いがれっきとしたさる貴族の次男でな。あのまま死ぬか一生残る障害でも負わせていれば、我が家もどうなるかわからんところだった。それが、向こうの無礼との相殺で済んだ。正直救われたよ。30万ダラダを受け取ってくれ。その袋には詫びと合わせて40万ダラダが入っておる」

 合わせての額が入っていたから、重たかったのか。


 金銭で済ますのは・・・名誉や権利での褒章をしようとすれば、オレの素性も公表せざるを得なくなるからだ。

 どこの馬の骨なんだ? となって人の注目が集まるのはオレも困る。

 話の分かる人のようだ。


「私からは以上だ」

 気が済んだ、とばかりにすっきりとした顔で伯爵が言い終え、なぜか娘たちのほうに視線を投げた。


「ク、クレミー?」

 シェリィが、小声で名前を呼びつつ、背中を押している。

 それに合わせて、なにかすごくいやいやクレミーが前に出た。


 ギューッと、ドレスの裾を握りしめ、涙を浮かべた目でオレを睨み付けてくる。

 頬を膨らませているのは、拗ねているせいか?


「わ、わたしの、不始末で迷惑をかけたわ! 悪かったわね! 許してちょうだい!」

 ふんぞり返って言ってきた。

 本人は謝罪しているつもりらしいが・・・。


 頭すら下げていない。

 全然謝罪している態度じゃない。

 それどころか、ケンカを売られているのかと疑うレベルだ。

 シェリィが、ダメだこれはと頭を抱えている。


「・・・・・・」

 おいおい。

 別に女の子に土下座させようと思うほど鬼畜ではないが、さすがにこれを謝罪と認めるわけにはいかないぞ。


「・・・・・・」

 黙っていると、ふんぞり返っていたのを戻したクレミーが今度はうつむいて上目になって見つめてきた。

 泣いているせいか、白磁器のように白い肌がピンクに染まっていて、状況が違えば、かなり可愛くていじらしいって思ったかもしれない。

 しかし、謝罪もまともにできなくて、それなのに恨みがましく口をへの字に曲げているのには、かなりの減点を科さねばなるまい。


「・・・ダメ、なの?」

 涙声になって聞いてくるが、視界の隅に映った父親がかわいそうな子を見る目で見ているのを見るにつけ、ここで甘い顔はできないと思う。

 っていうか、親父! そんな目で見る前に何とか教育しろよ!


「あ、あの、あのさ! ボクたちで何か手伝えることない? 謝罪代わりに働くよ!」

 横で聞いていたマローネが、口を挟んできた。


 シェリィが驚いた顔を向け、クレミーは「あっ」という顔をしたあと、すごく落ち込んだ顔でうつむいた。

 自分が謝罪をちゃんとできなかったせいで、仲間に迷惑をかけているということは実感できるようだ。

 シェリィと伯爵の顔には感謝がある。

 そして、二人がなにかを期待する顔を向けてくる。


「・・・あー。わかった」

 なぜかオレが責められているような気分になってきたので、もうさっさと終わらせることにした。


「じゃあ、五日間。うちで家事手伝いでもしてもらうってことでどうだ?」

 三日では短いし、七日では長い。

 こんなところだろう。


 最近では朝食の支度はメティスとリリムがしてくれるので、楽になってはいる。

 自分たちで食事の支度をすべてしていたころと比べると、地味だが大きな差だ。


 だが、家事のすべてをこなすのは実際問題難しくなってきている。

 前提として、そもそも家事をする人数に比して家が広すぎるのだ。

 部屋数こそ少ないがその広さは貴族のお屋敷なみだし、菜園もある。


 迷宮に行く合間、一時間あるかどうかの時間で掃除洗濯、食事の支度までやるのは家電がほぼやってくれる現代日本でだって不可能な話だ。

 洗濯は手洗い、掃除は基本拭き掃除、お湯ひとつ沸かすだけでも火を起こすところからしないといけない世界では。

 それに、まぁなんだ。

 何かの罰とか謝罪といえば、古今東西掃除と相場は決まっている。


「治療院の病室貸すから、そこで寝泊まりしながら主に掃除をしてもらう。家と治療院を床下から天井までな。それならどうだ」

「・・・りょ、領主の娘をメイドとして働かせようってわけね?」

 本格的に泣きそうになっていたクレミーが、なにやらスッキリした顔で口を開いた。

 下働きをする屈辱を受け入れてあげた、ということで謝罪の義務を果たしたと言い張れる根拠を得たつもりなのかもしれない。

 ともかく、この提案を受けてくれるなら、オレとしてはあとのことをメティスに丸投げできるから大助かりだ。


「いいじゃない。それをもっと早く言いなさいよ」

 まったく、気が利かないんだから。などと不満そうにのたまう。

 いいんだけど・・・謝罪すべき恩人に対してする態度じゃないよな。

 なんにしても五日間とも言ったし、今日これからというのも何なので、実行は明日の朝からで家に来るのは夕方ということで話が付いた。


「なんだかなぁ」

 人を振り回すのもいい加減にしてほしい。



 会場に戻ると、さすがに人数が減っていた。

 気に入った相手の見つかった者たちは自分たちで二次会に行ったのだろうし、そうでない者たちはそこそこ食べて飲んだので元は取ったと帰宅したのだ。

 ミーレスたちと合流して、再び家路につく。


 今日何度目だ?

 家に帰ると、メティスが治療院の玄関先でうろうろしていた。

 見た目には、先日ようやく移植場所を決めて、植えたばかりのバラの生育状態を確認しているようにも見えるが。違う。


 あれは人を待っているのだ。

 たぶん、オレを。

 ミーレスたちには先に家に行ってもらって、オレだけでそちらに回った。


「どうした?」

 絶対気付いているはずの背中に声をかける。

 ゆっくりと、本当にゆっくりとメティスは振り向いた。


 顔の白磁気のように白い肌に、うっすらと赤味が差している。

 泣いていたか、泣く寸前というところだろうか。

 目も潤んでいるし。


「・・・ごめんなさい」

 深々と頭を下げる。

 土下座しそうな勢いで。

 しかも、そのまま頭を上げずに下げ続けている。


「なんのこと?」

 そっと肩を押して、顔を上げさせてから聞いた。


「私、奴隷なのに。気を遣わせてばかりだわ。妹には嘘ばかりついているし」

 奴隷としても、姉としてもちゃんとやれていないことに自己嫌悪が募っているようだ。

 いい傾向だ。


 オレの黒い部分がほくそ笑むが、基本オレはフェミニストだ。

 こんな態度でこんなことを言われると胸が痛む。

 痛むと同時に、体の奥が疼いた。


 オレって、ひょっとしてM? S? 両方か?

 自己嫌悪に沈むメティスを見て高揚するということはSなのだろうし、胸が痛んで疼くということはMでもあるのだろう。


「全然フォローにならないと思うけど、駄目なメティスってかわいいと思うよ。オレは好きだな。しっかりしてる時のメティスも綺麗で好きだけど」

 元々細いのに、落ち込んだせいでさらに小さくなっている肩を抱く。

 甘い香りが鼻腔をくすぐった。


「奴隷らしくなくても? ・・・いいの?」

「オレ・・・ミーレスたちのことも奴隷として扱ったことはないつもりだよ。あー、まぁ、本人たちの意思を気遣ったりはしてないかもだけど。通常の女性にするほどはって意味で。風呂に入れるのとかベッドの上でのこととか・・・ね」

 性奴隷なんだから求めて当然、求められたら受けて当然、という扱いはしている。

 でも、本気で拒まれた時には我慢するだろう。

 ちゃんと我慢したときもある。


「・・・そう、ね」

 毎晩毎晩夜の営みを聞かされているのだ。

 無体なことをしていないというのはわかってくれているだろう。

 ミーレスもシャラーラも、性奴隷と明記のなかったアルターリアにしても、オレに対して拒むとかそういう意思を見せたことはない。


 ミーレスは自分からも求めるような感じだし、シャラーラもそうだ。

 リリムはあーだし。アルターリアは・・・やっぱり嫌ではなく、ただし好きなわけでもない、というところだろう。


「ごめんなさいね。めんどくさい女よね・・・私」

 自覚していながら、それを是正するところまでは踏み切れない。

 葛藤している美女の愁いを帯びた顔。


 うん。

 癖になっちゃったな。

 ずっと困らせていたくなる。

 そっと体を起こすのに合わせて、抱いていた肩を離した。


「あー・・・その分。えと、そのときが来たら、激しいかもしれないんで覚悟はしといた方がいい。据え膳があるのにお預け状態だからな」

 軽い口調で、冗談めかして言ってみる。

 メティスは頬を赤らめ、困ったように眉を動かして、唇を「バカ」と動かした。

 でも、声に出しては・・・。


「その・・・つもり。私だって、いつまでもぐちぐちいうつもりはないわ」

 なにかを吹っ切るような口調で、そう宣言した。


「・・・さて、そんなメティスに一つ頼みがあるんだが、聞いてくれるかな?」

「頼み・・・?」

 オレは、クレミーとシェリィのことを話した。

 たぶん、マローネも含めて三人で診療所に来るだろうから、病室を貸してやってくれるように、と。


「で、明日の朝からはこき使ってやってくれ。このさいだ。床下から天井裏まで綺麗に掃除させればいい。それこそ、隅々までな」

「・・・めんどくさいのは私だけではないってことね・・・?」

 小さく微笑んで、メティスは受け入れてくれた。



 もう夕方まで間がないので、迷宮に行くのはやめにして手に入れてきた苗を植えることにした。


「では、まずトウモロコシを植えよう」

 苗を魔力ボールから出したところで、ミーレス、シャラーラ、アルターリアに声をかけた。

 三人ともすでに、菜園での作業着に着替えている。

 というより、オレがいないあいだ雑草を引っこ抜いていた。


「なにか、特別な植え方をするのでしょうか?」

 アルターリアが聞いてきた。


「そうだな」

 トウモロコシの植え方。

 実はうちの畑ではあまり植えることのない作物なので、どう植えるべきか多少迷うのだが、家庭菜園の本とかでは読んでいる。


 営利目的の畑であれば、トウモロコシ、エダマメ、トウモロコシ、エダマメ・・・という間作がいいらしいが、うちの菜園には合わない。

 家庭菜園でだとオーソドックスなのは、トウモロコシの畝の両脇にエダマメないしラッカセイというのがいいということだったはずだ。

 厩肥力の高いトウモロコシと、チッソを固定するマメ科は相性がいいのだそうな。


 だが、今回はそのどちらも使わない方法でやろうと思う。

 ただし、基本には忠実に。


「トウモロコシは南北方向の畝に二列で植える」

 二列で植えることで、受粉がうまくいくようにするのだ。


 三列でダメな理由は、中央の列に日が当たらなくなるので育ちが悪くなるからだ。

 やはり、二列がいいらしい。


 トウモロコシは背が高くなるので、ナスやトマトのように光を好む野菜が陰にならないようにする必要もある。

 なので、畝を作ってはあっても植える苗がなくて放置していた中央部の空き畝に植えることにする。

 先日植えたナスやトマトから少し離れるので、日陰の心配がない。

 畝は幅90センチ、高さ15センチ。


「トウモロコシは株間30センチ、条間60センチで2列に植える。ここにスイカも植えるぞ」

「スイカも、ですか?」

「そうだ。トウモロコシの列のあいだに1メートル間隔でな」

 スイカというのは野菜の中でも日照を必要とする上位に入るが、このくらい空けてあれば、十分育つ。

 うちの畑なんて夏の盛りには見た目が草の海になってしまうのだが、ちゃんと実をつけてくれるのでお盆のお供えに重宝したものだ。


 あれに比べれば、トウモロコシの壁なんてどうということはない。

 一つの畝で二種類植えられるから楽でいいし。


 しかも菜園の有効活用にもなる。

 広い農地を最大限に使っての野菜作り。

 これは夏になったら野菜は自給自足できてしまうかも。


 ミーレスとシャラーラがさっそくトウモロコシを植え始めたので、アルターリアはスイカを長ネギと一緒に植え始めた。

 オレはと言えば、エダマメの苗を先日は空きを作っていたピーマンやトマトのところに植え付けた。


 これで、若干寂しかった畝もよくなるだろう。

 それが終わると今度はエンバクだ。


 エンバクはスイカがつるを伸ばし始めたら、そのつるを誘導することになる畝の外に対して植え付ける。

 もうだいぶ暖かくなってきているから、今から植えると穂を付けずに地面を這うはずだ。

 スイカはエンバクにひげづるを巻きつけながら育っていくことになる。


 そうすると、朝にはエンバクが葉の先から水滴を出してくれる。

 この水分が、スイカの大敵である病気――葉にうどん粉をはたいたような白いカビができる「乾燥大好きうどん粉病」――の胞子につくと、胞子を破裂させてくれて病気予防になる。


 エンバク(燕麦)もちゃんと穂がつくように育てれば、麦として収穫してオートミールにできるのだが・・・オレはオートミール好きではないので惜しくはない。


 燕麦。カラス麦の栽培種であることから「真」がついて別名マカラスムギ。

 北欧の一部地域では主食にされている麦なので惜しいと思わなくはないがパンとかになる小麦と比較すれば、ムリして食べたいものでもない。

 スイカを病気から守ってくれれば、それだけで十分だ。


 マリーゴールドのほうは、根を侵すセンチュウ対策&害虫を減らす効果を狙って畑の周りを縁取るように植えておく。

 数が全然足りないから効果はないかもしれないが、ないよりはよかろう。



 時間が余ったので、ついでに先日の服屋に行って靴の見本を渡してきた。

 どうせばらすだろうからと、縫製は留めただけの状態なので一晩で作れたのだ。


 いくつかのコツも教えたからちゃんと作れるだろう。

 ふと思いついて、靴の原料となる『皮』が手に入ったら、ここで買ってもらえる約束も取り付けた。

 マティさんの影響力のおかげなのか、ギルドより少し高めに買ってもらえることになった。


 あ、いや。

 通常は、その冒険者ギルドから買い取ることになるので、店からすれば安いのか。

 ウィンウィンだな。



 結局、クレミーたちが来たのはその日の夕方。

 ギリギリ日が残っている時間帯だった。夕食も済ませたうえで、治療院には寝るだけに来たという感じだ。

 オレは、ミーレスたちと風呂に入っていたから、対応はしていない。

 クレミーとしても、その方がいいだろう。



 夜。

 メティスはオレがシャラーラと一回戦の最中に寝室に上がってきた。


 寝室のこちら側には、青白い光を放つライトスタンドと三股の燭台に蝋燭が揺らめいているが、向こうは明かりがない。

 だから、暗くてどんな顔をしているのかはわからない。


 ただ、しばらくは横にならず、ベッドに腰かけていたのはおぼろげに見えていた。

 本当に覚悟を決めつつあるようだ。

 猶予期間が残り9日となった日の夜のことである。


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