リリム 3 剣と剣(とある騎士見習いたち)
25/6/25。
ごちゃごちゃしていた文面を読みやすく。
ところどころ、に訂正を。
書き直しました。
『実地研修を命ず』
まだ学生の身でありながら、辞令が下りた。
貴族の下、領地管理に当たるジョブ(称号)ではなく職業としての『騎士』を育てる学校ならではということだろう。
法律や経済、歴史などの座学を修め、実戦形式での戦闘術をも身に付けたと認められてのことだ。
学校内で学ぶべきことは、もう多くはない。
だから、「外で見識を広げよ」と言われているのだ。
「って言われてもなぁ」
辞令片手に、宙を仰いだ。
困ってしまう。
この辞令には『実地』とあるが、ようは『貴族』が抱える『騎士団』に体験入隊させてもらい、そこでしごかれて――意訳:こき使われて――こいということなのだ。
そして、その体験入隊させてもらえる騎士団は自分で選べ――つまり、自分で探せ――なのだ。
親族や友人の伝手を使うのでもいい、金を積むのでもいい、門の前で倒れるまで座り込むのでもいい。
自分の裁量で、貴族に雇ってもらわなくてはならない。
これがなかなかに大変なのだ。
相手は貴族、一筋縄ではいかないのである。
「うーん」
「あ、辞令、下りたんだ、ね?」
思わず唸っていると、同室の茶髪が入ってきた。
学校は全寮制。
個室なんてなく、二人一部屋なのだ。
「なんとかね、だけど潜り込む先に困ってたとこ」
どこの貴族に拾ってもらうかで、運命が決まると言っていい。
困りもする。
積む金なんてないから、金好きは無理。
世の中には、女の体を使って入隊。
その後騎士ではなく愛人になったなんて生徒もいるらしいが、それは論外だ。
どこかの貴族の家の前で、倒れるまで座り込むか。
そんな覚悟を決めようというところだった。
「あはは。悩めるだけまし、かもよ?」
珍しく力のない笑いをひらめかせて、茶髪が言う。
らしくない。
いつもは、「意味もなく元気」がモットーの子なのだ。
「どういうこと?」
「んと。辞令下りなかった」
「はい?」
学校のカリキュラムは全生徒一律だ。
何人かだけ選抜なんてことはない。
「って、まさか!」
たった一つの例外が頭をよぎった。
「うん。退学を勧められた。仕方ないけど、ね?」
あちゃー、頭を抱えてしまう。
確かに、この子は物覚えが悪い。
剣の振り方にしたって、朝教えられた技を夕方には忘れていたりする。
座学はさらにひどい。
赤点間際をときどき下回りながらなんとか泳いでいる。
そんな子だった。
誰に似たのか世話好きらしい自分が同室でなかったなら、とっくの昔に落第していただろう。
それでも、ここまでは何とかやってこれていたのに。
最後の最後で、ダメ出しされたのだ。
「家、帰れないし。どっかで冒険者になろうかな?」
ぼすん、とベッドに座り込んで、そんなことを呟いている。
騎士になるための学校。
授業料は結構高い。
貴族のところで働く人材なので、家の裕福度を測ると同時に身上調査も兼ねているからだ。
犯罪者に身を持ち崩しかねない家庭の出身では困るのである。
そんな金を出してもらっていながら、落第した。
面目なくて帰れないというのはよくわかる。
自分がそんなことになったら、どうするかと考えると空恐ろしい。
「あー・・・わかった。一緒に来なさい!」
「え?」
「あまり気は進まなかったんだけど、知り合いの貴族のとこにねじ込んでみるから!」
実を言えば、知り合いの貴族がいる。
ただ、親の伝手を借りることになるし、恩義すらある相手のとこに押し掛ける形になるから躊躇いがあって、避けようとしていた。
自分のためだけならば、頼らないで済ませようとしただろう。
一人前になってから、「一騎士として活躍することで、恩に報いたい」と胸を張って訪ね、働かせてほしいと頭を下げるつもりだったのだが、こうなっては仕方がない。
友人も込々で世話をかけさせてもらおう。
その恩は、何かしら功績をあげて返せばいい。
「ど、どこ?」
「エレフセリア、よ」
意外な形で、地元に帰ることになりそうだ。
「要望をお伝えします。しばらくお待ちを」
「よろしくお願いします」
エレフセリア伯爵邸前。
門番の騎士に名前と来訪の目的を告げたところだ。
騎士は、真顔で取り次いでくれた。
言葉は丁寧だったが、態度は素っ気なかった。
「うー。や、やっぱ。歓迎はされないよ、ね?」
見ていた茶髪が心細そうだ。
しょうがない。
「あれは、違うよ」
真顔だったのは、拒絶を示すものではない。
笑いをこらえていただけだ。
顔見知りだった。
昔、遊んでもらった覚えがある。
嘘か誠か、オムツを替えたこともあるとか言われたぐらいだ。
だから、ここには来たくなかったのにっ!
後悔したくなるが、ここ以外に伝手はない。
自分一人なら、どこかの貴族に土下座するくらいわけもないが、友人も引き連れてとなるとこれが唯一の解だ。
「お会いになるそうだ」
騎士が戻ってきて、わかっていた答えを告げてくる。
名前を名乗ったのだ。
会ってもらえることに疑いは持っていなかった。
答えも予想はついている。
「久しぶりだね」
うんうんと無駄に頷きながら微笑まれる。
「ご無沙汰しておりました」
最後にあったのは8歳の時だったはずだ。
確かに久しぶりだった。
「騎士学校の実地研修か。もうそんな年齢になっていたのだね」
もう・・・。
そうだ。
もう8年も経っているのだ。
それなのに。
未だ一人前には遠い。
自分が情けなくなってくる。
「だが、正直助かるよ。よく来てくれた」
そうなのだろうと思う。
答えがわかっていた理由は、なにも個人的な伝手だけではない。
この街では近々、いくつかのイベントが開催される。
人手が足りなくなる時期なのだ。
例年、よその町から応援を頼むほどに。
見習いの手も借りたいはずだった。
それを見越してきた。
安易な方に逃げた。
そう思われたくなかったというのも、ここに来たくなかった理由になる。
「娘が『迷宮討伐士』の資格を手に入れてね。早速迷宮に挑もうとしているのだ」
「娘さんが・・・?」
確かまだ・・・とか考えて項垂れる。
そうだった。
自分自身、実地研修を受ける身になっているのだ。
誰の身にも時間は平等に積み重なるもの。
だとすれば・・・。
「確か、魔法使いですよね?」
生まれながらの素質だ。
目の前にいる伯爵も、魔法剣士だったはずである。
「そうだ。そして、世話役を頼んでいる者は弓使いだ」
「あー」
茶髪が、頬をポリポリ掻きながら間の抜けた声を出した。
言いたいことはわかる。
魔法使いも弓使いも、攻撃の間合いは遠距離。
近接戦に持ち込まれたら、即座に終わる。
パーティにもいろいろな形がありはする。
だが、近接職だけのパーティはあり得ても、魔職だけでは成立しえないのだ。
魔法使いと弓使いだけで迷宮に挑むのは危険すぎる。
「騎士団の実地研修の合間にでいいから見てやって欲しい」
それが条件と言うことか。
無償での慈悲ではない。
ちゃんとと言っては妙だが、向こうにもメリットがある形。
これなら、負い目を感じなくて済みそうだ。
「わかりました。やらせていただきます」
騎士の礼で受けた。
「そちらには、パーティへの正式な加入を頼む」
茶髪に顔を向けても依頼が出た。
騎士見習いという呼び方はしつつ、実質は伯爵令嬢へではなく娘への護衛。
つまり、プライベートで雇う形になるのだろう。
「あ、う、うん。冒険者にでもなろうかなって思ってたから。大丈夫だよ?」
ソロで始めなければならないかと思っていたのに、いきなり魔法使いのいる三人パーティ。
悪い話ではない。
むしろ、幸運だろう。
伯爵令嬢の性格さえよければ。
男関係で変な噂があったように思うが、茶髪は女だ。
大丈夫だろう。




