シャラーラ10 クルール
25/6/23。
ごちゃごちゃしていた文面を読みやすく。
ところどころ、に訂正を。
書き直しました。
風呂を入れる工程は、どんどん楽になりつつある。
屋外に給湯設備を新築した。
もちろん新築といっても新しい建物を建てたわけではない。
木材で枠を作り、節を抜いて中を空洞の筒状にした長さ二メートルの竹を、十数本立てたというだけの代物だ。
それをちょうど水汲み用の扉がある辺りに、ひさしのような形で斜めに立てかけてある。
竹は地上八十センチの辺りの台にのっかっていて、斜めに上へと伸びた先は屋根のうえ、そこにはコの字に溝がある箱状の台が設置されている。
この台の上に雨が降ってくれれば、筒の中に水が溜まる(現在、井戸とのあいだに配管をつけて水道を作れないかと検討中だったりもする。
これができれば時間がかなり短縮できるはず)。
そんな仕組みだ。
たまった水は竹の中で日差しに温められる。
前日の夕方に入れておけば、翌日の夕方には二十五度前後までは温まることも確認した。
竹の最下部には穴が開いていて、そこには通常水筒として使われる動物の皮を、街の職人に加工して作らせたホース(最長で20センチが限界という程度のものだ)がつながれており、ホースは繋がれた根元部分で縛られている。
この縛られた部分を解放すれば、二十五度前後に温められた微温湯が流れ出る。
しかも、竹の香り付きだ。ミーレスにも好評価をいただいている。
流れ出る先は当然魔力式ボイラーだ。
この状態なら気圧を少しいじれば、ポンプを使うように水を移動させることが可能。
しかも、通常であれば魔力ボイラーでは『暖かい』程度のお湯しか作れないが、もともと二十五度の微温湯からなら40度くらいまで上げられるようなのだ。
熱い風呂が好きな江戸っ子には物足りないかもしれないが、これからの季節ならこれで充分。
冬までにあと5度上げられる仕組みを作れれば完璧だ。
その頃までには金も溜まっているだろう。
希望的観測ではあるが。
この辺りの冬の気温が何度なのかにもよる。
マイナス40度、とかだったらこんなものでは太刀打ちできない。
というか、すぐに中の水が凍って破裂するだろう。
「ちょ、ちょっと待って。・・・リリムちゃんも、一緒に入るつもりなの?」
ミーレスたちを手伝えと言ったものの、リリムはオレにくっついて離れなかったので風呂場で一緒に作業をしていた。そこに慌てたようにメティスが駆け込んでくる。
ミーレスたちと食事の支度をしていて、風呂の話になり、みんな一緒に入っているという話を聞き込んで慌てたらしい。倫理感の強いメティスとしては、男と少女が一緒に風呂に入る、というのがどうしても見過ごせないのだ。
奴隷という存在の自覚も覚悟もない人はこれだから、と言いたい。
だが、率直にそう切って捨てるのもどうかとは思う、大人なオレなのだった。
「わ、私はできればご主人様と一緒に入りたいです」
オレに実の親に対する以上の信愛を寄せるリリムが、必死に訴える。
そんなリリムの様子を見て、メティスがジトッと睨む。
オレも一緒に入りたいです、と言いたいがメティスが怖いのでとりあえず沈黙を守る。
「このさい、メティスも一緒に入れば―――」
「ふざけないで」
いえ、奴隷なら逆に贅沢なことらしいのですよ、メティスさん。
水で濡らした布で拭くのが精いっぱい。
それがお湯を使わせてもらえる。
湯船にまで入らせてもらえる。
ミーレスとシャラーラに言わせれば、なんて畏れ多いことで、とんでもない厚遇ということになるのだが、メティスにそれを言っても理解などしてもらえないだろう。
なので、オレはそんなことにはお構いなしにミーレスとシャラーラ、リリムとも入った。
その流れでメティスも、と思ったがかわされてしまったのは無念だった。
夕食も五人で食べた。
やはり12人掛けを買っておいたオレは偉い、と思う。
リリムがオレの右側、ミーレスが正面をいち早く確保し、シャラーラは普通にミーレスの横つまりリリムの正面に座る。メティスは散々迷った末にオレの左、席一つ飛ばした二つ目に座った。
ミーレスは覚悟のないものは存在するべからず、とばかりに無視。
シャラーラもわざわざ声をかける理由を見つけられなかったのか放置。
リリムはオレと食事をとるのに夢中でメティスのことなど気にもかけない。
いや、なんか、メティスが可哀相な・・・。
ボッチ経験者のオレとしては同情しそうになるが、ここで手をさしのべるのはミーレスやシャラーラに示しがつかないので、やはり放置する。
耐えられないなら、改善は簡単だ。
メティス自身が、自分が奴隷だと覚悟を持って認めればいいだけのこと。
状況はメティス待ちなのだから、こちらから何かをしてやる理由はない。
リリムは、それはもうモリモリと食べた。
平気で大人二人分の量をペロリといってしまう。
あまりの喰いっぷりに、ミーレスとシャラーラなどは自分の分を少し分け与えていたほどだ。
まあ、この年代の女の子が泣きながらおいしいおいしいとご飯を食べていたら、止められるものではない。
まして、リリムは年齢に比して細すぎる。
この食欲がずっと続くようなら注意が必要だが、現状では「よく噛んでから呑み込みなさい」と言うぐらいだろうか。
そして夜。
必然、ミーレスとシャラーラはオレと一緒に寝る。
リリムも当然そうしようとした。
オレもそのつもりだったのだが、メティスが止めにかかる。
「ベッドならまだ余っているんだから、ね?」
いや、ない。
二つあるベッドはくっつけてあるし、もう一つはメティスの部屋にある一人用・・・ああ、入院患者用のベッドがあった。
幼い子供を諭すような、優しい声音で、リリムを説得しようとするメティス。
メティスはこういったことには厳しい女性である。
それはもちろんわかる。
しかし、奴隷であるのだ。
もはやそんな言い分の通るような立場にはいない。
「あ、あなたたちもよ。女の子なんだから、男の人と一緒に寝るわけにはいかないでしょう?」
なにかあってからでは遅いのよ? という口調がなにか妙に薄っぺらに聞こえた。
オレの感覚も随分と退廃的になったものだと感心してしまった。
ほんの二月前、日本にいたころの自分なら、メティスの言い分に賛成の一票を投じただろうに。
そういえば、ミーレスとの初日にはオレも寝室を仕切って部屋を作ろうとしたんだったよな。
それがなし崩し的に、みんな一緒に寝る形になってしまっている。
オレにとっては好都合なのでいいのだが・・・。
うん、オレ自身、かなり価値観が変わってきている気はする。
「わたしはご主人様が拒絶しない限り、ご主人様とご一緒に寝かせていただきます。そうでないなら、玄関ホールの床で寝ます」
「おらは寝室の床で寝るっす。ご主人様にベッドから追い出されんなら」
ミーレスとシャラーラが、真顔で答える。
二人とも奴隷商人のところで、いろいろ教わっていたのだろう。
そして、商品奴隷となるよう躾もされていた。
弱冠一名についていえばそこに期待していたほどだ。
メティスの言動に賛同などするはずがない。
冷めきった返答を叩きつけた。
「それに、私たちはすでにご主人様に抱いていただいています。むしろ別のベッドで寝る意味が分かりません」
当たり前すぎて、もう言葉をなくしたシャラーラの代わりに、ミーレスがさらに言葉を重ねた。
シャラーラはもう、フーッフーッと鼻息が荒い。
毎晩激しく跳ねているだけのことはある。
主人冥利に尽きるというものだ。
オレは不覚にも泣きそうになってしまった。
メティスは困ったように眉を歪めた。
そしてリリムの表情を見て、なにか葛藤するように一度唸ると、諦めたような声で言った。
「わかったわよ。でも・・・それなら」
議論の結果―――。
今、この四十畳はある寝室に、二つ目のベッドが用意された。
家の一階から入ってきて、十数歩の辺りに置かれている二つのベッドをつなげてキングサイズになっているベッドの他に、治療院に降りていく階段の入り口付近に運び込まれたベッド、階段下に押し込められるように置かれていたメティス愛用ベッドの二つだ。
リリムが、オレへの奉仕が嫌になったらいつでも逃げてこられるように、ということらしい。
オレからすれば、その気になったらいつでも参加できるように、と思いたいところだ。
もちろん、メティスが。
実は、ちょっと気になっている。
ミーレスやシャラーラがオレに抱かれていることを、メティスが知らなかったはずはないということだ。
日本の気密住宅とは程遠いこの世界の建物の中で、あれだけ執拗にあけっぴろげに喘がせていた声が、階下に全く聞こえないなんてことはありえない。
絶対、毎晩困っていたはずである。
それなのに、声だけでなく姿も見えかねない場所にベッドを移してくるとは・・・。
メティスなりに、何か考えがあってのことだろうとオレは推測した。
一応言っておくが、今夜はリリムに手を出しはしない。
傷は治っても体力は落ちている。
当分は見学だ。
ミーレスとシャラーラが先生では、どうなるかは目に見えているが。
同じ部屋のすぐそばとかなり遠い位置の二か所に、まだ男を知らない女がいるところで二人の女を貪る、そんなシチュエーションに盛り上がって、ミーレスとシャラーラには負担をかけてしまったかもしれない。
結局、昨夜は思いのほか興奮してなかなか寝付けなかった。
そのせいか、朝食後に歯を磨いていると頭が少しぼーっとしてしまった。
この世界にある歯ブラシは木の柄に豚の毛を編み込んでブラシ状にしたものだ。
正直ものすごく硬いのだが、さいわい、オレには設定値の変更ができる。
軟らかめに変更して使っていた。
そのせいで少し毛先が長くなったので途中で切ったりして調整済みだ。
歯磨き粉はなく、水だけか塩を使っている。
いずれはせめてミントの効いた歯磨き粉を作りたい。
なんにしろ、顔を洗うには水が必要だから、洗濯場で磨くことになる。
どうにも落ち着かないので、木箱を重ねたところに真ん中に穴を開けた桶を置いて代用品を作った。
作ったが・・・我ながら下手過ぎて泣けてくる。
もう少しましなものを作れるつもりだったのに。
いずれはもっとちゃんとした洗面台を作るつもりだ・・・いずれが多すぎるな。
洗面台の位置や、高さなんかをボ~っと考えながら、シャコシャコと磨いていると。
「ご主人様、リリムはお役に立てますか?」
ちょこちょことやってきたリリムが不安そうに問いかけてきた。
「けふっ?!」
歯ブラシが口の中で滑って、唇を押し上げてしまった。
こんな状況でコケさせないで欲しい。
だが、不安に思うのも仕方がないことなのも知れない。
パーティメンバーにしていないからな。
ミーレスたちのような活躍は望むべくもないのだ。
「リリムも役に立っている。これから働く場は増えるから大丈夫だよ」
オレがそう言うと、リリムはゆっくりと頷いた。
「オレたちが迷宮に行ってる間、メティスの手伝いを頼むぞ」
手伝いと言っても、ほとんどが掃除と菜園の管理だ。
あとは、極限まで落ちていた体力の強化。
これは専門の治癒魔法士がついているのだ、問題ない。
そのついでで、治癒魔法士として学習してもらうつもりだ。
回復役が多くて困ることなどあるまい。
「はい。任せてください、ご主人様」
安心したのか、リリムが無垢な微笑をくれた。
もうこれだけでプライスレスの価値がある。
その日から四日ほどは、リリムの様子を見ながらこまごまとした作業を行う。
手付かずだった家の左側の空き地も畑として開墾した。
今のところ植えるべき種はないのだが、開墾してあればあとからどうとでもできる。
とりあえず雑草が蔓延るのを阻止しつつ、生ごみを埋めて処理するのに使えばいい。
いまのところ、治療院は暇だそうだ。
というか、客が一人も来ない状況らしい。
客が来ない理由は想像できる。
一度閉院しているし、なにより遠い。
治療院の一番の客はやはり冒険者だが、彼等が傷を負うとしたら迷宮だ。
迷宮の近くには当然、商売敵の治療院が出張っている。
町に、どっしりと腰を据えている治療院にまで足を運ぶ理由はない。
ご近所の農場で働いている人が、たまには来てくれるかもしれないが、その人達もプロだ。
そうそう仕事で大きなけがなんてしないだろう。
あとは、リリムが加わったことで、我が家の食卓に彩が増し・・・たりはしなかった。
ダークエルフは狩猟をするので獣を捌けるということだが、毛皮を剥ぐのは得意でも肉の調理はやったことがないそうだ。
せめてジビエ料理でいいから作れるとよかったのに。
なかなかうまくいかない。
迷宮探索はさらに進んだ。
五階層はリリムが来た三日後に突破。
『ゲートキーパー』の『ロックロック』――南京錠のような胴体と、同じく南京錠みたいな頭を持った鳥だ――を倒すと『レアドロップアイテム』の『鳩時計』が手に入った。リビングのダイニングへの扉から左側の壁に飾ってみる。
鳩時計と言いながら、出てきて時を告げるのはロック鳥で、音楽もロック調だった。
・・・なんだそりゃ!
ほんと、この世界はツッコミどころがありすぎる。
もっとも、元世界の鳩時計も出てくるのは実はカッコウだ。
手巻き式なので、ゼンマイを巻くのはリリムの仕事とした。
毎朝と毎夕、小さな踏み台を持ってきてはキリキリ巻く。
なんかかわいい。
「ご主人様、ハスムリト様からのメッセージが届けられました」
その様子をほのぼのと昼食後の紅茶――たっぷりと蜂蜜を入れてある――を飲みながら眺めていると、ミーレスがリビングに駆け込んできた。
「メッセージ?」
「商人ギルドが扱っている伝言サービスです。商人ギルドの会員と準会員、その関係者との連絡に使われます」
疑問符を浮かべると、すかさずミーレスが教えてくれた。
郵便網は整備されていたのだ、この世界でも。
網自体は小さくて目も粗そうだけど。
「なるほど、内容は?」
「クエストを頼みたい。都合がつくようなら来てくれ。・・・とのことです」
短っ!?
メールかよ!
詳しい内容を書くわけにはいかなかったのだろうけど、もう少し何とかならなかったのだろうか。
「ちょうど、迷宮に入ったばかりでカードに魔力が蓄えられてある。クエストを受けるのも悪くはない、か。一応話だけは聞いてみよう」
効率の悪いクエストだとしてもレベルアップには支障がないということだ。
クエストの内容と報酬によっても判断は変わるだろうし。
「わかりました。準備します」
「了解っす」
ミーレスとシャラーラが準備に入る。
オレも、移動部屋に向かった。
迷宮に行く時の装備を付けて、『草原の大バザール』内、商人ギルドへと移動する。
生活が困窮することはもうないが、かといって余分なものを買うほど余裕があるわけでもない。
バザールは完全無視でハスムリトのテントへと赴いた。
「こんにちは、ハルカです。お呼びとうかがいましたが?」
テントの外から声をかけた。
万一、中で商談中とかいうことがあると何かと困る。
「おお、来たか。入ってくれ」
返事があったので、テントの垂れ幕をめくって中へ入った。
「お邪魔します」
テントの中は相変わらず雑然としていた。
書きかけのメモとか、期日の過ぎた契約書めいたものが平然と落ちている。
本物なのか、フェイクなのか。
判断に迷うところだ。
「今度の依頼はちょいと手間がかかる。かまわねぇか?」
手間、か。
時間がかかるぐらいのことならかまわない。
目的があって迷宮探索をしているわけではないから、そこは問題ない。
「報酬がそれに見合うなら」
時間がかかって、迷宮に入る時間が取れず、稼げない。
そうなるのは困る。
「ま、当然そうなるわな」
頭をガシガシ掻きながら、ハスムリトは苦笑した。
「帝国の南方、コロルという街にある『クルール』という迷宮に入ってほしい。依頼内容は素材の採集。主に銅と青銅を集めてきてほしい。それぞれ、固まりを10個。報酬は金貨10枚。妥当なとこだと思うが、どうだい?」
確かに、そんなに悪くはなさそうだ。
銅と青銅が出る率にもよるが、10個ずつなら何とかなりそうだ。
それに・・・コロル、か。
リティアさんの商品価格表にも載っていた街だ。
カテゴリでいうと『武器』が売り、買い、ともに大きい。
安く売られている『武器』が銅と青銅製。
高く買い取る『武器』が鉄製。
近場の迷宮で銅と青銅が採れるから安かったんだな。
でも、だとしたらなんでクエストなんか出すんだろ?
「もしかして、依頼主はフェッラの街の鍛冶師、とかですか?」
商品価格表を読み解くとフェッラの街では同じ鍛冶でも武器ではなく、日用雑貨の生産が盛んな街であるようだ。
銅鍋から鉄釜まで何でも売られている。
フェッラで鉄鍋を買い付けて、コロルで売る。
コロルで銅製の武器を買って、帝都やその周辺で売っていた。
そんな形跡がある。
鉄製の武器があるのに銅製武器の需要があるのかと思うところかもしれないが、実は銅製武器の方がいい場合もある。
強度では鉄に及ばないものの耐久性――たいていの金属は低温になると脆く劣化するが銅にはそういうことがない――とか耐食性――錆びにくい――、耐海水性、耐摩耗性などでは鉄より優れている。
用途、あるいは敵とする魔物によっては鉄より銅、青銅製の武器が断然役に立つ場合があるのだ・・・と思う。
それでいくと、フェッラの街では鉄を採取できる半面、銅は採れないのではないだろうか?
加工はしたいが、素材がないとしたら、どうするか?
その答えが、クエスト。
「・・・へぇ。察しがいいじゃねぇか」
見直した、そう言いたそうな顔でハスムリトがオレを見た。
図星だったようだ。
なるほど。
通常の加工品だけでなく、迷宮内の『ドロップアイテム』にも相場はあるわけだ。
迷宮の性質を読む、か。
そういう意味もあったんだな。
罠や魔物の種類や位置のことだとばかり思っていたが、違ったのだ。
「わかりました。受けさせていただきます」
「おう、頼むぜ。期限は十日以内だ。」
十日以内。
それぐらいかかる仕事ということだ。
クエストの受注手続きをしたオレは、ミーレスとシャラーラをつれて、商人ギルドのタペストリーからセブテントの迷宮八階層に飛んだ。
「ここは・・・」
ミーレスが首をかしげる。
マクリアの迷宮ではなく、コロルの街でもない。
どこなのかわからないのだ。
「セブテントの迷宮っすね?」
鼻をスンスン鳴らして、シャラーラが言った。
「匂いでわかるのか?」
「ここは金属臭いんでわかるんすよ」
「ああ、そうか」
金臭さ、か。
オレにはわからんが、獣人にはわかるのか。
「コロルには明日の朝食後に行く。たぶんなんだが、コロルではここで手に入る武器防具の類が高く売れる。今日はぎりぎりまで時間を使って魔物を狩って、『ドロップアイテム』を集めるぞ」
「ああ。なるほど、そういうことですか。わかりました」
「狩りまくるっす」
二人とも気合を入れたようだ。
そして・・・。
すごい。
すごすぎる。
もはや二人は暴風と形容するべきかと思える勢いで、魔物を蹴散らして進む。
オレは剣を抜く暇もなく、『ドロップアイテム』を拾う作業に従事した。
そのかいあって、ミーレスとオレも頭装備を装着できた。
鉄製のヘルメットみたいなものだ。かっこは悪いが、デザイン性はともかく、防御力は上がった。
他にも鉄製の武具がポンポンと出る。
「あ!」
またしても、シャラーラが魔物を瞬殺し、落ちた『ドロップアイテム』を見て、ミーレスが声を上げた。
「どうした?」
「ご主人様の武器を変えるチャンスです」
『鋼鉄の剣』。
『性能値=鋭利:65。重量:35。耐久:55。魔力:10(装備)』
今まで出たことのなかった、性能のいい武器のようだ。
これをさらに・・・。
『性能値=鋭利:90。重量:35。耐久:50。魔力:0(装備)』
とする。
おお。
かなりいい。
「んー。そうはいってもなぁ」
いい武器なんだけど・・・。
ちょっと悩む。
『ドロップアイテム』回収係にはいい武器すぎるのだ。
装備適用の魔法とタグを駆使してサイズを変えた。
前に使った数値は覚えている。
「ミーレス。この剣はお前が使え。お前が今使っているのは、家の寝室にでも置くといい」
剣を鞘にしまって、突き出す。
いい武器は、いい戦士にこそふさわしい。
「なにをおっしゃるのですか!? ご主人様が装備するべきです。奴隷が主人よりいい武器を持つわけにはいきません! か、家族だ、なんて言い訳はこれに関しては聞きませんから!」
うおっ?
機先を制された。
でも。
「家族はだめか、なら・・・右腕だな」
「み、みぎうで?」
「そうだ。ミーレスもシャラーラも、オレの手足、身体の一部みたいなものだ。オレの所有物なんだから、あながち間違いでもないだろ?」
「そ、それは、まぁ・・・たしかに」
不承不承、ミーレスが肯定した。
シャラーラもピコピコ耳を揺らして頷いている。
外堀は埋まった。
「つまり、ミーレスが剣を振るのは、オレが振っているのと同じだ。ミーレスはオレの右腕のかわりに剣を持って魔物を斬る。シャラーラはオレの左腕のかわりに魔物を殴る。だとすれば、ミーレスが一番いい剣を持つのも当然にならないか?」
どうだ?!
この理屈。
これならいいだろう。
「うー。反論したいのに、言い返せません! な、なにか、すごく言い負かされた感じがします。でも、分かりました。仰せに従います」
悔しそうにオレを睨みつつも、ミーレスは鋼鉄の剣を受け取って、装備を交換してくれた。
「これは、ちゃんとしまっておくから」
父親の形見と言っていた剣をもとの状態に戻して、リュックサックに括り付けた。
頭の中で警報が鳴る。
「お客さんが来るぞ」
魔物の接近だ。
シャラーラが即座に反応して飛び出す。
「こっちからも来る」
続こうとしたミーレスを引き留めて伝える。
反対側からも敵は迫ってきていた。
「はっ」
接敵と同時に左から右へと払われる鋼鉄の剣。
敵は『ヘイタイアリ(歩兵)』。両手に剣を持って振り回してくる。
その剣が・・・。
「斬れた?!」
斬ったミーレスが驚きの声を上げる。
払いのけるだけのつもりだったのだろう。
驚きつつも足を止めなかったミーレスが、そのままアリの懐に入り込むと、払った姿勢から、手首を回して剣を振り下ろした。
アリの左の肩口から入った刀身が、そのまま右腹部から出る。
「ぁ」
すんなりと通り過ぎたせいでバランスを崩したミーレスが、慌てた様子でたたらを踏む。
その間に、アリの上半身が斜めに滑り・・・黒い霧になった。
あとには『玉鉄』という球状の鉄の塊が残る。
鉄鉱石の塊というのではなく、すでに製鉄されているのでこのまま材料にできるという便利なものだ。
「す、すごいです! この剣!」
態勢を立て直したミーレスがキラキラの目とツヤツヤの顔でオレを振り向いた。
「見事だ、活躍してくれ」
思わず駆け寄ってキスしたくなるが、そこは耐える。
「はい!」
いい返事をくれて、次の獲物はどこだと言わんばかりにミーレスは目を光らせた。
そのあとも全員、ドロップアイテムで動きが鈍るまで探索を続けた。
どうせなら、『ゲートキーパー』を倒して終わりたかったのだが、荷物の重さがそれを拒否していたのであきらめた。
それでも、大量の武器を手に入れたのは事実だ。
その夜は少しだけ、しつこかったかもしれない。
心がウキウキで眠れなかったから。
シャラーラはもちろん、ミーレスも文句など言わず付き合ってくれた。
リリムが物欲しげな顔で指をくわえていたので、彼女の教育はどんどん進んでいる・・・そんな気がする。
ミーレスのレイピアは寝室の壁に飾った。
インテリアであると同時に、万一の時には護身用の武器となるだろう。
期待通りだ。
オレの予想は正しかった。
コロルの街で、鉄製の武器は飛ぶように売れた。
カーゴトランクを使って、セブテントで手に入れた武器を以前のも含めて全部持ってきた。
それが全部、売れたのだ。
朝早くに商人ギルドに持ち込むと、その場にいた商人たちが目の色を変えて群がってきて値段を付けてきたのだ。
ミーレスとシャラーラが必死に対応してくれたが、明らかに迷宮の魔物よりも怖がっていた。
それだけ、商人たちが殺気立っていたのだ。
「助かるよ。あんたには儲けが少なくてつまらんだろうが、これからも持ってきてくれると嬉しい」
そんな中でも一番たくさん買ってくれた武器屋のおっちゃんが、ホクホク顔で声をかけてきた。
儲けが少ない?
なんで?
いや、言いたいことはわかる。
セブテントの街から、コロルの街に来るためには通常ノルテセトロと帝都の商人ギルドを経由する必要がある。
他の鉄製武器の産地からも似たようなものだ。
その移動に掛かる費用を経費とすると・・・なるほど。
儲けがないどころじゃない。
赤字すれすれだ。
帰りにここから何か買って帰ることで多少は利益が出るだろうが、素直にセブテントの冒険者ギルドで売ったとして手に入る額よりほんのちょっとだけでしかない。
移動に掛かる費用を経費とすると・・・な。
オレはもうこれで、セブテントとコロル間の交易に移動費用は必要ない。
その分が丸々儲けになる。
くく・・・。
いかんいかん。笑いだしてしまいそうだ。
これはおいしい。
かなり儲かるぞ。
だが・・・目立ちすぎるな。
これで味を占めて、何度も同じことをしたら「なんで儲けのないことをあいつはするんだ?」と興味を持たれてしまう。
『異世界人』だということは、商人ギルド内の人間には遠からず知れ渡るだろう。
注意して見ていられたら、正規のルートでは移動していないということに気が付く者も出てくるかもしれない。
そうなったとき、このことが知れれば確実に「何か特殊能力がある」と思われる。
これは危険だ。
人は自分にない力を持つ者に嫉妬し、憎悪を募らせることがある。
異世界の人間はそんなことにならない。な
どと考えるのは楽観主義を通り越してただの馬鹿でしかない。
警戒はすべきだ。
オレには翔平のような、政府全体などという、無茶の利く後ろ盾はないのだから。
「こちらに伺う理由があるときにはなるべくそうする、としか約束できませんよ」
「充分だよ」
そう。
この街でのクエストがあるときだけに限定すればいい。
来るついでだから、儲けが少なくても持ってくるのだと思わせておけば危険も少ない。
「ご主人様。全部売れました」
金貨の入った布袋を手に、ミーレスがやってくる。
音が全くしない。
布袋に空間が余っていれば、金貨が動き回り、ジャラジャラ音を立てる。
それがない。
つまり、わんさか詰まっていて、中で金貨が揺れる隙間がないということだ。
金貨の二、三十枚は入っているかもしれない。
それと銀貨が大量に。
・・・銅貨が大量に入っている、のではないといいなぁ。
シャラーラは中身のなくなった各種布袋をたたんでいるようだ。
「そうか。では、クエストを片付けよう。迷宮に行くぞ」
クエストで来たのだということを周りの商人たちに暗にほのめかしてから、布袋を受け取ってアイテムボックスに押し込んだ。
たたんだ袋を抱えて持ってくるシャラーラからも袋を受け取って、同じくアイテムボックスに押し込む。
アイテムボックスの容積は六十×六十×六十×の六になった。
ここまでくると、結構使い勝手がいい。
いろいろ入る。
・・・なくさないように気を付けよう。
コロルの街の冒険者ギルドまで歩いた。
街は少し粉っぽかった。
乾燥しているらしい。
砂漠でも近いのだろうか。
やたらとターバンを頭に巻いた人たちがいるので、そうなのかもしれない。
冒険者ギルドはレンガ造りのドーム状だった。
元世界だとトルコとかに近いのかもしれない。
インドだろうか?
近いというだけだ。
関連はあるまい。
冒険者ギルドに入り、そこからタペストリーで『クルール』の迷宮へと飛んだ。
迷宮はどこも変わりはない。
岩の洞窟・・・だと思ってた。
「違うんだ」
呆れた声が出た。
見事なラビリンスが広がっている。
石をきちんと積んで作られた壁が、装飾用の柱や明り取りまでついて続いている。
そして、通路は常に前後と左右に続く形。
迷うと目印がなくて苦労しそうだ。
オレにはマッピング機能があるから関係ないけどな。
かなり精密なシントメトリーになっている。
きっとかなり凝り性な神様が作ったのだろう。
「造ったのは建築の神様とかかな?」
それにしては、『ドロップアイテム』が銅とか青銅というのは妙な気がする。
ただ、ドアノブとかの建具用金具の素材という可能性はあるかもしれない
「そうかもしれませんね」
予想を口にすると、ミーレスは賛同してくれた。
シャラーラはすでに屈伸運動をしている。
「最低限必要なのは『銅』と『青銅』10個ずつだ。とはいっても、どの魔物が何を落とすかわからない。しばらくはその見極めから始めるとしよう」
まぁ、結局は接敵した敵を片っ端から倒すだけではある。
「おお!」
そうきたか!
最初の敵は『ブルーゴーレム』。
ひねりのない、青い色のストーンゴーレム―――いや、違った―――グラスゴーレムだ。
つまり・・・ガラス製のゴーレム?
そういえば少し透き通っている気が・・・。
体高二メートルほどのそれが、ゆっくりと歩いてくる。
迷宮の雰囲気にばっちり合っていて、なかなか見応えがあった。
やはり、ここを作った神様は凝り性だ。
「遅いっす」
体はでかいし堅そうだが、動きはとろい。
シャラーラが突撃していった。助走をつけての渾身の一撃、両手を組んで叩きつけた一撃がゴーレムの胸をえぐる。衝撃ではじかれる両腕の反動を利用して、振り上げられた左足が、えぐれた胸に突き立った。
接敵から六秒。
『ブルーゴーレム』は黒い煙となって消えた。
あとに残ったのは・・・『酸化コバルト』。
五百円玉ぐらいの大きさの青色の塊だ。
まんまかよ。
この神様、凝り性のくせに現実的というか、ファンタジーの世界観に自分のセンスを合わせる気がないものとみえる。
えーっと。魔物はガラス製で『ドロップアイテム』が『酸化コバルト』。確か、ガラスを青く染めるのに使う素材だったはずだ。
ということは・・・。
もしかして? と思ったところで新手が接近してくる。
「次が来るぞ」
新手は右の通路から来た。
予想通りのシルエット。
やっぱりか!
『グリーンゴーレム』だ。
さっきとまったく同じ形と大きさの、ただし緑色のゴーレムが迫ってくる。
ミーレスが迎撃に行った。
タタッ、と二、三歩かけていき、剣を抜くやいなや思い切り背中と腕を伸ばして突き出す。
胸を貫いた。そのまま全身をばねにして、剣を払う。
ゴーレムの上半身がぐるりと回る。
胸を貫いた剣が、そのまま右胸を切り抜いたのだ。
残った『ドロップアイテム』は『酸化クロム』だ。
五百円玉大の塊。
やはり、ガラスの染料である。
緑色を出すための。
ミーレスが拾って持ってくる。
そのあいだにシャラーラも戻ってきた。
「目当てのものとは違うようです」
手の中の『酸化クロム』をミーレスが手渡してくれた。
シャラーラも『酸化コバルト』をさしだしている。
「そうだな、もっと上の階層に行かないといけないようだ」
この迷宮のテーマ――そんなものがあるのなら――はやはり建築か工芸品制作にかかわる素材を『恵み』とするものであるのだろう。
だとすれば、今後しばらくは他の色を出すための素材が『ドロップアイテム』として出る可能性が高い。
銅や青銅は、色の素材が出尽くしたあとに、出始めるような気がする。
「なんにしても、相手の魔物とは充分に戦えるようだ。ガンガン進もう」
「はい」
「もちろんっすよ」
その後は出てくるゴーレムを叩き壊しながら進んだ。
動きの速いゴーレムが、どこかでサプライズ登場するのではないかと警戒していたのだがそんなこともなく、ゆっくりとした動作で腕を振り回すゴーレムをシャラーラとミーレスが瞬殺して進む。
なので、最初の『ゲートキーパー』とは迷宮に入って二時間経たないうちに出会えた。
『ソララフキラー』。
ひょっとこみたいな顔をしている以外は、ほぼ普通のゴーレムだった。
なので、シャラーラが突撃して翻弄している間に、ミーレスが回り込んで斬撃を加えるだけ。
オレはそれを見守るだけで終わる。
ときおり口から火を噴いてはいたが、せいぜい二十センチの飛距離では攻撃力としては0だ。
シャラーラも最初は驚いていたが、二度目以降は完全無視していた。
『レアドロップアイテム』は・・・。
「棒?」
棒だった。
槍くらいの長さがあって中は空洞・・・ああ!?
「ガラス吹きの道具じゃないか」
『フキ竿』だ。
二層目。
そう、この迷宮は一層目の次はそのまま二層目だった。
ただ、『ゴーレム』と『ドロップアイテム』の種類が増えた。
『酸化ニッケル』と『酸化マンガン』が加わった。
紫または灰色の着色に使われる酸化ニッケルと紫に使われる酸化マンガン。
それに伴ってゴーレムの色も『グレーゴーレム』と『パープルゴーレム』と。
色は違っているが、大きさも速度も前出のものと変わらない。
そして前出のゴーレムも時折出てくる。
ならやることも変わらない。
二層目の踏破には一時間かからずに成功した。
二層目の『ゲートキーパー』が現れる。
『カタタフキラー』。
やっぱりゴーレムだ。
なにかあちこちへこんでいるが、ゴーレムだった。
既視感のある光景が繰り広げられ、ゴーレムが崩れる。
『レアドロップアイテム』の『吹き型』が手に入った。
金属製のもので、内部が空洞に・・・。
「型だな。これは」
先ほどの棒に溶かしたガラスを付け、この型の空洞部分に入れて息を吹き込むとガラスが型通りの形に成形される。そのための金属製の型だった。
電球みたいな形とか円筒形、三角柱型なんかがある。
その後はもう、同じことの繰り返しだ。
階層は一つずつ上がり、三層目。
ラベンダー色の『ラベンダーゴーレム』とピンク色の『ピンクゴーレム』が出現魔物に加わり『酸化ネオジム』と『酸化エルビウム』が『ドロップアイテム』として手に入る。
『ゲートキーパー』は『カタオオシ』。
雌雄一対のゴーレムだ。
『レアドロップアイテム』は『カナガタタ』。
雌型の型と、そこに流し込んだガラスを押すための雄型の型。
四角や三角、円形の底を持つ箱形が作れるようになる型のようだ。
四層目。
黄色い色の『カナリアゴーレム』、スカイブルー色の『スカイゴーレム』が追加され、『酸化セリウム』と『酸化銅』がドロップするようになった。
酸化してはいるが、銅が手に入ったわけだ。
階層を上がっていけば、銅そのものも手に入るのだろう。
『ゲートキーパー』は『チュウゾウ』。
なんと、両手剣を振り回すゴーレムだ。
倒すと今度もまた型が出た。
雌型のみの様々な形の型のセット。
ここにガラスを流し込めということなのだろう。
「チュウゾウ」とは鋳造のことだったらしい。
乾燥肉で空腹を抑えて、どんどん進む。
五層目。
琥珀色をした『アンバーゴーレム』と赤と黄色のストライプというサイケなデザインの『セレン・カドミゴーレム』がさらに加わり『酸化鉄』と『グラスファインカラー』を手に入れた。
グラスファインカラーってなに? と思ってタグで調べると硫化カドミと金属セレン粉末を反応させた物質であると出た。
よくわからんが、どちらもガラスに色を付けるための原料なのだろうと思う。
『ゲートキーパー』は『パート・ド・ヴェール』。
炎をまとったゴーレムだった。
ごうごうと炎を上げたまま迫ってくる姿は結構怖い。
これは近づけない。
ついに、シャラーラの突進が止まる・・・あれぇ?
止まらなかった。
全然気にせず突っ込んで行って一撃、ゴーレムの胸を蹴りつけて後退。
ちょっとだけ距離をとると再度突っ込んで行く。
完璧なヒットアンドウェイ攻撃が繰り返される。
その数九回。
そして十回目に行こうかと、シャラーラが距離をとったところで崩れ落ちた。
「フィー、ちょっと焦ったっす。燃えてるってのは反則っすよねぇ」
焦ったとか言いながら、平然としているように見えるのはオレの目が悪いのか?
「だ、大丈夫か? 燃えている中に突っ込んでたけど」
おろおろとシャラーラの体の周囲を回りながら確認した。
火傷の一つでも見つけたら速攻でメティスのところに飛べるように座標を打ち込んでおく。
オレでも治療は可能だが、やはりこういうのは本職が一番だ。
「大丈夫っす。燃え移るには時間が必要なんすよ? そうそう燃えはしないっす」
ケロッとした顔で言われると「ああ、そんなものなのか」とか思ってしまいそうになるが、ミーレスも青ざめているところを見ると充分無茶な行動だったようだ。
一言注意しておくか?
そうも考えたが、以前のシュンとした顔を思い出して、思いとどまった。
シャラーラも自分を心配している仲間、家族がいることは理解しているのだ。
それを踏まえて大丈夫との確信があっての行動だったのだろう。
なら、叱るようなことではない。
「すごいな。シャラーラ、ありがとな」
褒めるべきところだ。
「うっす。任せるっすよ。殴り合いはおらが得意だで。ご主人様は・・・っとなんでもねぇっす」
ぱあっと顔を輝かせてシャラーラは笑みを浮かべた。
途中まで言いかけた言葉が何を言おうとしていたかは少し気にかかるが、フーッフーッという鼻息で大体わかるので追及はしない。
「ご主人様」
輝くようなシャラーラの笑顔を見ていたら、ミーレスが控えめに声をかけてきた。
嫉妬してでもくれているのだろうか? と思ったら違った。
『レアドロップアイテム』を手にしている。
拾ってくれたのだ。
『トーチランプ』。
トーチランプって、バーナー?
見ると確かにバーナーの形をしている。
でも、ガソリンとかあるのか?
あ、いや。そうか、魔力式か。
なるほど。
簡単なアクセサリーくらいなら、バーナーでも作れるということだな。
材料だけもらっても道具がないと造れない。
通常の『ドロップアイテム』で材料を、『レアドロップアイテム』で必要な道具をくれているわけだ。
『フキ竿』から始まってずっとそうだった。
ガラスの工芸品、か。
ある物の形が脳裏に浮かんだ。
可能だろうか?
試す価値はあるかもしれない。
これはマティさんに相談だな。
それにしても、魔力式のバーナーなんてものがあるとは思わなかった。
これはかなり画期的かも。
「よし。今日はここまで、帰るぞ」
六階層に出たところで声をかけた。
帝都時間で17:30と脳裏モニターには表示されている。
ちなみに、スクロールさせてみるとバララト時間は16:30。
エレフセリアは18:30だ。
この帝国――そういえば名前もまだ知らない――は元世界にあったソビエト連邦並みに広いようだ。
「宿をおとりになるのですか?」
ミーレスが聞いてくる。
ちょっぴり悲しそうなのはなぜだろう?
シャラーラまでが、この世の終わりのような顔をしている。
「いや、家に帰るぞ。マティさんに相談したいこともあるし」
「あ、そ、そうなのですね。わたしはてっきりこちらで宿をとるものとばかり」
パッと、ミーレスは表情を明るいものに変えた。
「そんなもったいないことしないよ。オレは一度行った所にはタダで移動できるんだから」
「そうでした」
「ご主人様はすごいっす」
すごくほっとした顔でミーレスとシャラーラはオレを見ている。
荷物がそれなりに膨らんでいなければ抱き付いてきていたかもしれない。
奴隷という身分や、今の境遇に不満を持っていないことが感じられて、すごくうれしい。




