1・草原にいます
いつもの息抜き用のぼんやりとした異世界モノです。
全八話です。
ゆるりとお付き合いくださいませ。
俺は、目覚めたら知らない場所に居た。
「ここはどこだ?」
身体を起こすと周りは草原というか、見渡す限りの草地。
誰もいないどころか、見慣れたものが何一つ無い。
「ははーん、これは夢オチだな。 よし、もう一回寝るぞー」
俺は草の上でゴロリと横になる。
眩しい青空を見上げ、大きく息を吸い込んだ。
「夢、のはずなのに、なんてリアルなんだ」
草の感触も風の香りも体に染み込んでくる。
「……もしも、これが夢じゃなかったとしたら」
ちっとも眠くならず、逆に冴えていく頭。
「この状況は拙くないか?」
人の気配が全くない見渡す限りの草原。
遠くに森?、その向こうは山々が連なる山脈。
「このまま陽が落ちたら」
街灯なんて無い。
右も左も全く分からなくなる。
「せめて人のいる場所に行こう」
俺は立ち上がった。
自分の身体をみる。 特に怪我とかはなさそうだ。
ごく普通のTシャツにスエット。
コンビニに行くために履いたスニーカー、羽織っていたフード付きパーカー。
ポケットには財布、携帯端末、ずっと突っ込んだままの汚れたハンカチ。
この風景に合わなさ過ぎて笑える。
「さって、どっちに向かえばいいんだ?」
山の方角から風が吹いてくる。
ならば、それを背にして歩こう。
少しだけど風が俺を後押ししてくれる気がするから。
ハアハア
どれくらい歩いたんだろう。
「喉、渇いたけど、自販機なんて無いよな。
ていうか、川とかもないのか。 ハアハア」
これがゲーム世界に転生なら、初期装備とか色々貰えたはず。
神様都合での異世界転移とかなら、ある程度のチート能力とか、人里の配慮なんかがあってもいいと思う。
「あ、あれか、俺が三十過ぎのオッサンだから放置なのか」
せめて童貞だったら魔法が使えたんだろうか。
いや、あれは漫画だったな。
ハアー、いやしかしキツいわ。
魔獣でも盗賊でも何でもいいから出て来て、俺を殺してくれ。
死んで、もう一回やり直したら強くなれるかも知れない。
バタッ
何回目か分からないが、よろけて倒れた。
脚が棒だし頭はクラクラするし、このままだとたぶん俺は衰弱死するな。
どうして、何でこんな目に遭うんだ。
「俺が何したっていうんだよ」
涙が出てきた。
喉が渇いていても涙は出るんだな。
これ、飲めたりしないかな。
「う、ううっ、ぐすっ」
寝転がったまま、仰向けになる。
すっかり辺りは暗くなり、恐ろしいほど綺麗な星々が瞬いていた。
とーちゃん、かーちゃん、ばあちゃんもごめん。
妹よ、後のことは頼む。
お前なら俺よりしっかりしてるから大丈夫だろうけど、草葉の陰からずっと見守ってる。
……つもりだったけど。
どうせ死ぬなら最後に言ってやる!。
「誰だよ、俺をこんなとこに置き去りにした奴は!。 出てこーい!」
最後の力を振り絞って立ち上がり、叫ぶ。
「神様のバカやろー!」
ハアハアハアハア
「かあちゃん……、とうちゃん……」
田舎に住む両親の顔が浮かぶ。
「ごめん、親孝行出来なくて……」
涙で星が滲み、俺はその後を知らない。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「とーちゃーん、なんか落ちてるよー」
「あー?」
日が昇った草原に五歳くらいの男の子と、髭もじゃの父親らしい男が姿を見せた。
その周りに白っぽい毛並みの家畜たちが草を喰みながら歩いている。
「なんだ?」
「分かんない、人かなあ?」
少年が持ち歩いていた棒で突く。
「あ、動いた」
父親は子供が突いた棒の先を見る。
「ヒャッ、行き倒れか。 こりゃいかん!」
父親は家畜にソレを乗せ、慌てて町へ向かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
目が覚めたら知らない天井だった。
「え、天井?。 空じゃない……」
あれ?、声が聞こえる。 自分の声、喉が渇いて、ない。
俺は清潔そうなベッドに寝かされていた。
「目が覚めましたか?」
優しい高齢女性の声。
声の主は西洋人ぽい容姿のお婆さんだが、何とか言葉は通じるみたいだ。
「あ、あの、ここは?」
笑顔を浮かべた白髪のお婆さんの周りを見る。
他に人はいないようだ。
建物は木造で、この部屋は十畳くらいだろうか。 同じようなベッドが三つほどある。
「ここは町の救護院です。
あなたは草原で行き倒れていたのを、家畜を放牧していた者に拾われ運ばれて来たのですよ」
俺は自分の身体を見る。
手を開いたり閉じたり、喉に手を当ててみたりしたが何ともない。
「身体が治ってる」
「お怪我はありませんでしたが、だいぶお疲れのようでしたから回復しておきました」
回復?、治療ではなく?。
「あ、ありがとうございます」
俺は、とりあえずお礼を言いながら何日経っているのかを訊ねた。
「あなたが運び込まれたのは昨日ですよ」
発見されたのが昨日の朝で、その日の午後にはここに運び込まれたそうだ。
驚いた。
あれだけ疲労困憊だったのに、一日でここまで回復したのか。
それはともかく、はっきりさせなければならない。
俺はゆるゆるとベッドに上半身を起こす。
「あの、ここはどこなんでしょうか。
国や町の名前は?、今は何年何月ですか?」
お婆さんは目を丸くして驚く。
「あ、すみません。 おれ、わ、私は何故、ここにいるのか分からなくて」
「まあ、そうでしたの。
見慣れない、変わった装備を身に付けていらっしゃいましたから他国の方だとは思いましたが」
お婆さんは俺に飲み物が入った木のカップを渡し、
「少しお待ち下さいね」
と、言って出て行った。
喉の渇きを思い出し、恐る恐る飲んでみる。
うん、これは緑茶に近いな。
しばらくして戻って来たお婆さんは、恰幅の良いお爺さんと三人の男性を連れて来た。
その男性たちは屈強な筋肉が服の上からも分かる。
しかも革鎧ぽい服と、腰に長剣らしきものを佩いていた。
俺は、ゴクリと息を呑んだ。