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8・異世界にいます

最終話なので長めです


 予想通り、お嬢さんは唖然とした顔になった。


 俺はチラリと考え込んでいるワルワさんを見る。


悪いけど、やはり俺は最後までしゃべることにした。


「講師の方が間違えたのか、故意にそう伝えたのかは分かりません」


飲み慣れた味だったから美味しいとは違う感覚だった。


確かに「この世界では美味しいのかもしれない」とは思わなかったんだ。


「そ、そうですか」


お嬢さんはまた少し涙目になっている。


困ったなあ。


「あのぉ、私は特別お茶に詳しいというわけではないんです」


この世界の異世界人に関するアレコレを聞いて考えた。


俺の立場で出来ることは少ない。


「だから教えることは出来ないと思いますが、味の良し悪しくらいなら助言出来ると思うんですよね」


不味いか美味しいか、それくらいなら許されると思う。


だって異世界人からの知識を教える講師なんているくらいだし。




「なるほどのぉ」


ワルワさんも頷いてくれた。


「良いのでしょうか」


お嬢さんは震える手でハンカチを握り締め、潤んだ瞳で涙が落ちないよう必死に顔を歪めている。


俺は何だかお嬢さんがかわいそうになっちゃってさ。


「じゃが、ご領主に話さぬわけにはいかんぞ」


ワルワさんが、わざとお嬢さんに厳しい顔を向けた。


「は、はい」


お嬢さんは心が緩んだのか、ポロポロと涙を溢した。


後ろに立っていた護衛さんが自分のハンカチを取り出してお嬢さんに渡す。


お嬢さんのハンカチはもうクシャクシャになっていたからね。


「一度、父に相談してから、また来ます」


お嬢さんはそう言って帰って行く。


ハンカチを渡していたイケメンな護衛が俺たちに深く感謝の礼をしたのが印象的だった。




 ワルワさんはお茶を淹れ直し、バムくんも室内に戻って来た。


俺はイケメン護衛のことを訊いてみる。


「何だかあの人だけ雰囲気が違う気がして」


ワルワさんが頷く。


「あれは教会警備隊の騎士じゃろう」


この町の人ではないらしい。


よく教育されているのか、顔色ひとつ変えなかった。


「どの町の教会でも異世界人の出現には目を光らせておる」


え、俺の監視?。


「領主や町の住民たちが異世界の記憶を持つ者をどう扱うのか、様子を見ておるのじゃ」


ああ、そっちね。


「……なんだか嫌な感じですね」


顔を顰めたバムくんにワルワさんは、


「そうでもないぞ。 教会の目的は異世界のものを守ることじゃからな」


と、笑った。


それは監視とどう違うのか。


俺にはピンと来なかった。




 翌日のことだった。


二人で昼食後のお茶を飲んでいたら、昨日のイケメン騎士が訪ねて来た。


「サナリ様にお訊きしたいことがございまして」


「は、はあ」


ニコリと笑った騎士は二十代後半くらいか。


暗い茶髪に灰色の瞳、スラリとした体型だが胸板は厚そう。


今日は仕事着の鎧ではなく普段着だが、上品なデザインでよく似合っている。


「ティモシーと申します。 もうご存知かと思いますが、教会本部からの要請でこの町に滞在しております」


本部のある王都ではなく、近郊の町の教会警備隊所属だという。


ここは辺境地。 小さな町なので教会自体も小さく、警備隊員も少ないので応援に来ていた。




 4人掛けの食卓にワルワさんと俺、向かいに騎士が座った。


お茶を出すと、彼は「さっそくですが」とワルワさんに防音結界をお願いする。


 そして領主家の事情を色々と聞かされた。


要は、つい最近、領主様の奥さんが亡くなり、館全体がイライラした緊張状態だったこと。


お嬢さんは何とか父親を助けようとしているが空回りしていること。


「領主様は今、何よりお嬢様のことが心配なのです。


サナリ様、先日の無礼はどうかお許しいただきたい」


深く頭を下げられ、俺は「はあ」と頷くしかなかった。


 教会の騎士が何故ここまでするのかと思ったら、どうやら俺のせいみたいだ。


つまり『異世界の記憶を持つ者』に関しては、領主や貴族より神職のほうが立場は上らしく、どの町でも教会が口を出す権限を持っていた。


まずは『静観』が基本。


そして何か問題が起きると教会が動き出す。


だけど神職の方々はとても忙しいので、代わりに騎士たちが動くそうで。


先日、この町の領主館で俺が牢に入れられたと聞いて、ティモシーさんたちが動き出したというわけである。




 ぬるくなったお茶を一口飲み、少し落ち着いてから再びティモシーさんが話し出す。


「あれから救護院でも色々と話を聞かせていただきました。


ケイトリン様との会話でもサナリ様が異世界の記憶をお持ちであるのは間違いないようですね」


うん、そうだね。


あの時、この人もいたし。


「あの話を聞いた上で協力を申し出た、ということでよろしいですか?」


あ、これは俺に対する意思の確認か。


あの話ってのは『異世界の記憶を持つ者たちのその後』のことだよな。


一歩間違えば犯罪者扱い、強制的な労働や処刑もあり得る。


いやまあ、その片鱗はすでに体験しましたがー。


「ええ、そうです」


俺の返答に騎士ティモシーさんは頷いた。


「私が伺いたいのは『どの程度の協力なのか』です」


うん、そうだろうとは思ってた。




 俺はきっとお人好しなんだろう。


あんな扱いを受けても、この町の一部の人たちを嫌いにはなれない。


出来るなら役に立ちたいと思ってしまっている。


「味の良し悪しだけでもダメなんでしょうか?」


俺は顰めた顔で正面の彼を見る。


「ダメではない、だろう」


隣のワルワさんが口を開いた。


「作り方の指導は拙いが、町の職人が工夫して作ったものを『好きか、嫌いか』ぐらいは個人の好みとしてギリギリ大丈夫だとワシは思う」


良かった。 俺もそう思う。


ワルワさんという理解者がいて、俺は心底ホッとしている。


ティモシーさんも頷いて……え?、肯定した!。


「大丈夫だと思います。 まあ、多少の助言なら許容範囲ですよ」


良いの?、ホントに?。


怪訝な顔の俺にイケメン騎士がニッコリと微笑む。


「ええ、それが異世界の記憶からの『指導』ではなく、ただの『助言』だと言い通せば良いのですから」


異世界イケメン、つよい……。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 あれから二年の月日が流れた。


ケイトリン嬢とは友好的な関係になり、裏ではティモシーさんの仲介で領主様とも不干渉という約束を取り付けてもらっている。


で、今、俺が何をしているかというと。


「うん、合格だ」


カチャッと紅茶のカップをテーブルに戻す。


「ありがとうございます!」


揃いの制服を着た若者たちが嬉しそうにグッと掌を握る。




 ここはお茶の工房に併設された喫茶店。


一般客も出入りするし、俺は毎日ここに通う常連の一人ということになっている。


まあ、間違ってはいないさ。


工夫を重ねて美味しい紅茶を作り出したのは彼らだ。


俺はただ『助言』しているだけ。


たった二年。 その『助言』だけでこれだけのものが作れた。


緑茶という下地はすでにあったとはいえ、すごいなと思う。


「こんにちは、ヨシロー」


「やあ、ティモシー。 今日は非番か?」


「ああ、新しいお茶の評判が良いらしいから楽しみにして来たよ」


たまにイケメン騎士とお茶しながら情報交換というお喋りをする。


それが俺の仕事だ。


 


 俺は今のところ、どうやってこの世界に来たのかも分からず、言葉を理解し文字が読めるのも謎のまま、ワルワさんの家で研究対象として同居させてもらっている。


いつか、俺は元いた世界に戻れるのだろうか。


せめて家族や友人たちに俺が無事でいると知らせることは出来ないだろうか。


そう思いながら、俺は異世界で生きています。



       〜 終 〜



お付き合いいただき、ありがとうございました!


2023年6月30日より連載の「異世界を信じる者たちへ 〜何故かエルフになった僕〜」にも登場いたします。

よろしければそちらもお付き合いくださいませ。

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