リリム 1 魔法と弓(とある迷宮探索者
25/6/25。
ごちゃごちゃしていた文面を読みやすく。
ところどころ、に訂正を。
書き直しました。
1
「試験終了。合格です」
とある迷宮、1階層。
倒された『ゲートキーパー』が魔素となって消えるのを確認して、中年の女性が厳かに告げた。
「と、と、とうぜっ、・・・・当然よっ!」
息が上がっているというのに、金髪ツインテールの女の子が胸を張った。
杖を持つ手と、細い足がプルプルしているのは魔法力が底を尽きかけているせいだ。
彼女は魔法使いなのである。
たったいま、『ゲートキーパー』を倒したのは彼女が放った炎の槍だ。
入り口からここまで、ほぼ一人で踏破して最後の敵も単独で討ち倒して見せたのだ。
「帝国貴族院は貴女を『迷宮討伐士』と認め、迷宮への挑戦を許可します。これからは栄えある帝国貴族として、迷宮討伐に励むよう期待します。頑張りましたね。これからも一層励んでください」
ずっと表情を消していた中年女性が、初めて笑顔をのぞかせた。
意外と若くて可愛らしい。
『迷宮討伐士』。
迷宮に入ることが許される資格はいろいろとある。
典型的なのは『冒険者ギルド』だが、『職工ギルド』、『薬学ギルド』に『教会騎士ギルド』などなど。
その中で、貴族だけが所属することを許されるのが『迷宮討伐貴族団』。そして、ここに所属する貴族を『迷宮討伐士』と呼ぶ。
正確には、この『迷宮討伐士』とは迷宮に挑む貴族であると名乗る『資格』を得たとの証明だった。
「知っての通り、『迷宮討伐士』はあくまで初心者に与える迷宮への挑戦許可状にすぎません。一刻も早く『迷宮討伐師』となり、『鉄』の称号を。最終的には『白金の貴師』を目指してください」
『迷宮討伐士』はあくまで資格。
取得後の活躍を認められれば、晴れて一人前の『迷宮討伐師』へとランクアップ。
同時に『鉄』の称号が与えられる。
そこから『鋼』、『銀』、『金』、『白金』とランクが上がっていく。
当然、上に行けば行くほど人数は減り、『白金』に至っては十指余り。
ゆえに、その存在に敬意をこめて、現代の『白金』を『白金の貴師』と称するのだ。
「もちろんよ」
既定路線というぐらいのニュアンスで、女の子が頷きを返す。
そうでなければならない、そう決めている顔だ。
「焦りは禁物ですよ?」
女性が、少しだけ咎める口調になる。
生き急ぎ過ぎる若者を見る大人の目で。
「あなたのお父様が『金の十傑』と呼ばれたのは40手前でした。貴女はまだ15でしょう」
『金の十傑』。
ランク『金』の中でも傑出した10人の一人と、世間が認めての呼称である。
それだけの実力者なのだ。
少女の父は、その一人。
目標にするには高すぎる。
まずは足元を固めよと忠告したいが、立場上差し障りがあるので表現を抑えているのだ。
「知っているわ」
「一人で成し遂げたわけでもありません。彼には優秀な仲間が・・・いえ、優秀な仲間ばかりが付いていた」
「それも、知ってる!」
母をはじめ、ありえないほど優秀な人たちが協力していたと、父の話をする人はみな口をそろえて証言しているのだから。
噂によれば、目の前の女性も協力しようとしていたらしい。
他が優秀過ぎるのに怖気て、支援者の一人に名を連ねるのがせいぜいだったと。
だからだろう、こんなふうに立場以上のことを口にするのは。
それもわかっていて・・・。
「やって見せるわ!」
無駄に気炎を上げてふんぞり返った。
生意気な小娘と思われると知っていながらだ。
気弱と思われるよりはマシよ!
・・・たぶん。
・・・きっと。
自分に言い聞かせて、バカみたいな態度の自分を擁護した。
なのに・・・。
女性は、困った顔で溜息を吐いた。
「そういうとこ、あの子の小さいときそっくりね」
くすくすと笑われる。
あの子というのは母のことだ。
昔馴染みらしい。
頬が染まるのを自覚する。
やりにくい!
「あ、あ、あなた。そ、そんな態度でいいのかしらっ!?」
高飛車に言葉を叩きつける。
帝国貴族院に委託を受けてやってきた『迷宮討伐士』選考委員なのだ。
考査中、被試験者との私的な会話など許されないはず!
「試験終了宣言を聞き逃しちゃったのかな?」
先刻までの厳かな態度を捨てて、見つめられる。
すでに染まっていた頬が、さらに赤くなっていくのがわかる。
「ば、バカにしてるわね!」
怒声を張り上げた。
これで、少しは引っ込んで・・・。
「大きな声出しても無駄よ。お城付きのメイドじゃあるまいし」
くれなかった。
迷宮を仕事場にしている人に、女の子の怒声なんて効果はない。
うぐっ!
悔しいが、何もできない。
口を引き結んで睨むことぐらいしかできない。
うぐぐぐ。
睨んでいると、女性はなぜか手を叩く仕草をした。
音はしないが拍手をしているらしい。
「偉いわね。あの子だったら、犬みたいにうなってたところよ」
えらい、えらい。
頭を撫でられた。
完全にかわいい子犬扱いである。
魔法を撃ってやろうかしら?!
思わず殺意を抱いてしまった。
撃ってみたところで、たぶん躱されるけど。
そもそも撃つだけの魔法力残ってないけどっ!
「魔法力はあの子に少し劣るけど、勝負所での気迫は貴女の勝ち。そこは、お父様から継いだのかしらね」
なんだ、それは。
バカにしておいて今度は褒めるなんて。
無駄よ。
そんなの、うれしくなんてないんだから!
「魔法力でだって負けてなんてないわよ!」
腕組みをして、見下す視線。
にやけそうになる口元を必死に引き締める。
正直、うれしかった。
今まで褒められることと言ったら、母譲りの金髪と赤い瞳だけ。
容姿のことでしかなかった。
それなのに、違うことで褒められた。
しかも、気迫とか。
お父様から継いだものがあるとか!
嬉しすぎる。
でも、お礼なんて言わない。
露骨に喜んだりしない。
私は、もっともっとちゃんとするんだから!
「ポテンシャルではそうかもね」
現段階では微妙だけど、可能性はあると認めた。
そうでしょうとも、私にはまだ伸びしろがあるはずよ!
「問題は」
女性が、声音を少しだけ変えた。
雰囲気まで重くなる。
「お父上から継いだのが、いざというときの度胸だけかどうかね」
「ど、どういう意味よ!」
何を継いでいたら、お父様のようになれるというのか。
「誰もが、ありえないほど恵まれていると称した仲間を集めた人徳。それがあるのかってことよ」
仲間集め・・・。
「や、やってやるわよ!」
フフン!
鼻で笑ってやった。
自信なんて、全然ないけど。
2
ピン、と空気が張り詰めている。
いま、世界には二つのモノしかない。
矢をつがえた弓を構える自分と、的となる藁の束。
藁の束との距離はおおよそ70メートル。
もはや点としか呼べないその的を、じっと見つめることしばし。
己の左手の内に弓が真っ直ぐ納まっていることを感じつつ、弓手たる右手を伸ばし過ぎないよう一気に引き絞る。
弦を張ってある弓の付け根から、ぎりりりりりという音が響く。
木と糸と革。
原始的な素材の組み合わせで作られただけの道具に、殺傷能力を与える音だ。
こうして反発力を蓄えさせ、その力のすべてが矢を飛ばすためだけに消化される。
強かったり弱かったりすれば、矢は真っ直ぐに飛んでくれなくなる。
自分の意思に従わせるのには、微妙な力加減を要求される。
自分自身を律し、道具を意志のもとに従わせる。
手の中で、この原始的な道具が屈服するのを感じる。
おのが肉体のごとく、否。
それ以上の精密さをもって使役できるとの確信が生まれた。
まさに、『ここ』という間合い。
決して外れることはないと断言できる。
少女は呼吸を整え、自身の内に向けていた目を、つがえた矢のその先に向けた。
手の中の矢は、ごく普通のものだ。
木と鳥の羽、そして鉄の矢じりが付いている。
それだけ。
魔法は付与されていない。
神の恩恵もない。
放つための力は、子供と大差ないほど細い、自分の腕の力のみ。
70メートルもの距離を真っ直ぐに飛ばすことなど不可能。
だから。
矢を斜め上に向ける。
高さを味方につけることで距離を稼ぐのだ。
弧を描かせ、的に届ける。
空気の流れを読み、矢が描くだろう軌跡を思い描く。
静かに息を吸った。
わずかなズレも許されない今この時。
呼吸にすら気を遣う。
息を吸い、吐く、そしてまた吸う。
それだけで、矢の先が揺れるのがわかる。
落ち着け。
あれはただの的。
動いていないし、動かない。
相手に合わせるべきは、撃ち抜く一点のみ。
撃つタイミングも、自分で調整できる。
慌てる必要はない。
吸って、吐いて、そして吸って。
また吐く。
ただし、何度目かの吐く動作は途中で止まった。
自分の中で揺れ動いていた矢の描く軌跡と、的とが完全に重なっている。
唯一無二の間合い。
今だ!
頭の中でそう呟いたとき、指はすでに矢を離していた。
ひゅつ!
空気を切り裂く音がした。
手の中で仕事を終えた弓が、びぃぃぃぃんと余韻を響かせる。
タン!
永劫ともいえる刹那の後、的の方から音がした。
「中心を貫いたか、見事」
凪いだ湖面のような、抑揚のない声が結果を告げてくる。
弓術を教える私塾にあって、天下一と名高い家門の現当主の声だ。
いかなる時も、心を乱さぬことを信条とする彼らが、感情をあらわにすることはない。
「一矢必中。無心の呼吸、ゆめゆめ忘れることのないように」
「はい。お教え、ありがとうございました」
地面と平行になるまで、上体を折って一礼する。
同時に、周囲で感じられていた気配が散った。
少女の成果を見に来た同門の弟子たちが、自分の鍛錬に戻って行ったのだ。
「そなたは弓か、矢か?」
唐突に突きつけられる問い。
弟子入りする際にも聞かれたことだ。
たいていの者は、突然のこの問いにまごつくという。
そのどちらもがなくては、弓術はままならない。
だというのに、どちらかを選ばせるがごとき問いかけ。
真意がわからず、答えに窮するのが常だった。
この問いがなされることは、一門の者以外には決して漏らさぬとの決まりもある。
弟子入りを願い出る者は、まずこの問いで資質を図られるのだ。
狼狽して言葉を返せぬようでは失格。
両方あって初めて意味を成すものと心得る、などという賢し気な答えでは弾かれる。
矢をもって敵を撃つが使命、血気に逸りし者は二流の烙印を押される。
少女は口元を僅かに緩め、以前と同じ答えを口にした。
「弓にございます」
弓使いには、二種類いる。
一つは、自分が中心となって、人を動かす者。
もう一つは、自ら主導することなく、人に付き従う者。
前者は屈強な盾使いや戦士を前面に押し立てて敵を足止めし、弓で射る。
積極性があり攻撃的ではあるが、遠距離攻撃を旨とする弓術の意義からするとどうしても視野が狭まる偏狭型。
後者は仲間たちの背中越しに全体に目を向け、その前進を阻むものあれば一射をもって道を拓くもの。
一歩引いて、全体を支配することを目指す俯瞰型。
自らが前あるいは中心となるか、自らはあくまで後ろに控え矢が飛ぶための礎となるのか。
少女の目的と願いは、はっきりしている。
魔法使いの金髪少女が飛躍するための、踏み台となることこそが本懐。
答えは弓の他にない。
「その覚悟の実ることを祈ろう。これより、『月の狩人』を名乗ることを許す。称号は『満月』だ」
『月の狩人』、月と森を司る女神に連なりし彼ら一門の一員と認めるということだ。
『満月』、それは技術も志も余すことなく受け継いでいるという証明となる。
『新月』、『三日月』、『半月』と順に位が上がり、『満月』が最高位だ。
少女は、一度の試験で『満月』を許された。
これは千年を超える歴史の中で、初の快挙であった。
「ありがとう、ございます」
再び下げられた白髪の陰で、水滴が顔を流れ落ちていた。




