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異世界で家を買いました  作者: 葉月奈津・男
『恵』編
2/404

ミーレス2 冒険者

25/6/22。

ごちゃごちゃしていた文面を読みやすく。

ところどころ、に訂正を。

書き直しました。

 

「お待ちしておりました」

 抜けた途端、法衣姿の女の司祭が出迎えた。

 翔平を。


 後ろのほうに、最初に挨拶した初老の男性司祭がいる。

 見かけないと思っていたら、先触れ役をしていたのだ。


「しっかりやれよ、勇者様」

「路頭に迷ったら、頼れよ。一般人」

 皮肉を飛ばしあって、別れる。

 お互い、感極まって手を握りあうような趣味はないので、軽いものだ。


「さてと、オレはどうするかな」

 送ってきた側の教会長と受け入れ側の教会長らしいのが話をしているのを、視界の隅に捉えながらオレは帝都の教会本部とやらを見物していた。

 西欧のカトリック教会を少し地味にしたような感じだ。

 地味に見えるのはステンドグラスがないからか。


「冒険者になってはいかがですか?」

 そんなオレに、声を掛けてきた者がいる。

 振り返ると、薄くいれた紅茶色の髪にルビーの瞳をした女性がいた。

 胸元に数枚の書類を抱えて。


「冒険者ギルド、迷宮案内人リティア・ハティールです」

 ぴょこん、と頭を下げて挨拶してきた。


「なんで、冒険者ギルドの人が教会に?」

「ホントは、勇者様を勧誘に来たんだけどね・・・乗り遅れちゃって」

 そう言って視線を逸らす。

 つられて目を向けると、翔平が人の波に呑み込まれていた。

 報道陣に囲まれる、なにかやらかした有名人のようだ。


「ああ、なるほど」

 今から、あの輪に加わるのは大変だろう。


「手ぶらで帰ると係長に怒られちゃう」

 顔の前で両手を組んで、顔を寄せてくる。

 息が、かかりそう。


「あ、あの、冒険者ってなにをするんですか?」

 だいたいの予想はつくけど。


「迷宮探索ね」

 予想を裏切らず、おそろしく端的な答えが返ってきた。


「まあ、迷宮探索を仕事にしている職種は他にもたくさんあるし、冒険者にはクエストなんかもあるから、一概には言えないのかな」

 話からして、ゲームなんかの設定どおりのもののようだ。


「いいですよ。冒険者になっても」

 どのみち、異世界人だ。

 あまり職業選択に幅はないだろう。


「ありがと。詳しいことは、ギルドで話させてもらえるかな?」

 目をキラキラさせて聞いてくる。

 聞いてくるが、その手はすでにオレの腕をつかんで引っ張っていた。




 かつて、世界は一つの巨大な大陸であった。

 神々と人間が、ともに住む楽園であったのだ。


 しかし、数千年の昔、神々の間に争いが起きた。

 争いは収まることを知らず、拡大の一途をたどり、ついに神々は世界を三つに割った。

 すなわち、『神国』、『人国』、『魔国』である。


 そして神々は、『迷宮』を作った。

 それらは、世界を繋ぐ橋ともなる。

 神々へと続く螺旋階段などとも呼ばれる所以だ。


 ただし、誰も彼もが渡れるものであってはならぬと、幾多の障害が設けられた。

 迷宮内の罠。

 そして、魔物。


 迷宮は、人間を試すものであると同時に、人間たちに恵みをもたらすものでもあった。

 迷宮内には、地上では手に入らない鉱物や宝石、時には神の手による武具や道具などが隠されている。

 冒険者の使命は、迷宮を踏破し、神々のいる国へと到ることなのだった。


 迷宮を創るは神々。

 ゆえに神々の数だけ存在し、神々の特性により千変万化の様相を見せる。

 それぞれの特徴をつかみ、自分にあった迷宮を見つけることが冒険者にもっとも必要な適性と言える。

 ただし、迷宮にもルールは存在する。


 1、魔物のレベルは迷宮の階層に応じたものでなくてはならない。

 2、各階層の境目には『ゲートキーパー』を配して、階層とレベルが変わることを示さなくてはならない。

 3、全ての魔物には『ドロップアイテム』を設定し、倒した者に報酬をとらせなくてはならない。

 4、迷宮は世界を繋ぐ橋であるが同時に世界を別つ楔でもある。

 安易に人間を助けるものであってはならない。その証として、人間による攻略が進まぬ迷宮は、人間の街を破壊するものとする。

 5、4で述べた理由により、みだりに人間を害するものであってもならない。

 攻略の進んだ迷宮は、街から離れるものとする。

 以上、神々による公式の迷宮攻略案内簡易版より抜粋。


 冒険者が迷宮に挑むのは第一に迷宮を攻略して神の国へと到ること。

 第二に迷宮内から神々の恵みたるアイテムを持ち帰ること。

 第三に迷宮の攻略を進めて、迷宮が街を破壊するのを防ぐこと。

 それらの役目を果たすかたわら、余裕があれば各種クエストをこなしてほしい。




「とまあ、こんな感じかな」

 冒険者ギルドの奥にある一室でリティアさんは、長い説明を締めくくった。

 冒険者となるための講習を受けていたのだ。

 ほぼ半日に渡る長講習だった。

 クッション性なんて考慮されていない硬い椅子のせいで、ケツが痛い。


「最後のはギルドの勝手な希望だから、気にしなくていいからね」

 ギルド職員が、そんなこと言っていいのか?!

 ツッコみたくなるが、これこそが、世にいう『ツッコんだら負け』というものだろう。


「先生! この世界って一年は何日ですか?」

 手を上げて質問した。

 せっかく世界観を説明してくれる人が目の前にいるのだ。

 聞けることは聞いておこう。


「360日よ。24節で一節が15日」

 一年が五日間少なくて、2節で1ヶ月を表す。

 そう考えればいいわけだ。


「では、今日は何日ですか?」

「8節の12日になるわ」

 ということは、元の世界での言い方に直すと4月12日か。

 五日間少ないから一日か二日ずれるのかもしれないけど、その程度なら気にしなくていいだろう。


「他に聞きたいことは?」

 ひょい、と顔を近付けて傾けてくる。

 一瞬、ボーっと見詰めてしまった。

 失礼な態度かセクハラかもしれないが、アイドル並みに綺麗な人にこんな仕草を見せられたら見詰めちゃうって!


「えと、いまのところ思いつかないです」

 考えてはみたが、なにを聞けばいいかわからなかった。

 元の世界と、この世界でなにが違うかがわからないと質問のしょうがない。


「そう。なら、手続き進めるわよ。まあ、あとはちゃちゃっとカード情報コピーして・・・ここにサインもらえば終わりなんだけどね」

 差し出されてきたのは誓約書だ。


『迷宮に入るのは自分の意思であり、たとえ命を落とすことになったとしてもギルドにはなんの責任もありません』というタイプの文言が書かれていた。

 書いてあるというか、魔法で印字してあるようだ。

 さっきのコピーって発言もこれだろう。


 サインをして、カードを渡す。

 ものの数秒で書類は作成された。


「はい、完成。あとは、ギルド発行のギルド会員証ができあがれば終了よ」

「会員証?」

 普通に考えれば、ギルドに所属していることを証明する身分証の類いだろうが、特典とかないだろうか?


「ギルド会員証があれば、登録されている本人入れて最大八人まで。どこの迷宮にも出入り自由よ。ああ、あとアイテムボックスが使えるようになるわね」

「アイテムボックス? もしかして、アイテムを入れておけるという便利魔法ですか?」

 これまたゲームとかでお馴染みのワードが出ましたよ。


「魔法? あー、そうだね。魔法だね。わたしたちからしたら空間保管庫のほうがしっくりくるんだけど」

 そうか。

 スキルとかでなく、アイテムでもなく、家具類なのか。


「会員証に附随される機能なの。入れられる荷物の量は持ち主の魔力量に比例するから、始めはあまり役に立たないって話よ」

 それって、大量のアイテムしまっていて無くしたら、大変なことになるのでは?


「よそのギルドでも似たような機能があるけど、冒険者ギルドがこれに関しては一番だそうよ」

 実際はどうだか知らないけど―、と舌を出された。

 美人だけど、性格は結構フランクのようだ。


「会員証自体は再発行いくらでもできるけど、中身は戻らないから、無くさないように」

「うっ」

 やっぱりですか。

 まあ、オレはこれまで貴重品を無くしたことなんてないから、大丈夫だとは思うが。


「ああ、そうそう。わたし、これで仕事終わりなんだけど、ディナーのお誘いなら受けるわよ?」

 それは、誘えとの強制では?

 まあ、リティアさんは美人だし?

 ディナーをご一緒するのは、こちらとしてもうれしいが?


「あー、こっちの世界に来て間がないので、店とか知らないんですよ。紹介してもらえますか?」

「女の子をエスコートするのは男の甲斐性だよ」

 ダメじゃない。と、呆れた顔でため息なんてつく。


「ムチャ言わないでくださいよ!」

 この世界に来て、まだ12時間経っていない。

 しかも、その半分は長講習。

 よく居眠りしなかったと、自分を誉めたいくらいだ。

 エスコートなんてできるわけがない。


「しょうがない。わたしが連れて行ってあげよう。喜ぶように!」

「ははぁー。有り難き幸せに存じます!」

 腰に手を当てて、ふんぞり返られたので思わず跪いてしまった。

 それはともかく、この角度から見ると・・・リティアさんって胸でかい。


「うわ。男の子ね!」

 ちょっと頬を染め、腕で胸元を隠されてしまった。

 視線があからさま過ぎたらしい。


「まったく、わたしが綺麗なのがいけないんだけど。ダメよ。そんな目で女の子をみちゃ」

「綺麗って自分で言っちゃうんだ?」

 なんか、この人に敬語とかいらないんじゃないかと思ったので、言葉遣いを普通に戻した。

 たぶん、母と従姉以外の女性では初めてのことだ。


「自覚してないと危ないからね」

 つまらなそうに肩をすくめる。

 どういうことだろう?


「異世界にはいないのかしら? ルサルカって。わたしの母方の家系がその種族出身なの」

 ルサルカ・・・どこかの神話で読んだ気がする。

 確か、異性を惹き付ける妖精・・・いや、妖怪の名だったか。

 向こうでは神話とファンタジーの住人だけど、この世界では白人とか黒人とか、そんな感じで存在するってことか。


 なるほど、それならしかたない。

 けど!


「自覚あるんなら、そんなことしないでくださいよ!」

 抗議するが、あはははー、と笑い飛ばされてしまった。


「まあいいじゃない。行こ!」

 オレの腕を取って引き上げてくれる。


 ・・・だから、胸、当たってますよー!

 もうツッコまないけど。




 そのままリティアさんにひきずられて着いた先には、北ヨーロッパ辺りに有りそうな大きな酒場だった。

 皮を剥いで乾燥させただけの自然木を組んで建てられた、山小屋風の外観。

 木目を生かした暖かみのある内装。

 灯りはランプ。

 椅子もテーブルも、木の美しさを前面に押し出すような素朴さがある。


 オレは、一目でこの店を気に入っていた。

 きっとオレは、ここの常連になるだろう。


「ここの『旬のもの定食』は絶品よ。好き嫌いと宗教的戒律がないなら、是非試しなさい」

 テーブルにつくと、リティアさんは強烈に推してきた。

 そこまで言われたら試すしかない。

 オレは、好き嫌いがまったくないし、宗教的戒律なんて無縁だ。


「あと、飲み物は紅茶でいい? そうでないなら果汁のジュースか、あとはワインとかになるけど」

「コーヒー、っていう選択肢は?」

 ないのか?

 ないらしい。


 どんな飲み物かを必死に説明したが、リティアさんは知らなかった。

 この店のメニューにないのではなく、世界に存在していないということだ。

 思わず、思い切り絶望感に浸った。


 一日に4から5杯は飲んでいたものが、0になる。

 紅茶で代用してごまかせるだろうか?

 無理だよな。


 以前、缶コーヒーよりは健康にいい、ということでペットボトル紅茶への変更を試みたことがあるが、見事に失敗した実績がある。

 耐えられるか、と不安になるがそもそも存在しないのでは耐えるしかない。

 手を伸ばせば手に入るものを我慢しようというのではなく、そもそもないものを諦めるということなのだから。

 紅茶にしよう。



「ご注文はお決まりですか?」

 完璧なタイミングで声を掛けてきたウェイトレスに『旬のもの定食』二つと、食後に紅茶を頼む。

 そのあとは迷宮の話を聞いたり、日本のことを聞き倒してくるリティアさんに答えたりしながら料理を待った。


 で。

 運ばれてきたのは、パッと見だと日本のレストランでも普通に見られるような定食だった。

 おぼんの上に数枚の皿。

 皿に料理が盛られている。

 輝いていたりはしない。

 生きていないことには全力でホッとした。

 どんぶりの中でなにか長いものか丸いものが、ぐちゃぐちゃ動き回っている可能性を完全には否定できていなかったのだ。


 ありえないことではない。

 日本にだって○○の踊り食い、というのはあるのだから。

 好き嫌いがはっきり別れる食べ方だから定食にはなり得ない。

 でも、異世界ではなり得るかもしれない。


 そう思って警戒していたのだが、それはなかったようだ。

 食べ物に関する感性は、元世界と変わりなさそうだ。

 違いを敢えて言うなら、米飯ではなくパンが載っているくらいか。


 全体的に緑色が強いのは、メイン食材が緑色だからだ。

 揚げ物、和え物。そしてとびきり大きな深皿に濃厚なスープ。

 これも緑だ。


 フォークを持って、とりあえず揚げ物を口に入れてみた。

 鮮烈な野菜の香りが口いっぱいに広がって鼻に抜ける。

 直後、ほのかな苦味が舌を刺激してきたと思う間もなく、甘味と旨味があとから乗っかってきて広がる。


 これは山菜だ。

 春先に食べる山菜の味わい。

 この世界は今、春なのか。


 って、そうだ4月12日なのだった。

 日にちと季節の関係性は元の世界と変わらないということだ。


 パンは少し堅いが、スープに浸して食べるのだろうから問題ない。

 メロンパンぐらいの大きさで、堅さはフランスパンぐらい。

 それを一口大にちぎって、スープに浸す。


 口に運ぶと、濃厚な野菜の旨味が口に広がった。

 濃厚なのに、ちっともエグくない。

 青臭さもない。

 やさしい甘さだけが舌に残る。

 これは素材がいいだけじゃない。

 料理人の腕がいいんだ。


「あ、あの。大丈夫ですか?」

 リティアさんに料理を運んできたウェイトレスが、びっくりした声を上げたので振り向くと、オレを見ていた。

 明るい金髪に菫色の瞳。

 そんな可愛らしい顔が歪んでいる。

 違う。

 オレ、泣いている?


「うわ。なんで?」

 慌てて目を擦る。

 涙が溢れて、頬を流れていた。

 料理を食べて泣くなんて。


「もしかして、口に合わなかったとか?」

 異世界人だと知っているリティアさんが不安げに聞いてくる。

 オレは首を振った。


「おいしいです、とても」

 決して美味とか美食とかではない。

 素朴で地味。

 泣いて喜ぶようなものではない。

 それなのに、心を震わせる。


 なんで、こんなに。

 と考えて、わかった。

 笑ってしまう。


「そういえば、半日以上なにも食べてなかったです」

 この世界にくる前にポテトチップスを一袋パクついていた以降、なにも口にしていなかった。

 異世界に来た、その興奮と緊張で空腹なんて意識していなかった。

 それを料理の優しさが、解きほぐしてくれたのだ。


「料理してくれた人に、ありがとうと伝えてください」

 声をかけてくれたウェイトレスに伝言を頼む。

 だが、それになにか答えてくれようとしたとき、


「アリシィア、次があがってるニャ! サボってんじゃねぇニャ!」

 厨房の方からすごい剣幕で叫ばれ、ウェイトレスは飛び上がった。


「はーい!」

 返事をして、オレに頭を下げるとパタパタと走り去った。

 アリシィアっていうのか、あの子。


 目で追うと、厨房に入ったアリシィアさんが、すぐに誰かを引っ張って出てきた。

 長身の女性だ。

 女将というかママというか、なんか迫力がある。

 それに・・・猫? 顔がすごく猫っぽい。


「猫耳族よ。獣人ね」

 リティアさんが教えてくれた。


 獣人!?

 いるんだ。


 いや、そうか目の前に妖精だか妖怪だかとのハーフがいた。

 って、そういえばさっき厨房から聞こえた声。

 語尾が「ニャ」だった。


 猫耳のウェイトレスがいるのか?!

 ここは楽園ですか?! ノー、異世界です!

 ロマンあふれる、異世界である。


「この店のオーナーで、料理長ね」

 ああ、伝言を頼んだから連れ出してくれたのか。

 オレは立ち上がって一礼した。

 オーナーは虚をつかれた顔をしたが、すぐに優雅に返礼して厨房に戻っていった。


「お腹空いていたの?」

「気が張っていたらしいですね。空腹にも気付けないくらい」

 いまになって、ようやく緊張が解けたということだ。

 冷静なつもりだったが、オレも気を張りつめさせていたのか。


 感慨に耽る。

 目の前の料理を口に運ぶごとに、気持ちが落ち着いていくようだ。

 なのに。


「どうしたのかしら?」

 眉をひそめて、リティアさんが呟く。


 店の外から、なにか争う声が聞こえてきていた。

 無粋にも程がある。


 だが、声が聞こえてくる程度なら無視できる。

 オレは食事を再開・・・って、なんで床が頭の上にあるんだろ?


 料理ののったテーブルも、さっきまで座っていた椅子も、リティアさんまでもが頭の上にあった。

 どうやら、宙に浮いているらしい。

 オレが。


 視線を辺りに走らせるとアリシィアさんが、目を真ん丸くしてこちらを見ていた。

 そして、体のでかい大男がバタバタと走り去っていく。

 ああ、あれに撥ね飛ばされたのか。


 そこまで確認したところで、体が落ちるのがわかった。

 時が引き延ばされ、スローモーションを遥かに越えるコマ送りで、床が迫ってくる。

 このまま落ちるわけにはいかない。

 空中で、なんとか体勢を立て直そうと足掻いてみるが、空中ではいかんともしがたかった。

 真っ逆さまに落ちる。


「ぐうっ!」

 背中を打った。

 息ができない?!


「かはっ!」

 ひきつっていた胸が動いて、息を吹き返すことができた。

 死ぬかと思ったぞ、マジで。


「すみません。大丈夫ですか?」

 アリシィアさんが駆け寄ってきて、声をかけてくれた。

 だが、返事をする間などない。


「チキショウ。派手すぎだぜ」

 さっきの大男たちが戻ってきていた。


「お客さま、お代を!」

 アリシィアさんが抗議している。

 食い逃げかよ!


 どうやら、外の騒ぎに便乗して逃げようと図ったようだ。

 なのに、うまくいかなかったらしい。

 外が派手すぎて、逃げ損なったとか?

 どうやら、そのようだ。


「おい、おまえ!」

 観察していると、大男がオレを見た。


「盾になれ」

 は?

 なに言ってんだ、こいつ? とか考えてたら、抱えあげられていた。


「ま、待て! ふざけんな」

 遅まきながらじたばたと手足を振り回す。


「おとなしくしてろ! ウェイトレスか連れの女でもいいんだぜ?」

「グッ?!」

 視界にアリシィアさんとリティアさん。

 二人を盾に差し出すくらいなら自分がなるほうがはるかにマシだ。

 やむなく暴れるのをやめる。


「いい子だ」

 ニヤリとする大男。


 チッ、クズが。

 睨み付けてやるがどうなるものでもない。


 外に運び出された。

 外では二昔ぐらい前の不良映画みたく、きれいに別れて睨み合う集団がいた。


「頼むぜ。盾の旦那。道を切り開いてくれや」

 はぁ?! ぎょっとしたオレを、大男はぶん投げやがった。

 対立しているらしい集団と集団の間に。


 マンガみたいに軽々と、五十メートルほども投げられたオレに周囲の目が集まる。

 双方が一斉に攻撃体勢に入ったことがわかった。


 またしても時間がスローモーションに、そして8倍速になった。

 回転しながら飛ぶオレの視界の中で、食い逃げしようとしていた大男どもが叩きのめされている。

 さっき見た女将さん以下レストランの店員らしいのがわらわらと現れて殴り付け蹴飛ばしていた。


 戦う女給さん。

 可憐なうえにお強い。


 それなら、オレが投げられる前になんとかしといてくれよ!

 ツッコむが、もう遅い。


 ごぉ!

 なにかが、空気を押し退けて迫ってくる音がした。

 きっと、なにか大きくて重いものだ。


 やれやれ、『異世界』に来て一日経たずに死ぬのかね。

 なにか、妙な可笑しさが込み上げてくる。


「いや、死にはしないのか」

 なぜか、大丈夫だ、と確信をもてた。

 なぜだろう?

 その疑問を最後に、オレの意識は途絶えた。



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