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異世界で家を買いました  作者: 葉月奈津・男
『恵』編
31/404

シャラーラ 16 ミル

25/6/23。

ごちゃごちゃしていた文面を読みやすく。

ところどころ、に訂正を。

書き直しました。

 

 一応は商人ギルドに出て、歩いてハスムリトのテントを訪ねた。

 テントの前まで行くと、話し声がする。先客がいるようだ。


「何者か?!」

 垂れ幕があげられ、槍を持った若い男が飛び出してくる。


 槍の矛先はミーレスに突き付けられた。

 無理もない。

 三人が普通に並んでいれば、一番の実力者はミーレスだと思うのは当然だ。


『伝心』で動かないでいるよう指示を出す。

 この反応、多分彼は中にいる誰かの護衛だろう。

 敵対する理由はない。


 なんだ? どうした? ガヤガヤと中にいた者たちが出てきた。

 パッとしないおっさんたちが三人。

 そのうちの一人はハスムリトだ。


 一様に背広を着ている。

 ハスムリトが普段のよれよれチュニックでなく背広を着ているということは、ちゃんとした仕事相手との会談中だったのだろう。


「ああ、あんたらか」

 こちらは槍を突き付けられているというのに、のんきにもハスムリトが片手を上げて挨拶してきた。


「どうも」

 こちらも、何事も起きていないかのように軽く頭を下げた。

 さすがにミーレスは矛先から目を離さずにいるが。


「クエスト、終わらせてきましたよ」

 周囲の状況は完全無視で、オレはハスムリトだけを見て話をする。


 存在すら気づいていませんよ、あなたたちになんて興味ありませんよ、という意思表示なのだが気が付くかどうか。

 気が付いたとして、それが自分たちにとっても都合がいいことかもしれないなどと考えもせず、『無視すんなよ』と突っかかってくるタイプかもしれないし、そうだと困るけど。


「ちょうどよかった。まさに今、その話をしていたとこなんだ。彼らが発注元でね」

 へぇ。

 この人たちがフェッラの街の鍛冶師、またはその代理人か。

 言われてみれば、背広の下には似合わない筋肉の盛り上がりを感じる。


「こいつがあんたらの依頼を受けてくれた冒険者だ」

 紹介されたのでは、興味ない、とそっぽむいてるわけにもいかない。

 背広姿の二人のほうに向き直って会釈した。


 向き直ったので、ついでにタグを確認すると、身分欄に『職人』とあった。

 ジョブ欄は鍛冶師だ。

 確かに、職人だ。


「こんな奴らに任せていたのか」

 はん!

 槍男が、せせら笑った。


 ジョブは護衛兵、だ。

 槍兵と冒険者、ジョブ的にはどちらが優位なんだろう?

 職業に貴賎なし、で公平か?

 奴隷制度のある帝政国家で、それはないか?


 どちらにしても、職人の護衛をしている程度なら、大した奴ではないように思える。

 雇われだろうし、無視だ。

 無視。


「クエストを終わらせたといったな? ものは? ものはあるのか?」

 職人たちにしても、オレと意見は同じらしい。

 護衛兵のことは無視で、オレに迫ってくる。


「ええ」

 ミーレスに無言の指示を出して、他のとは別に布袋にまとめておいた依頼の品をリュックサックから取り出させた。

 職人たちの目の前で広げて見せる。

『銅』10個と『青銅』10個。確かにある。


「おお! 確かに!」

 筋肉もりもりのおっさんたちが目を輝かせている。

 依頼品を受け取ろうというのだろう、手が伸ばされてきた。


「いや、ちょっと待ってもらおう」

 その手と、オレが広げている布袋との間に、ハスムリトが体を滑り込ませた。


「依頼は明日までだ。一日早い」

 その通りではある。

 納期前に商品をよこせと言ってきていることになるわけだ。


 明日渡すつもりでいるのに今渡す。

 大したことじゃないように思えるが、これは契約違反だ。

 たとえば、立場が逆ならどうだろう?


 今日必要で、今日持ってくることになっている物が明日届いたら?

 クリスマスプレゼントとして購入したものが26日になって届いたとしたら?

 違約金を払わせるか、買い注文自体を取り消しにしたくはならないか?


 それとは逆で、明日でいいはずのものを今取りに来られても困るというのはある。

 毎朝収穫する卵とか、明日の朝に漁へ出て獲るはずだった魚とかだ。


 今日の予約分しか獲ってないのに、明日欲しいと言っていた人に「あるんだから今寄こせ」といってこられても困るのは当然だ。

 渡してしまったら、今日予約してくれていたお客に渡すものがなくなってしまう。

 納期の期限による利益は債権者ではなく債務者の側にある。


 この場合、明日品物を持ってくるのがオレの義務である。

 同時に、明日までは渡さなくていい権利をオレは有している。


 彼らは、その権利――つまりは利益――を害している。

 どうしても「今寄こせ」というのなら、その利益分を何らかの形で補てんしてもらわないと損をすることになる。

 理論上の話だ。


 現実として、今あるものを渡すことでオレに損はない。

 明日また来ないといけなくなるのを防ぐメリットも、ハスムリトに預ければいいだけだからない。

 デメリットもなければメリットもない話。

 なのだが・・・。


「十日後までという約束で金貨10枚の依頼料で受けている。それを一日早めろというのであれば、料金を上乗せしねぇと他の仲介屋や冒険者に示しがつかねぇ」

 おお!?

 そうだ。


 同業者同士の取り決めに反する行為になる。

 相場を勝手に変えては他の同業者への迷惑になるだろうし、元世界であれば独占禁止法に抵触しかねない案件・・・とまではいかないかもしれないが、それに近い話にはなる。


「料金の上乗せはできん。こちらにも予算というものがある」

「なら、明日また取りに来てもらおう」

「移動の経費に、これ以上金は使えん!」

「今日、取りに来たのはそっちの勝手だ。明日のはずだったんだからな。あるかどうかもわからんのに、とりあえずで押しかけてきて、明日また来ることはできないなどと言われても、こっちとしちゃ知ったこっちゃねぇって話だ」

 条件闘争が始まってしまった。

 付き合わされるのは勘弁してほしいのだが・・・。


「な、なら。そっちの冒険者との直接取引に変えてもらう。それならいいだろうが?!」

「契約を反故にしてか? 契約解除の違約金を払ったうえで、こいつに正規の依頼料を払わせてほしいっていうことか?」

 ハスムリトが心底馬鹿にした態度で笑い声をあげている。

 どうでもいいが、オレを指さすなよ。

 なんか、だんだんオレにお鉢が回ってきている気がするし!?


「な、なら! 一日早くなった分、そっちの冒険者さんにオレらから何かしてやる。仲介屋はしょせん仲介してるだけだ。本来の交渉相手が冒険者なのは自明。それなら文句ないはずだ!」

 あー、やっぱり。

 当事者にされてしまった。


「・・・そう来るか。確かに、そう言われちまうと俺には何も言えねぇな」

 苦々しげな口調のまま、職人たちに背を向けたハスムリトが、オレにウィンクをくれて笑みを浮かべた。

 ここが落としどころか。

 オレへのサービスだったのだ。


「なにかないかね?」

 ようやく闘争が終わった、とばかりに穏やかな表情の職人がオレのそばに歩み寄って聞いてくる。

 もう一人の職人はハスムリトと、契約通りの支払い手続きを始めていた。


「ここに、『銅』がもう3個あります」

 槍男を無視して、ミーレスがリュックから余分な『銅』を取り出して見せる。


 もはや槍男は完全に誰の意識からも消えてしまった。

 可愛そうに、槍を構えた体勢のまま、どうしたらいいか途方に暮れているようだ。

 無礼なうえに、空気を読めない筋肉馬鹿には当然の報いだ。


「これで、あるものを作っていただきたい。その技術料を上乗せ分としていただくというのはどうですか?」

 オレとしては、頭によぎりつつも作る気のなかった道具がある。

 絶対にオレの好みには合わないからだったのだが、作れる条件がそろっているのだ。

 作ってみる意味はあるかもしれない。


「そんなことならたやすい。喜んで作らせてもらうよ」

 輝くような笑顔で、おっさん職人はオレの手を取って握りしめてきた。

 職人らしい、ごつくて力強い手だ。


「支払いは済んだ。依頼品はもらう。・・・話はついたのか?」

 もう一人の職人が来て、手を出してきたので『銅』と『青銅』10個ずつが入った布袋を渡した。

 ハスムリトは、もはや関係ないとテントに戻ってしまっている。


「ああ。何か作ってほしいそうだ。材料はあるから技術で支払えとさ」

「それなら、問題ないな。すぐに工房に戻ろう」

「ああ。あんた、一緒に来るかい? その作ってほしいものってやつがどんなものかは知らんが、簡単なものならその場で作ってやってもいい」

 簡単なもの、というのがどの程度のレベルを指すかがわからないが、それほど難しいものではない。

 たぶん、すぐに作ってもらえるだろう。


 それに、銅加工の工房との間にパイプを作るチャンスだ。

 ここは、ご一緒させてもらうべきだろう。


「連れて行っていただきましょう」

「決まりだな」

 職人たち二人は、そう確認すると足早に歩き始めた。

 オレがすぐに追いかけ、ミーレスとシャラーラがつづく。


「お、おい!」

 誰かが、そのさらに後ろについてくるような気配があるが、どうでもいい。




 フェッラの街の商人ギルドには帝都の商人ギルドから直接飛ぶことができた。

 鉄製品の仕入れに必要なので直通路が維持されている。


 彼らの工房はフェッラ産業組合の一部門として存在している共同体だった。

 納期前に『銅』と『青銅』が欲しかった理由は、共同体内で炉が使える日が定められていて交代で使用することになっていたからだ。

 で、今日の夕方から三日間が彼らの使用できる期間で、それを過ぎると十日ほど使えなくなる、と。

 そりゃ急ぎたくもなるだろう。


「なにを作ればいい?」

 工房につくと、せっつくように職人が聞いてきた。


「これっくらいの鍋だ」

 両手の親指と人差し指で輪を作り、少しだけすぼめて大きさを示してみる。

 使ったことはないし、実物を見たこともなくて、写真や映像でしか知らないので適当だ。


 底面は平ら、ふくらみのある壁面が立ち上がって、すぼまったあとはわずかに広がりながら上に伸びる。

 そんな三角フラスコのような形状のものに、長い柄を付けた鍋。


 なにを作らせようとしているかというと、『イブリック』だ。

 ターキッシュコーヒーとも呼ばれる、トルコ式コーヒーを淹れるのに絶対に必要な器具。

 銅または真鍮製の小鍋。


「そんなもんでいいのか。ならすぐできるぜ。それに、それじゃ材料が余る。もっとないか、でかいやつ」

「でかいの、か?」

「ああ、片手鍋とか、ポットとかさ」

 ポット!


「じゃあ、ポットを。ただし、注ぎ口を長―くしてくれ」

 この世界で見かけたポットはすべて、円筒形のものに持ち手を付け、頭の付近に注ぐための鳥の嘴のような注ぎ口がついたものばかりだった。

 だが、オレが欲しいのはそういうポットではない。


「長く?」

 意味が分からん、そんな顔の職人に、オレは懇切丁寧に説明した。

 ポットの上ではなく下に穴をあけ、そこから本来の注ぎ口があるはずの高さまで細く長い注ぎ口を持っていく。

 典型的なドリップポットの形状を。


 なんだそれ?

 という顔をされたので、この形状の利点を教えてやる。


「こうすると、最後まで一定の水量を維持して注ぎ続けられるんですよ。上だと、ポットの傾きで量が変わるでしょう?」

 ポカンっと、職人がオレを見る。

 そのうち目が大きく見開かれた。


「そ、そんなこと、考えもしなかった!」

 この世界ではお茶を飲むということを真剣に考える人間はいなかったのだろうか。

 コーヒーだけでなく、お茶にだって重要な意味を持つポットのはずなのに。


「技術的にはどうなんですか? 作れますか?」

「つ、作るのは簡単だ。持ち手を作る時のやり方で作って両端ともふさがずに空洞にすればいいだけだからな」

 軽く言ってくれる。

 実際には優雅な曲線とお湯の通り方との間に難しいコツがあるはずなのだが、気が付いていないのだろう。

 といっても、オレだってそんな微妙な違いはわからないし、教えようもない。

 うまくできてくれることを祈ろう。


「明日の朝までに作っておく。明日都合のいい時に取りに来てくれ」

「わかりました。よろしくお願いします」



 製作をお願いして、家に戻る。

 明日には『イブリック』が手に入る。

 そうとなれば、最低限もうひとつ手に入れなくてはならないものがある。


「先日買ってきてくれたコーヒーを、一握りでいいから取ってきてくれ」

 家の移動部屋に出てすぐに、ミーレスに頼んだ。


「このくらいでよろしいですか?」

 小さな布袋に、本当に一握りだけ入れて持ってきて、ミーレスが顔の横で振った。

 意識的にやっているわけではないと思うが、すごくかわいい。


「ああ、十分だ」

 コーヒーの入った袋を持たせたまま、帝都の冒険者ギルドに飛ぶ。

 冒険者ギルドである理由は。


「ミルを専門に扱う店に心当たりはありませんか?」

 リティアさんに尋ねるためだ。


『ミル』というとオレなんかはコーヒーミルしか思い出さないが、もともとは『製粉機』のことだ。

 岩塩を粉にするためのものとか、言ってしまえば『かき氷機』だってミルになる。

 乾物を砕く、パン粉を作る、用途はいろいろだ。


 ああ。コショウを挽く『ペッパーミル』なんてのもあるな。

 となれば、当然この世界にもミルはある。


 そして、冒険者はその職業上、いろいろな商品の買い物も頼まれる。

 なので、あらゆる品物の専門店の情報をストックしている、と交易の話を聞いたときにチラッと言っていたのを覚えていた。


「また、変なこと聞くわね。ハルカ君は」

 そう言いながら、リティアさんはあっけなく二軒の店を紹介してくれた。

 一軒は古くからある老舗、もう一軒は十数年前にそこから独立した店、だった。


 一軒目は、確かに時代を感じさせる重厚な店構え、扱っている品物の質も高かった。

 ただし、オレが求めるものとは大きさや粗さが違う品ばかりだった。


 二軒目は少しポップな雰囲気が漂うおしゃれな店だった。

 お客の要望で特注品を作ることも多いらしい。

 ここでなら、必要なものが見つかりそうだ。


「どのようなものをお探しですか」

 吟味に取り掛かったところで、実に自然に声をかけられた。

 この店員できる。

 物腰の柔らかそうなご婦人だ。


「あー、これを少し粗目に砕きたい。それより少し細かくできるもの、極限まで細かくできるものも欲しい」

 ミーレスが以前買ってきてくれた消臭剤――オレはすでにコーヒーと呼んでいる――なにかの豆だか種だかを焙煎したもの、を出してみせる。


「失礼します」

 できる店員さんは、出されたものを一つまみ手のひらに乗せ、感触を確かめ始めた。


「一度に使う量は・・・このくらいだ」

 コーヒー、三杯分ほどの量を手で示してみせる。


「なるほど、それですと・・・」

 もはや店内にあるミルの性能はすべて頭に入っているのだろう。

 迷いのない足取りで、できる店員さんは幾つかのミルのところにオレを案内してくれた。


「臼歯式か・・・」

 唸ってしまう。


 臼歯式というのは、固定刃と回転刃で、コーヒー豆を回転させながら圧縮し、すり潰すようなイメージで粉砕するミル。臼歯式で粉砕されたコーヒー粉は、断面がでこぼことしているので、湯がコーヒー粉に浸透しやすく、成分を引き出しやすい、と言われていたはずだ。

 それだけに、苦みも出やすい。


 ターキッシュコーヒーにするための極細な粉状に挽くのにはいいが、他のコーヒーにするにはオレ的に向かないものということになる。

 苦いのが苦手なので。

 いや、ダジャレじゃなく。


「この店のミルはすべてこの方式ですか? 切る、カット方式のものはないのでしょうか?」

 カット刃式は、幾つもの刃がついた2枚の円盤の片方を回転させて、刃と刃によってコーヒー豆を粉砕するタイプのこと。

 断面がきれいで、四角いのが特徴。

 臼歯式にくらべてコーヒー粉に湯が浸透しづらいため、苦みやえぐみが出にくいと言われている。

 苦みが苦手なオレにはぴったりなんだけど。


「・・・驚きました」

 できる店員さんが表情をなくした顔で呟いた。


「はい?」

「切る方式というものを開発してまだ数節。ようやく試作機が完成したばかりなのです。いったい、なぜ、ご存じなのですか?」

 技術革命前夜、ですか。

 身体の形状が同じで、似たようなものがあれば技術も似通ってくる。


 この世界ではようやく今、カット歯式のミルが日の目を見ようとしているということだ。

 説明はいらない。


 オレは懐から照魔鏡を出して見せた。

 探るような目になっていたできる店員さんが数秒、カード上に目を落として、すぐに顔を上げる。


「少々お待ちを」

 そう言って店の奥へと消えた。

 完成したばかりの試作機でも持ってきてくれるのだろうか。

 そうだった。

 ワゴンに乗せて、二台のミルが運ばれてくる。


「粗挽きと、中細挽きのミルになります」

 ちょうどいい。

 ドリップには粗挽きがいいし、サイフォンには中細挽きが適している。


 その上、これで満足いかなかった場合。

 多少ならば粗さ調節を無料でしてくれるとの約束も取り付けることができた。


 向うにしてみれば、使い心地を教えてもらって技術改善に役立てたいところなのだろう。

 こちらとしても、オレ好みのコーヒーにあわせたものを作ってもらえるから好都合だ。


 金貨が三枚消えたが、気にはしない。

 何しろ手元にはクエスト報酬の金貨十枚があるし、アイテムボックスにはさらに何百枚かが入っている。

 もう、これぐらいの買い物なら余裕だ。


 ついでに、フィルターにするための濾し布も数種類買った。

 こっちのは、同じく明日手に入るはずのドリッパーに使ってみるつもりだ。


「となると・・・」

 ミル専門店を出たオレは、陶磁器の店へと足を向けた。

 ミル三つは空間収納『アイテムボックス』に入れてある。


 ここまで道具を集めたなら、当然気にかかるのはカップとソーサーだ。

 でかい湯呑とか、金縁のついたティーカップでは雰囲気がぶち壊しだ。


 オシャレなコーヒーカップなりマグカップが欲しい。

 元世界では、お気に入りのコーヒーカップを五個と、マグカップを三つ、自室の茶箪笥に持っていた。


 淹れるのはインスタントだったが、気分は豆から入れたつもりで飲んでいたものだ。

 こちらの世界でも、ぜひ、お気に入りのカップをコレクションしたい。


 あ。そう言えば、うちには茶箪笥もなかったんだ。

 いやいや、ここは洋風にキャビネットというべきか。


 ガラス張りのが欲しいな。

 などと夢想しながら歩く。


「ご主人様、楽しそうです」

 ミーレスが、嬉しそうだ。


「そ、そうかな?」

 そんなににやけていたつもりはないんだけど。

 心なしか歩調が軽いかもしれない。


 帝都には、というかこの世界でも、同じ業種が集まっていることが多い。

 古本街とか電気街といったようなものだ。


 もちろん陶磁器街もある。

 何度か帝都に来ているうちに見つけておいた。

 これまでは、贅沢品や嗜好品に手を伸ばせる状況ではなかったから寄り付かなかったが、今なら堂々と入っていける。


「どういったものをお探しなのですか?」

 最初に入った店でカップを見ていると、ミーレスが聞いてきた。

 どこか気難しげに眉を寄せている。


「・・・」

 いや、違う。

 オレがそういう顔をしているのだ。

 それで気になったのだろう。


「カップの下の方が厚くて、上の方は薄い。そんなカップを探しているんだけど・・・この店にはなさそうだ」

 手に持っていた、肉厚で重いカップをため息交じりに置く。

 湯呑としてならいいだろうけど、ドリップで入れたコーヒーの器には向かない。


「って、ほんとに湯呑かよ」

 次の店のカップにはすべて持ち手がついていなかった。

 付けるのがめんどくさい人なのか、それを持ち味にしているのか、・・・蓋がある。


「茶碗蒸し用の器の専門店か!」

「茶碗蒸し、ですか? これはオブオブティーに使う器だと思いますが」

 ついツッコミを入れていると、ミーレスが真剣な顔でそんなことを言う。


「オブオブティー?」

「はい。誕生日などのお祝いの席で、こういった器をいくつか置き、一つにだけオプトという小さな石を入れます。そしてすべての器に紅茶を注ぐんです。主役の人にその中から一つを選んでもらい、オプトが入っていたら幸運がもたらされる、そんな遊びというか占いというか、そういうものです」

 なるほど。

 元世界でも世界中にあるアレだ。

 食べ物の中にコインなどを入れておいて、当たったらラッキーっていう類のものだ。

 世界は違っても、同じようなことは考えるものなんだな。


「じゃ、ここでもないな」

 ともかく、探し物のカップを置いてはいないということだ。


 三軒目も中に入ってすぐに出た。

 常滑焼か益子焼のツボみたいなのしかなかったからだ。

 これはこれで、好きな焼き物だが今買うものではない。


 コレクションしたとして、どこに置くというのか。

 使い道は限られるし、置き場所も大変だ。


 四件目にして、ようやくよさそうな店を見つけた。


「ここは良さそうです」

 一度奥まで様子を見に行ったミーレスが教えてくれる。


「そうか」

 ならばと吟味に入る。


 ちなみに、シャラーラは、身を縮めてオレの後についてきている。

 下手に動いて割ってしまったりしないように、とか考えているらしい。

 まぁ彼女の場合、やってしまいそうな雰囲気はあるが。


 こういう時は、一つ一つ見ると時間がかかるうえに、変なものに突っかかったりする。

 なので全体を眺めて、視線を引き付けられたものを吟味するのがオレのやり方だ。


 あった。

 視線が引き付けられた。


 陶器の質感は信楽焼。

 土の風合いを感じさせる温かみがある。

 持ち手もついているし、釉薬は青がかかっていて上から覗き込むと、綺麗で涼しげな晴れ渡った空の色『天色』を発色している。

 外側は土の風合いを生かしつつ、そこに同じく天色が垂れて、溜まって、味わい深く染めている。

 素晴らしい。


「これをもらおう」

「310ダラダです」

 安!

 思わず店ごと買いかけた。

 あぶない、あぶない。


 物価十分の一説でいえば3100円。

 そんなものといえばそんなものか。


 3800万とか、高額の買い物をポンポンと続けてきたせいか、経済観念が崩壊しつつあるな。

 気を付けないと浪費癖のある成金みたいになってしまうかも。


「よし、帰るぞ」

 ミーレスとシャラーラに声をかける。


「明日は迷宮にはいかない。体力を残しておく必要はないよ」

 ミーレスが頬を染め、シャラーラは・・・怖くなった。



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