アルターリア 9 コンパニオン
帰ると、ダイニングにはおいしそうな匂いが漂っていた。
予定より15分ほど早く帰ったので、今まさに作っている最中らしい。
「あ! ご主人様ごめんなさいっ! 遅れてますっ!」
オレに気が付いたリリムが、真っ青な顔ですっ飛んできた。
鍋を火にかけたまま離れるのはやめてほしいぞ。
「気にするな、リリムが遅れているんじゃない。オレたちが早いんだ」
頭をぐりぐりなでてから、身体を反転させてキッチンへと押し戻す。
「ほら、鍋から目を離しちゃダメだろ」
あわわわわっ、とかいって鍋に駆けていく。
まったく、かわいいやつ。
なにを作っているのかとキッチンを覗くと、珍しいものがあった。
「これって・・・クリームチーズか?」
そうとしか見えない塊があった。
パンと一緒に出すつもりだったようでパンの籠に置いた皿に乗っている。
「くりーむ? ですか? えっと、メティスさんが近所の牧場主さんからもらったって言ってたチーズなんですけど・・・」
鍋の中身をかき混ぜながら、リリムが言う。
そういえば、牛乳もよくもらっていたな。
コーヒーに少し入れたり、ときにはカフェオレを作ったりもしている。ミーレスたちは普通に牛乳だけを飲んでいたりもするし。
そりゃチーズも作るわな。
生乳だけじゃ飲むしかない。チーズやバターにしなかったら大量の牛乳は腐らせて捨てるしかなくなるのだから。
キッチン周りに目を走らせると、フライパンが使われないまま壁に掛かっている。食材の保管棚には卵もあった。
「ブランディーかリキュールなんてあったっけ?」
確か見かけた気がするのだが・・・。
「あ、ありますよ」
リリムの指さした方向、棚の下で見るからにお酒のビンという雰囲気の濃い緑色のビンが見つかった。
横には牛乳の入った容器もある。
小麦粉と砂糖は普通にあって、今朝の段階ではバターもあった。
だとすると・・・。
材料はある。
問題は・・・。
「アルターリア」
「はい。なんでしょうか?」
「もしかしてだけど、火の精霊を使ってかまどの火力調整とかってできたりしない?」
ウンディーネが水がめに水を入れているのを見たときから何となく考えてはいた。
「精霊の火をというのは無理ですけど、普通のかまどの火をということなら、簡単です。お菓子作りのときにはよくやってましたから」
おお。
経験済みか、なら話が早い。
冷蔵庫がないというのが難しいが、凍らせるわけではなく冷やすだけなら何とかなるだろう。
コンロがないからと、逃げてばかりいては進歩がない。
ここらで少しチャレンジしてみよう。
「よし。ボウルをありったけ用意しろ。オレも一品作るからな」
「ご、ご主人様が料理をなさるのですか?」
アルターリアがびっくりした顔をしたが、ミーレスとシャラーラは平然としている。リリムが来て、メティスがこちらの家事に参加するようになるまでは、料理の半分はオレが作っていたのだ。いまさらだろう。
クリームチーズの塊を一つ。銅製のボウルに放り込んで、温野菜を作った後らしい鍋に浮かべる。元世界でならレンジで加熱一分というところだが、レンジはないのだからこれで湯煎してみる。多少は柔らかくなるだろう。
「ミーレス、こいつをとにかくドロッとなるまで練ってくれ」
ちょっぴり柔らかくなったクリームチーズに木のへらをぶっ刺して、ミーレスに預ける。
深めの小鉢を用意して、卵三個を卵白と卵黄に分けた。
ボウルをもう一個出してきて、卵黄二個分と卵白三個分を入れて・・・。
「シャラーラ、こいつをコシがなくなるまで混ぜ続けてくれ」
「コシ? っすか?」
「あー・・・」
どう説明すればいいかわからんな。
「とにかく混ぜ続けろ」
うん。それでいい。
コシがなくなったあと、さらに混ぜて、混ぜすぎたからといって変なものにはなるまい。
深めの鍋を用意して、牛乳とバターを入れる。バターのほうが牛乳より若干多くなるくらいの割合。これは生クリームの代用品である。元世界では同年代男子に比べると非常に高い頻度で料理をしていたオレだが、いくらなんでも、いつもいつも本格的な料理をしていたわけではない。
冷蔵庫を開けると必ず生クリームが入っている、なんてことは一度としてなかったから、たまに思いついたときには生クリームの代用品として作って使っていたものだ。
牛乳よりも多くのバターを使うため、どうしてもバターのにおいがきつくなるが、まぁそれはそれでいいものだ。
「アルターリア、沸騰しない程度の弱火で混ぜてくれ」
「わかりました」
火加減調整と混ぜるのを任せて、ミーレスのもとへ。
作業中のクリームチーズに砂糖を目分量でだが70か80グラムぐらい放り込み、さらに混ぜさせる。
「うん。そろそろいいぞ」
シャラーラのほうの作業に目を向けると、いい感じになっていたので、やめさせてボウルを受け取る。
「ミーレス」
ミーレスのボウルも受け取って、シャラーラが作業していたボウルの中身を少しずつ加えながら、ダマにならないよう混ぜ合わせる。
「アルターリア、そっちの鍋持ってきてくれ。リリム、レモンを絞ってくれるか」
「お持ちします」
「はい! です!」
生クリーム(代用)、片栗粉、レモン汁、ブランディーを加えてさらにかき混ぜたら、コーヒーの実験でコーヒーには使えなかった濾し布で濾す。
フライパンにバターを塗りつけたら、ボウルの中身を半分だけ入れて、アルターリアに言って弱火で維持させた火にかける。
ここで沸騰ないし焦がせばすべて水の泡。
それが怖くてこれまで料理してこなかったわけだが、アルターリアの火加減は果たしてうまくいくのか。
元世界なら菜箸を使うのだが、ないので木のヘラを使ってかき混ぜながら火を通す。
ある程度固まってきたら、端に寄せて形を整え、皿に移す。
残りの半分も同じようにして皿に載せたら、二つとも冷蔵庫で冷やすだけ・・・なのだが、ここには冷蔵庫がない。
しかたがないので、皿に二つの塊を一緒に入れて鍋に入れた。蓋をして、水をためた洗い場に置いておく。設定値をいじって10度前後で冷えるようにすれば、何とか用は足りるだろう。
「なにを作っているの?」
治療院を閉めたメティスが来て聞いてきたが、「まぁ、見てな」とキメ顔で流して夕食に。
むろん、後片付けはリリムに丸投げだ。
いや、別にオレがやってもいいことではある。
宿題があるわけでなし、暇なのだから。
だが、ここは「ご主人様」としての威厳というものがあるので仕方がない。
「今日はデザートがあるぞ」
夕食後。
ミーレスがオレにコーヒーを淹れてくれたタイミング。
鍋の中からほんのりと冷えたものを出してきて、小皿に分けて出した。
なにが出来上がったのか?
チーズケーキである。
銀製の小さなフォークで、一口分ずつ切り取って口に運んだ。
やはり、バター臭さはあるが、それでもしっとりとした食感と甘さ。
チーズの味もしっかり効いていて・・・うん、成功だ。
「すごく、おいしいです!」
リリムが、輝くような笑顔だし、ミーレスも驚嘆の眼差しをくれている。
バター臭さがなければシャラーラもだったろうが、これはどうにもならんので仕方ない。生クリームを作るというのは家庭ではハードルが高すぎる。設定値変更と魔法との合わせ技でどうにかできないか考えてみよう。
「こんな上品なもの、初めて食べました」
アルターリアも感激しているようだ。
メティスも頬に手を当てて、ものすごく小さなかけらごとに味わっているところを見ると、気に入ってくれたらしい。
ちょっぴりだけ、この世界での料理に自信がついた。
彼女の火加減は完ぺきに機能していた。
これからは微妙な火加減にも、対応していける。
しつこいようだが、再び言おう。
アルターリアは万能だと。
それは、この夜。ベッドの上でも証明された。
受け身の彼女も最高だった。
ミーレスとシャラーラだって最高だが、ここはアルターリアを褒めさせていただきたい。
リリムは、お休みにした。
泣きそうな顔をしていたが、毎晩毎晩では体に良くない。
オレにしたって毎晩四人は無理だ。
二人ないし三人が限度だろう。
いまは。
もう少ししたら、リリムの治癒魔法士の魔力を利用した精力回復を試してみるつもりではある。
限界に挑戦しようとか言う傲慢な話ではない。
あくまでも、知的好奇心によるものである。
メティスも入れた五人と一日中・・・というのは男のロマンなのだ。少なくとも、元世界にいたころのオレならそう言うだろう。ただ、実際にできる身になると、半日ぐらいで飽きそうな気もする。
性的欲求はもう十分に満足しているのだ。
腹いっぱいになったあとでは、どんな贅を凝らした高級料理を出されたって食欲がわかないのと同じ。性欲だって満たされていれば、がっつく気力はなくなってくる。
向こうから求めてくるのを受け入れるのは主の義務でもあるが。義務だけというわけではもちろんない。みんな魅力的な女性だし、相手をさせてもらえるのは今でもうれしい気持ちにはなる。
でも、数をこなすこととイコールではない。
シャラーラは難しいかもしれないが、他の子たちは一日おきぐらいでいいように思う。
義務や日課で抱くのはよくない。
あくまでも、欲しいときに抱き寄せる、それがいいと思うのだ。
童貞だったときの、やりたい盛りだったときの、稚拙な激情は捨てる。
これからは円熟味を持たねばな。
大人の余裕だ。
そんなことを考えながら、オレは眠りについた。
翌朝。
玄関ホールにあったクローゼットはミーレスとシャラーラ、それにオレで運んだ。寝室の階段側から見て右の壁に、一個の戸棚と七個のクローゼットが並ぶ。ちょっと壮観な眺めになった。
これがどんどん増えるわけだ。
期待で、いろんなとこが元気になりそうだ。
朝食はアルターリアに火加減を見てもらいながら、スクランブルエッグを作る。
パリパリ感のないしっとりふわふわの卵になる。
感動だ。
そうなんだよ。
火加減さえマトモなら、これぐらいのものは作れるんだよ。
これでマヨネーズがあれば料理の幅はもっと広がるだろう。
あとはケチャップとか。
マヨネーズは卵と油、あとは酢があれば作れる。
ケチャップか・・・トマトってあるのかな?
今日からは買い物のときにもう少し良く見て回らないといけないな。
あと、遠くに行った時もだ。
ここらにはないものも、遠くに行けばあるかもしれない。
『料理』。異世界生活を彩るために、絶対に外せないテーマだ。
「アルターリアがいてくれると、こんな恩恵もあるのですね」
柔らかなスクランブルエッグをパンにはさみながら、ミーレスがしみじみと言った。
気持ちはわかる。
パリパリ感がないと、卵はおいしい。
異世界での食事が、いかに貧しかったかがわかるというものだ。
「とってもうまいっす。オラ、しあわせもんだぁ」
シャラーラが思い切りなまっつまった。どうすべ?
「はぐっ! はぐっ!」
弱冠一名、言葉もなくかっ込んでるのもいるし。
「ご主人様。今日のご予定は、どうなりますか?」
アルターリアが聞いてくる。この子は本当に優秀なうえに優等生だ。
・・・この子・・・か。
年上なんだけどな。
「昨日と同じく、『デスモボロス』の迷宮に挑む。目標は11階層到達だ」
早く他の迷宮に追いついてしまいたい。
あと半分を一日でなら、なんとか行けそうな気がする。
もっとも、予定は未定だし。
目標はあくまでも努力目標でしかない。
難しそうなら、いつでも切り替えるつもりだ。
無理はしない。
「ですが・・・よろしいのでしょうか?」
言いにくそうに聞いてくる。
「なにがだ?」
「昨日は換金していなかったように見受けました。また、換金しても収入は微々たるものとなるのではないでしょうか?」
『ドロップアイテム』の中身と、オレが換金をそもそもしようとしなかったことから推測したのか、核心をついてきた。
頭がいい。
知性派だ。
「そのとおり。金になるかならないかでいえば明らかな後者だ。だが、菜園がある以上無駄にはならない。生活費には困っていないしね。いずれは別の迷宮にも移るし、当分はこのままでいい」
「生活費には困っていない、のですか?」
チラリとメティスに視線を投げて聞いてくる。
「治療院のあがりに期待しているわけじゃない。実は交易を少ししていてな。そちらで充分儲けが出ているんだよ」
「交易までしているのですか?!」
思い切り驚かれてしまった。
「な、なるほど、それなら・・・わかります」
理解した、と頷く。
移動にタペストリーを使わなくていい利点を、計算してでもいるのだろうか。
「今日も一日、よろしくな」
「はい。ご主人様」
こうして、今日も一日が始まる。
『デスモボロス』の迷宮七階層。
ほんの少し、これまでよりも土臭さが薄れたような気がする。
もう、土製の魔物とは会わなくて済みますように。
つい祈ってしまいたくなる。
そこへ接敵警報。
おお?!
『ギュウリ』。
「そうきたか!」
うれしくなって飛び跳ねてしまった。
現れた魔物は、濃い緑色で細長く、無数のイボに守られた・・・キュウリだった。
なんのつもりなのか、先端にとって付けたような角がある。
『牛吏』とでも言いたいのだろうか。
宙に浮いて飛んできて、ゴォ! と金棒だとばかりに身を振ってくる。
土が終わって欲しいと思っていたら、いきなりの野菜が来た。
しかも、時は春先。
夏に向けて家庭菜園で育てるなら『これ』、の定番野菜。
しかも、うちの前衛は兎である。
野菜ならお手の物だ。
パキャン!
接敵したと同時に食われていた。
いや、本当に齧りついたわけではない。念のため。
「種じゃなくて、苗なのか」
『ドロップアイテム』は昨日の土と同じで、魔力のカプセルに閉じ込められた苗ひとポットだ。
植えやすくて助かる。
キュウリなら元世界の畑でも、必ず畝二つ分は植えて育てていた。育て方はよく知っている。
見知った野菜を植えられると思うと、すごく安心できそうだ。
「?! 退け!」
安心している場合じゃなかった。
『伝心』と『伝声』はもちろん、自分の口でも指示を出す。
『ドロップアイテム』が出ているというのに、接敵警報が消えていない。
まだ何かいるのだ。
ミーレスとシャラーラが、飛びのく。同時に、それは現れた。
白くて細長いからだをぶぉんぶぉん振り回しているのは・・・。
「ネギだ」
そう、ネギ。
『ネギボウズ』。
真ん丸で白い花付き・根つきのネギが、狂ったように暴れまわる。
「はっ!」
一度退いて間合いを空けていたミーレスだ。白い花が目の前を通過したところで踏み込んでいく。
狙いは、花と本体とをつなぐ細い茎。だが、わずかに遠い。
かわされた。
そこに本体部分が来る。
回転しているのだから当然だ。
しかも、ミーレスの長剣では受けようがない。
必死で逃げる。
大きいので上や下にかわした程度では避けられそうにないのだ。
「このぉ!」
かわりに飛び込んできたシャラーラが、腰を落として正拳の構え。敵を砕くか、自分がはじけ飛ぶかという緊張の一瞬。
「せぇい!」
放たれた拳が、ネギの根元を砕いた。
バランスを崩したのだろう。回転しつつも上下にブレ始めるネギ。
「はっ!」
気合一閃。
ミーレスの長剣が今度こそ花を叩き落とす。
完全にバランスを失ったネギが自重で床に叩きつけられる。
ネギ独特のにおいがあたりに散った。涙が浮かんで、視界がゆがむ。
「『フラムマクリス』!」
アルターリアの魔法を撃ちだす声が聞こえ、衝撃音と熱気が押し寄せてきて・・・すべてが消えた。
ネギの臭いも完全に消え去る。
臭いすらも魔素となって消えたらしい。
「一度の遭遇で、複数の魔物と戦うことになる話は聞いたことがありました。ですが、こういう形になるとは・・・」
召喚されるとか、二体で出るのは予想していたが、倒したと思ったところからさらに一体湧いて出るのは予想していなかったとミーレスが言葉を漏らす。
「ちょっとビビったっす」
シャラーラも冷や汗をぬぐう仕草をして見せた。
手には『ネギ苗』を持って。
それを目にしたオレの脳裏に、ある言葉が浮かんだ。
「ああ・・・」
そういうことか、と理解の及んだ頭が出した答えに、ため息が出た。
「コンパニオンプランツ、だ」
二種類以上の植物を組み合わせて育てることで、片方、または双方にメリットがあるようにする育て方がある。
自然界において、植物が単一で繁殖することはほとんどない。
たいていは何種類かがまとまって育つ。気候や土壌によってその種類や割合は徐々に遷移していって、最後には極相と言ってそれ以上遷移しない安定した植生へと変わる。
これを畑という小さな世界に人工的に応用するのがコンパニオンプランツの考え方だ。
キュウリでいえば、本来地を這う植物で土の浅いところに根を張るのだが、そのくせ直射日光は嫌いらしく、つるを伸ばして自らの葉で日陰を作り、根がそれを追う形をとる。
それを見越して、支柱を立てて栽培する畑では敷ワラをして、根を守ったりするのだが、それならばと支柱とつる・葉で日陰になる根元に、日陰が好きなミツバやパセリを植えて敷きワラ代わりにしようという考え方だ。
敷きワラは肥料にもなるが人間からすれば価値がない。そこで、食べることのできるものを敷きワラ代わりに植え、ときどき摘んで食べてしまおうというわけだ。
キュウリに長ネギというのは、長ネギの根に共生している拮抗菌が、キュウリを病原菌から守ってくれるので昔から使われていた方法だ。
元世界の畑でも、去年から導入していて畝の肩や脇に長ネギを植えている。ネギ類は土壌の消毒もしてくれるということで、農薬を使わなくてよくなって重宝したものだ。どうせ金をかけるなら農薬よりも野菜苗のほうがいい。
だとすると。
「今後は、二種類から三種類。しかも数も複数出ることを覚悟して戦う必要があるぞ」
コンパニオンプランツには二種類以上の作物を混合して栽培する『混植』と、作物と作物のあいだに別の作物を植える『間作』がある。
キュウリでいうなら、「メインのキュウリと長ネギ」の他に「メインのキュウリの根元にミツバかパセリ、株間にラッカセイ」というのがあるのだ。このとき、キュウリ一株に対して長ネギは二本植えるのがよいとされている。
それでいくなら、最悪。キュウリを倒したあとで長ネギが二本か、キュウリを倒したあとミツバかパセリ、さらにラッカセイが現れる可能性があるということだ。
「問題ありません。そうとわかっていれば、対応はできます」
「出てきたら、ぶん殴るだけっす」
前衛二人が、頼もしいことを言ってくれる。
「アルターリアは一体目には魔法を使わないでおいて魔力を温存。二体目の魔物へは積極的に撃ち込む感じで頼む」
「わかりました」
一体だけで終わるなら0、二体目以降が現れれば1の割合で使わせて様子を見ようということだ。
一応、魔力系がなるべく補強されていくように、レベル上げのシステムに手を加えてはいるが、そんなすぐに効果が出るものでもない。
ゆっくり育てていきたい。
「ということだから、ミーレスとシャラーラは二体目のときには引き気味に構えて三体目への警戒をしてくれ」
「承知しました」
「任せてほしいっす」
作戦にわずかな変更を加えて、探索に戻る。
次に出くわしたときには、キュウリが一匹単体で現れただけで終わり。そのあとは『パセリン』と 『ミィツバ』を従えたのが出てきたが、背の低い草どもは燃やされて消えた。『ドロップアイテム』としてそれぞれ苗が手に入るものの、彩にはよく使うがメインのおかずになることはない野菜なので、正直ありがたみはない。
やはり敵としてはネギが強かった。
あと、『ラッカセイ』だ。
根っこ下で引きずられている莢部分から豆を撃ってくるのが地味に怖い。
ただ、うちのアルターリアさんの炎の投げ槍のほうが威力はでかい。撃ち合いになれば、勝負にならずに消えうせる。
当初は、この豆からも苗が出て来やしないかと焦ったのだが、そんなこともないようで本体が消えると一緒に消えてくれた。
ゲートキーパーは・・・。
「コカトリスか!?」
「コケ、コケ、コッコー!」
二メートルはある鶏だった。
コカトリスではなくただデカいだけのニワトリだ。
思わず叫んだのが恥ずかしくなるが、強い。
シャラーラはクチバシ攻撃の速さに避けるのがやっと、ミーレスの斬りつけた長剣は羽に弾かれる。アルターリアが魔法を使おうとすれば、生意気にも飛びやがる。
『後ろに回り込め』
『伝心』を使ってシャラーラとミーレスに指示をする。ほぼ同時に、アルターリアには『伝声』で正面に立って相手の気を引くよう指示もする。
オレ自身も前に出た。
ニワトリが、オレとアルターリアをロックオンして睨み付けてくる。
鳥の視界は狭い。
正面を向いていては左右や、まして背後が目に入ることなどない。そして、鳥は鳥頭である。記憶力があまりない。
シャラーラとミーレスのことなど、頭から消え去った。
なので・・・。
「コケ―!?」
一声叫んで、ニワトリはコケた。
足が一本なくなっている。
「アルターリア!」
「『フラムマクリス』!」
すかさず魔法を撃ち込ませる。
ニワトリが魔素となって消えた。
あとに残ったのは『根切鍬』。栄養豊富な畑で、野菜が育ちすぎ(徒長)ているときに根を切って余分な成長を止めるのに使うための鍬である。
徒長していると寒冷害の被害を受けやすくなるので、これを予防するために周辺部を掘って根切をする。無駄な徒長を制限すると同時に、新しい根の成長を促して耐久力を上げるのだ。
そんな作業に特化したものとなる。
「なんか、マクリアとかと比べると魔物がやたら手強いな」
「ここは『デスモボロス』の迷宮ですから。神の名を戴いている迷宮は質が高い分危険だと聞きます」
魔物は複数続けて出てくるし、ゲートキーパーも強い。差が大きすぎやしないか、と愚痴ったらアルターリアが答えをくれた。
「迷宮によってテーマや魔物が違うだけでなくて、そういうとこも違うのか」
というか、そうでなかったらリティアさんが「そこはだめ」とか言わんわな。
理解した。
「でも、戦えないほどではなさそうだ。進もう」
「もちろんです」
「行くっす」
「魔力も昨日より余裕があるような気がします」
ミーレスたちも、否やはないようだ。
探索を続けることにする。




