片思いの女の子から恋人の浮気を相談されたから、 クリスマスイブに彼女をデートに誘ったんだけど、 なんやらかんやらあってその浮気相手と付き合うことになった。
よろしくお願いします。
駅前広場に小さなクリスマスツリーが置かれていた。
イルミネーションがキラキラと瞬いている。
クリスマスイブ、もうすぐ彼女と待ち合わせの午後6時、粉雪がチラチラと舞いだした。
彼女とこの初雪を一緒に見たい。早く、来てほしいな・・・
俺、鳥飼和樹は大学に進学したため、この街で一人暮らしを始めた。
誰も知り合いなんて居なかったけれど、大学で何人か友達が出来て、
その友達と初めてカフェに行った。
そこに彼女はいた。
オシャレな制服があつらえたように似合っていて、
営業用だろうが笑顔がステキで、注文を繰り返す声も透き通っていた。
そのうえ姿勢がよく、軽やかに歩いていて身ごなしが洗練されていた。
初めての一目ぼれだった。
それまでアルバイトは何しようかって悩んでいたけれど、そのカフェにすぐ申し込んだ。
イケメンじゃないと採用されないということだったけれど、採用してもらえた。
彼女の名前は都築亜咲美といって、近くの女子大の2年生で、
このカフェで半年ほど働いていた。
彼女と一緒に働ける日をなるべく選んだ。
亜咲美さんは面倒見がよく、笑顔で優しく指導してくれた。
ホール全体をよく見ていて、俺たちを上手く使ってくれたから
忙しい時でもビギナーですら笑顔で働くことが出来た。
一緒に働いて、少し彼女のことを知ってより好きになってしまった。
だけど、俺はこれまで恋人が出来たことがなく、
こんなステキな人が俺の彼女になんてなるワケがないと最初から諦めていた。
だから、バレないようにしようと思った。
当然だが、亜咲美さんはバイト仲間から、男女問わず大人気だった。
このカフェは大学生のアルバイトが多いのだが、性格がいい人が多くて、
みんな仲が良いこともあって、時々飲み会が開かれていた。
亜咲美さんが参加するって知ったので俺も参加していたが、
彼女のそばには男女が群がっていて、近づくことは出来ず、
なかなか親しくなれなかった。
ある時、亜咲美さんがカフェオレを運んでいたとき、
歩いている客と給仕しようとした客の動きが運悪く重なって、
カフェオレを客にこぼしてしまった。
その客の服はお高いスーツだったらしく、亜咲美さんに猛烈な怒りをぶつけた。
亜咲美さんは丁重に謝り続けたものの、全く許す気配がなかった。
その時間は運悪く、店長はもちろん、社員もいなかった。
動こうとした俺を制して、アルバイトリーダーが謝罪に加わった。
「お前らでは話にならん!店長を出せ!」
「店長は不在なので、リーダーの私がお話を聞きます。」
「この服はたっかくて、買ったばかりなんだぞ!
アルバイトなんかに買えるもんじゃないんだ!
店長を出せ!責任者を出せ!」
その客はエキサイトして怒鳴り続け、アルバイトリーダーは黙り込んだままとなった。
さっきまで楽しそうだった客も気配を消し、次々と出て行った。
入ってこようとした客も眉を顰め、きびすを返した。
亜咲美さんは蒼白となっていてついに震えはじめた。
もう、我慢が出来なくなって、亜咲美さんをかばうようにしゃしゃり出た。
「お客様。確かに私どものミスでございます。
お客様のご立腹は当然のことでございますが、
この場ではそのご希望を叶えることはできません。
どうか、警察へ被害届を出していただけないでしょうか。
そうすれば、本部の人間と顧問弁護士が適切な対応を取らせていただきます。」
きっぱりと話し、深々と頭を下げた。
「なんで、俺が警察に行かないと行けないんだ!
ふざけるな!お前らがミスしたんだ!お前らが対応しろ!」
さらに激昂するクレーマー。
すぐに諦めた俺は頭を上げた。
「分かりました。でしたら私が警察を呼びます。」
「あん、お前が警察を呼ぶって言うのか?」
俺に一歩近づいて来て、睨めつけてきた。
「はい、貴方が長い時間、大声でクレームを言ってるので、
他のお客様が帰り、入って来なくなってしまいました。営業妨害で訴えます。」
「営業妨害だと!ふざけるな!」
さらに、さらに激昂してわめき散らされた。
ドキドキしながらもゆったりとスマホを取り出し、110番へ電話した。
「事件ですか、事故ですか?」
「事件です。」
「も、もういい!覚えていろよ!」
クレーマーは捨て台詞を吐きながら、慌てて逃げ出した。
・・・
アルバイトリーダーから、また来たらどうするんだ!勝手なことをするな!
って怒られたけど、ホッとした亜咲美さんを見て満足だった。
帰ろうとしたら亜咲美さんに呼び止められ、別のカフェに誘われた。
彼女は安心した笑顔を見せてくれ、丁寧にお礼を言われた。
すごく怖かったこと、どうしたらいいか分からなくなっていたから、
助けてくれてホントに嬉しかったと初めて営業用でない笑顔を俺に向けてくれた。
その笑顔にまたシビレ、惚れなおしてしまった。
ホントに、しゃしゃり出てよかったよ。
それから俺は亜咲美さんにとって一番信頼できる人になった。
ただし、このお店の中だけ。
アルバイト中、少し閑になると笑顔で話しかけてくれるようになった。
アルバイト仲間との宴会のときは亜咲美さんが隣に呼んでくれて、楽しくお話しした。
夏になって、高校時代から付き合っている恋人がいることを教えられた。
ショックだったけれど、俺と知り合ってからでなくってよかったと思った。
だって、こんなにキレイで、性格もいいんだもの。恋人だっているよね。
俺に彼女がいないことを知ると、何度か友達を紹介しようとしてくれた。
断り切れず、一度だけ亜咲美さんの友達を紹介してもらった。
亜咲美さん、彼女の友だち、亜咲美さんの恋人目黒駿介の4人で
オシャレなレストランで食事をして、カラオケに行った。
駿介は俺より偏差値の高い大学の2年生で、さわやかなイケメンだった。
亜咲美さんのことを大事にしながらも、俺と亜咲美さんの友達を盛り上げようとしてくれたから、
悪い感情は持てなかった。
俺は人見知りを発揮してしまい、いつもニコニコしていたけれど、
質問に答えることしかできなかった。当然、連絡先を交換することはなかった。
亜咲美さんは、そういえば私にも中々話しかけてくれなかったよねって笑っていた。
夏が過ぎて、秋になった。
俺は亜咲美さんへの恋心は膨らんだけれど、まだ上手に隠せていたと思う。
仕事中は他の女の子とも話を平等にするように気を付けていた。
アルバイト仲間との宴会では、最初は亜咲美さんの隣に座っていても、
最後は男友達の隣で終わるようにしていた。
だから、相変わらず仕事場で頼りにされていた。
12月になって、亜咲美さんの笑顔がほんの少し雲っていることに気が付いた。
その次も、その次の次も、その次の次の次も、
やっぱり曇っていたので、我慢が出来なくなってしまった。
いつもは同じ時間に上がっても、俺が先に帰ってしまっていたのだが、
初めて待ち伏せてしまった。
「どうしたの?和樹くん。」
「亜咲美さん、あの・・・何か悩み事とかないですか?
笑顔がいつもより曇っているのが気になって・・・」
「え~、そうかな?心配させてゴメンね。でもなんでもないから。」
亜咲美さんは笑顔をつくった。
でも不自然さがぬぐい切れず、初めて1歩、踏み込んでしまった。
「そんなことないです。最近、ずっとです。
・・・その笑顔もなんか無理しているカンジです。」
「・・・バレちゃった?他の子にはバレてなかったのにな。凄いね、和樹くん。
・・・実はね、駿介が浮気しているみたいなんだ・・・」
「えっ、ホントですか?」
「証拠はないけど・・・
なんか、態度がぎこちないし、デートに誘っても結構断られちゃうんだ・・・」
「そんな・・・亜咲美さんみたいにステキな人を・・・」
亜咲美さんの笑顔を曇りないものにしたかった。
だから、弾けてしまった。
「あの、亜咲美さん。ずっと好きでした!俺と付き合ってください!
絶対に、ずっと、ずっと、大事にします!お願いです!」
「えっ、嘘!」
ホントに気づかれていなかったようで、
ビックリして口に手を当てた仕草が亜咲美さんらしくなく、幼く感じた。
「ホントです。初めて会った時からっていうか、
あのカフェに客として入って、亜咲美さんに一目ぼれしたんです。
だからアルバイトに・・・」
「ええっ、それ、ホントなの?」
ますますビックリして、目を見開く亜咲美さん。
こんな百面相を見れただけで告白した甲斐があるよ。
「気持ち悪いですかね?すいません。」
「ううん、そんなことないけど・・・私のことを好きってことが意外で・・・」
「バレたら一緒に働けないって思ってて、必死で隠していたんです。
好きです!お願いです!考えてみてください!
クリスマスイブの18時、ここで待ってます!もしOKなら来てください!」
必死で頼み込むと、亜咲美さんは笑顔になって頷いた。
「・・・うん、ありがとう。ちゃんと考えてみるね。」
亜咲美さんの笑顔は堅いままだった・・・
・・・
20時になった。亜咲美さんはまだ来ていない。
電話番号は知らないし、ラインも繋がっていないから、
亜咲美さんから連絡来るハズないよな・・・
アルバイト仲間のラインを見てみたら、亜咲美さんが一言だけ呟いていた。
「ごめんなさい。」
・・・
メチャクチャ冷えているけれど、亜咲美さんはもう来ないだろうけど、待ち続けた。
天気予報で寒くなるだろうと言っていたので、カッコよさよりも防寒対策を優先していた。
ぱっちを履いて、腰にはカイロを貼り付けていた。
悲しいけれど、恋予報も当たってしまった。
22時近く、後ろの方で酔っぱらいの喚き声が聞こえた。
「おねえちゃん、可愛いねえ~俺と飲みに行かない?
寒いでしょ?俺があっためてあげる~。
カレシ、待っても無駄だよ。もう来ないよ。だから、俺と飲みに行こうよ!」
女の子は断り続けているが、酔っぱらいはしつこく絡み続けていた。
うん、あの女の子は19時から待ち続けている女の子だ。
この寒さの中、ダウンジャケットを着ているが、胸の谷間が見えるくらい開いていて、
レギンスは履いているもののミニスカートだった。寒そう・・・
恋人が絶対に来ると思っているんだな・・・
まあ、俺の方が1時間長く待っているけどな!勝利が空しい・・・
辺りを見回しても彼女を助けようとする人はいなかった。
「お待たせ!」
俺が笑顔で彼女に近づくと、酔っぱらいは酔眼でねめつけてきた。
「うん、だれだ、おまえ?」
「彼女の恋人ですよ~。教授に無理やり研究を手伝わされて遅くなっちゃったんです。
それより、今まで彼女をナンパから守ってくれてありがとうございます!」
よっぱらいに、笑顔で腰低く、丁寧に話しかけた。
「うん?そうだ、俺は悪いヤツから守ってやったんだ!
お前、遅いぞ!この子、寒くて震えてるじゃね~か!」
酔っぱらいがうんうんと頷き、俺に対する説教モードに変わった。
「すいません。遅くなっちゃいました。
彼女のことが不安で走ってきたんですけど、無事でよかったです。
ホントに守ってくれてありがとうございました。」
「おう、いいの、いいの。仲良くやれよ。」
気分が良くなったらしい酔っぱらいは片手をあげて千鳥足で駅に向かっていった。
ほっとして振り返ったら、彼女は固い表情のままだった。
「あの、ありがとうございました。でも、ナンパなら結構です。」
「ああ、いや、かなり長い時間、ここにいるだろ?
このカイロを腰に貼るとすっごく暖かいよ。」
カイロを2つ、押し付けて元の場所に戻った。
「あっ、ちょっと!」
・・・
もうすぐ23時か。
「はい、これ。」
固い笑顔の彼女が缶コーヒーを差し出してきた。
彼女はショートカットが良く似合っていて、少し釣り目の勝気そうな、
可愛い女の子だった。大学生かな?
「ありがとう。」
お礼を言って受け取ると、彼女が話しかけてきた。
「うん、こちらこそ。君も待ち人来たらず、なの?」
「そだね~、来なかったね~。」
諦めきっていたので、にっこりと朗らかな笑顔を作れた。
「・・・いつまで待つの?」
「うん、最終電車で帰るよ。それできっぱりとこの恋はサヨウナラだ。」
「そう・・・」
彼女は1メートルほど離れた。
俺はいつものとおり、フロンティアハンターというゲームにログインした。
荒野で恐竜や魔物、ドラゴンなどを一人、あるいは仲間と狩るゲームだ。
4月、友達のいないこの街に引っ越してきてからこのゲームを始めた。
課金は最初、少しだけしたものの、すぐにアルバイト代全部つぎ込んでも、
トップになれないことがわかった。
1日、1時間ほどしかプレイしないので、全く強くなれそうになかった。
秋ぐらいから遊ぶことよりも、気の合う奴らとチャットするのが楽しくなった。
仲間は3人いて、弥次さんとテンプさんは恐らく昭和のオジサン、
一番弾けているレッドフォックスさんが最近、女子学生と判明していた。
ちなみに俺の名前はポルナレフ、住所は神戸としている。
住所なんて出鱈目でもいいと思うけど・・・
会ったことのない奴らだからこそ、よく亜咲美さんのことを相談していて、
イブはログインしないから!って宣言すると、みんなから頑張ってって応援されたな。
「恥ずかしながら、帰ってきました!」
いつもの仲間にグループチャットを送ると、隣から声が聞こえた。
「えっ!」
さっきの女の子が声を掛けてきた。
「あの、ゴメンなさい。そのゲーム・・・」
「えっと、もしかして君もしているの?」
彼女のスマホは俺と同じ画面だった。
「あの、よかったらちょっと名前を教えて・・・
いや、最初の文字だけでもいいので。」
なぜか彼女はアセアセしていた。
「えっと、ポだけど・・・」
「ええっ!」
その驚きの声にようやく思い出した。
レッドフォックスさんの住所が神戸ってなっていたことを。
「・・・もしかして、君はレッドフォックスさん?」
「・・・はい。」
「なんで?恋人が出来たって自慢、じゃなかった喜んでいたじゃない!」
そう、毎日23時にこのゲームに4人で集まって、近くに狩りに行ったり、
チャットをしていたけど、レッドフォックスさんは12月になって、カレシが出来たと自慢し、
二日に1回のログインとなっていて、ラブラブ発言を冷やかされていたのだ。
「・・・二股されていてね、あっちを選んだみたい。」
「マジか!」
うん、12月に二股ってまさか・・・
「えええっと、もしかしてそのカレシの名前、駿介、じゃないよね?」
「何で知ってんの!」
レッドフォックスさんの驚きの大きな声が響きわたった!
「マジか!俺の待ち人が12月から浮気されていてさ、そのカレシが目黒駿介ってわけ。」
「ええっ!なにそれ、世間が狭すぎよね!」
「・・・その、なんだ、話なら聞こうか?チャットとリアル、どっちがいい?」
「ナンパはゴメンだよ。」
冷たく突き放された。
だけど、彼女はニヤっと笑った。
「だけど、一度、オフ会ってしてみたかったんだよね!」
・・・
カラオケに行って、まずは失恋ソングを歌いまくった。
そのあと彼女は、アイツが近づいて来たから、
つい告白しちゃったらいいよって言われて・・・から始まって、
駿介の悪口を言いまくったから、俺はうんうんと頷き、
ひどい目にあったねとか可哀そうだねとか慰めの言葉を吐き続けた。
彼女は泣き止むと、亜咲美さんのことを話してくれとお願いしてきた。
亜咲美さんの悪口を言って欲しかったんだと思うけど、
俺は亜咲美さんがどれだけ美しいか、中身も素晴らしいかを話続け、
何度も肩をぶん殴られた。
それからはゲームの話や、大学、アルバイトの笑い話を交互にしていった。
彼女はゲームの中と同じように、思ったことをすぐ口にし、言い過ぎたらすぐに謝っていた。
初対面なのに、何故か人見知りすることなく、ペラペラ話せた。
ゲームで友達だったから?彼女がフレンドリーでいいカンジだから?
彼女のめまぐるしく変わる表情が面白く、可愛らしく感じた。
話が一段落すると、彼女が飛んでもないことを提案してきた。
「それ、プレゼントでしょ?よかったら交換してみない?」
何か企んでいる風の笑顔を浮かべた彼女が小さな紙袋をぷらぷらさせた。
「他人あてでも大丈夫なの?」
「私のは大丈夫。でも、ソレ、気に入らなければ返すから!」
「酷くない?」
「メリー・クリスマス!」
苦笑いした俺を見ながら、彼女がウキウキした声とともに紙袋を掲げた。
「え~、ノリが悪いな~。さあ、一緒に!」
茶目っ気たっぷりだな。よし、ちゃんと合わせよう!
「「メリー・クリスマス!」」
2人は紙袋を高く掲げ、軽くぶつけたあとに交換した。
俺のプレゼントはベージュのマフラーで、彼女は早速マフラーを巻くと顔をほころばせた。
彼女のプレゼントはネックレスで、そのペンダントトップは金属のプレートだった。
「うん、なんて書いて・・・I LOVE SYUNSUKE,FOREVER!
っておい、全然大丈夫じゃ無いぞ!こんなの他人にプレゼントするな!」
俺は本気で怒ってしまった。
「大丈夫、少しゴシゴシしたら消えるわよ!私はコレ気に入ったし返さないから!」
彼女はあっけらかんと無責任なことを言って、マフラーを大事そうになでた。
「おい、そのマフラーは俺が恥ずかしながら店のお姉さんに選んでもらった逸品だ!
返せ!」
「イヤよ、べー!」
マフラー、返してくれなかった。ネックレス、返せなかった。マジか!
・・・I LOVE SYUNSUKE,FOREVER!
どうしてくれよう!
何度か延長して、朝になった。
「なあ、名前を教えてよ。」
「知っているでしょ。レッドフォックスだって。」
彼女はニヤニヤしていた。
「ホントの名前だよ!」
「そうねえ、もし次に逢ったら教えてアゲルよ。」
わざとらしく考え込んで、もったいつけやがった。ニヤニヤしながら。
「ふん!別に教えてもらえなくってもへっちゃらなんだからね!」
ツンデレしておいた。
始発電車で帰ろうと駅に向かっていると、微かに東の空が明るくなっていた。
彼女の表情も、おそらく俺の表情も明るくなっていた。
昼前に起きると、アルバイト先に電話して風邪を引いたので今年はもう出勤しないと伝えた。
もうこのまま、マナー違反だが、フェイドアウトしてしまおう。
23時にはフロンティアハンターにログインして、また4人で集まって狩りに出かけた。
昨日はどうだったと追及されたレッドフォックスはフラれたとゲロって、慰められていた。
29日にログインしたら、レッドフォックスから個チャが来ていた!
「大みそか、22時西宮北口駅集合。初詣は伏見稲荷大社に行こう。」
マジか!そっちがツンデレじゃね~か!うん、行こうか!
「でも遠い!なんで、そんな遠くまで?」
「生田神社や湊川神社なら、アイツらに会うかも知れないでしょ!」
「なるほど・・・了解!」
・・・
またもやレッドフォックスさんはオシャレ優先な恰好で待っていた。
彼女は俺がプレゼントしたベージュのマフラーを付けているけど・・・
俺はモチロン防寒対策バッチリな格好だ。
ただし、俺の首元には彼女からもらったネックレスを付けていた。
マフラーで全く隠れているし、内緒だけど。
あの恥ずかしい文字はそのままだ。
ゴシゴシしてみたけど、やっぱり消えなかったよ。当然だよな。
「今日もメチャクチャ寒いのに、なんでミニスカートなんだ?」
「オシャレは我慢よ!決まってるじゃない。・・・あんたはダサいわね!」
「ああ防寒優先だから。君は今日もオシャレでカッコいいよ。」
「最初からそう言いなさいよ!」
口調は厳しいが彼女の口元はほころんでいた。
電車の中は割と人が多かった。
乗るとすぐ、彼女に背を向けられた。
来るんじゃなかったと少し後悔した。
突然、彼女がバッと振り返った。怒ったような顔だ。
小さな紙袋が差し出された!
「あ、あの、この前はゴメンね。
ヘンなものプレゼントしちゃって。
ヘンな出会いで、初めて会った人とオールしてるって気付いたら、
もうおかしくなっちゃったんだ。
コレと交換してくれる?」
中身はペンダントトップで金属のキューブだった。
「カッコいいね。ありがとう。」
マフラーを外して、ネックレスを外した。
「なんで、そんなの付けてんの?」
彼女は声を抑えながらも、素っ頓狂な声を出した。
「なんとなく?面白くなったから?」
なるべく爽やかに笑った。
「バカじゃないの!」
言葉は強いけど、ほわっと嬉しそうにしていた。
・・・
23時になってお互いスマホを取り出し、フロンティアハンターにログインした。
今日は大みそかなので、チャットだけだ。
俺たちがフラれたことが今年のトップニュースに上げられた。
時期がクリスマスだったし、しょうがない。
いっそのことお前たち、付き合っちまえと言われると、
「なんでポルナレフみたいなイジワルと付き合わなきゃいけないんだ?」
すぐさまレッドフォックスさんがチャットで反応した。俺のすぐ隣で。
「ひでえ!」
俺もチャットですかさず反応した。
弥次さんは「ポルナレフはイジワルじゃないだろ?」
テンプさんは「ここじゃかなり優しいけど・・・」
と言っていた。
「ゴメンなさい。」
レッドフォックスさんは泡を食ってすぐにチャットで謝ると、こっちを不安そうな目で見た。
ふふん、可愛いところあるじゃない?
「その表情がイジワルなのよ!」
またバシッと叩かれた。
なんか楽しくなってきた!
「なあ、名前を教えてくれよ。」
「レッドフォックスよ、知っているじゃない?」
ツーンとあっちを向いてしまった。
「ホントの名前だよ!次逢ったら教えるって言っただろ!」
「う~ん、どうしようかな?」
彼女はまたもやわざとらしく考え込んだ。
「俺のこと、外で呼べるか?」
「ポルさんって呼ぶけど。」
何言ってんの?っていうカンジで応えられた。
「・・・あれっ、割と呼べるな。でもレッドさん?フォックスさん?不自然なんだよ。
教えてくれよ。」
「そうね、初詣が楽しかったら教えてあ・げ・る!」
ニヤニヤしやがって!ちっくしょー!
・・・
最寄り駅に着いたので、「良いお年を!」と流してログアウトした。
駅の中も外も、人、人、人だった。
また電車の外はメチャクチャ寒い!
俺は手袋をはめたが、彼女は手をこすりながら俺を不満そうに見ていた。
おお、忘れていたよ。
「はい、コレ。」
カイロを渡そうとすると、蹴られてしまった。なぜ?
ゆっくりと歩き出すが、人が前にいるとなぜか俺と彼女は反対方向によけようとしてしまう。
慌てて彼女の方へ近づくと、彼女がニヤリといかにも悪そうな顔をした。
悪そうなくせになんだか凄く魅力的だ。
俺の右ポケットに彼女が左手を突っ込んできた!なぜ?
頬を赤く染めているものの素知らぬ顔をしているので、悔しくなって俺も素知らぬ顔をした。
まあ、歩くのに邪魔だった。
・・・
つつがなく初詣を済ませた。
寒いので暖かい甘酒を飲んでいると、袖を引っ張られた。
「何を神様にお祈りしたの?」
「うん?君の本名と連絡先を教えてくださいって。」
ホントは君ともっともっと仲良くなりたい、だけど・・・
「そんなの今日、楽しかったら教えてあげるって言ったじゃない。」
「うん、どうしても知りたいんだ。」
目に力を入れ、彼女の目をのぞき込んだ。
「バ、バカね。」
頬を赤く染め、目を反らされてしまった。ふふん!
おみくじを引くと、熟読する間もなく奪われてしまった。
彼女が大吉で、俺が末吉だったから得意げな顔をされた。
こういった顔も魅力的だ。ははっ、ますます楽しくなってきたよ!
彼女はふたつのおみくじを見比べるとニヤついた。
「ねえ、ココだけ同じだよ。」
指示されたのは恋愛運で、こう書かれていた。
「新しい恋が吉。」
・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・
駿介が初詣は遠くに行こうって言い出した。
いつもは近くの生田さんなんだけど、ちょうどいい気分転換になりそう。
特急電車に乗り込むと席が1つだけ空いていた。
40分近く乗ることになるので、駿介が私に座るように勧めてくれた。
相変わらず、優しくてスマートだ。
「ありがとう。」
お礼を言うと、にっこりと笑って頷いた。
話がしにくいこともあって、駿介は窓の真っ暗な景色を眺めていた。
この2週間のことが思い出されてきた。
駿介が浮気をしているんじゃないかと疑ったこと。
落ち込んでいるところを和樹くんに気づかれ、
駿介の浮気を相談したら告白されたこと。
勇気を振り絞って駿介を問い詰めたら、
謝ってくれて、浮気相手と別れてくれてホッとしたこと。
和樹くんに断ろうと思ったら、連絡先を知らなくって、ブッチしてしまったこと。
でも、恋人がいるのにイブに逢うことなんてダメだよね。
その次の日から和樹くんは風邪を引いてアルバイトを休んでいた・・・
和樹くん・・・
一つ年下で、言葉は少なめだけど、いつもニコニコしていて感じがよかった。
アルバイトを初めてすると言う彼は飲み込みが良くって、すぐにちゃんと働いてくれたけど、
少し人見知りで仲間とあんまり打ち解けていなかった。
私が働いている日にほとんど入っていて、よく視線を感じていて好意を感じた。
でも話しかけてくるわけでもないから特に気にしていなかった。
ある日、私がお客様にカフェオレをこぼしてしまった!
丁寧に謝ったけれど、そのお客様から酷く怒鳴られた!
その時の責任者がすぐに助けにきてくれたけれど、
何を言っても否定し、罵倒するお客様の剣幕に押され黙り込み、一方的に怒鳴られ続けた!
もう限界、もうこのアルバイトは辞めようって思った時、和樹くんが私を庇ってくれた!
彼はすぐにクレーマーを警察に通報して、追い払ってくれた!
その後のシフトを確認したら、やっぱり和樹くんがいつも一緒だった。
もう一度、あのクレーマーが来ても彼がいれば大丈夫だって安心して、
このアルバイトを続けることが出来るって嬉しかった。
・・・
和樹くんに話しかけたら結構面白くって、仲良くなってよく話をするようになった。
駿介のことを伝えたけれど、反応は薄かった。
私のことを好きなのは気のせいだって思った。
友達が、彼氏が欲しい、紹介してっていうから和樹くんを紹介した。
やっぱり彼は言葉少なく、ニコニコしていた。
駿介は、盛り上げようと頑張ったのに結局上手くいかなかったから、
彼女が欲しいんだったらもっと頑張れよって怒っていた。
私は2人が恋人にならなかったことが残念だったけれど、少し嬉しくもあった。
相変わらずみんなのことをよく見ながら、率先して働いてくれたし、
いざという時は和樹くんが守ってくれるって安心して働けた。
だけど、あの日から和樹くんは風邪を引いて休んでいる。
アルバイトが少し退屈で、いつもよりなんだかバタバタしていて、なんとなく不安だ。
早く治るといいな・・・
・・・
「和樹くん!」
初詣を済ませ、おみくじを引いて歩いていると、和樹くんがいた!
なんでこんな所に?
彼の隣には笑顔の可愛い女の子がいた!なんで?だれ?
「アヤ! 」
駿介が驚きの声を上げた!アヤって?
「うわぁ・・・」
アヤって子がこちらを見て嫌悪の表情を浮かべた。
和樹くんはびっくりして、私を見つめていた。
駿介が2人を睨み付けて強い言葉を吐いた。
「なんでそんなヤツと!」
「そんなヤツって、アンタより百倍マシだけど!」
彼女の吐き捨てられた言葉に駿介は愕然とし、
その大きな声でたくさんの周りの人から好奇の視線を浴びた。
アヤって、駿介の浮気相手なんだ!なんでこんな所で!なんで和樹くんと?
「もう・・・ポルさんと付き合っているから!」
アヤは和樹くんを見つめ、一瞬、詰まってから、彼の腕にしがみついてこちらを睨んだ。
ポルさんって?
「だから、二股野郎は声掛けてくんな、気持ち悪い!」
その言葉で駿介は悄然とうつむき、私は急にイヤになって、繋いでいた手を放した。
たくさんの周りの人がこちらを見てニヤニヤしていた。
和樹くんはアヤに、困惑した表情で何やら囁いた。
「・・・から・・・名前・・・」
「後で教えるから!もう、行こうよ!」
「絶対だよ。」
2人は手を繋ぐとお互いを見て微笑んだ。
そんな2人を見ると、胸がぎゅっとなった。
「和樹くん!・・・もう・・・風邪は大丈夫なの?」
私はホントに訊きたいことが別にあったハズなのに、こんなことしか言えなかった。
和樹くんは乾いた笑顔を浮かべた。いつもの優しさが感じられなかった。
「えっと、都築さん、迷惑掛けてごめんなさい。」
なんで名字呼びなの?
「仮病でした。一緒に働くの無理なんで、もうバイト辞めます。ゴメンなさい。
いままでホントにお世話になりました、ありがとうございました。」
和樹くんは丁寧に頭を下げた。
辞めちゃうの!
胸がぎゅっと、ぎゅっとなった。
「和樹くん!」
名前を呼ぶしか出来ない私に、また乾いた笑顔を浮かべた。
「お幸せに。」
「じゃあ、行こうか。」
和樹くんはアヤに親密な笑顔を見せると、2人は歩き出した。
「亜咲美・・・」
卑屈な笑みを浮かべた駿介が手を繋いできた。
いつもの格好良さが蒸発して無くなっている
彼と手を繋いでいる自分がひどく惨めに思えた。
楽しそうに歩いている和樹くんがこちらを振り返ることは無かった・・・
読んでくれてありがとうございます。
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