第68話「それぞれの想い」
【如月さん視点】
――まぁ、悪い人じゃないわよね。
部屋で一人、勉強机に向かいながらついそんなことを考えてしまう。
ちなみにこれで、三回……いや、四回目だろうか。
勉強に集中しようにも、柊さんの別荘へ遊びに行ったあの日のことを気が付くと思い出してしまう。
そして最終的には、あの場にいた唯一の男のことに意識が向いてしまっているのであった。
最初は、エンペラーとか何を言っているのという感じだった。
けれど、共に過ごしているうちに彼の魅力……じゃなくて、良いところに気が付くようになった。
浮世離れしたわたし達、四大美女と呼ばれる存在相手にも普通に接してくれる、言わば唯一の同年代の男の子。
それは他のみんなと同じく、わたしにとっても嬉しいことだった。
接しやすい彼のおかげで、普通の女の子として会話出来ることが楽しみになっている自分がいるのであった。
それはきっと、彼の持つ優しさも一因なのだと思う。
適当なようで、ちゃんとみんなのことを見てくれている彼。
あの日のBBQだって、火傷をしそうになったわたしの手を氷で冷やしてたし、他にも常に周囲に気を使ってくれているのが分かった。
一つ一つは些細なことなのかもしれないが、だからこそそれって中々スマートに出来ることではないし、そういうところは素直に良いなと思えるのだ。
そんな風に、私に対してただの親切心で接してくる存在は彼が初めて。
この特徴的な容姿のおかげで、物心ついた頃から何かと目立ってしまっていたわたしにとって、それはとっても貴重なこと。
きっとこれは、他の三人も似たようなことを思っているはずだ。
わたしの目から見ても、特別言わざるを得ない圧倒的な美少女達。
彼女達は見た目こそぞれぞれ違った魅力を持つが、それでも境遇とか考えとか、そういう部分では近しいものが沢山あるということを、わたしはカフェでの集まりや別荘で遊ぶ中で知ることが出来た。
そして、知れば知る程、残念ながら対等な対人コミュニケーション能力というか、経験に欠けているわたし達だけではこの繋がりはなかったと思える。
普通のお友達と接する術を知らないわたし達が、自発的に誰かと仲良くなれるかと聞かれれば、もちろん答えはノーなのだ。
じゃあなんで最近行動を共にしているのかと言えば、それはやっぱり彼の存在が大きいからだ。
いつも彼がいてくれるからこそ、チグハグで個性の塊みたいなわたし達でも一緒に居られるのだ。
――だからまぁ、悪い人じゃないわよね。
あ、駄目だ。これで五回目……。
勉強しないといけないのに、今日のわたしはふとした時にこんなことをグルグルと考えてしまっているのであった。
わたしは机に置かれた卓上カレンダーに目を向ける。
そこには、来月の週末に書かれた花丸が一つ。
そう、実はこの日、わたし達の高校では文化祭が控えているのだ。
他校に比べると、早いタイミングでの文化祭。
そして他校の生徒でも、わたし達在学生からの招待状があれば来るのは可能……。
「別に渡す相手もいないし、誘って、みようかしら……」
そうぼんやりと呟いたわたしは、そのままスマホを手にする。
そして普段送ることのない相手に向けて、少し緊張しながらメッセージを入力する。
『昨日はありがとうございました』
まずは昨日のお礼をして、それから……。
こうしてわたしは、人生で初めて自分から異性を誘ったのであった――。
◇
【星野さん視点】
「うう……そろそろ配信準備、やらなきゃ……」
ベッドから上半身を起こしたわたしは、鉛のように重たい身体にげんなりしながら一度伸びをする。
時計を見ると、十八時半前。
配信予約は十九時半からで告知しているため、今から急いで準備をすれば全然間に合う時間だ。
しかし、わたしの身体は中々動かない。
もちろん、配信をするのは大好きなのだが、昨晩は考えごとしていたらうまく寝付けず、その結果こんな夕方に仮眠を取るという、完全に生活リズムに乱れが生じてしまっているのであった。
じゃあ何を考えていたのかと言うと、それはこの間の柊さんの別荘へ遊びに行ったあの日の思い出だった。
あの日は、とにかく楽しかった。
普段引っ込み思案なわたしだけれど、あの日はお友達と自然に楽しむことが出来た。
最近一緒に行動することの多くなった、同じく四大美女と呼ばれる彼女達と過ごす時間は、今ではわたしにとってかけがえのないものになっている。
そんな彼女達と一緒に、BBQをしたりババ抜きで遊んだり、それから一緒にお風呂へ入った経験は本当に楽しかった。
あの日のことを思い出すだけで、ついにやけてきてしまう程に。
でも、それだけじゃないのだ。
やっぱりあの日、良太さんが一緒にいてくれたことが、わたしは何よりも嬉しかったのだ。
移動中、隣の席になれたのは嬉しかった。
一緒にお菓子を食べながら会話をするのは楽しかったし、時折車の揺れで肩が触れ合う度に実はドキドキした。
それはババ抜きの時もそうで、良太さんの肩を揉むのは嬉しかったし、実際にずっと触れていられるあの時間はもっともっとドキドキした。
――わたしって、SかMで言うと、やっぱりMなのかな……。
そんなことを考えるだけで、自然と口角が上がってしまっていることに気付いた。
それ程までに、やっぱりわたしにとっては楽しい思い出になっているという表れだろう。
段々身体が目覚めてきたわたしは、ようやく配信用のPC机へと移動する。
でも、考えるのはこれから行う配信のことというより、気が付けば良太さんのことばかり。
「――今日も配信、見てくれるかな」
見てくれてたら、嬉しいな――。
よし! 今日も良太さんに笑って貰えるように、配信を頑張ろう。
星野桜――そして、桜きらり――。
Vtuberであるわたしと、四大美女と呼ばれる普段のわたし。
わたしには、そんな二つの顔がある。
良太さんは、桜きらりのファンでいてくれてるし、それにきっとわたしの容姿だって嫌いじゃない……はず。
だからこの二つの顔は、わたしにしかない武器なのだ。
他の子達は、わたしから見ても全員超が付くほど可愛い。
二次元の世界から飛び出してきても敵わないような、それはもうチートかってぐらいの美少女達。
だからわたしは、これまで以上に頑張らなければならないのだと決心する。
――よし、まずは今日の配信がんばるぞ!
気持ちを入れ直したわたしは、パソコンの電源ボタンを押した。
きっと配信を見てくれる良太さんに少しでも楽しんで貰うべく、これまでで一番楽しい配信をしてやろうと心に誓いながら――。




