第33話「理由」
――わたしはずっと、孤独だった。
小さい頃からこの生まれ持った容姿が理由で、クラスメイト達からは心無い言葉を何度も向けられてきた。
同じ国、同じ環境で生まれ育っているというのに、この肌と瞳の色が違うという、たったそれだけで。
幼い頃のわたしは、その事で何度も親にあたった事もあった。
その度に浮かべていた親の悲しそうな顔は、今でもしっかりと覚えている――。
それでも月日の過ぎ去りと共に、わたしは自然と自衛する術を見つけていた。
それは、他人に期待しないこと。
孤独こそが、わたしにとっての唯一の救いだった。
今思えば、もっと上手いやり方があったのかもしれない。
それでも、まだ幼く弱いわたしには、ただ周囲に怯えることしか出来なかった。
相手は悪気のない言葉でも、弱いわたしには深く突き刺さるから――。
そんな孤独なわたしだけれど、小学生の高学年になると状況が一変する。
それは、これまで容姿を珍しがっていた周囲の人達が、自分のことを聖女と呼ぶようになったことだ。
その変化に、わたしはまた戸惑いを覚える――。
ようやく環境を受け入れることが出来たわたしにとって、その変化はあまりに残酷だった。
――怖い、怖い。
どうしてみんな、わたしにだけ――。
わたしは何度も、学校へ通うのを止めてしまおうと思った。
でも、弱いわたしはそれすらも出来なかった――。
そんな小学生時代を経て、わたしは中学生になった。
もしかしたら、取り巻く環境が変わるのではという、淡い期待と共に――。
しかし、現実は残酷だった。
中学で新たに知り合った人達は、かつてのクラスメイト達と同じようにわたしの容姿に興味を向けてくる。
同じ小学校だった人達から「聖女」というあだ名が広がれば、あっという間に学校中へそのあだ名は浸透していく。
『南中の聖女様』
そう呼ばれるようになってからのわたし、やっぱり孤独だった。
この容姿のせいで、男の子達から向けられる一方的な好意の数々。
本来は喜ばしいことなのだろうと分かっていても、良く知りもしない相手から向けられる好意はわたしにとって恐怖だった。
向けられては逃げる事を繰り返していると、また一つの変化が生まれる。
今度は女の子達から、わたしは煙たがられるようになったのだ。
生意気――調子に乗ってる――そんな陰口が聞こえてくることもあった。
――わたしが何をしたっていうの。
悲しかった――。
けれど、客観的に見ればそう見えてしまうことも、もう一人の俯瞰的な自分が何となく理解出来ていた。
だからわたしは、自分の殻に閉じこもる。
もうこりごりだ、わたしはわたしだけでいい――。
そう思い、過ごすようになったある日。
わたしは運命の出会いをする。
それは、たまたま観ていた動画サイトで、楽しそうにお喋りを楽しむVtuberと呼ばれる存在との出会い。
二次元の可愛い女の子のキャラクター達が、画面の向こうで面白おかしくトークを繰り広げていく。
その目新しさと純粋な面白さに、わたしは時間を忘れて見入ってしまっていた。
配信には、沢山のリスナーと呼ばれる視聴者が集まっていた。
次から次へと流れていくコメントに、わたしは今彼らとこの時間を共有しているんだという不思議な安心感が感じられた。
自分は一人じゃないんだって、そう思えたのだ。
それからのわたしは、学校から帰るとVtuberの配信をネットの向こうのみんなと楽しむ生活が続いた。
これは所謂、趣味というやつなのだろうか――ううん、きっと趣味なんかじゃない。
これはわたしにとって、必要なことなのだ――。
こうしてわたしは、初めて孤独を感じないで居られる世界を知った。
楽しいと心の底から思える喜び。
そしてその喜びは、次第にわたしの中で新たな欲求を生みだす――。
――わたしにも、出来たりするのかな。
もっとみんなを近くに感じたいという、見せる側への憧れ。
もしVtuberの彼女達のように、みんなとお話が出来たら、それはきっと楽しいに違いない。
そう思ったわたしは、気が付けばVtuberについて調べていた。
これまでの自分だったら、絶対にしなかったことだろう。
それだけわたしにとって、この文化への興味と憧れは深まっていた。
そしてわたしは、一つの募集を見つける。
それは、丁度新規に立ち上げようとするVtuberグループの募集だった。
まだ何も実績もない、偶然見つけた不安しかないその募集。
けれどわたしは、勇気を出してそれに応募をすることにした。
わたし自身が、変化を欲しているのだ。
今動き出さなきゃ、多分わたしはこれからも逃げ続けるだけだと分かっていたから――。
こうして応募した結果、わたしは奇跡的に合格することが出来た。
昔は馬鹿にされたこの声も、この業界ではアニメ声として愛される、わたしだけの武器に変わっていた。
それからは、とんとん拍子で話が進んでいく。
事務所の人と相談して、新たなVtuber『桜きらり』が誕生した瞬間は、本当に嬉しかった――。
プロフィールや配信スタイルを決める頃には、わたしの中でこれからVtuberとして活動していくのだという実感と責任が生まれていた。
お金もかかっているのだ、それはとても重たいことなのは理解している。
けれどわたしは、それでも前向きだった――ううん、前向きなのではない。
楽しみだったのだ。
いよいよわたしも、あのVtuberの子達のように、みんなと直接お話が出来るのだと思うだけで、気持ちがどんどん舞い上がっていく。
これからわたしが、『桜きらり』という新たなVtuberに命を吹き込むのだと――。
そしてわたしは、ついにVtuberとしてのデビューの日を迎えた。
結論から言えば、まだ新しい事務所の新人Vtuberの初配信。視聴者はほとんどおらず、世の中そんなに甘くはなかった。
それでもわたしは、決して諦めたりはしなかった。
ようやく掴んだチャンスなのだ。必ず先輩Vtuber達のようになってみせると、それからのわたしは毎日活動を続けた。
でもそれも、当然わたし一人では無理だった。
こんなわたしにも、数は少ないかもしれないけれど、いつも応援してくれるファンが付いてくれていたのだ。
彼らはいつも配信に遊びに来てくれて、配信が終わればSNSでも温かい感想をくれた。
そんな彼らがいてくれたおかげで、わたしは頑張ることができた。
だからわたしは、あの頃のリスナーさん達の名前はしっかりと憶えている。
仮にもし自分に人気が出たとしても、今のわたしを支えてくれた彼ら一人一人の名前を、絶対に忘れたくないと思ったから。
そんな支えてくれたファンの中に、「たけのこ」さんもいた。
彼は他のファンのみんなと少し違っていたから、一番印象の強いファンだった。
ファンのほとんどは、『桜きらり』というキャラクターの可愛さと、わたしの独特なアニメ声を愛してくれていた。
それはそういう狙いでやっているわけだし、喜ばしいことだ。
でも、たけのこさんだけは違った。
彼はいつも、配信でわたしが話した事の笑えた場面とか言動を、時折わたしのことをいじりつつ毎回面白おかしく感想をくれたのである。
わたしはそれが、嬉しかった。
学校でも、わたしはこの容姿のせいで注目を浴び、何度も可愛いという言葉を向けられてきた。
だから正直に言ってしまえば、可愛いという言葉を向けられる事に対して、何の感情もなくなってしまっていた。
もちろん、『桜きらり』というキャラクターを生み出してくれた関係者には感謝しているし、それを褒められることはとても嬉しい。
でもそれ以上に、たけのこさんはわたしの配信自体を楽しんでくれていたことが、とにかく嬉しかったのだ。
今のわたしの、ゲームに負けて喚き散らかすような自由な配信スタイルは、彼が面白いと言ってくれたからと言っても過言ではない。
それ程までに、彼はわたしにとってネットの向こう側の一番の理解者だった。
だからわたしは、そんなたけのこさんの感想を参考にしつつ、活動を頑張ることが出来た。
その結果、話題を呼んでどんどんリスナーさんが増えていくのは、まるで夢物語のようであった。
こうしてわたしは、今ではあの頃観ていたVtuberと同じぐらいの人気を誇るまでになり、ずっと憧れた彼女達とコラボすることまで出来た。
そんな夢が叶ったわたしは、その時人生で初めてのうれし涙を流した――。
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