6・砦にいます
家の前でワルワさんの説明を聞いていたら、町のほうから誰かが駆けて来るのが見えた。
「ハアッハアッ、ワルワさ、ん、お、客が」
この近くに住んでいると言ってた護衛の若者バムくんだ。
「客だと?」
ワルワさんは首を傾げ、俺はとりあえず一旦家に入ることを提案した。
台所で適当なカップを選び、水を満たして渡す。
「あ、ありがとう、ござ、いま」
バムくんはガブガブ飲んで一息つく。
「んで、客とは?」
「あ、馬車がね、来るだ」
ワルワさんは顔を顰める。
俺は「誰が馬車で来るんです?」と訊く。
「領主様の、お嬢様が」
はい?。
「えっとですね。 サナリさんにお詫びしたいって」
どゆこと?。
領主様って、この町で一番偉い人だよね。
その娘さんが何で俺なんかに謝るのさ。
「昨日のこと、かなり気にされてて、そんで救護院にサナリさんを尋ねて来たんす」
昨夜から俺がワルワさんの所にいるのは皆、知っている。
それで、バムくんは急いで俺に知らせに来てくれたのか。
「逃げるなら今のうちだで!」
はい?、だから何でよ。
ガラガラと馬車の音が聞こえて来た。
「どうやら、いらっしゃったようだ」
ワルワさんが窓の外を見ている。
「うっ、間に合わなかった。 でも、オラが何とかするだ」
俺は飛び出そうとする若者の襟首を掴む。
「待て待て。 何で逃げる必要があるの」
「だって!、おじさん、すっごく怒ってたもんで」
彼のいう「おじさん」とは護衛の仕事を一緒にやっていた、あの年長の男性のことらしい。
俺が領主家に対して失礼だとあちこちで言いふらしているそうだ。
「だから、きっとお嬢様も怒ってるだよ」
はあ、そういうことか。
「分かった。 じゃあ、とりあえず出迎えますか」
「そうじゃな」
俺とワルワさんは顔を見合わせて頷く。
「えっ、だって、ほへ」
アタフタするバムくんは一旦置いておき、俺たちは玄関から外に出た。
到着した馬車から、お嬢さんが降りてくる。
「ご機嫌よう、ワルワ様と、お、お客人」
俺は下げていた頭を上げた。
メイドらしい中年女性が一人と護衛らしい男性が二人。
お嬢さんは踝までの長いスカートの裾を摘んで優雅に礼を取るが、心なしか身体が揺れている。
チラリと俺を見る目が、何だか怖いものを見るように怯えていた。
だーかーら!、何でだよ。
メイドさんや護衛の冷ややかな視線を浴びながら、俺はお嬢さんに声を掛ける。
「何か私に御用だと伺いましたが?」
「は、はいっ」
明らかにビクッとしたよな、今。
どういうことなのか説明してほしい。
そんなお嬢さんを見て、ワルワさんは、
「狭い家じゃが、とりあえず中に。 どうぞお入りください」
と促した。
部屋には食卓用と暖炉前のローテーブルとソファしかない。
まずはお嬢さんには三人掛けのソファに座ってもらい、俺とワルワさんは向かいに食卓用の椅子を持って来て座る。
ソファとテーブルが低いからお嬢さんをちょっとだけ見下ろす感じになるけど、そこは許してほしい。
もうさ、ソファの後ろに立つ領主館のメイドさんの目が怖い。
「それでサナリくんに何の用でいらしたのかね?」
俺が何か言うとメイドや護衛たちが不機嫌そうなので会話はワルワさんに任せた。
領主様とは長い付き合いらしいワルワさんは、お嬢さんとも気安い関係のようだし。
「そ、その」
お嬢さんは綺麗な金髪に明るい茶色の瞳。
手肌の美しさを見れば「何の苦労もしてないんだろうなあ」と思う。
その手を膝の上でギュッと握り俯く。
「わ、私、昨日は恥ずかしい姿をお見せしてしまって」
恥ずかしい?、何のことだろう。
「人前で泣くなんて、自分でも思わなくて」
フルフルと肩が震えている。
俺はワルワさんの顔を見て、首を横に振る。
「ケイトリンや、サナリくんは気にしておらんそうだよ」
元より、領主の娘が俺みたいなアヤシイ奴を気にする必要はないと思うんだが。
なかなか話が始まらないのでワルワさんが口を開く。
「そもそも、何故、そんなにサナリくんを気にしておるんだ?」
「あ、はい」
お嬢さんはモジモジと手を動かす。
「あの。 私は成人してすぐお父様に事業を一つ任されまして」
それがあの名産のお茶だったのか。
「今まで館の者や知り合いからしか評価を聞いたことがなくて、それで」
「知らない客人が来たと聞いて、領主様に許可もなくお茶を出しに来たのかね」
「……はい」
「それでサナリくんの反応が微妙だったから悲しくなって泣いてしまったと」
お嬢さんは何も言わずにコクンと頷いた。
何それ。 俺、悪くなくない?。
まあ、褒めておけば良かったのに正直に答えた俺がおとなげなかったのは確かだけど。
あれくらいで泣くとは思わないだろ、普通。
「しかし、領主の娘がわざわざ出向いてまで謝る必要はないじゃろ」
俺はウンウンと頷く。
「だって。 この方って異世界からいらしたのでしょう?」
あやうく俺は手に持っていたカップを落としそうになった。
「だから、教えて頂きたいと思って。
異世界のお茶というものを」
ピリッと空気が震えた。
「え?」
俺は周りを見回す。
明らかにさっきとは空気が変わった。
「防音結界じゃ。 この話は外には出せんからな」
ワルワさんの顔が険しくなっていた。
結界とか、いつの間に発動したんだろう。
俺は、ここが最前線の砦であることを思い知らされた。