4・牢にいます
ニコニコ笑うお嬢さんは美人というより可愛い系だな。
「このお茶、美味しいでしょう?。 この町の名産なんですよ」
「はあ」
マジか。
高級そうなカップで出されたから、もしかしてとは思った。
だけど、違和感を覚えた。
「ええ、嫌いではないです」
だって飲み慣れた番茶だし。
でも俺の言い方が思ったよりキツかったらしい。
「失礼だぞ、お嬢様に向かって」
護衛の中で一番年上らしい男性が思わず声を荒げた。
「これは本当ならお前のような者に出す茶ではないのだ!」
ありがたがりもせず、美味しさに感動もしなかったせいで不評を買ったらしい。
「あー、そうなんですね。 すみません」
お嬢さんもちょっと引き攣った顔になっている。
「お口に合わなかったかしら……」
お嬢さんはそれ以上、言葉が見つからないようで口を閉じた。
肩が震え目に涙が溜まり始める。
え?、なんで。
廊下が騒がしくなり、バタバタと足音が聞こえる。
「ケイトリン!、勝手に客に会うなど」
茶髪で四十代くらい、口髭のある男性が駆け込んで来た。
お嬢さんを名前で呼ぶのだから父親の領主様かな。
俺は立ち上がり、礼を取ろうとした。
「貴様!、娘に何をした!」
いきなり叫んだ男性は涙目のお嬢さんに駆け寄り、俺を睨んだ。
「は?」
何もしてないはずだけど。
「この胡散臭い男を捕えろ、牢に入れておけ!」
おっさんに指差された俺は護衛の一人に腕を捩じ上げられた。
「イテッ!。 ちょっ、何だよ、いきなり」
「お、お父様、ちがっ」
「目障りだ、早く連れて行け!」
ワルワさんやお嬢さんが止めようとしてくれたけど、俺はそのまま地下牢に放り込まれた。
しかし、領主館って地下牢があるのが当たり前なのかね。
あまり使われてはいないのか埃だらけだ。
「せっかく綺麗に洗ってもらったのに」
俺は自分の服を見て救護院のお婆さんを思い、少し申し訳なくなった。
前向きだった気持ちがズンッと沈んでいくのが分かる。
はあ。
何だよ、お茶を飲んだだけなのに。
どこの世界も理不尽だな。
今の俺の手元には何も無い。
ポケットに突っ込んでいたハンカチや携帯、僅かな金しか入っていない財布も何もかも取り上げられた。
このまま死ぬのかと思うと情けなくて涙も出ない。
「せめて拷問とかやめてほしいなあ」
痛いのはイヤだ、ひと思いにやってくれ。
どれくらい蹲っていたのか、二、三人の足音が聞こえて来る。
ワルワさんと護衛たちだった。
「サナリくん、大丈夫かね?」
「ワルワさん」
一緒にやって来たらしい使用人がガチャガチャと鍵を開けてくれる。
「すまんかったな」
使用人が取り上げられていた俺の私物を返してくれた。
「いえいえ、でも良いんですか?」
俺を助けることでワルワさんに迷惑が掛かるなら、無理に出る必要はない。
そう言ったらワルワさんは顔を歪めて苦笑する。
「ワシがこんなところに連れて来たせいだ、とは思わないのかね。
お前さんは怒ってもいいんじゃぞ」
俺は首を横に振る。
「とんでもない。
ワルワさんが俺をここに連れて来たのは、きっと何か理由があったんでしょう?」
その結果、最悪の事態になったとしてもワルワさんのせいじゃない。
「それに俺は救護院の人たちや放牧の人たちに助けられました。
あのままだったらとっくに野垂れ死んでたんですから」
だから気にしないでくれ、と笑う。
俺はたぶん自暴自棄になってたんだろう。
俺の態度に護衛たちが驚く。
その中のひとりが小さな声で呟いた。
「バカなのか?」
あ、お前、俺の腕を捻じ上げたヤツだよな。
護衛の中で一番偉い年長の兵士だろう。
この人、最初から俺のことが気に入らない様子だった。
「とにかく、領主様の許可は出ておる。 ワシと一緒に来てくれないか」
「はあ」
ワルワさんの頼みじゃ断れない。
だけど、俺は動かなかった。
「身体のあちこちが痛くて思うように動けません」
ワルワさんやお嬢さんの声も聞かずに俺を引きずり倒した護衛を睨み付ける。
俺はわざと背を曲げ、腕や脚をさすった。
「ああ、そうじゃな、先に治療が必要だ。 薬を出しておくれ」
護衛で年長の男性が渋々、荷物から何かの瓶を出してワルワさんに渡す。
俺はワルワさんから受け取り、飲むように言われて口に含んだ。
疲れた体に染み渡り、痛みが消えていく。
「ありがとうございます」
俺は瓶を返して地下牢を出た。
領主館の裏口らしいところから外に出ると空はもう暗くなりかけていた。
「腹が減ったじゃろ。 近くに美味い飯屋があるんじゃ」
そう言って賑やかな食堂に連れて行ってくれた。
店の前でワルワさんは立ち止まり、護衛たちに顔を向ける。
「ここでサナリくんだけに食事をさせる。 お前たちは外で待っておれ」
あ、これはワルワさんもお怒りだったんじゃね?。
雇い主の言う事を聞かなかったんだもんな。
ギリギリッと歯軋りしてそうな護衛たちを残して、二人だけで店に入った。
「たくさん食べておくれ」
「お言葉に甘えて、ありがたく頂きます」
テーブルに並べられた美味しそうな料理に俺は遠慮を忘れて食べまくった。
今、食べなかったら今度はいつ食べられるか分かったもんじゃないし。
でもちゃんと口に合うというか、美味い。
もぐもぐもぐ。
「うまいかね?」
「はひっ!」
お行儀悪いけど、出来れば食べてる最中に話し掛けないでほしい。
食べ終わると膨れたお腹を撫でながら、これからどうするのかを訊ねる。
「それなんじゃが。
サナリくんさえ良ければワシの家に来んか?」
「え、いいんですか!」
体調が良くなれば、いずれ救護院は出なくてはならない。
正直、助かる申し出だ。
「気楽な一人暮らしで何もしてやれんが、しばらくの間、宿代わりに泊めるくらいなら構わんよ」
「是非お願いしたいです。 家事でも何でもお手伝いしますので!」
俺たちは護衛たちと合流後、郊外にあるというワルワさんの家に向かうことになった。