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異世界で家を買いました  作者: 葉月奈津・男
『恵』編
46/404

アルターリア 14 産声

25/6/25。

ごちゃごちゃしていた文面を読みやすく。

ところどころ、に訂正を。

書き直しました。

 

 ユミ―はハルカと名乗った男を観察していた。

 まさに駆け出しといった感じのひ弱さが目立つ少年だったが、ユミ―はそれを蔑む気はなかった。


 どんな大樹にも種だった時期はある。

 幼いが故の未熟さは弱さではない。

 この男に武器を作る。


 それが「用」のようだ。

 武器を作れというなら、否やはない。

 いくらでも作ってやろう。


 だが、この男にラリスの名を継ぎし職工が、仕事を受けるほどの器量があるのだろうか?

 はるか昔、鍛冶神に血を受け技術を生み出せし初代の名をもって、仕事を受けるべき相手であろうか?


 ユミ―という名の女鍛冶師の作った武器で充分な相手か?

 ラリスの名に懸けて、それを見誤ることは許されない。


 男は、突然部屋から出た。

 ラリスの本来の住処を目指すようだ。


 主を差し置いて?

 傲慢な奴。

 だが、話が早くていい。


 あの場所こそが、ラリスのすべて。

 知るだけで五代に渡る「ラリス」が、その身と魂を捧げた存在の中心。

 心臓であり、脳であり、子宮である神聖な場所。


 そこで、あの男は何をしようというのだろうか?

 先に到着したユミ―は引き戸の扉をしめ切って中央に立ち、待った。


 ラリスの「胎内」へと侵入した、この者が何をするつもりかを見定めるために。

 男は、部屋に入らなかった。


 扉があっても、その向こうでの動きは手に取るようにわかる。

 まず、靴を脱いだ。


 リーズンが何やら慌てた様子で声をかけるが、男は聞く気がないようだ。

 腰に佩いていた長剣を外して膝前に置き、引き戸に近い方の手を引き手に掛けて、手が入る程度の隙間を開け、そのまま引き手から手を放し、三分の二ほどを開けた。


 手を替えて、扉を開け切る。

 両手ではなく、片手ずつであるところに目を惹かれた。

 美しい所作だと思う。


 手を替えて残りを開け切る。

 長剣を前に進め、座ったままにじって入ってきた。

 そして入ってきた時と逆の手順で戸を閉めている。


 そのあいだに、リーズンが入ってきたがそんなものは無視だ。

 中に入ってきた男は、長剣を前にして私と・・・炉に頭を下げて立ち上がった。


 いろいろとおかしなところはあった。

 間違いもある。


 でも、心は伝わった。

 作法とは形ではない。

 気持ちなのだ。


 長剣を右手に持って、歩み入ってくる。

 それは、抜く意思がないことの無言の表示でもある。

 両手は自然に下に垂らして、ぶらぶらさせたりしていない。


 目も自分の背の高さに固定して、背筋を伸ばして歩いている。

 目前で立ち止まり、目礼してきた。


「見事だな。感服した」

 緊張で少し声が上ずった。


 ラリスの名を頂いてから、一度としてなかったこと。

 真に尊敬すべき客が来た。

 自分の力量のすべてをかけて、打たねばなるまい。

 打たせていただかねばなるまい。




「しゃべった?! こんなに、はっきり?!」

 リーズンが悲鳴のように叫んでいる。


 さっきまでのふんわりとした物言いではない。

 雪解け水のような冷たさと清らかさ、玲瓏さがある。


 リーズンが驚くのもわからなくはない。

 だが、反応している余裕はオレにもない。

 正規の作法がわからないので、読み齧っていた茶室へ入るときの作法をまねただけなのだ。


 昔、父の職人仲間が父を訪ねて来た時。

 その職人は来訪の目的と名前を告げる以外に、母にもオレにも一切口をきいてくれなかった。

 父が仕事先から帰ってきても、最低限の挨拶しかしない人だった。


 それを見た父が、物も言わずに立ち上がり、作業場へ移動。当然のようについていったその人は、作業場の各所を一回りしたあと、床に平伏して自分の非礼を詫びたものだ。

 言葉では相手を図れない。


 作業場の状態こそが、持ち主の心を示す。

「『不潔な作業場に、善良な職工なし』を自分の目で確認させていただいた。あなたは、尊敬できる職人だ」そう言って深々と頭を下げた。


 その人を父は手を取って立たせ、作業場のいくつかの場所についてはオレや母が掃除をしていることを説明した。

 以降、その人はオレにも丁寧な口調で話をしてくれるようになった。


 住み込みで父の作業を手伝い技術を教わっていた三か月ほどの期間には、休憩しつつオレには自分の技術を教えてくれたものだ。

 リュックサックを作れるのは、その時の教えが身についているおかげでもある。


 どうでもいいことだが、オレがバックパックをあえてリュックサックと呼ぶのは、その人が自分の作るものをそう呼んでいたからだ。

 リュックサックを作る技術を教わり、その足元にも及ばない拙いものを作っている。

 表現が違うだけで同じものを意味しているのだとしても、変えるわけにはいかない。

 つまらないこだわりという人もいようが、オレにそれを変える気などない。


 尊敬できる相手とでなければ、まともに会話する意味はない。

 その考えから、口を利かなかったその人は作業場の掃除をオレがしていると知って、まともに話をするに値する人物、と評価を変えたという話だ。


 今回の場合。

 たぶんだが、シュミーロとラリス。

 この女性は二つの名前で自分の人格を使い分けているのではないかという気がする。


 普段の生活におけるシュミーロつまりユミ―。

 本気で武器を打つ時のラリス。

 そんな感じに。


 確証はない。

 だが、たぶん間違いない。


「さて、では聞こう。使っている・・・使いたい武器はなんだ?」

 今使っている武器が、最良とは限らない。ユミ―・・・いや、ラリスはオレの希望も確認しようとする。


「・・・・」

 ラリスの問いに、オレはしばし黙考した。

 少し考えながら、辺りを見回して別の部屋に入って行った。

 ラリスは一切咎めず、オレのすることを見つめている。


 リーズンは、自分は蚊帳の外におかれていると感じたのだろう。

 壁際に立って彫像と化している。


 オレは隣の倉庫に入り込むと、勝手に荷物を漁った。

 やがて土汚れの目立つ頭陀袋を見つけたので、それを持って戻った。


 ラリスが立つ位置に近い作業テーブルに頭陀袋を広げて見せる。

 タグを開いての行動で傍目には不審を持たれるものであるはずだが、ラリスは一切口を挟むことなく好きにさせてくれた。


「ふむ・・・先代たちの作ったものじゃな」

 他人事のように言うところを見ると、先代たちのものをあえて引きずり出してまで見ようとしたことはないらしい。

 技術はすでに伝えられていて、暴くべき秘密などないということだろうか。


 中から出てきたのは使い古したような農作業や狩猟、山作業用の刃物だった。

 柄が折れた鎌や、柄が折れた鍬、鋸なんかも入っている。

 すべてが乾いた土をこびりつかせ、うっすらと白い膜をまとっていた。


 そんな中、オレが取り出して見せたのは剣鉈と呼ばれるものだった。

 一本で切る、払う、捌く、割る、を体現する実用的な刃物である。


 武器としてみるなら、更に突く、裂く、断つ、叩く、ことも可能。

 厚みのある刀身で、刃の部分を左右からしっかりと支える両刃。


 切っ先は鋭く、腹の部分は幅広と状況に合わせて切り口を変えられるのが特徴。

 ナイフであり短刀であり斧でもある道具としての武器。


 実は、うちの蔵にも同じようなものが十数本もあった。

 もっと大きなものや、小さめのもの。

 斧ぐらい大きなものから、菜切り包丁程度のものまで何十種類とあった。


 薪割り用、山歩き中に歩くのを邪魔する枝を落とすためのもの、小枝を切ったり削ったりするようなもの。

 山歩きをライフワークにしていた祖父のものだ。


 そのうちのいくつかは、オレも使ったことがある。

 大部分の鉈は、『素人が勝手にいじれるようなものじゃないぞ』とオーラが出ていて、触ることもできなかったので祖父が使っていた当時のまま保管されていた。


 最近になってようやく手にして、油を塗るぐらいはできるようになったところだった。

 道具として完成されている点では同じもののはずなのに、家で使う包丁などとは明らかに異なるもの。


 実用性一択で造られ、その通りに使われた業物の刃物。

 まったく同じものが、ここに並んでいる。


 その機能美に、ラリスは感嘆の吐息を漏らした。

 オレもだ。


 なるほど、と頷いてくれる。

 農作業に慣れ親しんだ手に、視線を向けられていた。


「血よりも土との相性がよさそうな手よな。その手なれば、なるほど。これらの方がなじむであろう。武器とは己が爪。手に懐かぬようでは道具以下というものだ」

 いまテーブルの上にあるものは刀身が死んでいて、使えそうにないが、と。


「いや、待て!」

 じっくりと目を注いでいたラリスが、やおらその剣鉈をひっつかんだ。

 そして、じっと目を凝らす。

 そして、慌てたような様子でほかの刃物にも目を向けた。


「こ、これは?!」

 予想だにしなかった事実を突きつけられた。

 そんな様子で、あえぐように言葉を吐き出した。

 なるほど、ラリスは口の中で呟くと、唾を飲み込んだ。


「これらを再利用してよいか?」

 ぜひそうしろ、という勢いでラリスが言う。

 オレに拒否する理由はなく、素直に頷いた。


「それはいいですけど・・・」

 タグで、何か特殊な金属が使われているらしいと気が付いていたので、そう答えた。

 どうやら、いい意味で「特殊」らしい。


「・・・高純度の成長金属グロマタイトが眠っていたとはな」

 わずかに震えを帯びた声がラリスの口をつく。

 それはこの世界においては最高位とも言える武器材料の名だった。

 迷宮でしか採れない、金属的性質を有するなにかだ・・・ということであるらしい。


 金属でありながら成長もすれば自己再生もするというとんでもないもののようだ。

 頭陀袋に入っている農機具すべてがそれでできていた。

 このままギルドに持って行って捨て値で売ったとしても数千万の値が付くのだろう。


「これを使って剣鉈を一本、か・・・」

 ラリスが熱を帯びた呟きをこぼした。

 が、なにかに気づいたように顔を上げて、オレを見た。

 鍛冶仕事に特化した職人の、完全に無垢な瞳がオレに向けられている。


「材料はこれでいいとして・・・作るのは剣鉈一本でよいのか?」

「人の金で、二つも武器作らせるなんてことさせられるわけがないでしょう!?」

 とんでもない、と目を剥くオレ。


 ラリスが目をぱちくりと瞬きさせた。

 しばし間を置いて、「おお、そうか」と笑みが浮かぶ。

 生粋の職人であるラリスは武器を打つことへの執着は人一倍強いようなのに、売り物であるという概念には興味がないのか『値段』というものに無頓着なようだ。


 もちろん、欲しいと思えばもう一個注文するだけの金は持っている。

 だが、今のオレはほぼ荷物運びだ。無駄に充実した武器を持つのも妙な話だろう。


「では、これで打たせてもらう。楽しみに待つがよいぞ」

 頭陀袋ごと抱え上げて、ラリスは請け負った。


「よろしくお願いします」

 オレが頭を下げると、ラリスは「うむ」と頷き返して背を向けた。

 炉に向かっている。


 早速打つつもりらしい。

 作るものが決まり、材料が目の前にある。

 職人が仕事をするのは当然だ。


「どのくらいの時間でできるものなのですか?」

 ふと思いついて聞いた。

 せかす意図などまったくないが、なんとなく聞いておいた方がいい気がした。


「日没までは終わるであろう」

 意外と早く終わるようだ。


 っていうか、そんなに早く?

 日本刀なんてどんなに早くても完成まで数日かかるんじゃなかったっけ?


 疑問に思ったのだが、鍛冶仕事用のスキルと魔法があって、ジョブが鍛冶師の人は時間を短縮できるのだそうだ。

 そうでもなければジョブなんてものに価値はない、とまで言われれば、ごもっともと言うしかない。

 それならば。


「作業、見ててもいいですか?」

「ん? かまわんが・・・暑いぞ?」

 そうでしょうとも。

 頷いた。



 炉の前に座ったラリスが、作業を始め、熱気が作業場を覆う。

 見ているだけのオレでさえ、汗が噴き出るサウナ状態の中、槌打つ響きが体と心を揺さぶった。


 作業自体は目に入っても頭には届いていない。

 頭と心に刻まれたのは炎の動きと、呼吸。槌の打ち付ける響き。




「完成だ」

 どれだけ時間が経っただろうか。

 汗だくのラリスが厳かに言った。


「おぉぉぉ・・・・」

 汗でベトッとなっている作業衣姿のラリスが作業台の上に置いた小型のケースに、オレは感嘆の息を漏らす。

 ケースには紫色の布が敷かれており、その上に飾り気のない革製の鞘に包まれた『刃物』が載せられていた。


 ベテランの鍛冶師が、もてる最大限の力を発揮して産みだした『武器』だ。

 手に取って、抜いてみる。


 柄も刃も、漆黒の輝きを放つ『剣鉈』。刃渡りは二十二センチほど、柄と合わせた全長は三十四センチ。

 刀身は厚みがあり、重量も見た目よりも大きい。

 切っ先で突き、中央の刃で斬り、根本では割る、を体現する武器。


「命名、『エザフォス・クスィフォス(大地の刃)』とでも名付けるとしようか」

 アップしていた髪を解きながら生まれたばかりの『武器』に命名がなされる。

 鞘から抜き、陶然と見つめていた刀身が、さらに輝いた気がした。


「代金の請求は・・・リーズンでいいのだったな?」

 少しだけ声のトーンが下がった。

 汗だくで、ずっと見ていたリーズンが厳かとすらいえる態度で頷いた。

 大げさかもしれないが、オレに新たな相棒・・・家族ができた瞬間だった。





 それは古い記憶。

 燦々と降り注ぐ陽光の中、大地に刻まれるリズム。

 単調な調べ、とつとつと語られる歴史。


 紡がれる糸は細く、弱々しくすらある。

 それでも、一本一本合わさって、織りなされる織布は、長く大きく広がっていく。


 人の手を介して行われる数々の、偉業とは呼ばれぬ日々の暮らし。

 ただひたすら、愚直に続く毎日は平穏に満ちていながら、激戦下の戦場である。


 『我』は、そこにいた。

 『彼ら』の生活を守るために。


 時に土をえぐり。

 時に、薪を割り。

 時に、野菜を収穫し。

 時に、草を刈り。

 時に、果実の皮をむき。

 時に、枝を払い。

 時に、魚や獣を狩り。

 時に、木を削り。

 時に、彼らを脅かす何者かを斬った。

 命をつなぐものであり、生活を支えるものであり、命を奪うものでもある。


 『我』の存在とはそういうものであった。

 役目を終え、主の手を離れた『我』は、眠りについた。


 だが、再び目覚める時が来たようだ。

 『我』は今、新たな『現身』を得て顕現した。

 新たな名をもって、新たな主に仕えよう。


 我が名は、『エザフォス・クスィフォス(大地の刃)』。

 主とともに歩むものなり。


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