7・結界の中にいます
メイドと護衛たちも驚いている。
どうやら結界によって家の中と外が区切られたようで、勝手口から逃げたらしいバムくんの顔が窓から心配そうに覗く。
「ケイトリンや、それがどういうことか分かっているのかね」
「はい」
俯いていた顔を上げ、お嬢さんは真っ直ぐにワルワさんを見ていた。
『我が国には時折、異世界の記憶を持つ者が現れることがある。
その力は、上手く扱えば国を繁栄に導き、扱いを間違えれば世を混沌に陥れるものだ』
ワルワさんの静かな口調が部屋に響く。
何それ。 俺のこと?。
「はい。 世の中を良くするのも悪くするのも、その異世界の力を利用しようとする者たち次第だと上級学校で学びました」
平民の子たちと違い、上流階級の、特に王族や一部の領主候補などの子供には厳しく対応教育が施されるそうだ。
多くの民の命を預かる立場なのだから当たり前だね。
最初はもてはやされ、お互いに利益があるとして保護される異世界人。
この世界では『異世界の記憶を持つ者』というらしい。
彼らはこの世界のために力を尽くし、現地の者たちは見返りに生活を保証する。
それが建前だと、教会から来た神官が歴史を紐解いた特別講義をする。
『しかし、保護した領地や国が繁栄すればするほど、他領地や他国から妬まれる』
保護した者が絶対的な権力があれば問題はないが、弱小国、小さな領地だった場合はどうなるか。
彼らの内、利用価値が無いと判断された者は?。
怪我や病気で働けなくなったら、どうなるのか。
そういった者については悲惨な話が多い。
『拐われたり売られたりした例もある。
他にも、混乱を招いたとして生涯監禁されたり処刑されたりした者もいた』
望まぬ労働や結婚の強制の話を聞いた時は、お嬢さんも自分の身体を抱いて震えたそうだ。
うわあ、異世界コワイ。
ワルワさんはため息を吐く。
「それでは、この世界での彼らの保護についても分かっておるはずだな」
彼らが現れた場合、どうすればいいか。
「……彼らの力に頼ることなく、出来るだけ普通の生活を送れるようにする……」
お嬢さんは小さく呟く。
この国では彼らを憐れみ、『異世界の記憶を持つ者が現れた場合、一人の住民として静かに見守るように』という決まりが出来たそうだ。
但し『本人が望むならば』である。
「そんな決まり事なんて抜け道があるんじゃない?。
だって、『本人の希望』なんて脅しや金でどうにでもなると俺は思うけど」
と言うとワルワさんが頷く。
「詳しいことは分からんが、教会には彼らの意思を確認するための魔道具があるらしい。
しゃべれなくても、薬や魔法で操られていたとしても本心が分かるそうだ」
すげえ、ある意味こっちの世界のほうが進んでるな。
「それが分かっていて、何故、サナリくんの力を借りようとする?」
ワルワさんが訊くと、お嬢さんは目を逸らした。
彼女もそれが良くないことだとの自覚はある。
それでも、と震えてるほどの覚悟でやって来たのだろう。
「さっきも言いましたが、お茶の事業は私が初めて任されたものです。
町の者たちと力を合わせて作り上げました」
この辺境地はこのままでは衰退する一方だ。
新しい名産品を作り、働く場所を与え、町を豊かにしたい。
それはとても立派な志だけど。
「私たちも勉強と実験を繰り返したり、他領のお茶を研究するために講師を招いたり」
ん?。
「ちょっと待って」
俺はお嬢さんの言葉を遮った。
「講師?」
お嬢さんはようやく俺を見る。
「え、ええ。 お茶で有名な土地から来たという方を」
もしかして俺と同じ異世界人?。
「その講師の方は今、どこにいます?」
「ああ、その方でしたら、もう自分の領地にお帰りになりましたわ」
何となく嫌な予感がした。
「まさか、新しいお茶を教えて、すぐ、ですか?」
「もちろんですわ。 お忙しい方でしたので」
俺が考え込むとワルワさんも心配そうに声を掛けてきた。
「どうかしたのかね?」
俺はチラリとお嬢さんの周りを見る。
相変わらず不機嫌そうにしているメイドと護衛たち。
この状態でお嬢さんにこんな話をしたら、また牢にぶち込まれるかな。
んー、どうしよう。
「すみません、人払いは出来ますか?」
ワルワさんにこっそり聞く。
俺が異世界人であることは、たぶんもう町中に知られている。
だけど、さっきの話じゃこれから俺がお嬢さんにする話は知られない方がいい。
ワルワさんが目配せすると、お嬢さんはメイドと、護衛二人のうち一人を防音結界の外に出るように命じた。
今、家の中にはワルワさんと俺、お嬢さんと信頼されている護衛がひとり、の四人だ。
お嬢さんは俺が協力してくれると思って嬉しそうに微笑む。
「失礼ですが、その講師が詐欺師である可能性は?」
俺の言葉にお嬢さんが驚く。
「そんなっ!。 あの方は以前、異世界人から恩恵を受けた国から来た人です。
今でもあちらの領地では色々なお茶を生産しているのだとおっしゃっていました」
お嬢さんがすごい剣幕で俺にくってかかる。
ワルワさんは腕を組んで唸った。
「サナリくんや、何故、そう思ったのかね」
俺はワルワさんに体を向けて話す。
とてもじゃないが、お嬢さんの顔を見て話す勇気はない。
「領主館で頂いたあのお茶は、俺がいた世界では『番茶』といって、その、あまり高級なお茶ではないんです。
庶民用というか、来客に出すものではありません」
確かに高級で美味しい『番茶』だってあるにはある。
だけど、アレは違う。 ただの『番茶』だ。
「何故、その方はお茶の製法だけを伝えて成果を確認しなかったのでしょう」
俺と同じ異世界人なら、作るだけでは名産にならないことは分かるはずなんだ。
それに、自分の領地の名産の製法、しかも異世界からの知識だというなら尚更、それを簡単に他領の者に教えるとは思えなかった。