ルナリエ 551開店
エレフセリアを経由してラリベアに戻った。
もちろん、10万ダラダを支払って『安全保障税納付証明書』も手に入れてある。
人的資源局へ出向いて800リメラ払うだけで、リリムも市民となった。
だけ・・・。
900万払って『だけ』、・・・我ながら無茶苦茶だ。
『リリム・オミステレラ。市民(中級)。女。15歳。精霊使い(木)』。
メッチャ簡単。
それはそうと、リリムにも家名はあったんだな。
孤児でも親はいるし、この世界たいていの人間には家名があるから不思議ではないけど。
あと、いつの間にかジョブが『精霊使い』になっていた。
『軍神の魂』で使いこなしていたから、他のジョブから抜きんでたのだろう。
ずっと鍛えていた『治癒魔法使い』は治癒魔導士ギルドに加盟させないことで、『治癒魔導士』から一段落ちる『魔法使い』で頭打ちとなっていたのも原因かもしれない。
それはそうと・・・。
「もうかよっ!」
全力でツッコんだ。
店舗裏に転移したら、もうカレーの匂いがしていた。
だけではない。
なんと、客が並んでいる。
「まだ仕込み段階でーす。並んでも開店はしませんよー」
アリシィアさんが断りを入れているが、客は引く気配を見せていない。
これでもかってくらいの笑顔を振りまいているからかとも思うが、これはアレだ。
カレー中毒者が亡者と化している。
刺激の強い食べ物だけに中毒性があるのはわかるが、これほどか。
「どうしたものでしょう?」
困り顔のユトアさんに見詰められた。
ギリギリ『睨んだ』にならない微妙な感じで。
並んでいる客たちをってことだろう。
「・・・そうだな」
あごに手を当てて考えてみる。
この場合、できることといったら決まっているよな。
思い付いたのはありがちなアレだ。
倉庫へ行って、レジングルとリーバを招集。
端材に魔法特性を付与することで板状の『優待券』を作ってもらう。
次回来店時、問答無用の上に追加料金なしで『大盛りになります券』だ。
これを配って、今日のところはお引き取りを願う。
ちなみに、この『大盛りになります券』は一枚で三名まで有効とする。
これにより、いま並んでるやつらは次に来るときには必ず三人連れで来店してくるはずだ。
なんもせんでも、来客が三倍になるというからくりである。
「開店当日は死ぬほど忙しくなるぞ。仕込みは五倍くらい必要かもしれん」
「素晴らしいですねっ!」
問題。キラッキラな瞳で、軽く飛び跳ねたのは誰か?
・・・はずれ。
アリシィアさんではない。
答えは『アリシィアさんを含む全員』だ。
女将さん改め、店長も。
店長ですらも、である。
飛び跳ね方は控えめだったし、直後に顔を赤らめていたけども。
ほんとに、彼女らは根っからの労働者であるらしい。
まぁ、本人たちがそれで幸せなら何も言うことはないけどな。
オーナーの義務として、最低限の休息は取らせるとしてだ。
権限を行使して、無理やりにでも休みは与える。
忙しくなるとわかっているのなら、うちの家族全員で手伝えば済むことだ。
どうとでもなるだろう。
そんなわけで、そこからは開店準備に追われた。
メイン商品がカレーの一択であることだけが救いである。
仕込みが単純だからな。
普通の飲食店ならメニューの数だけ仕込みもある。
そこをいかに少ない工数で回すかが、経営者の腕の見せ所となるわけだ。
うちはそれがいらない。
基本的に野菜と肉を切って煮込み、ご飯を炊くだけで一応の格好が付く。
単純だ。
開店当日は終日『カレーライス』のみにする。
サラダすらつけない。
カレーの大皿と水だけだ。
・・・福神漬けはともかく、ラッキョウの酢漬けくらいは何とかすべきだろうか?
って、そういえば元世界でもカレーにラッキョウの酢漬けを添える店って絶滅してたような気がする。
オレの家では割とよく出てたけどな。
従妹の家で作っていたからだ。
貰うので何とか消費しようとしていた。
カレーの時ぐらいしかつけようがないもんだから、ここぞとばかりに食わせられた思い出がある。
そんなことはどうでもいい。
重要なのは、『カレーライス』が今まさに世へ出た世界にラッキョウの酢漬けは必要かってことだ。
元世界でも一時期は当たり前についていた。
甘酸っぱい味が、カレーのスパイシーさを引き立ててくれる。
シャキシャキした食感も、カレーの滑らかさと良いコントラストを生み出す。
カレーとの相性は悪くないのだ。
この世界でも流行るのではなかろうか?
マティさんに言って、用意してもらおう。
もしかしたら大ヒット商品に・・・って、ああ!
気が付いた。
そうだ。
そうだよ。
なんのことはない。
『カレーのルゥ』をつくって売り捌けばいいのだ。
そのついでにラッキョウの酢漬けもビン詰めにして売る。
確実に儲かるだろう。
開店には間に合わないけども。
「・・・え?」
びっくりした。
あるもんだね。
世界は違えども、同じ食材があれば食べ方も似てくるということか。
なんと『ラッキョウの酢漬け』は現存していた。
こちらの世界でも単品ではなかなか売れず、売れ行きは芳しくないながら作っている産地はあったのだ。
話しをした途端すごい顔になったマティさんに引きずられて行った先で、山のような在庫を見せつけられた。
むろん、その場で全部買い占めて帰ったね。
生産者には泣いて感謝されたよ。
『アルカノウム連合』を恩人と呼ぶ生産者がまた増えたことになる。
ちなみに、『商人ギルド』からは見限られてずいぶん経つそうな。
つくづく、脇の甘い連中だ。
販売戦略を考えもせず、儲からないと判断したとたん手を切るようでは、経済組織としての未来はないというのに。
そんなわけで、迎えた開店初日。
オレたちはマティさんとリティアさんを除く全員体勢で戦場に立つ。
いかなる軍勢が攻め寄せてこようとも、正面から受け止める覚悟である。
・・・いや。
言葉の綾だよ?
軍勢とか。
そんなわけないじゃん。
それなのに。
「軍勢よりひどくない?」
店の前に並ぶ長蛇の列を見て気が遠くなった。
どんだけだよっ!
お、おのれぇぇぇぇ。
なんか、変に気合が入ったのでオレはもう無心に店員として働いた。
主な仕事は会計だ。
食べ終えた皿を持ってきてもらい、その枚数で料金を計算する。
なるべくおつりが出ない値段設定を目指していたので、大概は受け取るだけだ。
おつりが出たとしても、金貨をもらって銀貨を数枚返す程度のことなので手間もいらず複雑な計算もいらない。
バンバン処理をした。
交代要員はシュミーロである。
ホールは無理だし、厨房も邪魔になりかねない。
かといって留守番もかわいそうなので、ただただ料金を受け取る仕事に専念させた結果だ。
ユミーではないシュミーロさんであれば、それぐらいはこなしてくれる。
ただ、問題もある。
これだけ回転が速いと洗い物が積み重なるのだ。
普通なら、な。
言ったはずだ。
『マティさんとリティアさんを除く全員』と。
そう。含まれるのだ。
これには水の人である『雫』やベテランメイドの『絹依』も。
洗い物なんて、軽くこなしてくれる。
洗い終わった皿は『風花』と『焔』が乾燥させてくれた。
添える水のコップには『凍呼』が氷を入れてくれる。
フェリシダとリリムがホールで愛想を振りまきながらカレーを運ぶ。
厨房ではミーレスはじめ全員が交代で働いている。
もちろん、アリシィアさんたちもフル回転だ。
新しく雇った村娘たちが、真っ青な顔で引いていたのは可哀そうだった。
うん。「だった」。
昼を過ぎるころには慣れてしまったようで、笑っていた。
ランナーズハイだったのかもしれないが、始めにあれだけの戦場を経験してしまえば日常の営業なんて楽だろう。今後はきっちりと主戦力となってくれるはずだ。
訓練としては最高だったに違いない。
もちろん、あとで疲れ果てていやになられても困るので、少し高めに『寸志』を用意した。
初日ではあるが、いきなりボーナスを出すことになる。
これで労働意欲を盛り上げてくれると期待したい。
ボーナスのことを昼過ぎに知らせたのはやりすぎだっただろうか?
白く燃え尽きそうなオレの耳に、歌が流れてきた。
働きづめのアリシィアさんが、高いテンションのままに即興で作った労働歌である。
こんな感じだ。
♪
(サビ) カレーの香りが広がるお店
笑顔で迎えるお客様
スパイスの魔法と心を込めて
今日も元気に声を出す
いらっしゃいませー!
(1番) 朝陽が差し込む店内で
準備を整え、エプロン締めて
おいしいカレーを作るため
みんなで力を合わせよう
ジャガイモ剝いて、玉ねぎ炒め
ぐつぐつ煮込むの大鍋で
(サビ) カレーの香る店内で
笑顔で迎えるお客様
スパイスの魔法と心を込めて
元気に伝えましょう
ご注文、承りましたー!
(2番) お客様の笑顔がスパイスね
一皿一皿に愛を込め
カレーの魅力を伝えるの
みんなで頑張るお仕事を
お皿にライス、ライスにカレー
モリモリ盛って運ぶのよ
(サビ) カレーの香りが広がるお店
笑顔で迎えるお客様
スパイスの魔法と心を込めて
今日も元気にご挨拶!
ありがとうございましたー!
(エンディング) カレーショップの仲間たち
一緒に笑い、一緒に働く
この場所が大好きだから
今日も明日も稼ぐのよぉ!
♪
うん。ホッとするね。
売上金が歌詞に入ってなくて。
最後の最期で、本音が迸ってはいるけれど。
まぁいい。
こうして、『カレーショップ551』は無事に開店したのだった。




