表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で家を買いました  作者: 葉月奈津・男
『恵』編
30/404

シャラーラ 15 変化

25/6/23。

ごちゃごちゃしていた文面を読みやすく。

ところどころ、に訂正を。

書き直しました。

 

「コホン、こほこほ!」

 と、なにか咳払いする声がした。

 すごく近くから聞こえたので、顔を向けると。


「?!」

 結構な数の男性冒険者が睨んできていた。

 そのなかで、唯一の女性が困った顔で立っていた。

 咳をしたのが、この女性らしい。


「仲がいいのはいいことだけど。こういうとこでするのはやめた方がいいと思うわよ」

 こういうところ・・・移動のタペストリーの真ん前のことだ。

 いわば交差点の真ん中でキスしていたようなものということになる。

 邪魔になるし無駄に注目を浴びるのも当然だろう。


「とくに、ここのギルドにいる奴らはみんな女っ気のないむくつけき男どもばかりだし、精神衛生上危険だわ」

「す、すみません!」

 ぶんっと頭を振って頭を下げ、そそくさとその場を離れようとする。


「ちょ、待ちなさい!」

 だが、後ろを向いてとにかく人のいない所へ、と足早に歩き始めたところで待ったがかかった。

 さっきの女性冒険者だ。


「あんたのリュックから飛び出してるの、それ銅の槍じゃない?」

 ビシッ、と指さして聞いてきた。

 驚きで目が真丸だ。

 見開いたまま瞬きもしない。


「え、ええ。そうですけど」

 答えながら、これはやはり当たりか、と思った。

 銅装備の必要性、それは現場で日々戦っている者こそが肌で知っている事実。

 そういうこともあるのではないだろうか。


 科学的な根拠はわからないなりに、現場の者たちが経験則から導きだした知識が科学的かつ理論的な最適解だった。

 そういうことは多いのだし。


「譲ってもらえないかしら?」

「・・・いくらまでなら払いますか?」

 ゆっくりと、聞いてみる。

 売ります! と飛びつくのは我慢だ。

 足元を見られてしまう。


 そう。

 オレたちは、この銅装備を引っ提げて、ポエニ迷宮に挑戦する冒険者なのだ。

 ・・・という設定。


 ザワッ!?

 周囲の冒険者たちの目の色も変わった。

 殺気じみた気配が立ち上る。


「銅の槍なら、10万ダラダで買ってやるぞ!」

 ガシャン! と何かを蹴倒して、クマのような男が飛び出してきた。


 10万ダラダ。

 いきなり仕入れ値の五割増しの値が付いた。

 銅装備が買えるところとの距離にもよるだろうけど、この地の冒険者にはそれぐらい出しても元が取れるということだ。


「ざけんな! 先に声かけたのはあたいだよ! だろ?!」

 女性冒険者がすさまじい勢いで迫ってくる。

 思わず頷きそうになった。


 10日前までのオレなら間違いなく頷いてしまっているだろう。

 だが、小さく息を吸って気合を入れた。


 怖気づいているわけにはいかない。

 これからは本格的に交易にも手を出そうというのだ。

 あきんどとして、ここは引けない。


「そうですね。先に声をおかけいただいたのはあなたです。ですが・・・商売ですのでね。同じ金額を付けてくださるのなら、優先してあなたにお売りしますが、どうでしょう?」

 五割増し程度なら普通に売れそうだが、どうせならできるだけ高く売りたい。


 そのためにはまず、この場での相場を見極めたい。

 いくらまでなら出せるのか。


「20万出すぞ!」

 いきなり二倍。

 さっきのクマが吠える。


 20万・・・。

 辺りで呟きが漏れて、急激に温度が下がっていく。

 つまり、今ここでの『銅の槍』の相場は20万でもおかしくはないが、少し割高、ということだ。


 女性冒険者も残念そうに唇をかんだ。

 ここが限界なのか。


「いくらなら出せますか?」

 そっと女冒険者に聞く。


「17万しかない」

 小さな声でそう言ってくる。


「では、それに今お持ちの『ドロップアイテム』すべてつけてくれるならお譲りします」

「!?」

 大きく頷かれた。

 商談成立だ。


 商人ギルドを介さず、直接販売だとこういう利点がある。

 自分で客を探さなくてはならないし、トラブルになればそれはすべて自分に掛かってくるリスクは負うことになるが・・・うん。あきんどデビューも悪くない。

 女冒険者は即座に金貨17枚と『ドロップアイテム』をオレの前に並べた。


「これでいいね? もらってくよ!」

 威勢よく声を投げると、女冒険者は『銅の槍』をオレのリュックから引っこ抜いて、逃げるように去った。


 そのあとに、あのクマがすさまじい形相で迫ってくるので、大急ぎでリュックを下ろす。

 中に手を突っ込んで、銅製のバトルアックスを取り出して差し出した。


「あなたにはこれを20万で」

 鼻先に武器を突き付けられて、目を白黒させているクマに言い放つ。


 クマは、怒りの形相から一転。

 にんまり微笑むと、金貨20枚をオレの前において、バトルアックスを掴んだ。

 斧の刃を愛おしげに撫でながら、のっしのっしと歩き去っていく。

 仕入れ値の六割増しの値なのだが、それでも相手にはお得な買い物のようだ。


「こちらのダガーは・・・」

 それからも、持ち込んだ銅製の武器を仕入れ値の五割から七割増しというとんでもない利鞘をつけて売りさばいた。

 売買交渉の中、金額で競合する者たちもいたから金貨プラス『ドロップアイテム』で色を付けさせたりもした。


 その甲斐あって、銅製武器が完売した時には金貨が250枚を超え、オレの空間保管庫は『ドロップアイテム』でいっぱいになっていた。

 これを売れば、さらに・・・。

 いかん。顔がにやけてしまう。




 帝都に飛んだ。

 冒険者ギルドでマジックポーションをいくつか買って、魔力の回復を図りながらだ。

 回復しては飛び、飛んでは薬を飲む。


 それなら、薬を飲んで魔力を売る人間がいてもよさそうなものだよなぁ、などと考えたりもしたが薬で回復するのは体内の魔力。体内の魔力は生命力と直結で、外部媒体への移譲はできないものらしい。

 逆に言えば、身体の中に魔力を入れるというのは、生命力や魂とかともかかわる大きなリスクを負う行為ということ。

 だから、魔素を吸収するカードが必須にもなる。



 帝都の冒険者ギルドに出る。

 ちらりと目を向けると、カウンター越しにリティアさんと目が合った。

 軽く会釈だけして通り過ぎ、換金窓口に向かう。


 商人ギルドに持ち込めば、10パーセントの減税という恩恵があるにしてもいちいち行くのは面倒だ。

 マティさんがいるわけでもないのに。


 商人ギルドは製品の売り買いをする。

 対象は一般市民。


 冒険者ギルドは素材の収集と供給をする。

 対象は職人たち。


 住みわけがきちんとされているのだ。

 それを壊すような真似はしない方がいい。

 『ドロップアイテム』もかなりの高額で売れた。


「クエストが終わったら、家族を増やすことを考えるか」

 タキトゥス工房への支払いがいくらになるかにもよるけどな。


「よいとおもいます」

「群れは大きい方がいいっす」

 二人とも、家族を増やすことには前向きなようだし、養える限りは増やしていこう。




 『クルール』の迷宮に戻った。

 直前にセブテントに寄って、今回は金で鉄製武器を仕入れてカーゴトランクはもちろん、ミーレスとシャラーラにも背負わせて運んできた。

 もちろん、再び飛ぶように売れたので大儲けである。


 そうして、本題の迷宮へと挑んだ。

 七階層を歩き回る。


『銅』と『青銅』を集めなければならない。

 しかし・・・。


「少ないなぁ」

 つい愚痴が出た。

 一日中歩き回っての収穫が『銅』が四個と『青銅』が二個だ。

 すでに『銅』が五個。『青銅』が三個手に入っていたので、『銅』があと一個と『青銅』が五個でクエストをクリアできる。


 納期まであと三日だから、余裕とはいかないが間に合いそうではある。

 しかし、だ。


 リュックの中を覗き込めば、『酸化コバルト』をはじめとする『ドロップアイテム』がザクザク溜まっている。

 それがどういうことか。

 丸一日、接敵した魔物を狩りまくっているのだ。

 二百近い撃破数のはずだ。


 二百体倒して、目的のものが六個。

 効率悪すぎやしないか?

 だからこそ、こうしてクエストが発注されるのだと言われればそれまでだが、それにしたって・・・。

 言うまい。



「ここまでだな」

 時間を見て、声をかけた。

 エレフセリア時間で18:30。


 ミーレスとシャラーラがそばに寄る。

 自宅の移動部屋へと転移した。



 移動部屋に出るとすぐに、匂いがしてくる。

 リリムが来たことでの大きな進展は、メティスとともに夕食の支度をしてくれることだ。

 メティスにも変化があったから実現した。


 このおかげで、オレたちは帝都――『レマル・ティコス』――での外食の必要性が減った。

 リティアさんにおごらされることがなくなり、アリシィアさんに会う機会も減ることはちょっぴりさみしいが、食事にかかる経費が減るのはありがたい。


 リビングの時計が、ここで威力を発揮していた。

 オレの脳内時計に合わせた時計のおかげで、18:30に帰るといっておけばそれに合わせて夕食を作っておいてもらえるのだ。


 だから、装備を外して移動部屋から出た時には、ダイニングテーブルに夕食が並べられている最中という据え膳状態を享受できる。

 家に帰ると、ダイニングテーブルで夕食が湯気を上げている生活。

 素晴らしい。


 惜しむらくは主にメニューを決めているメティスが、資金繰りで苦労した経験からなのか食材選びの質がどうしても低いことだ。

 味にはそれほど不満はないのだが、品数とか食べ応え、そういうところに少しだけ物足りなさを感じてしまう。

 贅沢な話ではある。


 メティスがつくるのは取り立ててうまくはないが、まずいわけでもない。

 まるっきりの家庭料理だ。

 でも、そこがいい。

 充分である。


「メティス、ありがとう。リリムもな」

 食卓について、食べ始める前に感謝を伝えておく。


「これぐらいは、するわよ」

 メティスがちょっぴり照れ臭そうに答え。


「メティスさんのお手伝いをしました!」

 リリムが嬉しそうに、元気に答える。


 12人掛けのダイニングテーブル。

 そのキッチンを背にした真ん中にオレ、オレの正面がミーレスで、その左横にシャラーラ、オレの右側にリリムが、メティスはオレ側の左端に座っている。

 まだ距離を感じるが、だいぶ家庭の団欒ぽくなってきている気がする。

 金で買った家族ではあるがだ。


 表面と、ごく浅い表層の意識においては、だれも不満を持っていない。

 奥底でどんな思いが渦巻いているかは、知りたくないので読もうとも思わない。


 元世界では、本物の家族だって仮面夫婦とか親子なんていくらでもいたんだ。

 異世界での、金で買った奴隷を集めての、家族があったっていいじゃないか。


「治療院のほうはどんな感じなの?」

 根菜の煮物を口に運びながら聞いた。

 パンをちぎっていたメティスの手が止まる。


「今日は一人、ケガ人が来たわ。大工さんで屋根から落ちて腕を骨折したの」

 不景気な話だ。

 というか、平和だ。


「骨はすぐにくっつけたわ。あとは炎症止めの薬塗って包帯巻いて終わり。15ダラダの売り上げよ。経費引くと8ダラダのもうけ、かしらね」

 かしらね、とはメティスの食費とかは含まれていない。

 薬と包帯代だけを経費とすれば、ということだ。


「包帯は、リリムが巻きました!」

 満面の笑顔がまぶしい。


「そうか、えらいな」

 などと言いながら頭をなでる。

 リリムは猫のように頭をオレの手にこすりつけるようにして甘えてくる。

 かわいい。可愛いのだが・・・。


 同い年なんだよなぁ、と思うとものすごい違和感が襲ってくる。

 学校のクラスメイトならと考えてみろ。

 髪に触れた途端、すごい勢いで引かれるか、罵声が飛んでくるか、悲鳴が耳を突き抜ける。


 言葉の端々から幼い妹のような気になるが、身体はしっかり同い年の女性なわけで。

 すでに、抱いちゃってたりもする。


 元世界の感覚と今の生活があまりにもかけ離れていて、冷静に現状を考えると、ちょっと混乱しそうだ。

 考えるのはやめようと何度も思うのだが、ついつい元世界の価値観が頭をもたげてきて複雑な気分になる。

 翔平なんかは、ここにさらに勇者として崇められる生活をしているわけか。


 お互い、大変なことになってるよなぁ。

 遠い友人に、オレは力なく笑いかけるのだった。


「あなたの方はどうなの?」

 ごく自然な感じでメティスが聞いてきた。

 聞いてきてすぐに、しまったという風に顔をしかめている。


 家族の団欒、といった雰囲気に思わず口をついたのだろうが、彼女もまた奴隷だ。

 主人であるオレを「あなた」呼ばわりしたり、対等であるかのように声をかけたりするのは許されない。

 オレは気にしないが、ミーレスさんなんかは厳しい。


「そこそこだな。生活に困窮はしないし、普通に暮らしていくのには十分な稼ぎがある。でも、それだけってのが現状だ」

 嘘ではない。

 実際、迷宮での稼ぎだけを考えればそう答えるしかない。


 ただし、リビング横の物置には売らずにとってある『ドロップアイテム』が山をなしている。

 現に今日手に入れた『ドロップアイテム』は全部物置行きだ。


 いざとなれば、これをすべて売って金に換えることができる。

 10万ダラダは余裕で越えるはずだ。

 それに、交易での儲けは考慮していない。


「そ、そう。あまり無理はしないでね」

 早口でそう言って、メティスは口をつぐんだ。


 オレやミーレスから目を逸らして、気配を消しにかかる。

 奴隷になり切れていない中途半端な存在には、気を抜く暇はないようだ。


 片づけをメティスに任せて、オレたちは風呂に入った。

 ぬるめの風呂に胸まで浸かって疲れた体をほぐす。

 洗い場が小さいので、一番初めにオレをミーレスとシャラーラ、それにリリムで洗う。


 そのあとは、ミーレスから順番に自分を洗っていく。

 オレはそれをじっくりと視姦して、ベッドでの運動に思いをはせる。

 ミーレスはともかく、シャラーラとリリムはこぞって体を摺り寄せてくるので、暴発を阻止するのに少なからず理性と努力が必要だった。


「極楽だぁ」

 心底そう思う。




 朝はオレとミーレスが買い物に出ている間に、シャラーラとリリムがお湯を沸かしたりして準備を整える。

 メティスは近所の牧場から搾りたてのミルクを、農家から鶏卵をもらってくる。

 もらうと言っているが厳密にはちゃんと買っている。


 銅貨で十枚足らずの支払いなので、買っている気にならないだけだ。

 朝食の支度は全員でする。

 スープ鍋はシャラーラが担当、ベーコンなどを焼くのをオレとミーレス、卵焼きをメティスが担当して、リリムは配膳係だ。


 朝食が終われば、メティスは治療院に、リリムは菜園にと散り、オレとミーレス、そしてシャラーラは迷宮へと出かける。

 生活のリズムもでき始めてきた。

 だからということはもちろんないが、この日。


 ついにクルール迷宮7階層の『ゲートキーパー』と遭遇した。

 まだ八階層に行くことはないが、出会った以上は倒して八階層への道を確保しておく方がいい。

 オレたちは、『ゲートキーパー』と対峙した。


『ナガシカケロサネ』。オレの第一印象は、マー〇イオンだ。

 ワニ頭のゴーレムが、口から融けたガラスを吐き出しながら襲い掛かってくる。

 マー〇イオンといっておいてなんだが、体は白くなくて真っ赤だし、めちゃくちゃ暑苦しい。

 せめて吐くのは海水でも真水でもいいから、融けたガラスはやめてほしいものだ。

 なんにしても、正面からの攻撃はあり得ない。


「背後に回り込め」

 口と伝声、伝心。フルに使って指示を出す。

 いざという時のために治癒魔法と、設定値変換魔法の用意もしておく。


 これまで通り、ゴーレムは動きが遅い。

 正面からの突貫ができないだけだ。

 ミーレスとシャラーラの敵ではなかった。


 楽勝とは言えないが、それほどピンチにもならずに倒してくれた。

 背後に回ったシャラーラが左斜め後ろから攻撃して気を引き、右後方に回り込んだミーレスが止めを刺す。


「やはり、不安です」

 『レアドロップアイテム』の『トツガダ』を手に戻ってきたミーレスが気遣わしげな視線を送ってくる。

 シャラーラに続いて自分までが、オレのそばを離れるということがよほど気にかかるらしい。


「なるべく早く、パーティメンバーを増やすとしよう」

 今後については考えている、そう伝えてはいるが「いつか」では安心できないようだ。


『ゲートキーパー』を倒したので、一度八階層の入り口に出てから七階層に入りなおした。

 出口から戻ったのではなく、七階層の入口へと『進んだ』のだ。


 あらかた倒してしまっていたからちょうどいい。

 振出しに戻って、再度探索をし直す。

 その後はそうやって七階層を何周もした。


 毎日毎日続けてクエスト受注から九日目の昼、必要数がそろった。

 必要以上に粘っても儲けが増えるわけでもないので、その場からハスムリトのもとへ向かうことにする。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ