第83話「オムライス」
「オムライスが四つに、セットのリンゴジュースをお持ちしました」
如月さんと共に、同じく和服姿の女子達が注文したオムライスを持ってきてくれた。
どうやらケチャップで言葉を書いてくれるサービスもしてくれるようで、まぁこういうのは鉄板だよなぁと思いつつも、女子達に囲まれた状態でお願いするのもちょっと恥ずかしいなぁと苦笑いを浮かべていると、ケチャップを手にした如月さんがピタリとくっ付くように隣にやってきた。
「良太さんのは、わたしが描きます」
「え? いや、こういうのはちょっと……」
「描きます」
「あ、うん。ありがとう……」
働き者の如月さん。ここはケチャップで描いてくれる気満々のようだ。
まぁ今日は文化祭、こうやって接客する方も楽しいよなと思い直した俺は、だったらと如月さんに描いて貰うワードを考えることにした。
どうせなら、面白いワードの方が良いに決まっている。
ここは一つ笑いを取ってやろうと思いつつ、俺は他の三人の様子を確認する。
他の三人とも、他校の文化祭に来られているのがやっぱり楽しいようで、それぞれ接客してくれる女の子に思い思い描いて貰うワードを伝えていた。
しかし、そんな四大美女の三人は楽しそうにしているのだが、接客している女の子達は三人とも手がプルプルと震えているのが分かった。
それもそのはず、彼女達からしてみれば、相手は芸能人のような特別な存在。
それがたとえ同性だとしても、受けるプレッシャーは言われなくてもお察しだった。
ちなみに、楓花がオーダーしたのは『ケチャップ』。
理由は、それがケチャップだからケチャップらしい。
楓花らしいと言えば楓花らしい、謎のオーダーだった。
そして、星野さんがオーダーしたのは『竹中』。
竹中と言えば、星野さんと同じVtuberグループに所属するライバーの名前だ。
星野さんは嬉しそうに描かれたオムライスを写真に撮っており、これは絶対に配信のネタにするんだろうなぁと言われなくても分かった。
最後に、柊さんがオーダーしたのは『たのしい』。
今が楽しいから、『たのしい』らしい。
若干楓花と発想が同じ気がするが、そこには柊さんの今の感情がちゃんと籠められており、やっぱり楓花のそれとは違っていた。
楽しそうに微笑んでいるその姿が見られるだけでも眼福だった。
そんなわけで、やっぱり三者三様の個性を見せる三人。
描かされる方の、緊張の籠った作り笑いが若干痛々しくはあるが、それも含めて文化祭らしくて楽しめているようで何よりだった。
――さて、じゃあ俺は……。
そう考えていると、如月さんは勝手にオムライスに文字を描き出すのであった。
「え、俺まだ何も……?」
「タイムオーバー」
どうやら時間切れらしい。
まだそんなに経ってないとも思うけれど、まぁ他の三人より遅れてしまったのは事実だし、他のお客さんだっているのだ。
であれば、ここは如月さんが何を描いてくれるのか楽しむことにした。
しかし、俺は描かれた文字というか絵を見て、反応に困ってしまう……。
「えーっと、これは……」
「ハートです」
「あ、うん、そうだね……」
そう、如月さんがオムライスに描いてくれたのは大きなハートマークだった。
そんな、ケチャップたっぷりの主張の強いハートマークに、他の三人もすぐに気が付く。
そして、如月さんに何を描かせてるんだという、非難の視線が三つこちらへ向けられてくるのであった――。
俺が頼んだわけじゃないんだけどなぁと思いつつも、隣で悪戯に微笑んでいる如月さんを見ていたら、もう何も言えなくなってしまう。
普段は無表情なだけに、こんな風にも笑うんだなと俺も笑うしかなかった。
そんなわけで、如月さんの方が一枚上手だった愛情たっぷりのオムライスを頂くと、あまり長居をしても悪いし喫茶店をあとにすることにした。
手づくり故、お店で食べるものとはもちろん違うのだが、全てが生徒達の手作りというのが伝わってくるというか、雰囲気も相まって十二分に楽しむことが出来た。
――それに、お化粧して和服姿の如月さん、めっちゃ可愛かったしね。
色々と満足しながら、教室から出る。
すると突然、俺の腕が後ろから掴まれる。
驚いて振り向くと、腕を掴んできたのは如月さんだった。
何事かと思えば、少し頬を赤らめながら手にしたチラシのようなものを差し出してきた。
「――ん? なにこれ?」
「わたし、これに出るんです――」
少し恥ずかしそうに告げる如月さん。
出るって何にだろうと思って見ると、それはこの高校のミスコンのチラシだった。
つまり如月さんは、この高校のミスコンへノミネートしているということになる。
それは正直、意外だった。
如月さんの性格からして、絶対にこういう催しには参加しないタイプだと思っていたから――。
「何度も断ったんですけどね、みんながどうしてもお願いだから出てくれってしつこくて……」
「ああ、なるほど……。如月さんも大変だね……」
「うん……。でも、今ではちょっと楽しみでもあるんです」
「楽しみ?」
「はい、今日はみなさんが遊びに来てくれるから、結果はどうあれ楽しんでくれたら嬉しいです」
そう言って、恥ずかしそうにふんわりと微笑む如月さん。
その笑みもまた、普段は見せることのない自然な笑みで、それだけで周囲の人々をとても驚かせていた。
――なるほど、俺達を楽しませるためでもあるってことか。
だったら、俺達はその結果をちゃんと見届けなくてはならないだろう。
見れば他の三人も、興味深そうにそのチラシを見てお喋りしている。
――この四人が競い合ったら、どうなるんだろうな。
そんなことをちょっと考えてみたものの、俺はすぐに考えるのをやめた。
それはきっと、どういう結果に終わったとしても戦争が起きるに違いないから――。




