ミーレス13 菜園
25/6/22。
ごちゃごちゃしていた文面を読みやすく。
ところどころ、に訂正を。
書き直しました。
「農業者ギルドの向かいだ」
マクリアの冒険者ギルドに出て、金物屋の場所を聞いての答えだ。
冒険者らしいその男は、オレには視線もくれずにミーレスを見ている。
教える気ねぇな、こいつ。
イラっと来たが、そこはオレもガキじゃない。
「農業者ギルドは、どのあたりにありますか?」
丁寧に訊ねた。
「あっちだ」
ぞんざいに指が振られた。
ほっほう。
こめかみに青筋が浮きそうだ。
ミーレスの表情も険しくなっている。
「あんたがちょいと付き合ってくれるなら、案内してやるぜ?」
粘っこい顔と声で、ミーレスにそんなことを言っている。
これは、さすがに温厚なオレでも我慢は無理だ。
男とミーレスの間に割り込んで、ミーレスを庇う。
「あ? お子ちゃまはどいてろ!」
確かに、見た目は子供かもしれない。
レベルも低いだろう。
でも。
タグを開いて、装備品の設定を全て重量に振り分ける。
どうなるか?
「ふごっ?!」
一瞬のためもなく、男は地べたに沈んだ。
顔を強打したらしく鼻からダクダクと鼻血を垂れ流して、気を失っている。
「行こう」
設定をもとに戻して、とりあえず歩き出した。
農業者ギルドなら、きっとそこいらの通行人でも知っているだろう。
もちろん、教えてもらえた。
「いらっしゃい。なにがご入用ですか?」
「庭弄り用の農具を買いに来たんだが」
言いながら店内を見渡す。
鍬がある。
上から振り下ろし、手前に引いて土を耕すための。
元世界にあるうちの裏にも猫の額ながら畑があったので、使ったことがあるがこれは結構立派だ。
機能美に溢れている。
すばらしい。
横には中型のスコップ・・・鋤が置いてあった。
種をまくのに必要だろう。
あとは、雑草取りにフォークのでかいの――名前は知らない――と鎌だな。
四つとも手に取って持つ。とすかさずミーレスに引き取られた。
どうもこの、荷物を持つのは奴隷の役目、と女の子が持ってくれて自分が手ぶらというのには慣れない。
値段はといえば銀貨数枚。
安すぎる。
支払いを済ませて、冒険者ギルドへ。
そこからエレフセリアの自宅に帰った。
帰宅後、着替えてから玄関ではなく、洗い場横の扉から庭に出た。
見事に雑草が生い茂っている。
きっと、そこいらの魔物よりよっぽど強敵だ。
「さて、耕すか」
「はい。がんばります」
少し上ずった声だ。
実はあまり得意ではないらしい。
得意ではないというか、たぶん経験がないんだな。
家の方を向いて、大地に鍬を入れる。
雑草が絡むので硬い、というより茎と根が邪魔で刃が土に入って行かない。
それを無視して振り下ろす。
少しずつ茎が、根が、断ち切られて土の表面が削られていく。
その塊を鍬の先で割りながら続けていくと、ようやく土が掘れるようになってくる。
とりあえず、そうやって表面を40センチくらいの深さでほぐしていく。
一メートル幅で後ろに下がりながら続けていると、鋤を持ったミーレスがオレの掘ったあとをさらに深く掘り返しはじめた。
割と粘土質なようで、ねっとりとした土が掘り起こされてくる。
薬草園だったにしてはちょっと、土が違う気がする。
こちらの薬草が元世界のものと生育環境が異なるのか、オレの勝手な主観がおかしいのかはわからない。
ともかく、現状は粘土質だということだ。
土の塊からミミズが顔を出していた。
割りばしぐらいの太さで長さは15センチくらいある。
うちの裏にあった畑にもごろごろいたものだ。
外に追い出され、ふてくされたように転がっていたのが跳ねて移動して、土に潜っていく。
雑草に覆われてはいるが、土は健康ということだ。
ということは、虫も多いだろうな。
防虫剤とか使いたくないし、鶏でも飼うか?
検討の余地はあるかもしれない。
元世界でも、ホームセンターのペットコーナーで鶏と烏骨鶏のひなが売られているのを見て十分ぐらい悩んだことがある。
あの時は夏の間はともかく冬どうするかと考えて諦めたが、この世界でならどうだろう。
何とかなるんじゃないかな。
考慮項目に入れておこう。
それにしても、二人での共同作業。
なんか、農家の夫婦みたいな雰囲気がくすぐったい気持ちにさせる。
変なところでやる気の出たオレはもう、黙々と作業を続けた。
「そういえば、肥料などはどうするのでしょうか?」
半分ほど耕したところで問いかけられた。
おお。経験がなくても、肥料をやるという知識はあったのか。
「雑草ごと掘り返しているからいいと思う」
「それで足りますか?」
「植えたあとでなら必要かもしれないが、耕す段階では大丈夫だよ」
追肥重視で充分だ。
農家の夫婦的な雰囲気は楽しいが、農家をするつもりなんてないからな。
かく言うオレの家の畑がそうだった。
祖母が管理していたときには石灰だの鶏糞だの腐葉土だのと、それはもう丹精込めて土づくりをしていたものだが、オレが引き継いでからは伸び始めた雑草とか去年引っこ抜いて放置していた草やらを一緒くたにして耕していた。
それでもちゃんと収穫はできていた。
なぜかナスだけは著しく生育が悪くなったが、キュウリやトマト、夕顔なんかは関係なく育つ。
だから問題ない。
たぶん。
元からの土壌の状態などにもよるだろうから一概には言えんが、農業をするわけではないのだから構わんだろう。
「・・・荒れててごめんなさいね」
もう半分、と鍬を振っていると家の・・・いや治療院の方からメティスが出て来て声をかけてきた。
「いや、いいさ。資金繰りで大変だったんだろうからな」
「そうだけど・・・」
自分の家、自分の両親が残した薬草園が・・・という気持ちなのだろうか。
「オレたちは迷宮に入る方が多いからな。菜園になったあとは水やりとか雑草取り、あと収穫もだな。手伝ってくれよ」
残り59日間の猶予期間中は奴隷としては扱えないので、そう頼む。
メティスは居心地悪げに身動ぎして頷いた。
「あ、そうだ。もし薬草の種が残ってるようならもらえるか。この広さだ、手持ちの種だけじゃかなりスペースが余るだろうからな」
「ええ、残っているわ・・・持ってくる。種まきは私も手伝うわね」
そうして作業を続けていく。
「こんなところかな」
よく耕された土が、黒々とした線を南北に刻んでいる。
建物の右側の庭の七割ほどが菜園となって広がっている。
全部耕しても、と思ったので少し残した。
菜園として開拓した土地に黒い線が並んでいる。
畝が50本だ。
畝のことをミーレスは知らなかったがメティスは知っていた。
両親に教えてもらったのだろう。
だてに薬草園は持っていない、ということか。
結局、手に入れた種とメティスの持っていた種、全部撒いても土地がかなり余ってしまった。
薬草の種が思ったより残っていなかったのだ。本来なら種を収穫すべき時に、金策でそれどころではなくて採りそこなったので、それ以前に撒ききれなかった残りしかなかったらしい。
そもそも、家庭菜園と呼ぶには広すぎる。
よくたった二人でこんなに耕せたものだ。
半月程度でも確実にレベルアップ――肉体の改造――は進んでいるということだろう。
「あ、そうだ」
ふと思いついて、オレは家の寝室に走った。
なぜ、寝室になのかと言えば、オレがこの世界に来た時に持っていたわずかな荷物に大量の種があったことを思い出したのだ。
持っていた荷物というのは、ズボンの左右ポケットに家の鍵、自転車のカギ。
ケツポケットに長財布。
ベルトにはいつも持ち歩いていた道具入れ。
スマホは翔平の机の上で充電中だったので、持っていなかった。
この、家の鍵と自転車のカギにストラップ代わりにつけていたのが、祖母からもらったお手玉だ。
家の鍵についているのはオーソドックスな小豆、自転車のには蕎麦の種が入れられている。
財布の中には大根とか人参とかの根野菜の種が入ったビニールの小袋。
道具入れには、匂い消しのかわりにハーブの種が入った布袋。
どれも、祖母がお守り代わりに、縁起物として、おまじないに、とくれたものだ。
小豆とハーブは魔除け、蕎麦や野菜の種は「一粒万倍」のおまじない。
オレはそういうのを信じはしないが、否定もしない派なので素直に持ち歩いていた。
おばあちゃん、ありがとう。
伝えられないのが残念だ。
突然行方不明になったから心配しているかもしれない。
ちょっと泣きそうになった。
泣きそうにはなったが、種まきはすべて終わらせた。
全部は撒かず、少しずつだが残してある。
病気か何かで全滅されたら困るからだ。
小豆はともかく、蕎麦などは平気そうではある。
手間をかけなくてもそこそこ育つと聞いているし。
オレの地元では、減反した田んぼ――特に川沿いや山沿いでトラクターが入りにくい――に植えられていて毎年真っ白な花で埋め尽くされていた。
かく言う我が家でも、少し飛び地の畑は蕎麦畑になっている。
だから種もあるわけだ。
ただ、それでも畑はあまりまくっている。
ストラップ代わりにつけていた程度では、入っている種なんてたかが知れたものだ。
小豆なんて十数粒とかだからな。
三粒ずつ四か所。
しかも発芽率とか考えると、芽が出たとしても生育する苗は二つとかになりそうだ。
まぁ仕方がない。
とはいえ。
「水撒きが大変そうだな」
ふと呟く。この世界にはホースなんてないだろう。
その呟きが聞こえたのか、水撒き用に桶を一つ家から出したミーレスが水をまき始める。
井戸から汲むので大変だ。
ちゃんとした雨が降るのが待ち遠しくなるな。
もしくは、水まき用の桶と天秤棒が必要かもしれない。
オレは家に戻り、一足先に休ませてもらうことにした。
手伝うべきかとも思ったが、たぶんミーレスが承知しないだろうと思えたのでやめた。
代わりに夕食を作るとしよう。
ちなみに、この夜は約束通り、昨夜よりも優しくミーレスを抱いた。
言葉通りの意味だ。
抱きしめ合ったが、それ以上のことはしなかった。
風呂に入ったあとだったからというのもある。
せっかく洗ったのに、汗をかいたら意味がない。
風呂はかなりぬるめだった。
たぶん38度くらいだ。
冬だと耐えられないかもしれない温度だが、春先らしい今から夏にかけてならちょうどいい。
当初、ミーレスはお湯だけを桶でもらって外で身体を拭こうとしていた。
なにをしているのかと驚いたのだが、奴隷が湯船に入るなんて畏れ多いとの返答が来た。
なんで?! と思ったら、主も入る湯舟を奴隷が汚すことは許されないという考えが、この世界では一般的なのだとか。
奴隷は道具、もしくは家畜。
そう考えれば、確かに人間用の温泉に馬を入れたりはしないかも、だ。
「いいから、一緒に入れ」
命令してようやく湯船に入った。
ランプの明りの下、白い肌を流れ落ちる水滴。
もんのすごく綺麗だった。
劣情を催すこともなく、ただ見惚れてしまった。
そのあとは背中を流してもらい。
湯船でくつろぎながら、ミーレスが体や髪を洗うのを見物する。
これぐらいの役得は、オレの倫理観も許容してくれた。
そして二人で肩を寄せ合って湯船につかる。
桜色に染まったミーレスの肌が最高に綺麗だった。
「綺麗だ、すごく」
ため息交じりに呟くと、ミーレスは恥ずかしげにうつむいた。
綺麗、しか出てこない自分が情けないが、きれいなんだからしょうがない。
襲い掛かるような興奮なんて、湧き上がる隙がなかった。
ただただ愛おしくて、やさしい気持ちになる。
だから、今夜は衝動で抱くようなことはしない。
お互いのぬくもりを感じ合いながら、見つめ合った。
温まって柔らかく、しっとりとしたミーレスを抱きしめて眠りにつく。
すごく、いい匂いがした。
翌日。
朝は買い物にでかけ、午前中は迷宮に入る。
魔物との戦いはかなり慣れてきた。
剣を腰に佩いてはいるが、ほとんどが魔法もどき攻撃だ。
それだけでは倒しきれない魔物もいるが、それはミーレスが斬り捨ててくれる。
ほとんど一匹ずつしか出てこないので楽だ。
迷宮によっては二階層からは一度に出る魔物の数が増えたりすることもあるらしいが、一階層は全ての迷宮で一匹ずつしか出ない決まりになっているらしいという。
らしい、というのは10回に一度ぐらいの割合で二匹出てきたりすることもあるからだ。
きっと一度に出てくる魔物の出現数設定が、1.1匹とかになっているのだろう。
昼食後には帝都へと向かうことにしていた。
タペストリーを手に入れるためだ。
冒険者ギルドのリティアさんに相談したところ、路地を二つ越えた先の織物問屋を紹介されたので、そこに行く。
「どこか痛かったりはしない?」
横を歩くミーレスに声をかけた。
「いえ、とても快適です」
ミーレスが、そんな疑問を持たれること自体がとんでもないとばかりに否定してきた。
「でも、なんか歩きにくそうだよ?」
視線を足元に落として、オレはそう言った。
オレ自作の靴を、ミーレスが履いている。
装備品の材料となる『ドロップアイテム』はなるべく保管することにしているわけだが、その中でもたくさんある『兎の皮』を使って作ったものだ。
足のサイズはベッドの上で確認してあったので、素材同様に『ドロップアイテム』の『樫の木片』を手に入れたところでミーレス用の木型を作っていた。
足の形と大きさに合わせて削った木の型だ。
そこに皮を合わせて形を決め、縫い合わせて靴は作られる。
生活に少し余裕ができたので作ってみていたミーレスの靴が今朝方完成したので、帝都での買い物デートで履いてもらおうと思ったわけ。
塗装も防水もしていない素材そのものの作りだが、迷宮での探索に使うのには向いていないにしても、街中で履くには十分なはずだ。
元世界ならば、兎のファーを付けた靴というのはあっても、皮で靴本体を作るというのはあまり聞かないが、『ドロップアイテム』の『兎の皮』でなら、触った感じで作れそうだと思ったので作ってみた、という試作品に近い靴だ。
昼食後に手渡して履いてもらったときには、すごく喜んでくれたのだが、なんか歩き方がぎこちない気がする。
「も、もったいなくて、地面で擦れたりしないよう気を付けているのです」
おいおい。
「たかが靴だよ、そんなに気にしてどうするの」
「で、ですけど。ご主人様が手作りしてくれた贈り物を履き潰すわけには・・・」
「そんなことは気にしなくていいよ。履き潰したら、また作るだけだし。靴は履き潰されてこそ本望みたいなものなんだから」
物は壊れるものだ。
そして物というのは使われるために生まれるもの。
壊れるまで使ってやってこそ、供養になる。
殺した生き物は、隅々まで味わって食べて己の血肉とし、使えるなら骨の一本まで使い切るのが供養。
山歩きがライフワークだった祖父の教えだ。
「そんなことを気にして、ミーレスが体を壊すようなことになったら靴が哀れだ。すぐにやめろ」
足を保護するべき靴のせいで、足を痛めるなんて。許さない。
「申し訳ありません、ありがとうございます」
手を胸元で組んで、神妙な顔で侘びとお礼を言ってくるミーレスが、かわいい。
もう、この場で抱きしめたくなる。
往来でそんなことできるような度胸がオレにはないので実行はしないが、今の表情と声はきっちり脳裏に焼き付けて保護をかけておく。
リティアさんに紹介された店は、三階建ての建物の一階にあった。
二階は雑貨屋で、三階は住居だ。
「いらっしゃいませ」
中年の女性が一回だけ軽く頭を下げ、付かず離れずでオレたちを見守った。
ガキと少女の二人連れでも、差別はないようだ。
さすがは一流店。
客を選ばない。
どっしりと構えた自信と風格を感じさせる。
店内にあまり客はいない。
広々として見渡せるようになっている。
手前側にタペストリーが、奥の方では絨毯も扱っているようだ。
壁と低い台に飾られたタペストリーを、オレとミーレスは見て回った。
「こんなのはどうだろう」
「少し地味かもしれません。リビングは広いですから」
「じゃあこんなのとか」
低い台の上に置かれたタペストリーを見ていく。
結構綺麗で、しっかりした造りのものだ。
大きさは横一メートル二十、縦二メートルほどだろうか。
模様は、一枚一枚全部異なる。
ただあまり鮮やかなものはない。
むしろ落ち着いた温かみのある色合いだ。
「これなんかどうでしょう」
ミーレスが一枚のタペストリーに触れた。
エンジ色に明るい色調の花々があしらわれているものだ。
壁に飾ったら、窓の向こうに夕暮れ時の花々が咲いている丘が見える、ような光景になりそうだ。
「いいんじゃないか」
わるくない。
「作りもしっかりしているようです」
ミーレスが気に入ったというのなら是非には及ばない。
一枚はこれでいいだろう。
ただ、部屋の壁は一枚程度では足りない。
最低でも。もう一枚くらい見つけていきたいが。
「あっちのはどうだろう?」
「そうですねえ」
「どういった品をお探しでしょうか」
絶妙のタイミングで、女性店員が話しかけてきた。
接客スキルをかなり鍛えられているようだ。
「家のリビングに飾るタペストリーを探しているんだ」
「さようでございますか」
「これだと、どのくらいになる?」
ミーレスが選んだものを示す。
「そちらは織物の生産が盛んなリンカル―トから特別に仕入れた高級品です。一枚八千ダラダほどになります」
よかった。金貨は必要なかった。
そう思った自分に驚く。
八千ダラダは結構な大金だ。
円換算なら八万円だ。
それを平然と支払おうというのだから。
まあつい先日、三千八百万円の買い物をしたばかりだからな。
それも一括現金払いで。
少し感覚がおかしくなっているかもしれない。
「もう少し安いものもありますか?」
「こちらの品などは、付近の業者に作らせたものでございます。リンカル―トの高級品ほどではありませんが、悪くない品物です。一枚五千ダラダほどになります」
店員がオレの背中側にある商品を示す。
目の前の台が遠くから運んできた品、後ろの台が近場で作らせた品ということか。
「大きさはこのくらいのものが多いようだね?」
「普通のお宅であれば、そのぐらいがちょうどよろしいかと」
それもそうか。
壁一面同じ柄なんて、かけてもつまらない。
種類の違うものを二、三枚。気分でかけ替えたりする方がいい。
「ミーレス、これなんかどうだ」
「これですか?」
後ろの台から一枚、濃い緑色と乳白色の市松模様になっているタペストリーを選んだ。
中央にレンガ色の塔が刺繍されていて面白そうだ。
見た感じも悪くない。
「そちらはまだ若いですが新進気鋭の製作者が作った作品です。腕試しもかねての変わり種ですが、その分お安くなっておりまして、当店でもおすすめです」
まだ若いということは、技術の方はそれほどでもない、ということだろうか。
変わり種、というのは色合いのことだろう。
店内のはどれも暖色系だが、これだけは寒色系だ。
いや、もう一枚ある。
「色合いが珍しいですが、いい品だと思います」
ミーレスのお眼鏡にかなったのなら問題ない。
「では、これとこれ、それにさっきのあれをもらえるか」
三枚買うことにした。オレはどちらかというと寒色系が好きな色なのだ。
「ありがとうございます。三枚で、一万八千ダラダとなります。ですが、もしよろしければ・・・」
店員は、台の下からもう一枚丸まったままのタペストリーを出してきた。
「同じ作者の作品、同じ色合いのこれも併せて買って頂けるのでしたら四枚で二万ダラダとさせていただきますがいかがでしょうか」
「・・・店先で売られていたマットもつけてくれるならそれで買おう。マットの色は任せてもいい」
少し考えて言ってみる。
どうやら、新進気鋭の作者が作ったものはいまのところ、客に受け入れられていないようだ。
早く売ってしまいたいと思っていると見透かして、交渉してみる。
「わかりました。それではそうさせていただきます」
店員がタペストリーを二枚、両手に抱えてカウンターに運ぶ、オレたちも一枚ずつ持ってあとに続いた。
店員は慣れたものでさすがに早い。オレたちが追いつくころには二枚をきちんと丸めて縛り、マットも用意していた。
黄色いマットだ。
単体で見ると悪くないが、どこかの床に敷いてあると黄ばんで見えるというタイプ。
人気がないのだろう。
オレの持つものも手早く丸めて紐で縛る。
ミーレスが持っているのは丸められたままなのでそのままだ。
支払いは金貨二枚なので数える手間もなくて助かる。
オレとミーレスで二本ずつ持った。
それなりの重さがある。
これをひょいひょい運んだ店員は大したものだ。
冒険者ギルドに戻るとリティアさんの姿が目に映った。
窓口業務中のようだ。
邪魔をするわけにはいかないので、声をかけずに行くことにする。
そういえば、もう少しすると終業時間のはずだ。
以前の埋め合わせを兼ねて、食事にでも誘ってみようか。
荷物を家に置いてきてからの話だが。
エレフセリア行きの『移動のタペストリー』へと歩き出す。
自宅移動部屋へ繋がるよう設定を変え、ミーレスとともに移動した。
大荷物だが、支障なく、移動部屋に到着した。
「マットはここに敷こう。その手ぬぐいは雑巾にでもしてくれ」
「そうさせていただきます」
ミーレスが、おまけで付けてもらったマットを足元に敷く。
お役御免になった手ぬぐいも拾い上げて、装備品収納棚の上に掛けた。
干しておいて装備品を拭くのに使うのかもしれない。
そのへんは、ミーレスに任せておけばいいだろう。
とりあえず、最初の暖色系タペストリーをリビングに運んだ。
今のところ何も置いていないといっていい空っぽの部屋。
そこの、ダイニングからのドアの真正面。
一番大きな壁の真ん中に、買ってきたエンジ色で鮮やかな花の描かれたタペストリーを飾る。
タペストリーには専用のフックが付いていた。
釘かピンを壁に打ちこんで引っかけろというのだろうが、そんなことはしたくないのでフックのみで引っかけた。
フックの先を摩擦力が最大になるよう設定し直したのだ。
大きいとは言え布一枚。
フックの先だけでも、充分支えていてくれる。
あとは、物置部屋、階段、ダイニング、それぞれの壁に寒色系のタペストリーを同様に掛ける。
物置部屋はドアが右に寄っていたので、左側の壁。階段があるのはリビングの奥側なので、手前の壁。
ダイニングはドアの右側に。
ダイニングのドア、左側がかなりさみしいが、他はうまくいった。
かなり雰囲気が変わっている。
他のものが地味な壁と寒色系なので、真ん中の暖色系タペストリーが、温かい印象を強く与えてくれるのだ。
まるで、寒い部屋の中で家族みんなを温める暖炉のような、そんな雰囲気。
もちろん、寒色系のタペストリーだって、寒々しいわけではない。
春の草原のような清涼感がある。
「いいじゃないか!」
「素敵です!」
満足していると、ミーレスも同調してくれた。
二人して手を取り合ってちょっぴり飛び跳ねたりしてみる。
アニメとかで見て、ちょっとやってみたかったのだ。
やばい、かなり楽しい。
想像――妄想――以上だ。
「もう夕方だし、今日はもう夕食にしよう」
「はい・・・がんばります」
その頑張るは、苦手な料理ですか?
頑張れると思いますと言っていた夜のお勤めのことですか?
聞きたいような、聞きたくないような・・・。
そんなモヤモヤを抱えながら買い物を済ませる。
リティアさんを誘うのはまた今度だ。
メインディッシュに出来合いの焼き魚を、あとは添え物とスープ用に野菜とを買ってきて、夕食を手早く作った。
ミーレスも葉野菜をちぎったり、使い終わった鍋を洗ったりと手伝ってくれる。
これも、これはこれで楽しい。
なにをしていても、すぐそこに女の子がいるというのはくすぐったいような楽しさがある。
ゲートキーパー 4/19
夕食後。ミーレスが後片付けをしている時間を見越したらしいメティスが、オレを訪ねてきた。
なに




