アルターリア 3 新方針
25/6/25。
ごちゃごちゃしていた文面を読みやすく。
ところどころ、に訂正を。
書き直しました。
クルールの十一階層に出たのは、その日の午後だった。
ゲートキーパーは、『ステン・ドゥ』。という、なんともいいがたい風貌の奴だ。
ガーゴイルなのは間違いないが、全身が色とりどりのガラスでできていた。
立体的なステンドグラスとでも思ってもらえばいい。
敵としてどうかといえば、やはり弱い。
なんでこんなに弱いのかよ、そう思ったものだ。
もちろん、違った。
魔物が弱いんじゃなく。オレたちが強すぎるのだ。
レベルと実力は比例しない。
以前、ミーレスに言われたことだ。
それは、頑張った回数——レベル——が同じだとしても、石を10個積んで終わりにしていたのと100個積んでいたのでは意味が違うということだ。
単純に、同じ10回でも10個ずつと100個ずつなら、結果は100と1000で900個も差ができる。
他の奴らがどんなに頑張っても90までしか積めないのを、オレが『異世界人』の特権で備わっているらしい設定値の変更で100まで積む。
レベルを20上げる間に、200もの差ができるわけだ。
これが魔物と戦う上での実力というものにどんな違いをもたらすのかはわからないが、他の冒険者と比べてかなり早く、しかもより強く成長しているのではないだろうか。
レベル通りの強さだとしても、この階層は低すぎるそうだから、本当のところはよくわからないけどね。
『レアドロップアイテム』は『エルイディー』。
・・・LED照明だ。
魔力式点灯で、ランプ型の傘がついていないもの。
傘は自分で作れということだろう。
ステンドグラスを使って、エミール・ガレみたいな作品を作れというわけだ。
無茶を言う。
なんにせよ、当面の目的としていたところには到達した。
別の迷宮に移ることを考えたい。
当初の予定ではマクリアの迷宮かセブテントの迷宮を片方ずつか両方を、11階層まで攻略してみるつもりだった。
だが、別の迷宮に挑戦することを考えるべきではないかという気がしてきていた。
マクリアでは動物の皮とか、爪、繊維関連の『ドロップアイテム』が手に入る。
セブテントの迷宮では鉄などの鉱石か、鉄製の武器、防具が手に入る。
クルールの迷宮ではガラス工芸用の材料と道具が手に入った。
さて、現在のオレたちにとって必要なアイテムとは何か?
もちろん、動物の皮では靴が作れる。
武器も予備としてとっておいたり売ったりできる。
それはその通りだ。
しかし、それらは最悪金で買える。
実際に今、オレが使っているのは武器屋で買ったものだ。
ミーレスに聞くと、『伝説』とか『神の名』がつくような名品でない限り、装備品というのはドロップしたものよりも職人が作ったものの方が信頼度は高いそうだ。
まぁ確かに。
元世界の神話なんかで読んで知っている神々が作る武器なんて、「ここ」という一番必要な場面でいきなり折れるようには感じる。
実際のストーリーの中での話ではなく、神々の性格的に。
そうなると、これらの迷宮に入ってもアイテムを売るだけになる。
面白くない。
せっかく迷宮に入るのなら『ドロップアイテム』や『レアドロップアイテム』が、もっと役に立つような迷宮を選択すべきではないだろうか?
普通の冒険者であれば拠点としている場所からの距離で迷宮を固定していないと儲けがないようだが、オレたちは移動に金がかからないのだから、どこの迷宮を選んでもいい。
そして、遠くに行く時にはきっちり交易をする。
どんどん儲けが出る構造を構築できる。
「・・・というわけなので、どこかないですか?」
「あのね・・・」
いつもの相談室。
リティアさんが頭に手を当てている。
「どこか、とか言われたって困るのよ」
うん。確かに漠然としすぎているという自覚はある。
だが、どんな迷宮があるかわからないので、そう言うしかない。
はて?
首をひねってしまう。
「はぁ・・・」
ため息が聞こえた。
リティアさんが髪をぐわしぐわしとかき回しながら、先日も使っていた迷宮情報を集めた書類の束——自作の迷宮図鑑——のページをめくり始める。
「えーと。装備品ではなく、その素材でもなく、ガラス工芸でもない『ドロップアイテム』が出る迷宮、ね?」
その通り、と首を縦に振る。
「となると、『鍛冶』と『建築』は外すわけよね。そうすると。そうねぇ・・・『治癒』、『狩猟』、『農耕』、あたりが無難なんだけど」
「無難、ですか?」
「他のはハルカ君が首を突っ込むには早すぎるの。せめてパーティメンバーが五人超えて、それなりに成長してからでないと勧められないのよ」
「な、なるほど」
他にもいろいろな迷宮テーマがあるが、かなりハイリスクの迷宮になるらしい。
「ちなみにドロップするアイテムというのは、どんな感じなんでしょうか?」
テーマだけ言われても、よくわからない。
「んーとね。『治癒』は薬が主なドロップアイテムよ。『狩猟』だと道具と様々な獣の皮や爪、骨になる。それだと『鍛冶』とあまり変わらなくなっちゃうんだけど。どちらかというとアイテムよりもいろんなシチュエーションでいろんな狩りができるのが特徴になるかな。『農耕』も道具、種なんかが手に入る感じになるわね」
治癒魔法が使えるから、薬は特に必要じゃない。手に入れても売るだけだ。
狩りを楽しむような趣味はないし、道具に興味もない。皮とかならマクリアの迷宮で充分だ。
となると・・・。
「『農耕』かぁ」
菜園があるから、種とかはちょっと興味がある。
先日開墾はしたものの、なにも植えていない農地があるし。
「もしくは、『ガラス』ではなく『木工』とか『石工』なんかが低階層にある『建築』系というのもあるわね。ガラス工芸以外なら、いいんじゃないの?」
「そう・・・ですねぇ・・・」
『木工』を選んだとして、『釘』とか手に入っても正直困るぞ。
『杉板』とか『ヒノキの柱』が、『ドロップアイテム』。
『金槌』とか『鉋』が、『レアドロップアイテム』ではどうにもならない。
売る以外の選択肢がない。
オレは大工じゃないんだから。
「ハルカ君が大工さんになったら、家建ててもらえるし」
クスクス笑いながら、リティアさんが言う。
「大工になんてなりませんよ! 迷宮探索で手いっぱいなのに、どこに修行に行けっていうんですか?!」
まったく、なにを考えているのか!
「あ、あの。ご主人様。迷宮を踏破していくと、自然にジョブとそれにまつわる技術を習得していくのですが・・・?」
「・・・はい?」
「以前にもお話ししましたが、ジョブというのはその人が必死に頑張った末に得る称号です。ですので、ご主人様のおっしゃった、職人のところで修行するのが本来の姿です。ですが、迷宮を踏破することでも同じ結果を得ることが可能なのです」
そういえば、ミーレスに戦士と騎士の違いを尋ねたとき、称号という話は聞いた。
でも、技術もそれで身につくっていうのは・・・。
「補足すると・・・そうね。わかりやすく言うと、マクリアの迷宮だと技術の習得は期待できない。しっかりとしたテーマがないせいよ。その点、クルールの迷宮は10階層まではガラス工芸で固められている。だから、クルールの迷宮で10階層まで行けば、多かれ少なかれガラス工芸の技術を得ているはずなのよ」
「ガラスと魔物じゃ、得られる経験って違うと思うんだけど?」
どうにも腑に落ちずに言い返して、はたと気が付いた。
「だから、出てくる魔物が全部『グラスゴーレム』だったのか?!」
職人がガラスを使って製品を作り続けることで修行を積むように、冒険者は魔物との戦いで素材を扱う技術を身に付ける。
剣で斬りつけながら、ガラスというものを肌で知るわけだ。
「いや、ちょっと待て」
だとするなら・・・。
オレはミーレスとシャラーラを見つめた。
タグを開いてみる。
【ミーレス。奴隷。女。16歳。戦士Lv23。所有者:ハルカ・カワベ】
【シャラーラ。奴隷(兎耳族)。女。16歳。拳闘士Lv21。所有者:ハルカ・カワベ】
うん。ここはレベル以外変わりない。
もうひとつ深度を下げてみる。
『硝子職人=吹きガラスLv4。型成型Lv1。ガラス細工士Lv1』
あった。
二人とも同じ項目で同じレベルで、ガラス職人がある。
一つ下の層に表示されているのは現時点では戦士と拳闘士がジョブで、硝子職人は潜在的な特性に過ぎないから、なのか。
「なるほど。そういうことか。でも、だったら、職人を仲間にしなくても仲間を職人にするというのもありなんだな」
「それは・・・」
困ったようにミーレスが目を伏せた。
「無茶言わないの! 迷宮で手に入るのはあくまで基礎。本職の職人に手ほどきを受けた本物の職人とは違うわよ」
ああ、そこはリアルか。
現実的だ。
でも・・・。
もう一度タグを見る。
『硝子職人=吹きガラスLv4。型成型Lv1。ガラス細工士Lv1』この下に。
さらに項目があった。
『(耐熱・耐光スキル上昇)(器用度微上昇)』
文字通りならば、ガラスを扱う職種だから熱と光に強く、職人なので手先が器用、ということだろう。
ひょっとして・・・。
『戦士=(攻撃力強化・耐久力軽上昇)』
『拳闘士=(敏捷性強化・速度強上昇)』
『冒険者=(パーティ編成スキル)(索敵力強化)』
おお。
ステータス補正があったのか。
気づかなかった。
ジョブが戦士の商人なんて人もいるとは聞いたことがある。
なら、硝子職人というジョブの冒険者もありなわけだ。
戦士の能力を捨ててまで、硝子職人にする理由は見つかりそうにないが、可能ではあるのだろうな。
そういうことなら、この際いろんなジョブを経験しておくのもいいかもしれない。
スキルとか資格なんてものは、いつどこで役に立つかわからないからな。
ただ、狙う必要もないとは思う。
資格なんて持っていても、実際に活用するとなると安易にできるものではない。
資格コレクターをやるところまで余裕があるわけじゃないし、取得に躍起になる意味はない。
「『農耕』をメインに、『建築』の木工にも潜ることにします」
「ん。わかったわ。それだと・・・」
リティアさんが迷宮図鑑のページを大きくめくる。
ジャンル別にしてあるのかな。
「『農耕』で有名なのは『デスモボロス』ね。ただし、遠いわよ?」
「あ、距離は気にしないです」
さらっと答えてから、後悔する。
特殊能力はあまり知られたくないとか言いながら、なんて迂闊なのかと。
案の定、リティアさんが重箱の隅を突いて削り取るような視線を向けてきた。
「・・・会うたびに小一時間問い詰めたくなるようなこと言うわよね。ハルカ君は」
なんのことかなぁ、という顔で聞き流した。
「まぁいいわ。『建築』だと、有名なのは・・・」
数十秒が沈黙のまま過ぎる。
ページをめくる音しかしない。
パタン。
リティアさんは本を閉じた。
「クルールの迷宮で充分よ」
今のオレではやばい迷宮しかないらしい。
逆に言えば『デスモボロス』のほうは有名どころだが、安全に進める迷宮ということだ。
方針は決まった。
「今後、デスモボロスの迷宮とクルールの迷宮に交互に入りながら、上を目指すことにする。ついては、そのまえに新しいパーティメンバーを探しに行きたい。マクリアの奴隷商人メルカトルからアニークの商人への紹介状をもらっていることだしな」
夕食のときに、予定を話した。
金貨が三百枚以上手持ちにある。
資金として十分だろう。
それに、実はつい昨日のことだが、パーティ枠が六人になった。
メンバーを増やすタイミングは、『いま』だろう。
「新しく仲間が増えるのですね」
「いいメンバーがいれば、そうしたい」
「はい。もちろん戦力の充実は必要なことですから」
ミーレスは動じることなく受け入れている。
「家族は多いのがいいと思うっす」
シャラーラも概ね肯定的だ。
ちょっとびくびくしているのは、ベッドでのスキンシップが減るかもしれないというのがあるからだろう。
まぁ実際少し減るかもしれない。
これは仕方のないことだ。
「リリムも、仲良くします!」
元気なリリムが、オレのすることに否定的になるはずはない。
「そ、そうなの・・・」
複雑そうなのはメティスだけだ。
もともとはミーレスのすぐあとに、オレの奴隷になっている。
それが、いつの間にかシャラーラ、リリムと続き、さらに奴隷が増えようとしている。
メティスは立場的にどんどんと落ちていっているわけだ。
孤立感が半端なく加速していることだろう。
もちろん、オレにとっては知ったことではない話だ。
気になるなら、奴隷であるとの現実を覚悟の上で受け入れればいい。
それができるまで待つ、と言ってある。
気になるならさっさと覚悟を決めて、それをオレに言ってくればいい。
なんなら今夜にでも。
それができないなら、我が家での序列がまた下がるだけだ。
「行くのは明日だ。朝食後にゆっくり見に行ってみよう」
少なくとも明日の午前中は迷宮に行かないことを伝える。
意味は分かるだろう。
メティス以外の全員が、笑顔で応じた。




