ルナリエ しゅうえん
炎の柱が立ち上った。
それとも、天空から降り立ったのだろうか?
ともかく、とある教会を貫いて炎が屹立している。
「て、天罰じゃぁぁぁ!」
目の当たりにした老婆が、眦が避けるほどに目を剥いて叫び声をあげている。
それも当然だった。
目に入るのは巨大な炎の柱だけではない。
炎の柱を中心に、ゆっくりと弧を描いて回るモノがあった。
白い翼をもった女性。
紛れもない『天使』が顕現している。
「天罰が下りおったわぁぁぁぁぁ!」
再度の叫び。
空中から地上に目を下ろせば、翼はないものの人ならざる乙女たちの姿があった。
水、風、火、土、氷、木、各精霊が群れを成しているのだ。
幻想的でありながら、怖さを感じる風景がそこにある。
そして、ときおり数百とも見える炎の槍が、教会内へと降り注ぐのが見えている。
同時に巻き起こる断末魔の声。
「ケケケケ! いい気味じゃ!」
以前から、素行の悪さで周辺住民たちに嫌悪の目を向けられていた者たちがいた。
虫けらにも劣るその者らへ、天罰が下っているのだと老婆は確信していた。
それは、老婆が――。
近隣の人々が望んでいたこと。
人は、自分に都合のいいように事象を見る。
自分の望むように解釈をする。
神の正義がなされたのだ。
正義感で暴走した近所の若者などいない。
誰も傷つかない。
だって、天罰だから!
その考えが大勢を占め。
事実となっていく。
そんな様子を通りすがりに確認しつつ、現場へと急ぐ。
「・・・さすがです」
ルナリエが、頭に手を当てて声を絞り出していた。
声もなく立ち尽くすのはリェータだ。
壮大な宗教画がリアルタイムで描かれている。
中央で炎を上げているのはレジングルの『竜の炉』。
頭上を舞うのはヴァルキリーの『結羽姫』だ。
地上を群れ成す精霊は、リーバが盾を掲げて召喚している。
各精霊を指揮しているのは『雫』、『風花』、『凍呼』、『焔』、『畝里』、『四葉』だ。
その横では、特徴的な姿の女性たちが整然と並んでいる。
『絹依』を筆頭に集まったシルキー妖精たちだ。
『守楽』もいる。
で、降り続く『炎の槍』はクレミーの『100の炎槍』だ。
ときおり見える半透明の騎士団はメティスの『守護霊団』だったりもする。
人影は見せず。
精霊と魔法のみ。
これが『天罰』でなくて何なのか。
酒と女で狂乱の宴を開いていたバカどもは一掃された。
剣などの物理攻撃による傷は皆無。
全員が魔法によって命を失っている。
常識的に見て、あり得ない状況だった。
数十人もの人間を、魔法攻撃だけで倒しきるなどありえない。
魔力が続かないし、威力が足りない。
なにより、反撃の一つもできないままの死だ。
現実的ではない結果が広がっている。
ゆえに、この状態となった理由もまた、現実的ではありえない。
「天罰よね」
「天罰ですよ」
「天罰じゃな」
クレミー、リーバ、レジングルが自信満々で断言した。
周辺に住む住民からも、そう証言するものが多数現れ、報告されることとなる。
。
「まぁ、これを見て人の手による襲撃とは誰も思わないよな」
何が起こっているか、見て分かるのは全てを知っているオレくらいのものだろう。
ミーレスたちの足取りを追ってきたものの結局追いつけなかったオレは、ルナリエの後ろで演出過多なイベントを眺めるのだった。
翌日、聖女ルナリエが「ご神託を賜りました。昨夜のことは天罰です」と公式に証言をしたことで、人々のこの件に関しての理解は定まった。
聖女が言うのだし、もう間違いはない。
天罰だ、と。
少し遅れて、ドロル教の教会本部もそれを公式に認め、一連の事件は終息していった。
そのように事態が進むあいだ、オレが何をしていたか。
実はお片付けに奔走していた。
聖女ルナティエの神託は、もう一つある。
すなわち、『聖女と英雄の結婚に祝福を授ける』というものだ。
以前から噂に上っていた話が、『神託』によって肯定されたことになる。
人々に驚きはなかった。
自然な流れ。
なるべくしてなったというのが、大方の感想だったのだ。
『神託』を下ろすタイミングに便乗しての『結婚発表』。
アルホル司教とオレの間で結ばれた契約が履行されたことになる。
期間内でのことなので、オレの命がどうこうという文言は意味を失くした。
同時に、これ以降はアルホル司教の支援を受けられなくなる。
代わりに、成功報酬の100万リメラが支払われるはず――だった。
払われなかったけどね。
アルホル司教は破産していた。
持っていた財産のすべてを使い果たしていたのだ。
追加で金銭を増やそうとはしたらしいが、金蔓もまた破産していた。
カジノの『支配人』以下、密輸団の方々のことだ。
国境付近で取り締まりに当たった王国側の『密輸組織担当』部門による一斉摘発によって身柄を拘束、『密輸品』もすべて没収されていたのである。
なにしろ第二王子が直々に指揮を執ったというから、大掛かりだ。
実は『担当部門』には『あちら側』の手の者も多数いたらしいが、王子直属の部下たちによって一掃されてのことだったとか。
王国側の組織内でも粛清が進んだという。
当てにしていた組織が壊滅したことを受け、アルホル司教は焦ったことだろう。
これはマズいと同じ派閥の武力担当、ナンバーツーを頼ろうとしてみれば『天罰』によって既に殲滅された後。
結果として、『結婚発表』から2時間後、アルホル司教以下数十人が『成功報酬』未払いによるペナルティーを受けて奴隷と化した。
「バカな――」
報酬を受け取りに行った時のアルホル司教のお言葉である。
普段通りにミーレスたち『迷宮メンバー』も連れて行ったので、一応家探しさせたのだがどんなにかき集めても金貨が十数枚しか出てこなかった。
金などいくらでもくれてやると言っていたというのに。
「私たちはどうしたらいいのでしょう?」
アルホル司教に従っていた教会関係者が、困惑顔で聞いてきた。
「『照魔鏡』で奴隷にはなっていないのだな?」
「はい。元のままです」
「教会内の派閥はわかるか?」
「わかります」
「なら、『中道派』に庇護を求めるといい。これからの教会は『中道派』で一新される」
『聖女派』は『聖女』の結婚で事実上解散するからだ。
旧体制派は壊滅するしな。
「わかりました」
ホッとした顔の彼らは、身の回りのものだけをもって退去していく。
「下っ端は条件に当てはまらない。我ながら的確な文言を入れていたものだ」
ウンウンと無駄に頷いてしまった。
アルホル司教と、今回の計画を練ったときに作った契約書の一節のことだ。
『成功報酬は100万リメラとする』
補足事項『必要経費として支出した分は含まない。また、万一支払い不能となったときには『甲』自身を含む利益関係者全員が奴隷として『乙』所有となることで補填するものとする。
この『利益関係者』に下っ端は含まれない。
なぜなら、利益なんてないからだ。
儲けたからといって臨時ボーナスを出すようなタイプではないからな。
アルホル司教という男は。
「さて、『利益関係者』を集めてこよう」
ダヴェーリエが『中道派』と交渉して手に入れてきた『旧体制派』の情報を使い、各地に潜伏している残党を片付けて歩くのだ。
奴隷となっていない下っ端は『中道派』の下へ自主的に向かわせ、奴隷と化した『利益関係者』は完成した『エステレグヌム・ルナティエ・カワベ大神殿』で働いていただくべく身柄を拘束。
『空間保管庫』に放り込む。。
ちなみにだが、今回の騒動で『エステ・レグヌム』州に来た貧民他の人々は全員、この地の新たな住民となった。
一言で言えば、『城下町』の住民となる。
これは、カジノで手に入れた奴隷たちも同様だ。
過疎化が進み、人口が少なかった我が領内も、これで少しは賑やかになることだろう。
そんなこんなで働いて家に帰ると、わかりきっていた結果が現実になっていた。
リビングのソファにルナリエが鎮座し、それを困惑顔のエクレシアが見張っていたのだ。
横にはアロガシアも従えて。
『聖女』を見張るというのは不思議に思うかもしれないが、そうでもない。。
ドロル教で聖女とまで言われる人物が訪ねてきている。
オレの帰りを待つとでも言われて、追い返すわけにもいかずリビングに通したのだろう。
何の目的があってのことかもわからない。
幸いにもエクレシアは『聖女』と面識があり、オレとの関係も聞いてはいる。
だが、オレはヤマトノクニの話をまだ誰にもしていない。
オレとルナリエとダヴェーリエ、リェータ以外の者には、彼女とオレの関係がいまいちわかっていないのだ。
結婚する予定というのは知っていても、それが必ずしも良好な関係を保証するわけではない。
単なる利害関係の一致という可能性も残るのだ。
困惑もする。
ミーレスたちは関係の長さからなんとなく空気感をわかっているから警戒はしていないが、新参者のエクレシアに微妙な機微を読み取るのは不可能なのだ。
ただし、その困惑顔はオレがリビングに入るのと同時に消え去った。
「我が君、これよりは我が身命を捧げます。いかようにも、お使いください」
オレを見るや、ソファから崩れ落ちるようにして床に這いつくばったルナリエが隷従を申し出たのだ。
少なくとも敵ではないということがこれでわかる。
オレの返答が、拒絶でない限りは。
そして、当然ながらオレの答えが拒絶であるはずはない。
「まあとにかく場所を変えて座ろう。・・・ミーレス、全員にコーヒーを」
「はい」
ともかく、ダイニングに出て、各自席に付いた。
ただし、オレの正面がテディリアーナではなくルナリエだ。
テディリアーナとクレミーがオレの横に付き、ミーレスはオレの左後ろに立っている。
他の者たちは普段通りだ。
「それで、教会の方とは話が付いたのか?」
話しは、コーヒーカップをオレが手に持ったところから、再開する。
まあ護衛が付かずにいる時点でおおよその予想は立てられるが。
「はい。わたくしはもう、ドロル教とは何のかかわりもありません」
もともと、ルナリエ・・・ニシノ・トウジロウの一族は、トウジロウ先生がヤマトノクニに引っ込んだ時点で、教会内に於いてはほぼその影響力を失っていた。
それが、今日まで存続していられたのは、トウジロウ先生の子孫であるおかげか、その娘たちは一般の者たちと比べて高い魔力を有し、美しかったからだった。
聖女として、庶民の信仰を集める偶像として利用する教会。
教会の組織力を利用したいトウジロウ一族。
その利害の一致に、当時から存在した教会内の不届き物との対抗派閥としての役割もあったことで、トウジロウ先生が手に入れていた宝を切り売りしながらではあるが、存続を続けてこれたのだ。
それが、総主教選挙を前に『旧体制派』が天罰によって粛清され、『聖女派』を教会内に残すことは教会の主流となる『中道派』にとって、あまり歓迎できることではなくなった。
互いにけん制し合っていた派閥の一方が消えたことで、もう一方が力を付けて勢いを増す可能性は高い。
それによって教会内の勢力図がひっくり返されはしないか。
そう考える者も多かった。
元より予想されていた展開である。
だから、ダヴェーリエを通じて根回しを進めていたはず。
「そこで、そういった不安を抱きそうな方々に、わたくしは相談を持ち掛けました。『始祖であるニシノ・トウジロウ大司教が残された口伝に当てはまる男性をついに発見した。わたくしはその方に仕えねばなりません。聖女の肩書を外してもらうことはできませんでしょうか?』、と。わたくしたちの一族が、実際これまでしてきたことを彼等も知っていますので、事情はすぐに理解してもらえました」
組織力を利用されてきたことは知っていた。
理由もある程度は察知していただろう。
となれば・・・ニシノ・トウジロウという変人の言いつけに振り回されている子孫が、落ち着きどころを見つけて立ち去ろうとしているとしても何ら不思議とは思うまい。
「聖女の肩書から解放する代わりに、今後二度と教会の関係者との接触と、ドロル教の名を使っては行動をとらない。という条件の下、つい先刻、追い出されてまいりました」
晴れ晴れとした顔で、ルナリエが告げてくる。
「女性をたくさんお抱えのご様子ではありますが・・・。ハルカ様に、血筋という面でいえば最もふさわしい女はわたくしのはずでございます」
ミーレスたちを見回し、ルナリエが身を乗り出した。
「始祖がいずこより来たかは知りません。しかしながら、ハルカ様とは同郷のものであると確信いたしております。ハルカ様の崇高なる血筋を、世に残すため、この身をお使いいただきたく存じます」
再び、床の上に這いつくばり、あまつさえ子づくり宣言をするルナリエ。
ミーレスとの顔に何か不穏な影が差す・・・差した気がする!
「なにも、正妻として扱えなどとは申しません。先日、我ら一族のため金貨をくだされたとか。それでわたくしの身を買ったということで構いませぬ。お持ちの奴隷の末席に座らせていただければ、それでいいのです。むろん、お望みいただければ、母も身を捧げると申しております」
おお。
きた。
まじできた。
母娘丼・・・。
ほしい。
ぜひ欲しい。
だが――。
「奴隷にはしない。今、うちでは奴隷解放を進めているところなのでな」
ハッキリと宣言した。
奴隷を『買う』のは仕方ないが『作る』はあり得ない。
そのうえでチラリ、とミーレスに目を向ける。
何か衝撃を受けた顔でルナリエを見ていた。
テディリアーナやクレミーも、なにかを探るような目を向けている。
「えっと。ご主人様の同郷の方の子孫・・・なのですか?」
ルナリエとオレを交互に見ながら聞いてくる。
ミーレスたちはオレが『異世界人』であると知っているからな。
「ああ・・・そうだ。寝室に入れた畳や衝立、キッチンに置いた味噌と醤油、それに酒・・・そういったものはオレの故郷にあったものを、彼女の五代前の先祖が技術を持ち込み伝えたものだ。間違いない」
答えていいものか、とルナリエが視線を投げてよこしたので、オレの口から答えてやる。
隠すようなことでもない。
「わたくしどもの存在意義は、ひとえに我らの先祖やハルカ様のようなお方の血筋を後世に伝えること。なにとぞ、寛容なお心をもってお許しくださいますよう」
三度、ルナリエが頭を下げる。
今度はミーレスやテディリアーナたちに向けて。
ああ・・・これはうまくいく。
オレは確信した。
偉大で素晴らしいご主人様の血筋を尊ばなければならない。
そう信じ込み、子供を作りたいという者を、ミーレスが否定できるわけがないのだ。
「・・・それなら、貴女には『ラリベア王国側の正室』となっていただきましょうか。・・・母親、ダヴェーリエには『後室』がいいでしょう」
ミーレスが、しっかりとした口調で言い渡した。
「えーっと、それはまたなぜだ?」
わざわざ『ラリベア側』と注釈を付ける理由は?
「元『聖女』それも『聖姫』ですからね。帝国に連れてくるよりは、『エステ・レグヌム』に居てもらうのがいいでしょう。神殿もあるのですから」
そういえば名前を冠した大神殿を作ったのだった。
「ラリベア王国やその国民の受けがいいと思われます。領地の人心掌握がしやすくなるでしょう」
ああ。領主の立場による政治的配慮ってことか。
さすがは元『侯爵令嬢』そういうところは抜け目がない。
『ラリベア側』ということで、『エステ・レグヌム』の館のベッドの使い心地を確認させてもらった。
もちろん、大きさも弾力も厳選して配置しておいたものだが、やはり使用してみないと良し悪しはわからないからな。
ラリベアでのことなので、ミーレスたちはいない。
ダヴェーリエとルナリエ、そしてオレだけだ。
・・・と思ったのだが、何となく人の気配を感じた。
たぶん、リェータが警護と監視、そして見学をしていたものと思われる。
思われるというか、ダヴェーリエを迎えに行ったときについてきていたから間違いないんだけどな。
「見てますよー、一応伝えておきますねー」とでも言うように、辛うじて「なんかいるなぁ」って程度の気配を漂わせているのだ。
本気になればまったく分からないほどに気配を消せる相手、というのは恐ろしいよな。
そういえば、ここの警備ってどうなっていたっけ?
レミー以下の警備員が巡回しているだけだった気がする。
警備のための騎士団とか作るべきだろうか?
そんなことを頭の片隅に置きながら、ダヴェーリエとルナリエ母娘を抱き寄せた。
母娘共演・・・。
元世界なら不道徳の謗りを受けて当然の行いである。
しかし、ここは異世界。
こちらでは合法にして、誰も文句を言わない行為――二割くらいは眉を顰める方もいるだろうけれど、それだけのこと――だ。気にしてはいけない。
遠慮なく楽しませていただく。
妙なところで仕草が似てたりして・・・すごい背徳感を味わった。
ちなみに、一番はっちゃけていたのはダヴェーリエだ。
ルナリエは初めてということもあって大人しかった。
覚悟はとっくに完了している子なので、躊躇などはない。
だが、いちいちこちらの反応を確認してくるのだ。
なんとなく、テディリアーナの時を思い出したね。




