第44話「柊麗華」※柊視点
中学時代のわたしは、毎日がとにかく退屈だった――。
それは別に、周りの子達と仲が悪かったとか、何か特定の問題を抱えていたというわけではない。
むしろ周りの人達はみんな、わたしに対して敬ってくれてさえいた。
けれどわたしは、ずっと退屈だった。
物心ついた頃から、わたしは自分の持つ容姿が理由で、周囲の男の子も女の子も関係なく、一定の距離を置かれるようになっていた。
今思えば、その違和感を自覚したその時から、わたしのこの退屈は始まっていたのだと思う。
中学生にもなると、周囲は色恋に関する話題が広がるようになっていた。
その結果、何人もの男の子が、わたしに対して愛の告白をしてくることが多くなった。
けれど、わたしはその全てを断り続けた。
いつもわたしに対して一定の距離を置いている人達が、何故改まって告白なんてしてくるのかが、わたしにはよく分からなかった。
そんな環境は、わたしにとって辛いものになる。
告白をお断りをする度に、お相手の悲しそうな表情を見せられることで心が痛むからだ。
自分はまた人を傷つけているんだなと、罪悪感が心を蝕んでいく。
けれど、だからと言って受け入れるつもりもないわたしは、その痛みは断る自分の負うべき責任なのだと受け止めながら、告白されてはお断りする日々を過ごしていた。
そんなある日、わたしは一つの噂話を耳にする。
どうやらこの町に、『三大美女』と呼ばれる存在が現れたのだと。
しかもそれは、全員が自分達と同い年なのだという。
コソコソ話しているつもりなのだろうけれど、聞こえてくるそんなクラスメイト達の会話にこっそり耳を傾けていると、それにはどうやら自分も含まれているのだと分かった。
北中の大和撫子――どうやらそれが、わたしについた二つ名みたいなものらしい。
幼い頃から、お手入れを欠かしたことのないこの黒のロングヘア―。
どうやらここから、誰が言い出したのかわたしは大和撫子と名付けられたらしい。
こうして、あっという間に裏では大和撫子と呼ばれるようになったわたし。
それははっきり言って、居心地のいいものではなかった。
そして元々あった周囲との距離感は、更に広がっているようにも感じられた。
でも、そんな中でわたしには、一つの希望も生まれているのであった。
それは、わたしがその三大美女の一人だと言うのならば、恐らく同じ境遇の女の子が他にも二人存在するということだ。
南中と東中に、一人ずつ存在するとされる同じ境遇の女の子達。
わたしはその、未だ見ぬ美少女が一体どんな女の子なのか、いつか実際に会える日が来るのを楽しみに思うようになっていた。
◇
中学を卒業したわたしは、晴れて四月から高校生となる。
中学時代は、結局最後まで相変わらずだった。
周囲との距離感は埋まるどころか広がる一方で、告白される機会も最後まで途絶えることはなかった。
卒業式当日は、まさか五人の男の子に同時に告白されるとは思っていなかったため、それには流石に少し驚いてしまった。
彼らとしては、きっとこれが最後のチャンスだと思い行動したのだろう。
けれどわたしからしてみれば、そこに覚悟があろうがなかろうが、結局は同じよく知らない人達――。
どうして彼らは、そこまでしてわたしに近付こうとするのか――。
そしてそれならば、何故普段からもっと近付いて来ようとしないのか、わたしにはそれがよく分からなかった。
こうして卒業するその日までも、わたしは彼らの残念がる表情に心を痛めながら、中学を卒業をしたのであった――。
きっとこれは、高校生になっても同じであろうことは何となく分かっている。
しかも、高校という新たな環境に身を置くことになるのだから、きっとまた注目を浴びてしまうであろうことも……。
それでもわたしには、一つだけ楽しみなことがあった。
それは、三大美女改め四大美女と呼ばれる女の子のうちの一人が、どうやら同じ高校へ入学してくるという情報を掴んだからだ。
その存在を知ってから、ずっとお会いしてみたいと思っていたけれど、結局これまで一度も会うことのなかった存在。
だからこそ、わたしはその同じ四大美女と呼ばれる子が一体どんな人なのか、早く会ってみたくて仕方がなくなっていた。
思えばこれまでの人生において、ここまで何かに興味を抱いたことがあっただろうか。
一体どんな容姿をしていて、どんな性格なんだろう……。
そんなことを考えるだけで、入学する日が来るのが楽しみで仕方がなかった。
これではわたしに対して、好奇の目を向けてくる人と考えていることは同じじゃないかと、そんな間抜けな自分に少し笑えて来てしまう。
それでもわたしは、期待せずにはいられなかった。
もしかしたら、その子となら本当のお友達にだってなれるんじゃないかという、淡い期待を抱きながら――。
◇
そして、入学式当日。
わたしは檀上で、新入生代表の挨拶を任される。
予め用意した文章を卒なく読み終えると、最後に周囲を見渡す。
流石にこの距離では、どこに例の四大美女と呼ばれる女の子がいるのかは分からなかった。
まぁ焦らずとも、すぐにその存在も分かることでしょうと気持ちを切り替えたわたしは、ゆっくりと檀上から降りる。
そして元いた席へ向かって歩いていると、周囲からの視線がこちらへ向けられていることに気が付く。
向けられるその視線は、やはりどれもが好奇の視線。
もう慣れたものではあるが、それでも居心地の悪さを感じずにはいられなかった。
出来ることなら、平穏無事に三年間を過ごしたい――。
そう願いつつも、それは中々難しい願いであることを、入学早々に痛感させられるのであった――。
期待から落胆。
そんな感情の変化に、気持ちがずっしりと重たくなっていく。
思わずため息をついてしまいそうになりつつも、わたしは気を取り直して顔を上げて自分の席へと向かう。
しかし、その時だった――。
新入生の集団の中に、明らかに一人だけ周囲と異なる雰囲気を放つ女の子が一人混ざっているのが視界に飛び込んでくる。
栗色のふんわりした髪に、透き通るような白い肌。
そして、その彫刻のように整いすぎた横顔には、一目向けただけで吸い込まれてしまいそうになる魅力が感じられる――。
……なるほど、たしかに周囲が四大美女だというのも頷ける。
彼女は周囲に紛れながら、退屈そうに下を向いて座っている。
けれど、ただそれだけでもこれだけ絵になっているというか、どこか儚げに見えてしまう。
西中の大天使様――。
誰に言われなくても、その容姿から彼女がその人だと分かってしまう。
その二つ名のイメージ通り……いや、それすらも軽く上回ってくるような彼女の姿に、わたしは何故か期待以上に不安な気持ちが心に広がっていることに気が付く――。
――あんな子と、本当に仲良くなれるのかしら……?
一人だけ明らかに異なるオーラを放つ美少女――。
そんな特別な彼女を前に、わたしはついそんなことを考えてしまったのだ。
しかしその感情は、残念ながらわたしがこれまで向けられ続けてきた感情と全く同じ――。
人を見た目で判断することを人一倍嫌って来たはずなのに、同じことを考えてしまっていたのだから本当にどうしようもない。
――わたしも、頑張らないと駄目よね。
そう決心したわたしは、勇気を出して彼女と接触してみることを心に誓う。
それはもう、同じ四大美女だからとかそういう理由ではない。
わたしは単純に、一目見ただけでここまで衝撃を与える彼女の存在に、すっかり興味を抱いてしまっているのだ。
わたしが同じ四大美女だなんて、なんと甚だしい――。
思わず自分で自分を鼻で笑ってしまいたくなる。
それ程までに、同じ高校へ入学してきたもう一人の四大美女と呼ばれる彼女は、わたしの目から見てもあまりに特別な存在なのであった――。
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