第81話「変化と期待」
今日はついに、文化祭当日。
わたし達のクラスは、喫茶店を出し物にすることとなっている。
とは言っても、簡単な軽食に、インスタントコーヒーや買ったジュース。
そんな、大して手間をかけずに用意できるものを提供するだけの簡単な喫茶店のため、特に準備をすることもなかった。
そんな、高校生になって初めての文化祭。
わたしは最初、この日が来るのがただただ憂鬱だった。
何故なら、主観的にも客観的にも、自分のことは自分が一番よく分かっているからだ。
だからわたしは、クラスのみんなが喫茶店という出し物を選んだ理由、そして周囲が自分に対して何を期待しているのかも全て分かっている。
みんな、自分のことを求めているのだと――。
そこにはわたしの意志など関係なく、ただ一方的に期待され、一方的に求められる。
だからわたしも、そんな状況に対して慣れが生まれていた。
みんなの目的を分かったうえで、上手く周囲をコントロールすればいい。
……けれどそれでも、やっぱり気持ちの良いものではなかった。
――当日、休んじゃおうかしら。
何が悲しくて、興味もない相手の接客なんてしないといけないのか――。
言ってしまえば、わたしはただの客寄せパンダ……。
そして何より一番期待しているのは、クラスの男の子達。
コスチュームに着替えたわたしの姿に、みんなが期待しているというのは言われなくても分かっている――。
そんな憂鬱な日々を過ごす中、わたしは彼に出会った。
他の四大美女を統べる、エンペラーと呼ばれる不思議な男の子。
最初は嫌悪感というか、自分の中で壁を作っていた。
それでも、彼と実際に会って話してみると、わたしの思い描いていた感じとは大きく異なっていた。
一番驚いたのは、わたしや他の四大美女相手でも、変わらず普通に接してくれるということ。
それは普通のことのようで、とても特別なことだった――。
他の四大美女と呼ばれる子達との関係もそう。
わたしは等身大のわたしとして、あの場でだけは普通でいられる。
そのことが、わたしにとってとにかく嬉しかった。
そんなみんなと過ごす時間は、知り合ってからまだそれ程経ってはいないけれど、それでもわたしにとって掛け替えのない時間であり、そして自分を変えてくれる時間でもあった。
そのおかげでわたしは、自分の中で確かな変化が生まれていることを自覚する。
そしてその変化の一つとして、わたしはみんなを文化祭へ誘ってみたいという欲求を抱くようになっていた。
これまでのわたしなら、絶対にそんなこと考えなかった。
お祭り騒ぎなんて、ただ面倒なだけ。わたしはただ、平穏無事に日々を過ごしたいだけなのにって――。
そんなわたしが、みんなと一緒に文化祭を楽しむ姿を想像してしまっているのだ。
普通の女の子として、文化祭を普通に楽しんでみたい――そんな欲求が、みんなといることで生まれてしまっているのであった。
だからわたしは、思い切って誘ってみることにした。
当然、断られる心配はあったし、自分から人を誘うというのがこんなにも勇気のいることだとは知らなかった。
けれどみんなは、快くお誘いを受け入れてくれた。
それがわたしは、本当に嬉しかった。
そして同時に、文化祭に良太さんも来てくれるというだけで、どこか浮かれてしまっている自分がいるのであった。
――こんな気持ち、本当に初めてだわ。
これまでずっと嫌悪感を抱いていた学校行事が、こんなにも楽しみになっているのだもの――。
その変化は、もう自分でもよく分からないものであった。
けれど一つ言えるのは、そこには「楽しい」という感情が確かに存在しているのだ。
だからもう、それでいい。
だってわたしにとって、この「楽しい」という感情はとても尊いものだから――。
そして、文化祭当日の朝。
いつもより早く起きたわたしは、普段は大して気にもしない身嗜みを少し意識する。
髪を櫛でとかしながら、鏡に映った自分の姿を確認する。
――今日はクラスの子達に、メイクもして貰うんだったわね。
メイクなんて、生まれてこの方一度もしたことがない。
だから自分が、メイクをすることでどんな風に変わるのか、興味がないと言えばそれは嘘になる。
そしてメイクをした自分の姿に、あわよくば彼が喜んでくれたらいいなという期待が生まれていた。
他の四大美女の三人は、自分から見ても驚くほどの美少女達。
わたしが彼女達に勝るなんて、それは全くもって容易なことではないと思えるほどに――。
だからこそ、わたしはわたしに期待する。
未だ見ぬおめかしをした自分であれば、彼の気を少しでも引けるんじゃないかって――。
そんなことを考えながら、鏡に映る自分の姿をもう一度確認する。
するとそこには、ほんのりと頬を赤らめる自分の姿が映し出されていた。
――やだ、赤いわ……。
咄嗟に両手で自分の頬を抑える。
そして気持ちを切り替えるべく、顔を洗ったわたしは自分に気合を入れる。
――よし、大丈夫!
そして支度を終えたわたしは、予定より早い時間に家を出る。
玄関を開ければ、空には雲一つない青空が広がっていた。
そんな、絶好の文化祭日和。
何はともあれ、今日は自分にとって良い思い出として残るような一日にしよう――。
そう思いながら、わたしは柄にもなく弾むような足取りで歩き出すのであった。




