シャラーラ6 オークション
25/6/23。
ごちゃごちゃしていた文面を読みやすく。
ところどころ、に訂正を。
書き直しました。
セブテントの迷宮からセブルテントの冒険者ギルドへ。
そこから商人ギルドに行って、平原の大バザールに出る。
途中のノルテセトロと帝都はショートカットした。
そのせいで魔力をかなり消費したが、金が消費されるよりはいい。
「お。早かったな」
先日のテントを訪ねると、ハスムリトが何かちゃんとした身なりになっていた。
黄色の背広をきっちりと着こなしている。
なんか、こんなお笑いタレントがいたなぁ、っていうスタイルだ。
相変わらずチャームジャラジャラの金鎖はそのままだけど。
「『ベヒモステッキ』、とってきましたよ」
荷物から取り出して、渡す。
ハスムリトはさらっと目を走らせただけで、テントの奥にある箱に放り込んだ。
なんかすごい雑だ。
「ああ。気にするな。先方はこれが欲しいわけじゃなくて、迷宮に人を入れたかっただけなんでな。物自体にはあまり意味がないのさ」
オレの視線に気が付いたのだろう、とりなすように言ってくる。
ついでとばかりに金貨を八枚。
袋から出して手渡してきた。
子供のお使いじゃあるまいし、現金を裸でよこすなよ。
文句なんて言わずにもらうけど。
それはともかく、公爵の思惑も知ったうえでの依頼だったのか。
それなら雑でも構わないか。
自分の依頼もこんな風に扱っていたらと思うと正直ちょっと引くが、その辺は常に監視しておくべきことだ。
たとえ常連になったとしても、慣れ合いはよくない。
「ちょうどいい。これから『霧のサイス』をオークションにかける。見学していったらどうだ?」
「それは興味ありますね」
自分の出したものが、実際に売られるところを見られるのか。
後学のためにも、一度同席させてもらうのは悪くない。
「決まりだな」
「よろしくお願いします」
頭を下げて、ミーレスとシャラーラに振り返る。
「オレはオークションの見学に行く。二人は『ドロップアイテム』の換金を頼む。あと、そうだな。時間が余るだろうから、バザールを見てきていいぞ。銀貨三枚までなら買い物もしていい」
「ご主人様!」
オレの顔をまじまじと見て、ミーレスが険しい声を放った。
初めてのことなので、ちょっとびっくりする。
「ど、どうした?」
なにか悪いことでも言っただろうか?
考えてみるが思い当たらない。
どぎまぎしてしまう。
「換金を任せて買い物も許したら、わたしたちがごまかして懐に入れてもわからないじゃないですか。いいんですか?!」
「・・・いいよ?」
何を怒っているのだろう、そう思いながら答える。
小銭をちょっとちょろまかして、懐に入れる。
お使いを頼まれた小学生が考えそうなことだ。
実際、オレもやってた。
小銭を少しでも浮かせようと、近所の店に買いに行けば五分で終わる買い物のために自転車で遠くの街まで行ったことも何度となくある。
その経験が、のちにずいぶんと役立ったものだ。
遠足のおやつ。三百円の予算で、五百円分買うとか。
そうやって貯めた一円や五円の入ったリンゴジュースの空き瓶が、オレの部屋の押し入れにはゴロゴロと転がっている。
一昨年数えた時には二十万を超えていた。
そういう才覚が備わるのはいいことだと思う。
たとえ、彼女たちが奴隷だとしても。
ま、最近は小銭稼ぎよりもポイント集めが主流なわけだが、こちらは未だに紙幣すらない世界だ。
小銭を稼いで問題ない。
「買いたいものがあるなら買えばいい。一つ一つ許可するのは面倒だし窮屈だからな。もちろん、買ったものや値段によっては、小言くらい言うかもしれないけどね」
「ですが、わたしたちは―――」
奴隷と言おうというのだろう。
オレは遮った。
「家族、だろ」
「?!」
ミーレスが言葉を飲み込んで固まった。シャラーラも。
「そういうことだから、よろしくな」
ポンッと肩を叩いて外に出る。
二人も急いでテントから出てきた。
そして、一礼してバザールのほうへと歩み去っていった。
「ずいぶん寛容なご主人様だな」
呆れているのか、嘲りか。
ハスムリトが言う。
「おかしいですかね?」
「珍しいのは確かだな。だが、俺は嫌いじゃない。たぶん、リティア嬢もそんなとこが気に入っているのだろうな」
ふっと笑みをひらめかせて、ハスムリトが歩き出す。オレは黙ってあとに続いた。
オークション会場は、まんまサーカスのテントだった。
円形テントの真ん中に舞台があって、それを囲むように階段状の座席が取り巻いている。
左右の舞台袖には通路があって、控室か何かにつながっている。
どちらかから商品が出てきて、売買が成立すると反対側に送られるという仕組みなのだろう。
オークションのやり方は、元世界で見知っていたものと同じだ。
すり鉢状に観客席が列をなす真ん中、ステージ上に売り手が商品とともに現れて買い手がいくらで買うかを競う。
出品された商品には最低額が定まっていて、欲しい人はそこに金額を上乗せしていく。
最終的に最高値を付けた人が、その商品を買い取れるというものだ。
ネットオークションなら何度も経験しているので、その辺の仕組みはすぐに理解できた。
「これって、仲介屋さん以外は参加できないんですか?」
オークションの合間に、気になったことを質問した。
「参加は可能だ。ただ、ここだけの話、あまりいい顔はされない。最悪、一度も値が付かないまま流されて、あとから二束三文で買い叩かれるようなことになりかねん。おすすめはできんな」
「あー、やはりそうなりますか」
「例外もあるが、少なくとも売るのは仲介屋を通した方がいい」
「買う方なら何とかなるんですか?」
オークションというと、オレはほとんど買う側だった。
とあるコレクション集めでよくネットオークションに参加して、何度か競り勝った経験もある。
今は金も多くないので、そんな機会はないだろうが、いずれはそういうこともしてみたい。
「時期限定で一般参加できるものもある。売り買いどちらもな」
「常設のはダメということですね? なぜですか?」
聞くと、ハスムリトは少し嫌そうな顔をした。
「リティア嬢の紹介でなければ教えやしないんだが、売り手と買い手がすでに裏取引を済ませているケースがある。俺たち仲介屋は事前に情報が入るんで流すわけだが、個人で参加しているとわからないまま買えてしまったりする」
「恨みとかも一緒に買いそうですね?」
探りを入れてみる。
ハスムリトは、「そういうことだ」と言って目を逸らした。
「ああ、それと。これは決まり事というか、マナーの話だが。いくら欲しい品でも、最初から最低価格の一割増し以上の値を付けるのはだめだ。仲介屋を根こそぎ敵にしたくなかったらな」
「無茶な高騰を避けるため、ですね」
ネットオークションでも、上げ幅がある程度決まっていることがある。
それと同じだろう。
「それが理解できるなら、大丈夫だろう。まぁ、なるべくは俺を使ってほしいがね」
「そんな機会はそうそうないと思いますよ」
こっちは迷宮で稼ぐので精いっぱいだ。
買いなんて当分無理だし、売りだって時間の浪費を考えれば旨味がない。
「さて、次の次が俺の出番だ。行ってくるぜ」
チラリとオークションの出品表に目を向けたハスムリトが腰を上げた。
『霧のサイス』につけた最低金額は冒険者ギルドの買い取り額だった。
ここで買い手がついて誰も上乗せしなければ、ハスムリトに払う手数料の分だけ必ず損をすることになる。
最悪でも二割増しで売れてくれないとオークションに出す意味がない。
「さて、どうかな?」
会場をそっと見回してみる。
声がちらほら上がっていた。
値段が少しずつ上がっていく。
二割はすぐに超えた。
三割増し・・・四割増し。
五割増し、というところで声が途絶える。
リティアさんの読み通りだ。
「これが、オークションか」
意気揚々と戻ってきたハスムリトから手数料を引いた後の売買代金をもらって、彼とは別れた。
オレ以外から頼まれたものの出品もあるのだそうだ。
その取引にオレは関係ないので、ここで帰ることにした。
勉強にはなった。
時間を無駄にしたのではないかと不安だったが、これなら時間を割いただけの見返りはあったと言える。
ミーレスとシャラーラに合流して家に帰ろう。
ただ、合流にはちょっとだけ手間取った。
オレのマッピング機能は、無数の人間の群れから仲間を見つけ出すのが苦手のようだ。
つかえん。
そう思った後で、『奴隷用装身具』の効能を思い出して合流した。
こっちは使えた。
とっても便利。
クエストの報酬とオークションの売買益があるので、今日はもう迷宮にはいかずに夕食を家でとることにした。
そういつまでも外食に頼るわけにはいかない。
少しずつでも自炊をするべきだった。
朝食だけでなく夕食も。
街で野菜と、ベーコンなど最悪そのままでも食べられるようなものを買って帰る。
野菜はシャラーラに丸投げだ。
オレとミーレスでベーコンを切って焼き始める。
火力調整が激ムズだ。
それでも、何とか焼き上げることに成功した。
うん。少し焦げているが、食べるのに支障があるほどではない。
野菜のスープとベーコンのカリカリ焼き、そしてパンという夕食を三人で囲む。
ランプの明りの下、仮初かもしれないが家族の団欒だ。
「バザールでは何か買えたか?」
「えと、ですね。私とシャラーラには、ヘアブラシと爪ヤスリを買ってきました」
ブラシと爪ヤスリか。
確かに必要だろう。
オレがあまり使わないから、そこまで気が回らなかった。
「気づいてやれなくて悪かったな。必要なものは遠慮なく言え」
女の子が日常必要とするものはほかにもたくさんあるはずだ。
肌や髪の手入れをするのに乳液とか、オイルとか。
おっと?
「特に美容関係は遠慮するなよ」
奴隷だから、こんな高価なものは・・・などと思われては困るぞ。
「お前らの体はオレのものだからな。可能な限り美しくあるようにしなくてはならない。そのために必要なものなら、値段がいくらであっても言え。いいな!?」
「は、はい。そうさせていただきます」
「そうするっす」
二人とも、コクコクと頷いたので、良しとする。
元世界では彼女なんてものがいなかったので、そういうのは全くの無知だ。
ミーレスたちの方から言ってもらわないとわからない。
「ご主人様にも、お土産を買ってきました」
「オレにか?」
「はい。喜んでもらえるといいのですが」
「そんな気を使う必要はないんだが・・・ありがとう」
なにを買ってきたか知らないけど。
「いえ。ご主人様には、こんなものを買ってみました。珍しいお店を見つけたので」
そう言ってミーレスが出して見せたのは、麻の布に入れられた焦げ茶色の粒状のものだった。
「消臭剤だそうです」
なんだろう? と思っていると、ミーレスが教えてくれた。
消臭剤か、でもなんで・・・もしかして、オレはすごく臭いとか。
ありえる。
ミーレスはともかく、シャラーラは獣人でもあるし。
「な、なんで、それを買ったんだ」
「えっと。ご主人様も持っていらっしゃったことがあるはずです」
「え?」
オレが?
・・・消臭剤なんて持ち歩いていたか?
そんなはずない。
「シャラーラが、寝室にあるご主人様の服についている匂いを覚えていて、嗅いだことがあると・・・」
家中の部屋や戸棚を覗いて回ったときか。
よく匂いなんて覚えていたな。
狂乱するほど興奮していたのに。
それはそうと・・・。
オレの服に匂いがついていた?
・・・茶色い粒・・・?
まさか・・・。
「コーヒーか?!」
思わず腰が浮く。
ミーレスの手から麻の布袋をひったくった。
匂いを嗅いでみる。
間違いない。
コーヒーの匂いがする。
オレはコーヒー党だ。
元世界では一日に最低でも三杯、多くて五杯は飲んでいたほどの。
こちらの世界に来る直前も甘い缶コーヒーをちびちび飲んでいた。
「これが、消臭剤?!」
「買い物してたら、嗅いだ覚えのある匂いがしてただ・・・辿って行った店でそれを見つけただよ。何に使うのかと聞いたら、消臭剤だぁいっとった・・違うんすか?」
驚いた顔のシャラーラが、うつむいて上目遣いにこちらを見ていた。
まるで怯えているかのように、叱られた子犬のように・・・。
消臭剤・・・。
そうだ。
インスタントコーヒーしか飲んでないと関係ないが、豆から淹れる人たちの間では使用済みの、または古くなった豆を消臭剤に使うというのはよく知られていることだ。
この世界では、逆なのでは?
「い、いや。シャラーラ、ミーレス。よく見つけてくれた。暇ができたら、その店に案内してくれるか?」
「はい、もちろんです」
深呼吸をして気を鎮めてから、言葉をかけるとシャラーラとミーレスはほっとしたように微笑んだ。
「それと、これはキッチンの湿っていない暗いところにしまっておいてほしい」
「かしこまりました」
コーヒーがあるのか。
それも銀貨で買えるくらいの安価。
・・・コーヒーメーカーか。
サイフォンとかがあるといいが・・・。
飲み物として売られていないことを考えると期待薄だ。
でも、豆があるなら、最悪濾紙で濾して・・・。
濾紙なんてあるのか?
探してみる必要がありそうだ。
探してみる必要がありそうだ。
うん。確かにある。
ただし、今じゃない。
もう少し余裕ができないとな。
金銭的に。
シャラーラを手に入れたことによって、稼ぎはうなぎのぼりに上がっている。
なんといっても接敵からの撃破速度が格段に上がったのは大きい。
それ以外にも、タペストリーを使わなくても移動が可能になったことで移動費用はなし。
換金するのに必要だった時間も二人でやってくれるようになってかなり短縮された。
『ドロップアイテム』も当然に増える。
あまりに増えたので、換金は午前にマクリアの冒険者ギルド。
午後は帝都の冒険者ギルドと二か所で行っている。
三人パーティの稼ぎと考えればかなり高いのではないだろうか?
午後が帝都なのは、未だ夕食はほぼほぼ『レマル・ティコス』だからだ。
どうしても、夕食だけは外食に頼らざるを得ない。
昼は乾燥肉とかで済ませるので、それほど気にしなくていい。
現状では一日平均での収入が二万ダラダ前後で行ったりきたり、物価十分の一説でいえば三人での日給が二十万円に届こうかという計算。
だが、一日の収益から食費なんかを引くと、残金が金貨二枚には到底届かなくなる。
もちろん、生活を続けることは可能だ。
税金についてミーレスに聞いたところ、奴隷三人と家、自分も含めると三十万は必要になるらしいのだが、これも一年で割れば何とか支払い可能だろう。
可能・・・維持はできるがそれ以上の進展は望めないということだ。
階層を踏破し、レベルも上げていけば楽にはどんどんなっていくのだろうが、それでもかなり苦しい。
もう少し何とかならないものだろうか。
そう思ったオレは専門家に相談に来ていた。
ミーレスとシャラーラには家の掃除と菜園の草取りを頼んである。
「そうね。一般的にはクエストと交易になるかな」
それが、冒険者ギルド迷宮探索アドバイザーリティアさんの答えだ。
いつもの相談部屋で、デスク越しに向かい合っている。
ちょっぴりだけど、いつもより真剣な顔をしている。
「クエストと・・・交易?」
クエストはわかる。
通常の迷宮探索と並行して行える採取物とか『ドロップアイテム』の収集を請け負うということだろう。
自分たちの力量と迷宮の特性をちゃんと理解していれば、それなりには有効そうだ。
ゲームなんかでは最もポピュラーな資金と経験値稼ぎ――この世界では経験値という概念がないが――の方法だ。
だから、クエストはわかる。
でも、交易?
「それは商人がすることなのではないですか?」
冒険者はアイテムボックスが使えるから、というのは意味がない。
なぜなら魔力の売買が可能な技術があって、魔法ではなく装置として存在しているものであるならば、商人用のカートとかトランクがあって当然だからだ。
巨大なコンテナをトラックで運ぶのではなく。
魔法で容積を拡張したカートやトランクに商品を大量に詰めて商人が持ち運べばいい。
メルカトルがそうであるように、商人だって迷宮で鍛えることは可能なはずではないか。
「迷宮に入るのには資格が必要なのよ? 迷宮に入るときギルド会員証の提示を求められるでしょ?」
ああ、そういえば。とうなずく。
「冒険者ギルド以外にも採掘ギルドとか工廠ギルド、薬学ギルド、迷宮に入る資格を持たせるギルドは多い。けど、彼らはあくまで素材を手に入れたいだけなの。そして素材は低層に多いわけ」
これもわかる。
セブテントの迷宮で経験した。
低い層では鉱石系の『ドロップアイテム』が多かったが、階層が上がるにつれ武器そのものがドロップしてくる率が増えていった。
あのまま上がり続ければ、武器の質は上がる一方で、鉱石とかは手に入らなくなるのだろう。
逆に希少な鉱石にとって代わっても行くのだろうが、原材料と製品という関係で考えれば上に行くほど手の込んだ品がドロップするのは必然だ。
「魔物から得られる魔力量は1から10階層ではほぼ同じ。だけど、10階層と11階層では倍近く変わってくるし質も違うの。より吸収しやすくなるし、体を作り替える幅も速度も変わってくる」
「一番レベルを上げやすいのが、冒険者、ということですか?」
常に高みを、迷宮の攻略を目指す冒険者と素材集めを目的とする他の職業との根本的な差、というわけだ。
「そういうことなの。だから、こと魔力の保有量で冒険者以上の職業はないのよ。魔法使いとかの例外を除けば、だけどね」
アイテムボックスは魔力を吸収して発動する道具だ。
魔力量が多くないと維持できない。
だけど?
「魔力を買えばいい、とはいかないのよ」
疑問を見透かされた。
問いかける前に断言されてしまう。
「魔力はレベルアップにも使われるでしょ? レベルを上げればさらに高いところに行ける。それがわかっていて、魔力をポンポン売り払うと思う?」
オレは首を振った。
そうだ。
魔力を売れば確かに金にはなるだろうが、売りすぎれば成長は望めない。
カードに吸収された魔力は、持ち主の魔力受容体に空きができると自動的に補充してくれてレベルアップさせてくれるシステムになっている。
先日バザールに行ったことで半日+半日、迷宮探索をしなかったが、その間もレベルアップが行われていたのはカードに魔力が貯められていたおかげだ。
結果として、パーティ枠が5個に増えてもいる。
リリムを受け取ったらすぐにパーティに入れられるようになった。
まぁ、そのせいで魔力を売って生活費を作ることはできなかっわけたが。
その必要もなかったけど。
「なので、需要は増える一方なのに供給はされていない状態になってるわけね。それはつまりどういうことでしょう?」
人差し指を上げ、まるっきり教師の口調。
馬鹿にしているのかと思ってしまうが、どうやらそういうことでもないらしい。
「魔力の相場は上がり続けている、と」
「正解。しかも物の動きは加速しているわ。これまで自給自足だった街でも、物を取り寄せるようになってきてるの。市場はいつでも物資不足よ」
世界的な経済発展に、流通網の整備が追い付いていない状態なのか。
「で、交易という選択肢が出るわけね。どのみち、身体に蓄えられる魔力量は限られてる。あふれ出した魔力がある程度の量――二、三日迷宮に入らなくていいぐらい――溜まっている間に物資を運ぶのよ」
そういうことか。
なるほど。
迷宮に入る理由の第一は金、次がレベルアップ。
レベルアップに必要な魔力を蓄えてしまえば、金のために運送業をするのはありだろう。
運送業?
交易?
「物を運ぶだけなら、交易とは言いませんよね?」
「商人に使われて指定のものを指定の場所に運ぶなら、運送業ね。使われる身だから、報酬は運んだ量に対する従量制料金になるから安いわよ。交易なら、儲けは全部自分のものにできるから儲けたいなら断然こっちよね」
リティアさんの顔にいやらしい笑みが浮いた。
精霊とのハーフのくせに物欲主義なのかよ!
あ、いや。妖怪だったか。
「そんなうまい話じゃないでしょう?」
つい、声質が冷ややかになってしまった。
「運送業は報酬が安いけど、安全だわ。なにをどこから仕入れてどこで売るかを決めるのは商人。儲けようと儲けまいと運んだ人には関係ない。料金は定額支払ってもらえる。損はしないわ。交易は当たれば儲けが大きいけど、リスクを全部被ることになる。買った額より安い値しかつけてもらえなくて大損とかね」
ああ、それか。
すごくよく理解できた。
オレは某ゲームメーカーの、船に乗るゲームが好きでよくやっていた。
あっちであれを買い、こっちで売ってあれを買う、そして向こうで売って・・・というやつ。
相場を読みそこなって大損したことより、食料の消費と次の港までかかる日数とを計算ミスして全滅の方が経験は多いが、リティアさんの言いたいことはわかる。
交易。
あれをやればいいのか。
そのためには、相場を知る必要がある。
そうして、利幅の多い商品を見つけ、儲けるためのルートを探す。
ゲームでなら何百とやってきたことだ。
問題なのは、必要な情報をどこから入手するか
ゲームなら情報源は規定だから、そこをこまめにチェックすれば何とでもなる。
だが、ここはリアルの上に異世界なのだ。
「商品相場の情報なんて、もってないですよね?」
一応聞いてみる。
「わたしは何でも屋じゃない!」
手刀が飛んできた。
だよな。
そんなに甘くはない。
と、思ったら・・・。
「各地で運送業やってる冒険者から聞き出した商品の価格表なら、ここにあるけど?」
キラン!
目を光らせて、言ってくれる。
惜しい!
なんで眼鏡かけてないんだろ、この人。
いや、それはいい。
目の前で羊皮紙をひらひらさせるリティアさんの口が三日月状に歪んでいる。
ほんとに物欲主義なのかよ!
「き、金貨一枚」
ぐぅっと拳を握り込んで言ってみる。
各地の、それも運送に携わった人の生の情報。
ぜひ欲しい。
だが、それは向こうも当然承知なわけで・・・。
のんのんのんっと、リティアさんは指を振った。
「金貨五枚はもらわないとねー?」
デスクの上にお尻を乗せ、こっちにかがみこむようにして羊皮紙を突き付けてくる。
まんま、どっかの悪女だ。
お、おのれ・・・。
「二枚・・・」
五枚も出せる余裕があるなら苦労してないやい!
「四枚!」
ばっ、と羊皮紙を背中に回して言ってくる。
羊皮紙を背中に回した分胸元が迫ってて・・・。
「クッ・・・三枚で・・・」
かなりの出費だ、このくらいで勘弁してほしい。
「んー、まぁいいか。はい」
勘弁してくれた。
羊皮紙を受け取って、さっと目を通す。
多種多様な商品が、かなり事細かな数字とともにリストアップされている。
どこの街からどこへなにを運んだか、運び元でいくらだったか、運び先ではいくらになっていたかも記されている。
これがあれば、すぐにでも商売になる。
いきなり交易を勧めてくるだけの根拠は始めから持っていたのだ。
あ、あざとい。
「地図ってありますか?」
価格表を見ながら聞く。
「・・・たった今、その表を値切って買っておいて、それ聞くかな?」
リティアさんがあきれ顔だ。
「うん。値切る前に聞いておくべきだったと反省してます」
そうすれば合わせて三枚で買えたかもしれない。
「君って子は・・・」
苦々しげな顔をしたリティアさんが大きな羊皮紙を渡してくれた。
うん。
リティアさんのことだから、すでに用意してあるだろうと思っていたよ。
めぼしい商品と、それが売買されている街の位置とを比較していく。
意外とうまくいきそうな気がする、というかかなりボロいような?
「忘れないでよ。移動にかかる通行料を計上するのを」
ああ?!
そっか。
ふ
つうは遠距離であればあるほど、通行料がかさむから、その分の金額も上乗せしないといけないんだ。
そうしないと儲けにならない。
冒険者ギルドが冒険者の交易を認めている理由の一つにはこういうこともあるからか。
普通は冒険者が冒険者ギルドを通さずに商人と売り買いするようなことになっては、ギルドは困るはずなのだ。
それなのに交易することも認めている。
それは、商人相手に冒険者が取引をしても大した儲けにはならないという前提があるからだ。
結局は無視できる程度にしか影響しないと踏んでいる。
でも・・・。
オレは一度いった場所へはいつでも行ける。タダで。
このアドバンテージはでかい。
例の砂時計――魔力蓄蔵器――の補助を受けられないから魔力はかなり使うことになるだろうけど。
「それと、商売するには商人ギルドの許可がいるわよ」
「やっぱりそうですか」
ゲームでいうところの『総督の許可』だな。
街に寄付をしろとか言われるのだろうか。
「まぁ、ハルカ君の場合は許可得やすいだろうけど」
リティアさんが椅子に座りなおして、前髪を手で梳いた。
「そうなんですか?」
「許可をもらいに行くと真っ先に言われるのが、カード――照魔鏡――を確認します、なのよ。そうすればハルカ君の存在の特殊さは知られる。えこひいきとまでは言わないけど。かなりの便宜を図ってもらえると思うわ」
「ああ、それですか」
そうだった。
オレは『異世界人』なのだ。
なんか、急に気分が落ち込んだ。
頑張ってね、とちょっと投げやりな激励を背中に受けたオレは、冒険者ギルドを出てまっすぐに商人ギルドへと移動した。




