第36話「重なる偶然」
「じゃあ、俺こっちだから。今日はありがとう、これからも応援してるよ」
喫茶店を出た俺は、最後に星野さんにそう声をかけて家路に着く。
今日はただグッズを買いに来ただけだというのに、まさかあの桜きらりちゃん本人に出会えるなんて思いもしなかったな。
しかも、その中の人がまさかの楓花と同じ四大美女だったなんて、ちょっと世の中狭すぎやしないだろうか……。
たまにVtuberは外見に自信がない人がやるとかなんとか、ネット上では蔑むような発言を目にすることがあるのだが、そいつらを全員星野さんの前に並べてやりたいぐらいだ。
そのぐらい、星野さんは四大美女と呼ばれるに相応しい、最早この世のものとは思えないような美しさをしているのであった。
「あ、あの!」
「ん? どうした?」
「えっと……わたしもそっちなんです……」
「あ、そうなんだ! じゃあ途中まで一緒に帰りますか」
「い、良いんですかっ!?」
「い、良いですよ?」
さっきまで一緒にいたのに、わざわざ別々で帰る方が変な話なのだ。
だから何故そんなにも驚くのだろうと不思議に思いつつ、俺は星野さんと途中まで一緒に帰ることにした。
道中はやっぱりVtuberの話題で盛り上がり、普段は中々出来ない話題なことも相まって、星野さんとの会話はとにかく楽しかった。
お互いの趣味の共有どころか、星野さんは俺にとって趣味そのものなのだから、こうして話しているだけで楽しいに決まっているのだ。
そして嬉しいことに、星野さんも俺の話に笑ってくれていて、そんな美少女の微笑みはそれだけで目の保養だった。
四大美女の聖女様――。
そんな呼ばれ方にも納得できる程、笑った笑顔はどこか神々しさすら感じられる。
そんな特別な彼女とこうして一緒に歩いているだけで、言葉では表現出来ないような幸せに満たされていく。
しかし、そんな幸せの中、俺は一つの異変に気が付く――。
それは、いくら家が同じ方向といっても一緒に歩き過ぎなのだ。
あの橋を越えたら、もうあと少しで家に着くというところまで来ても、星野さんは隣で一緒に歩き続けているのである。
だから俺は勘繰ってしまう。もしかして星野さん、俺との会話で立ち去るタイミングを失ってしまい、ここまで一緒に来てしまったのではないかと……。
そう思い隣を向くと、星野さんも驚いているのだろうか、こちらを向いてその大きな目をぱちくりとさせていた。
「……あの、そろそろうちに着くんだけど、星野さんもこっちなんだよね?」
「あ、はい! わたしの家ももうすぐです! ……え、という事は、気を使って一緒に歩いてくれていたわけではないのですね」
どうやら、星野さんも俺と同じことを気にしていたようで、違うと分かるとほっとするように微笑む。
つまり、お互い本当に家が同じ方向だから歩いていたことになる。
となれば、星野さんの家は一体……。
そんな疑問を抱きつつ、橋の手前までやって来たところで俺は指を差す。
「分かるかな? あそこの赤い屋根がうちなんだ」
話題も丁度途切れたことだし、星野さんなら別に知られて困るものでもないだろうと、俺は自分の家を指さして星野さんへ教える。
「え、そうなんですか!? わ、わたしの家はあそこの黒い屋根です!」
何故か驚いた星野さんは、そう言ってお返しとばかりに自分の家だと指差す。
そして俺も、その指さす先を見て驚きを隠せなくなってしまう。
何故なら、星野さんが指さした先にある黒い屋根の家とは、うちの前を流れる川を挟んでほぼ真向いにある、大きな一戸建ての家だったからである。
この町へ引っ越してきて、まだ一年と少し。
ご近所にそんな人が住んでいるのかとか、あまり把握は出来ていない。
それに、この川を境に学区も変わるのだ。
だから楓花とは別の中学なこともあり、余計に気付かなかった。
そんなわけで、同じ町というだけでも驚きだったのに、まさかお互いこんなに近くに住んでいたという偶然まで重なるのであった――。
――え? ちょっと待てよ? ということは、桜きらりちゃんは普段こんな近くで配信してたってこと?
おいおい、マジかよ……。
こんな近い距離で、俺達はこれまで配信上で交わっていたという事か……。
そう思うと、途端に笑えてきてしまう。
あまりにも偶然が重なり過ぎているし、いくらなんでも近すぎるでしょと。
それは星野さんも同じだったようで、俺達は驚いて一度顔を向き合わせると、それから一緒に吹き出すように笑い合った。
「あはは、てことは、こんなに近くできらりちゃんが配信してはブチギレてたわけだ」
「あ、そ、それはパフォーマンスですからぁ! わ、わたしだって、こんなに近くにたけのこさんがいるなんて思いもしませんでしたよっ!」
本当に、偶然に偶然が重なり過ぎていた。
四大美女な上、実は桜きらりで――オマケにこんなにもご近所さんだったなんて――。
こんな偶然、きっと確率にしたら宝くじが当たるより低いのではないだろうか――。
「でも、良かったです。ご近所さんだから、これからも仲良く出来そうですし」
「うん、そうだね。――あ、先に言っておくけど、俺は厄介オタクじゃないからね! これからも変わらず、配信を一人のリスナーとして普通に楽しませて貰うよ」
「ええ、そうして下さい。――そうだ、今日も十九時から配信予定なので、是非遊びに来てくださいね!」
「んー、どうしようかな。もうちょっと、いつものきらりちゃんっぽく言ってくれたら絶対行くんだけどなぁ」
「え? じゃ、じゃあ――絶対遊びに来なさいよねっ! ふんだっ!」
厄介リスナーではないと言った矢先、厄介っぷりを発揮する俺の無茶ぶりに、星野さんはビシッと俺の事を指さしながら応えてくれた。
その声や仕草は、やっぱり俺の大好きなきらりちゃんそのもので、そんな推しを目の前で見られたことに思わず頬が緩んできてしまう。
「あはは、ありがとう。じゃあ今日の配信、必ず観に行くよ」
「ええ、お願いしますね! ――それで、あの」
「ん? どうした?」
「あの……もし、良かったらなんですけど……その、連絡先を……」
そう言って、もじもじと恥ずかしそうに手にしているハンドバッグからスマホを取り出す星野さん。
「ああ、そっか。連絡先交換しましょうか」
「は、はいっ!」
まさか星野さんの方から切り出してくるなんて、流石にこれは罰が当たるんじゃないかと思いつつも、こんなせっかくの申し出断るはずもなかった。
こうして俺は、まさかの四大美女の一人で、しかもあの桜きらりちゃんでもある星野さんと連絡先を交換して帰宅したのであった。
◇
時計を見れば、まだ昼の十二時過ぎ。
しかし、今日という日は既に本当に濃い一日だった。
きらりちゃんグッズを買いに行ったら、まさかのきらりちゃんの中の人本人の登場。
しかも楓花と同じ四大美女の一人で、一緒にお茶までしてしまったのだ。
オマケに家も近所で連絡先も交換してって――――なにこれ、もしかして運命?
そんな、どこぞのラブコメみたいな有り得ないことの連続に、流石の俺も気分はすっかりルンルンになってしまう。
あんな美少女が自分の彼女だったらなぁなんて、有り得ない妄想までしてしまう程に――。
けれど星野さんは、俺の推しである桜きらりちゃんでもあるのだ。
であれば、俺は一人のファンとして、こうして知り合えたことだけで十分だと気持ちを切り替える。
――それにこんなこと、もし他のファンに知られたら殺されそうだしな……。
怖い怖い……。
そんなことを考えながら、俺は家の階段を登り自分の部屋へと向かう。
しかし、いざこうして現実に戻ってみると、俺は何かを忘れているような気がしてくる。
何だったかなと思いながら、俺は自分の部屋の扉を開ける。
するとそこには、ベッドの上でお腹を出しながら大の字で眠っている楓花の姿があった――。
――あぁ、そうだった……。
そのあまりにも気の抜けた妹の姿に、一気に現実へ引き戻される。
星野さんと同じ四大美女なのに、この落差である。
しかし、流石にもう昼過ぎの良い時間なので、仕方なく俺は楓花を起こしてやることにした。
「起きろ楓花。もう昼だぞ?」
「――んあ……お兄ちゃん? ……なんでここに?」
「なんでって、ここは俺の部屋だからな」
「ああ……そうだった……おやすみ」
「二度寝するな」
「うー……じゃあ起こして」
全然起きる気のない楓花は、そう言って力なく両手をこちらへ向けて伸ばしてくる。
「――はいはい、分かりましたよ」
だから仕方なく俺は、そんな相変わらずの干物っぷりを発揮する楓花の手を取って――やることはない。
どうせ手を取ったところで起きないことは分かっている俺は、代わりに楓花の脇をくすぐって起こしてやった。
ヒーヒー言いながら笑い転げる楓花は、すっかり目が覚めたようで良かった良かった。
「もうっ! 起こし方!!」
「起きれたんだから文句言うな」
「馬鹿! 大体わたしを置いてどこに――ん?」
「な、なんだよ?」
「……お兄ちゃんから、他の女の匂いがするような」
「は、はぁ?」
むーっと目を細めて睨んでくる楓花。
な、なんだよこいつ、エスパーかよ怖い……。
「あーもういいから、そろそろ昼ご飯の時間だから行くぞ」
そろそろ昼時なのは本当だから、俺は誤魔化すように話題を変える。
そして、立ち上がろうとしない楓花の手を今度はちゃんと取って、引っ張ってやる。
すると、さっきまで疑うような視線を送って来ていた楓花だが、俺の手をぎゅっと握り返してきたかと思うと、何故か良い顔をしながら素直についてくるのであった。
「オムライス……いや、今日は中華丼ね」
「何? 昼飯の予想か? じゃあ俺は……無難にラーメンかな」
歩きながら、ドヤ顔で昼ご飯予想をする楓花。
ここは俺も、一緒に昼ご飯を予想しながら階段を降りる。
「あら、丁度呼ぼうと思ってたところよ。今日はね、最初はオムライスにしようと思ったんだけどね、何だか急に食べたくなっちゃったのよね」
俺達が来たのを確認すると、そう言って母さんが食卓に用意してくれた昼ご飯は、まさかの中華丼だった――。
――いや、マジでエスパーかよ……。
見事的中した事が嬉しいのか、俺に向かって勝ち誇るようにドヤ顔を浮かべる楓花。
しかし、寝ぐせでぐしゃぐしゃになったボンバーヘッドのせいで、そんなドヤ顔も台無しなのであった。
こうして、そんな新たな妹の才能に震えながら食べた中華丼は、今日も安心の美味しさだった。
なんだかんだ、母さんの手料理に勝るもの無しだねっ!
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