第37話「配信」
昼ご飯を食べ終えた俺は、それから少しだけ仮眠を取ったあとにテスト勉強していると、あっという間に晩御飯の時間になっていた。
少し前にご飯を食べた気がするのだが、確かに時間は経っており、空いたお腹を満たすためそのまま晩御飯を家族仲良く済ませる。
そして晩御飯を食べ終えた俺は、一度時間を確認する。
――十八時五十分か。よし、まだ間に合うな。
そう思いながら、足早に部屋へと戻った俺はPCを起動させる。
今日は偶然お店であった星野さんこと桜きらりちゃん。
帰り際に、今日の十九時から配信をすると直接宣伝されてしまっては、古参ファンのたけのことしては配信に遊びに行かないわけにはいかないだろう。
俺は桜きらりちゃんのチャンネルページを開き、配信が始まるまでモニターの前で待機する。
すると、そんな俺のスマホに一件のメッセージが届く。
『今日はありがとうございました! 今から配信始めますよ!』
そのメッセージが届くのとほぼ同時に、桜きらりちゃんの配信がスタートするのであった。
『おはきらりー! 今日はマイスペやってくよー! 今日こそは、わたしの城を建てるのだ!』
今日も元気よく、人気Vtuber桜きらりちゃんの配信が始まる。
それは本当にいつも通りなのだが、配信が始まる直前にメッセージが送られてきたという非現実的な出来事に、俺は何故だかドキドキしてしまう。
とりあえず俺は、星野さんへ配信観てるよと返事をし、それから気を取り直していつも通り配信を楽しむことにした。
マイスペとは、『マイスペースクラフト』というゲームの略称で、オープンワールドで資材を集めて好きに建築が出来る人気ゲームである。
きらりちゃんの所属する事務所は、ライバーのためこのマイスペの共有サーバーを用意しているため、そこで同じ事務所のライバー達が自由に建築して楽しむ事が出来る環境となっている。
ちなみに前々回のマイスペ配信では、きらりちゃんが同じ事務所の竹中勉という料理人オジサンVtuberが頑張って作った魚市場を、計らずも偶然現れたモンスターにより爆破して壊してしまうという大惨事を起こしてしまい爆笑を生んだ。
そして前回の配信では、その竹中と一緒に魚市場復興作業の労働者として扱き使われるという、面白配信を届けてくれた。
終始平謝りするきらりちゃんと竹中、二人の掛け合いはやっぱり面白くて、言葉では謝っているけれどちっとも反省していないきらりちゃんが、最終的に完成したニュー魚市場を昆布まみれにして逃げ出した流れは、オチとして完璧だった。
まさか、こんな悪ふざけの天才であるきらりちゃんの中の人が、普段はあんなに控えめでおっとりとした美少女だなんて、絶対に誰も思わないだろうなと思いつつ、俺はチャットにコメントしてみることにした。
まぁ既に二万人ものリスナーが集まっているため、書いたところで拾われる事は無いだろうけれど、一応ちゃんと観てるよという意味も込めて。
『おはきらりー! この間の昆布どうなった?』
そんな、前回の配信に絡んだ何気ないコメント。
しかし、無数に溢れるコメントの中から、きらりちゃんは俺のコメントを拾ってくれたのである。
『あっ――ああ、昆布どうなったって? そうだね! じゃあ最初に魚市場見に行こうかな!』
ん? なんだ今の反応――?
もしかして、俺のコメントだから拾ってくれた、のか――?
それならば、よくこんな猛スピードで流れるコメントの中から拾えたなと感心しつつも、あまり配信の邪魔しても悪いと思った俺は、それから暫くコメントはせず配信を楽しむ事にした。
こうして、スタートしたマイスペ配信。
ゲームを起動したきらりちゃんの配信画面に映ったのは、部屋一面に広がる昆布だった――。
『はっ? えっ? なにこれ!? 部屋が全部黒いんですけどぉー!?』
部屋中に敷き詰められた無数の昆布により、元々ピンクを基調にした可愛いきらりちゃんの部屋が、昆布色一色に変えられてしまっているのであった。
これは間違いなく、竹中による魚市場の仕返しだろう。
部屋を昆布塗れにされ、早速城の建築どころじゃなくなってブチギレるきらりちゃん。
開始早々、今日もキレ芸は絶好調。
リスナーもリスナーで、そんな怒り狂うきらりちゃんを擁護するコメントは一つもなく、全員「元はと言えばきらりが悪い」で統一されているのも、生配信の面白さの一つだろう。
「お兄ちゃん、何一人で笑ってるの?」
そんな配信に一人笑っていると、また勝手に部屋に入ってくる楓花。
もうこの妹には、プライバシーとか個人の部屋とか、そういう概念は完全に失われているようだ。
「今配信観てんだよ。今日も神配信の予感しかしないから、邪魔しないでくれ」
「ふーん、じゃあわたしも一緒に観る」
そう言うと楓花は、あまり興味無さそうにしながらもクッションを手に取り、そのまま俺の隣に置くと隣にくっつくように座ってきた。
「これ、何やってるの?」
「ああ、マイスペ知らないか?」
「見た事はあるけど、よく分からない」
「そうか、まぁ見てればそのうち分かるさ」
こうして俺は、文句を垂れながらも昆布の撤去作業に勤しむきらりちゃんの配信を、何故か妹と一緒に観ることになってしまった。
正直こういうのは、一人で観たい。
けれど、自分が面白いと思っているコンテンツを、他の誰かに知って欲しいという欲求もあるため、これを機に楓花もこの楽しさを知ってくれたならちょっと嬉しかったりもする。
そんな事を思いながら配信を見ていると、遅れて竹中がマイスペへログインしてくる。
それに気付いたきらりちゃんは、慌てて竹中と通話を繋いで呼び出すと、竹中と殴り合いの喧嘩を始める。
そんなきらりちゃんと竹中は、今日も変わらない面白さがあった。
「――ふーん、たしかに面白いね」
「お、楓花も沼に落ちたか」
「そういうわけでもないけど……ねぇ? これさ、ここにコメント書けばみんなみたいに書き込めるの?」
良かった、楓花も楽しんでくれてるようだと安堵したのも束の間、楓花の興味がチャットのコメント欄へと移る。
しかし、当然このPCでログインしているのは俺のアカウントのため、変なコメントをされても困る。
「まぁそうだけど、書き込むのはやめてくれよ」
「え? どうして?」
「それはその……ほら、俺のアカウントでログインしてるから」
「別に匿名でしょ? 何を気にしてるの?」
「いや、まぁそうなんだけど、俺古参だから? ライバーも多分、俺の事知ってるかも的な?」
珍しく楓花の言うことに反論出来なくなった俺は、苦し紛れの言い訳をしてしまう。
となると、当然この楓花さんがそんな俺を見逃してなんてくれるわけがなかった。
「怪しい……別に変な事は書かないからいいでしょ!」
「あ、おい!」
案の定怪しむ楓花は、そう言って素早くPCへ手を伸ばすと、それから高速でタイピングし勝手にコメントを送信した。
何をやらせても人並み以上の結果を残す楓花だが、どうやらタイピングすらも俺より速いようだ。
普段はPCをそんなに触りもしないのに、こんなところで才能の無駄遣いしやがってチクショウ!
「よし、送信っと! 別にこれぐらいならいいでしょ?」
こうして楓花は、勝手にチャット欄へ『ウケる』という三文字のコメントを送信した。
まぁこれぐらいなら……と思いつつも、まさかこれも拾われないだろうなという不思議な緊張感が生まれる。
そして、高速で流れるチャット欄に、楓花の打った『ウケる』の三文字がすーっと流れていくと――、
『え? ウ、ウケる? ――わ、笑ってるんじゃないわよっ!』
――やっぱり拾えちゃうんですね。
楓花のタイピングといい、星野さんの反射神経といい、四大美女ってのはスピード感に溢れてるんだなぁ……。
もう感心するしかなかった俺だが、コメントを拾ったきらりちゃんは少し困惑した様子だった。
それは恐らく、今までのたけのことしてのキャラ、そして今日あった風見良太としてのキャラ上、『ウケる』なんて言葉を使うイメージが無かったせいだろう。
――ごめん、それ書いたの妹なんだ……。
そう俺は心の中で謝るも、そんな謝罪が伝わるはずもない。
そして、そんなコメントを書き込んだ楓花はというと、自分の書き込んだコメントを拾って貰えたことが嬉しかったのか、ニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「ねぇお兄ちゃん! この子、わたしのコメント拾ってくれたよ!」
「そ、そうだな。じゃあもういいだろ?」
「んー、もう一回コメントしたらまた拾ってくれるかなー?」
完全に味を占めてしまった楓花は、またしても勝手にコメントを打ち込もうとする。
しかし、これ以上きらりちゃんの配信を邪魔するわけにもいかないため、俺は楓花の手を握ってそれを阻止する。
「俺のアカウントだから、本当やめてくれ」
「えー、なんでよぉ」
「いいから、大人しく観る!」
妹相手でも、流石にきらりちゃんと今日知り合った話なんて出来ないから、これ以上楓花にPCを触らせないように手をずっと掴んでいる事にした。
「――え、な、なに?」
しかし、中々手を離そうとしない俺に困惑する楓花。
「手を離すと、また勝手にPCいじるだろ」
「え――う、うんっ! すぐいじっちゃうからねー」
「じゃあこの手は離してやらん!」
「うんっ!」
「――なんで嬉しそうなんだよ」
こうして俺は、楓花の手をぎゅっと握って抑えながら、きらりちゃんの配信を楽しんだ。
隣に座る楓花はというと、俺が手を握ってからはすっかり大人しくなり、珍しくお行儀よく配信を楽しんでくれたから助かった。
だけど、安心して俺が手を離そうとすると、楓花は不満そうな顔をしながらすぐにPCへ手を伸ばそうとするため、結局最後まで手を握っている羽目になってしまったのであった。
ちなみに、今日のきらりちゃんのマイスペ配信。
最後は、小一時間かけて回収した昆布を、竹中と一緒にマグマに投げ込んで和解するという、謎の展開で終わったのであった。
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