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異世界で家を買いました  作者: 葉月奈津・男
『試練』編
402/404

ルナリエ おおづめ



 ――別視点。


「ば、ばかな。いったいどうやって・・・ぐふっ・・・」

 ルナリエを連れ出し、捕らえていた者の最後の一人は、そう言って絶息した。


 無理もない。

 ここは邸宅の最奥。


 ここまで来るためには百人を数える神官やごろつきをかいくぐるか、すべてを撃破してこなければならない。

 なのに、外の連中に一声もあげさせずにテディリアーナたちは姿を現した。

 まさに、「ばかな」だろう。


 まあネタをばらせば、どうということでもない。

 外から順に消してきただけだ。


 テディリアーナの『時の魔女』効果。

 相対した敵の動きを5%減じる、が遺憾なく発揮された。


 敵に気付かれないよう近付き、声を上げさせずに瞬殺する。

 たったそれだけのこと。

 難しくもなかった。


「つくづく、ギャップが凄いですね」

 呆れて首を振ったのはシェリィだ。


 誰よりも容赦なく敵を切り捨てて進んだのはアダーラだ。

 平時の頼りなさが何なのかと思うほど、冷酷にして苛烈。

 おそろしいほどの活躍ぶりだった。


 クレアとマローネも、素早く動いては切り捨てていた。

 まったく成すことがなかったのはクレミーとシェリィだ。


「って、シェリィもひっそり活躍してるじゃない!」

 チラチラと表れる『高所を押さえて遠距離攻撃』の敵を、百発百中で射殺していたことをクレミーが指摘する。

 ぐぬぬぬぬっ、と唸って威嚇していた。


 爆炎系魔法が得意なクレミーには、こういった隠密作戦では本当に出番がない。

 そのため、悔しくてたまらないのだ。。


「今に見てなさいよ!」

 目にもの見せてやる!

 固い決意をもって、クレミーは呟いた。




「皆様、お救いいただき光栄です」

 ルナリエが落ち着き払って頭を下げた。

 死体が五個ほど転がっているが慌てる様子もない。


「ハルカ様でなくてごめんなさいね」

 テディリアーナが本当にすまなそうに頭を下げた。

 きっと期待していたに違いない、そう考えていたのだ。


「いえいえ。この土壇場に来て迷惑をかけたのでは、この先で座る椅子が狭くなりますので助かりましたわ」

 あと少しで満願成就って時期にケチをつけたくなかったからよかったと、『聖女』は朗らかに笑う。


「とはいえ――」

 笑顔から一転。

 ルナリエは端整な顔を歪ませた。


「なにか気がかりでもあるのですか?」

「下っ端ばかりで首謀者がいないのです!」

 ふんっと鼻を鳴らして、ルナリエは床を蹴った。

 首魁はこの場にいなかったらしい。


「ですが、さすがにこれだけの騒ぎを起こしたのでは、首謀者にも手が回るでしょう。逃げられないと思うのですけれど?」

「それが・・・そうでもないのです。教会の政治力は皇帝陛下も無視はできないので。おそらく厳重注意といったところで治められるかと」

 影のようにルナリエに寄り添ったリェータが答えた。

 姿を見ないと思っていたがちゃんといたらしい。

 濃厚な血の匂いを漂わせる短剣が腰に差してあるので、人知れず敵を葬っていたのだろうけれども。


「首謀者ですか、確かアルホル司教でしたか。その方ってそんなに力があるのですか?」

 そんな風には思えないが・・・。

 テディリアーナが訊く。


「アルホル司教が、というわけでもないのです。今回は別口でもありますし・・・」

 そう言ってルナリエが話すのは、よくある宗教団体の堕落だった。




 彼女の一族の始祖とも言える『ニシノ・トウジロウ』が大司教になる少し前ぐらいから、ドロル教の幹部は世俗の政治家や経済界とのつながりを強めていたのだという。

 その方法というのが、実に悪辣だった。


 無理矢理に良い言い方をすれば、政略結婚だ。

 孤児や奴隷の子という境遇のため、身寄りのない子供を引き取り、宗教の名のもとに洗脳。

 ドロル教の教義を刷り込む。

 その教義に従うことこそが、己の幸せと信じて疑わない無垢な乙女を作り出して嫁がせるのだ。


 この大陸ではある程度の金があれば、自分の好きにできる女を手に入れることはたやすい。

 だが、それは単に自由を奪えているだけだ。

 金ではどうしても手に入らないものがある。


 それは相手から与えられる純粋な好意、『愛』だ。

 資金にものを言わせて奴隷や女性を手に入れることはできても、その相手が好意を持ってくれる例は少ない。


 乱暴に扱えば、当然に憎まれ、嫌われ、怯えられる。

 だが、ドロル教から宗教的な洗脳を受けた巫女たちは違う。

 神が選んだ相手との結婚という名目が付けば、相手がどんなに悪逆な相手であっても運命の人と信じ一途に愛し続けるのだ。


 金と権力に事欠かない者たちにとって、唯一どうしても手に入れられないもの、この『一途な愛』は何物にも代えがたい魅力があった。

 ドロル教はそこに付け入った。


 宗教団体という組織の特徴として、種族のかかわりなく信者は集まるし、身寄りのない子供も引き取りやすい。

 権力者や金持ちは、持っている資産や権力の恩恵を教会の役に立てさせる代わりに、この純粋培養された純粋な『愛』を「買う」のである。


 そうやって、ドロル教はその勢力を広げてきた。

『ニシノ・トウジロウ』はそれを何とかしようと奮闘したらしいが、争いに負け、ヤマトノクニに隠居する羽目になったのだという。




「曽祖父が死んでからは、少しずつ少しずつ、わたくしたちの側の勢力は削られ続けていまして。いまや、『聖女』をすらどこかに売り飛ばす計画が進められている有様なのです。もちろん、教会本部にはちゃんとした敬虔な信徒がいて、神に仕えていますよ? 地方にいる者たちがおかしくなっているだけで」

 その筆頭が、アルホル司教であり今回の首謀者でもあるということ。


「その教会本部の人たちは、なんとかしようと思わないのですか?」

 ミーレスが聞いた。


 ずっといたような自然さだが、もちろん違う。

 目的地らしき場所へ近づいたところで血の匂いに気が付いた彼女たちは、大人しくしている理由はもうないと判断。

 自分たちを案内――取り囲んで連行――してきた者たちを瞬殺。

 駆け付けたのだった。


「何とかしたいとは思っているのだけれど、なんといっても敬虔な信徒ということは常に祈りを捧げて学問に身を捧げている人ばかり。知はあっても武はないのですよ。そして、相手は逆に盗賊上がりの、斬った張ったが得意な者たちを多く抱え込んでいる・・・と」

 答えるルナリエも、眉一つ動かさずにミーレスたちを受け入れた。

 テディリアーナがちょっと目を見開いたものの、『アダーラ組』の面々もスルーだ。


「・・・どこにですか?」

 ミーレスが勢い込んで聞く。

 抱え込んでいるというのが各地に、だとすると手を出すのはいささか難しい。

 でももし一カ所にとどまっているのなら、攻め潰せばいい。


「えーと、よろしいのでしょうか?」

 アルターリアが、そっと聞く。

 攻勢に転じようという流れに待ったをかけたのだ。


「ご主人様の意向はハッキリしています。ルナリエを家に呼ぶのに先立って、教会の掃除をすると。いずれすることになる掃除なら、ご主人様の手を煩わせるまでもありません」

 自分たちで終わらせるが最善と、筆頭奴隷は鼻息が荒い。


「もっともです!」

 熱心に頷くのはカワベ家のメイドを自任するフェリシダだ。

 掃除はメイドか下働きがすること。

 主に手伝わせるなどあるまじきというわけだった。


「総主教候補『ゼティアミ』派のナンバー2が管轄する神殿が、彼等の本拠地となっていますわ」

 ハルカの手を煩わせるまでもないとの意見で、目つきが変わったルナリエが情報を出す。

 相手はまさに、『掃除対象』なのだ。


「神殿――」

 それはちょっと攻め潰しづらい。

 ミーレスが唇を噛んだ。


「ねぇ、神殿で人が大勢死んだとしても神罰が原因なら、犯人がどうとかいうことにはならないんじゃない?」

 なにかを考えるように首を傾げていたクレミーが発言した。


「え? ・・・ええ、神罰なら仕方がないでしょうね」

 不思議そうな顔で、ルナリエが頷く。


「――面白そうですね」

 ニヤリ。

 リーバが酷薄な笑みを浮かべ、


「確かに――」

 竜の人レジングルが目を爛爛と輝かせた。



 ———————————————————————————————————————



「――楽しめましたか?」

 静かに問う。


 オレの前には白金色のチップが山を成している。

 相手側には一枚たりともない。

 勝敗は決したのだ。


「ぐ、ぐぬぬぬぬ」

 顔を赤くしたり青くしたりしながら、『支配人』が睨みつけてくる。

 睨みつけるだけで動かないのは他の客の目があるからだ。


 賭博場と言えど、――否。

 賭博場なればこそ、信用が大事だ。


 勝負に勝ったとき、胴元が金を出し渋るようでは安心して遊べない。

 客が負ければ一切合切奪うくせに、自分が負けたときには逃げを打つ。

 そんな風評が広がったら、商売にならなくなる。


「ふ、ふはは――。いや、まいりましたな」

 額を脂汗でテカテカにしながら、『支配人』は笑って見せた。


 負け分は今後巻き返せばいい。

 賭博場の信用と財源が残っていれば、それは可能だ。

『支配人』は今、必死に自分へ言い聞かせて平静を保とうとしている。

 それが、手に取るようにわかった。


「お支払いは早めに済ませていただくのが望ましいですぞ?」

 ゲーム中に何度も聞いたセリフを投げかけてやる。


「クッ!」

 歯噛みしながら、『支配人』が部下に合図を送った。

 チップが数え上げられ、白金貨と金貨へと替えられていく。


「ああ、そうそう。なにか処分したいものがあるなら、引き受けますよ?」

 金貨はともかく、白金貨が足りそうにないと見て声をかけた。


 自分が勝つ前提の『遊び』だ。

 用意したチップほどの現金はないはずだった。

 とはいえ、「足りない」などとは言えないだろう。

 助け舟を出してやる。


 善意による情け――ではもちろんない。

「あとからの支払いにしてほしい」などと言われて『証文』を渡されても困るからだ。


 数日中に後ろ盾になっている組織を破滅させる心づもりでいる。

 そうなれば『証文』は紙切れだ。

 なんでもいいから『現物』を押さえておきたい。


「ほう。奇特なことよな」

 内心はどうかしらないが、傍目には尊大さを崩さずに『支配人』が頷いた。

 すかさず、意を汲んだ部下たちが提供しうる『財産』をかき集め始めている。


「もう飽きていたのだ」、「古臭いデザインが気に入らなかった」、「片付けるのが面倒だ」。

 なにかと理由をつけては『奴隷』、『宝飾品』、『調度品』の数々が値札付きで提出されてくる。

 オレはそれを片っ端から『空間保管庫』へと入れさせた。

 老紳士から譲り受けた奴隷たちが働いてくれている。


 最終的には彼等にも『保管庫』に入ってもらって終わりだ。

 連れて歩くわけにもいかないからな。


 その間に『支配人』側の会計責任者がなるべく高く見積もろうと必死になりながら値を付けているが、はっきり言って無意味だった。

 支払金額――『支配人』が貸し付けた白金色のチップの山――が法外すぎるのだ。

 多少の上乗せなど、足しにもならない。


 当然に足りなくなる。

 ついには、カジノ全体で手に入れていた他の客たちの『金銭貸借契約書』も積み重ねられた。

 持ち金以上の賭けに挑んで負け越した人間が、相当数いたようだ。


「ほお! さすがですな。これほどの額をきっちり用意してのけるとは。いや、お見事です」

 感嘆の声を上げ、賛辞を贈る。


『支配人』側が支払額を一括で用意してのけたのだ。

 テーブルの上には支払いが済んでのちも金貨が山を成している。

 シャンデリアに照らされて眩いばかりだ。


 見た目には――だけどな。

 内心でせせら笑う。


 実際は、この規模のカジノにあるべき量の百分の一にも満たないだろう。

 事実上、このカジノは破産したのだ。


「当然だ。そうでなくて、カジノの胴元は務まらぬ」

 ふんぞり返って、余裕を見せる『支配人』。

 その一方で、頬は引きつり、襟元が汗に濡れ、脚も震えている。

 皮一枚で首が繋がっている、というところだろうか。




「は、はは。数日もすれば、『アレ』が届く。大丈夫だ。すぐに取り返せる!」

 焦点の合っていない目を泳がせて、何かぶつぶつと呟いている。


「そうだ。取引を速めればいい。そうすれば、すぐに金が入る。そうとも。いくらでも巻き返せるのだ。えーい、さっさと行け!」

 大丈夫だ、まだ金はある!

 自分に言い聞かせ、部下を蹴り飛ばす勢いで追い立てている。


 蹴り飛ばされて出て行くのは、例の『密輸』組織で下っ端となっている貴族たちだ。

 カジノの金が底をつきそうになっているので、密輸で巻き返そうというつもりなのだろう。


「間に合わないけどね」

 口の中で呟いた。

 終焉の時は近い。



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