第39話「Fランク」
俺がエンペラーと呼ばれるようになった日、初めての昼休みがやってきた。
――いや、誰がエンペラーやねん。
全く、変なあだ名つけやがってと不服に思いながらも、それでも今日もいつも通り晋平と一緒に弁当を食べる。
口は悪いが、悪い奴じゃないからな。
しかし、そんな俺達のもとへ、最早当たり前のように楓花と柊さんの二人がお弁当片手にやってくるのであった。
「何で先に食べてるかなぁ?」
先に弁当を食べている俺達を見るや否や、楓花は不満そうに文句を言いながら当たり前のように隣の席へと腰かける。
一応ここは上級生の教室だというのに、こいつには恐れとか遠慮といった価値観は持ち合わせていないのだろうか……。
「お隣、失礼しますね」
「あ、ああ、どどど、どうぞ!」
そして柊さんも、晋平に断りを入れて隣の席に腰掛ける。
結果、もうそれだけですっかり舞い上がった晋平は挙動不審になってしまっていた。
一言会話を交わしただけでこれである。
こうして今日も、お馴染み四大美女の二人が弁当を片手に、俺達の教室へとやってきたのである。
何でわざわざ上級生の教室へ来るんだと問いかければ、二人きりだと食べ辛いからいいでしょと、さも当然のように言う楓花。
食べ辛いって何だよと思ったが、一年生の教室でこの二人だけで弁当を食べている姿を想像すると――うん、まぁそれは確かに大変そうだな。
ここであれば、隣に俺がいる事で丁度良い男除けにもなっているのだろう。
「いつもお邪魔してしまい、申し訳ありません。でもわたしも、こうしてみなさんと一緒にお昼を過ごせるのは楽しいです」
「あ、うん。柊さんがそう言うなら、まぁ別に構わないと言うか……な、なぁ晋平?」
「お、おう! おおお、俺はいいと思うでございますよ!」
ハハハハと笑い合う俺達。
別に柊さんのように言ってくれれば、俺達だって構わないというか、基本的にウェルカムなのだ。
そもそも、こんな美少女と一緒に弁当を食べられるだけで御の字なのだから。
しかし、隣の楓花は何故か不満そうに俺のことを睨んできた。
「な、なんだよ?」
声をかけるも、楓花は不満そうにしたまま答えない。
そして答える代わりに、みんなから見えないように俺の足を思いっきり踏んでくるのであった。
「い、いてーなオイ! なんだよ!?」
「ふんっ」
すっかりご機嫌斜めな楓花は、全く聞く耳持たずといった感じでそっぽ向く。
そんな、今日も下らない兄妹喧嘩をしていると、柊さんはそんな喧嘩する俺達のことを見ながら面白そうに微笑んでいた。
「本当に、お二人とも仲が良いですよね」
「いや、そうでもないけどね」
「は? 何よそれ」
不満そうにまた足を踏んでくる楓花。
こうして俺は、この昼休みの間だけで計五回足を踏まれたのであった。
◇
下校の時間になった。
いつも通り、楓花と柊さんの二人がうちの教室までやってくる。
もちろんそれは、今日も一緒に帰るためだろうけれど、生憎今日はこのあと予定がある俺は、一緒に帰れないと二人に断りを入れる。
何があるのかと楓花は不満そうに聞いてくるのだが、俺にだってプライベートの用事の一つや二つ入ることだってあるのだ。
そのため適当に答えをはぐらかした俺は、楓花から逃げるように小走りで立ち去ることにした。
ちなみに今日は、これからとある喫茶店に向かわなければならない。
何故なら、今日の昼休みの終わる直前、一件のメッセージが届いたからだ。
『今日の放課後、相談したいことがあります』
それは、星野さんからのメッセージだった。
今俺が一番推しているVtuber本人からの相談ごとと聞いて、それを無視できるはずがなかった。
だから今日は、二人には少し悪いなと思いつつも、俺は尾行されていないことも確認のうえ、急いでカフェへと向かうのであった。
◇
カフェの一番奥の席、そこにはもう星野さんの姿があった。
俺がやって来たことに気が付くと、星野さんは恥ずかしそうに小さく手を振りながら迎えてくれた。
その姿はやっぱり可愛くて、俺はこれからこんな美少女と二人きりなのかと思うだけで、同じく緊張と気恥ずかしさを感じてしまう。
「すみません、今日はありがとうございます」
ほっとするように微笑む星野さん。
周囲を見回せば、ここに星野さんが一人座っているだけで周囲の視線を浴びてしまっているのが一目で分かった。
だからこそ、俺が来たことに安心したのだろう。
しかし、周囲が思わず視線を送ってしまうような美少女が、一体俺に何の相談があるんだろうかと、俺はドキドキしながらも星野さんの言葉を待った。
「えっと、早速相談なのですが――っと、その前にこの間は本当に配信に来てくれていましたよね。ありがとうございます」
「え? ああ、うん。竹中とのやり取り凄く面白かったよ。昆布オチは最高だった」
「そ、そうですか? なら良かったです」
今思い出しても、最後に竹中とお互い謝りながら諸悪の根源である昆布をマグマに投げ込むシーンは笑えてくる。
その部分の切り抜き動画は既に十万再生を超えており、SNSでもちょっとしたバズまで起きている。
しかしその張本人が、まさかこんな美少女で、しかも配信の時のテンションが嘘みたいに、お淑やかな子だなんて誰も思いもしないだろう――。
「そういえば、何だか途中たけのこさんのコメントが変わったような気がしたんですけど、気のせいでしょうか」
「ああ、そうだごめん。あれは妹が俺のパソコンを勝手にいじってコメントしてたんだよ」
「え、い、妹さんと一緒に見てたんですか?」
「ああ、うん、あいつ勝手に人の部屋に来てさ」
困った妹なんですと俺が答えると、何故だか星野さんは微妙な表情を浮かべる。
そんなリアクションに焦った俺は、慌てて話を元に戻す。
「ごめん、脱線したね。それで相談って?」
「あ、ああ、そうでした。――えっと、その、大したことではないのですが、今度事務所の集まりがあるんです」
「集まり?」
「ええ、今所属してるVtuber事務所のライバー達が集まって、ミーティングっていうんですかね。運営さんも交えて、今後の活動をみんなで集まって話し合う場があるんです」
「な、なるほど」
今きらりちゃんが所属している事務所には、総勢二十名のライバーが所属しており、ロリっ子キツネキャラから竹中みたいなオジサンキャラまで幅広く所属している。
それらの中の人はどんな人かなんて当然分からないし、だからこそそんなところにこの四大美女とも呼ばれる美少女が加わるというのは、正直俺でもどうなるかなんて全く想像ができなかった。
「――もうご存じの通り、わたしってただの内弁慶で、対人スキルがFランクのクソ雑魚じゃないですか」
「いや、クソ雑魚ってそんな……」
「いいんです。もしわたしが冒険者なら、最低ランクのナメクジなことぐらい分かっています。だから、その……もし宜しければ、風見さんにご協力頂ければなぁと思いまして……」
冒険者の下りはよく分からないけれど、星野さんの言いたいことは大体分かった。
要するにその集合の前に、星野さんにとって恐らく唯一の同世代の男性の知り合いである俺と、事前に会話の練習をしておきたいということだろう。
しかし、配信ではあれだけ竹中にも体当たりで悪戯しまくるきらりちゃんが、裏ではこんなに人見知りというかおどおどしている子だなんて、ライバーのみんなでもきっと想像しないだろう。
でもまぁ、他の大手事務所に所属するVtuberにも、普段は明るいけど実際会うとコミュ障発揮してしまい、帽子が無いと人とお喋りができない子もいるみたいだし、裏と表でキャラが違う人って結構多いのかもしれない。
そういう意味では、うちの妹なんか良い例だしな……。
「うん、まぁそういうことだったら、俺で良ければ協力するよ」
「ほ、本当ですか!? あ、ありがとうございますっ!!」
まぁ断る理由も無いし、正直星野さんとは趣味も合うからまた話してみたい気持ちもあったのだ。
それに、俺がオーケーしただけでこんなにも喜んでくれているのだ。
だったらもう、俺にやれることならば何でもしてあげたくもなってくる。
こうして俺は、事務所の集まりまで時間もあまりないという星野さんのため、今日からお互いの予定が合う日には、こうして会って会話の練習をする仲になったのであった。
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