第67話「礼儀」
家に帰った俺は、昼間をのんびり過ごしたあと、普通に晩御飯を済ませシャワーを浴びる。
そんな日常に戻ることで、柊さん家の別荘で過ごした時間が特別だったことを実感する。
本当に濃密な時間だったよなと思いながら、シャワーから上がった俺は自分の部屋で横になり寛いでいる。
思い出すのは、この町で四大美女と呼ばれる彼女達のプライベートな姿。
楓花はともかく、彼女達は周囲から常に注目を浴び続けているような存在なので、別荘の時のようなありのままの姿を見る機会というのは滅多にないと言える。
……本当に、楓花はともかくとして。
だからこそ、昨日のようにありのままの感じで楽しんでいる彼女達の姿を見ていられたのは、純粋に良かったなと思う。
柊さんも、星野さんも、そして如月さんもみんなが楽しそうにしていてくれたのが、別に自分の功績というわけでもないけれどとにかく嬉しかった。
パァーン!
そんなことを考えていると、いきなり俺の部屋の扉が勢いよく開けられる。
しかしもう、俺は驚かない。
すっかり慣れたものというのもおかしな話だが、実際慣れてしまっている自分がいるのだから仕方ない。
こうして人の部屋の扉を断りも無く開けて入ってきたのは、言うまでも無く妹の楓花だった。
昨日は一応あれでも気を張っていたのだろう、今日はいつものジャージにメガネとお馴染みの干物スタイル全開だった。
そして、牛乳とお菓子を両手に持ってやってきた楓花は、当たり前のように机の上にぶちまけると「よいしょっと」と言って座って寛ぎだす。
「あ、お兄ちゃんも食べていいよ」
「いや、家かよ」
いや、家なんだけどさ。これは精神的な話だ。
完全に我が物顔で寛ぐ楓花は、部屋のクッションを縦に並べると、その上で横になりながら腰の辺りをボリボリかくその姿は、完全に大人を通り越してオジサンのようだった……。
「で、今日は何しに来たんだ?」
「え? 別に何も」
「何もないけど来たのか」
「うん、昨日は一緒に過ごした仲じゃない。人がいなくなって寂しいかなと思って、このスーパー可愛い妹が遊びに来てあげたんだよ」
感謝して欲しいもんだね全くと、何故か呆れる楓花。
そんな自由過ぎる妹に、俺の中のイライラバロメーターが徐々に上がって行くのは最早言うまでもない。
「いや、必要ないから」
「まぁまぁ、いいのよ別に。大船に乗った気持ちでいてくれてさ」
何が大船だ。泥船――とまでは言わないが、せいぜいアヒルボートの間違いだろう。
こんな妹が、昨日は彼女達に引けを取らない美少女に見えたのは、やっぱり気のせいだったに違いない……。
そんな楓花に呆れていると、スマホに一件のメッセージが届く。
「ん? 如月さんだ珍しい」
そのメッセージはなんと如月さんからのもので、普段連絡を取っているわけでもない如月さんからのメッセージに驚いた俺は、つい呟いてしまう。
そんな俺の呟きを聞き逃さなかった楓花は、ガバッと俺の方を向くと、そのまま起き上がって人のスマホを覗き込もうとしてくる。
「おい、やめろ! プライバシーの侵害だぞ!」
「うるさい! 兄妹だから関係ないの!」
「何だよめちゃくちゃ言うな! おい、マジでやめろ!」
純度100パーセントの理不尽を口にしながら、人のスマホに手を伸ばしてくる楓花。
しかし、これは俺だけでなく如月さんのプライバシーだってあるのだから、当然スマホを見せるわけにはいかない俺は、楓花のデコを掴んで引き離す。
そして、隙を見て片手で送られてきたメッセージを素早く確認すると、それは何てことはない昨日はありがとうというお礼のメッセージだった。
「昨日はありがとうってよ。礼儀正しくていい子だよな、お前と違って」
「はぁ? わ、わたしだって礼儀正しいし! 歩く礼儀だからっ!」
勝手に人のスマホを見ようとする楓花に嫌みを言うと、何故か張り合い出す楓花。
最近の楓花は、何だか以前にも増して負けず嫌いが悪化しているような気がする。
まぁそれはともかくとして、人のスマホを勝手に見ようとしながら語る礼儀とは何なのか小一時間問い詰めたくなってくる。
「ふーん? じゃあ見せてくれよ、その礼儀とやらを」
「いいでしょう。本当は講習代を頂きたいところだけど、特別に今回は無料で見せてあげましょう」
そう言うと楓花は、自信満々に立ち上がると、何を企んでいるのか足早に自分の部屋へと戻って行った。
パァーン!
そして十分ちょっと経っただろうか、再び部屋の扉を勢いよく開けて戻ってきた楓花。
やれやれ、今日は何だよと呆れながら振り向くと、俺はそのまま驚きで固まってしまう――。
「――お前、何やってるんだよ」
「何って、礼儀だよ」
俺が驚いているのに気を良くしたのか、そのままベッドに腰掛ける俺のもとへ近付いてくると、そのままくっつくように隣に座ってくる楓花。
まぁそのぐらいなら正直気にもならないのだが、今の楓花相手にはそうもいかなかった――。
「いや、お前――その格好は――」
「ふふん、どう? 可愛いでしょ?」
「可愛いっていうか、なんでお前はそんなもん持ってるんだよ……」
そう、一体いつ手に入れたのか、部屋に戻ってきた楓花は何故かナースのコスプレをして戻ってきたのであった――。
純白のミニスカートの白衣から、白く透き通るような長い足が覗く。
その姿は、雑誌やネットで見るコスプレ写真なんて目じゃないほど、物凄く様になっていた――
「そ、その格好の何が礼儀なんだよ……」
「何って、男の子に対する礼儀だよ――どう? ドキドキする?」
俺を試すように、耳元でそんな言葉を囁いてくる楓花は、妹なのにちょっと艶めかしくすら感じられた。
さっきまでジャージ姿で完全に干物だったというのに、まさに馬子にも衣裳。
さっきまでとは雰囲気はまるで異なり、妹相手だというのにドキドキしてしまっている自分がいた。
「……分かった、降参だ。だからもう着替えてこい……」
「うふふ、降参ってなぁに? お兄ちゃん♪」
完全に気を良くした楓花は、面白がっている俺のことを揶揄ってくる。
そして焦る俺を手玉に取るように、更に身を寄せて魅了しようとしてくるのであった。
両腕をきゅっと寄せたせいで、胸元からは谷間まで覗く――。
「目のやり場に困るんだよ……。その、刺激強いから……」
「刺激?」
「ああ、だからそんな格好、他の男の前では絶対にするなよ……」
これでも、大切な妹なのだ。
そんな妹のこんな姿が世間に知られたら、きっと大変なことになるのは言うまでもない。
それに、どこの馬の骨化も分からない野郎に、こんな楓花の姿を見られるのは何だか物凄く癪なのだ。
「……う、うん。分かった。着ない着ない」
「ほ、本当か?」
「うん……着ない……お兄ちゃんの前だけ……」
そう言って、急にしおらしくなってすっと身を引き離す楓花。
その顔は、リンゴのように真っ赤だった。
「……なんでお前が照れてるんだよ」
「う、うるさいっ! き、着替えてくるっ!」
そう言って立ち上がると、自分の部屋へとまた戻って行く楓花。
結局、何がしたかったのか最後まで謎だったが、妹のコスプレ姿にドキドキしてしまうなんてなと自分に呆れつつも、俺は自分の妹の魅力と破壊力を改めて思い知らされたのであった――。




