第32話「聖女」
「え、えっと、まずは自己紹介、ですよね!? ほ、ほほ、星野桜《ほしのさくら》と申しますっ!」
「ああ、えっと、風見良太です! よろしく!」
喫茶店の一番奥のテーブル席。
俺は今、金髪の美少女と向かい合って座っている。
とりあえず注文を済ませたのだが、彼女はもじもじと恥ずかしそうにしながら、俺の方をチラチラと窺ってくる。
その様子に、俺も若干の居心地の悪さを感じていると、彼女は突然自己紹介をしてきたのである。
こうして、不器用ながらもお互いに自己紹介を済ませた俺達は、届けられたコーヒーを飲みながらようやく本題に入る。
話題はもちろん、Vtuberの桜きらりについてだ。
……だがその前に、俺はどうしても気になる事があった。
コーヒーを口にするためマスクを外し、それからやっぱり伊達メガネだったようで眼鏡も外した彼女の姿。
その姿は、高めに設定した俺の予想を簡単に飛び越えてくる程、やはり信じられない程に美しいのであった――。
だから俺は、一つの確信をもって質問する。
「――えっと、話の前に一つ良いかな? 星野さんって、今は高校一年生?」
「は、はい。そうですけど……?」
「じゃあ、出身中学は?」
「え? えーっと、南中……ですけど……?」
何でそんな事を聞いてくるんだろうといった様子で、小首を傾げながらも素直に教えてくれた星野さん。
高校一年の南中出身……そこで俺は、やっぱりなと納得する。
「そっか、南中だと……聖女」
「えっ? ――そっか、ご存じなんですね、わたしが何て呼ばれてるか」
俺の呟きに、星野さんは少し驚いた後、自虐的な笑みを浮かべる。
本人的には、この呼ばれ方はあまり快く思ってはいないのだろう。
申し訳なさを感じた俺は、慌てて謝罪する。
「あ、その、すみません。もしかしたらって思って……」
「では、知っていたわけじゃないんですね。……どうして、そう思ったんですか?」
「それはその、純粋に綺麗だなって思って……」
「――え? そ、そうですか」
思わず馬鹿正直に答えてしまったが、星野さんは少し恥ずかしそうにしつつも、理由については納得してくれたみたいだ。
「――あの、ちょっとだけ自分語りをしても宜しいでしょうか?」
「え? ええ、構いませんが」
「ありがとうございます」
ほっとするように、ふんわりと微笑む星野さん。
その微笑みは正しく、聖女そのものであった――。
「わたしは、この見た目のとおり日本とロシアのハーフなんです。小さい頃からこの肌、そしてこの髪色は周囲と違っていて、どこへ居ても一人だけ目立ってしまっておりました。そのせいで、物心ついた頃にはわたしはこの容姿のせいで、よく馬鹿にされたりもしました……。でも今思えば、その頃の方がまだ気楽でした……」
星野さんは、ゆっくりと幼い頃の思い出を語ってくれた。
その生まれ持っての髪や肌の色のせいで、幼い頃は色々と辛い思いをしてきたようだ……。
でも、それでもその頃の方が気楽だったというのは、どういう意味なのだろうか……。
「小学生高学年の頃、クラスで劇をやる事になったんです。わたしはこんな見た目をしていることから、当然のように修道女役を任されました。――でも、その時からです。わたしの事を、周囲が聖女様だなんて呼んでくるようになったのは――。別にわたしは、特定の宗教に熱を入れてるわけでもない、普通の女の子なのに――」
そう言って星野さんは、可笑しいでしょと自虐的に笑いかけてくる。
でも俺は、そんな辛そうに微笑む星野さんに対して、笑い返す事なんて出来なかった――。
「こうして小学校を卒業する頃には、わたしのあだ名は完全に聖女様になってました。そのまま中学へあがると『南中の聖女様』だなんて、恥ずかしい異名みたいなものまでついてしまいました――。周囲の男の子達からはいつも注目されるようになって、そのせいで女の子達からは煙たがられるようにもなってしまいました。……だから友達いないんですよ、わたし」
「――そう、なんだ。でも、そんな風には見えないけど――」
「ええ、今のわたしはもう元気ですからね。――もうお気づきだと思いますが、わたしがVtuberの桜きらりです。そんなわたしを知っている貴方なら、きっとこの話が本当で、過去の話は意外だと思うでしょうね。――あ、ちなみに名前の桜に、星野の星できらり、凄く安直なネーミングでしょ?」
そう言って星野さんは、今度は自虐的ではなく、ふんわりと自然に微笑んでくれた。
「あ、活動のことを他人に口外するのはNGなので、わたしがVtuber活動している事は秘密にしておいて下さいね?」
「うん、それは何となく事情は分かるし守りますけど……何で、そんな大事な事を俺に?」
「――それは、先程声をかけた理由もそうなのですが、貴方があの「たけのこ」さんだったからです――」
俺の疑問に、星野さんはニッコリと微笑みながら即答してくれた。
しかし、俺がその「たけのこ」だと何だと言うのだろうか――。
「まだ全然人気がなかった頃、貴方はいつも配信に遊びに来てくれてましたよね。それから、SNSでも感想とかくれて――始めたばかりで不安しか無かったわたしは、それですっごく支えられていたんですよ?」
「そ、そっか、俺はこの子は面白いし、絶対に伸びるに違いないって思って応援してただけなんだけど、こうして面と向かって言われるとちょっと恥ずかしいな……」
「ふふ、だから、まさかあのたけのこさんに会えるなんて、思ってもいませんでした」
嬉しそうに微笑む彼女の姿は本当に美しく、本人的には不本意なのだろうが、それでもやっぱり聖女が現れたかのような神々しさすら感じられた――。
そして、そんな微笑みを前にしてしまったが最後。
俺はその眩い微笑みに、気が付けば見惚れてしまっているのであった――。
「今日は初めてわたし達のグッズが発売されるという事なので、我慢出来なくて売り場にまで足を運んでしまいました。一体どんな人が、わたし達のグッズを買うんだろうなぁって、今日が来るのを凄く楽しみにしてたんですよ」
「なるほど、そしたら来たのが、俺だったわけだ」
「ええ、そうです! まさかのたけのこさんです! これはもう、大満足の結果ですよ!」
ようやくいつもの調子を取り戻してきたようで、楽しそうに少し興奮気味に語る彼女の姿は、Vtuberの桜きらりそのものだった。
「――Vtuberとして活動が、わたしを変えてくれたんです。これなら、人から容姿で判断される事も無いし、それに世界中の色んな人とコミュニケーションが取れるんですから、今では本当に毎日が楽しいんですよ」
「確かに、デビュー当初から楽しそうにゲーム配信してるよね」
「ええ、元々ボッチのわたしには、ゲームだけが友達でしたからねっ!」
「な、なるほど……。でもその割には、すぐにブチギレてゲーム切断するけど?」
「そ、それはっ! あれですよ! た、ただのパフォーマンスですぅ!」
俺のツッコミに、恥ずかしそうに顔を赤らめながら慌てて言い訳をする星野さん。
そんな今のやり取りは、普段の配信中にコメントを通してやり取りしている時と同じで、いつも無理のある言い訳をするきらりちゃんだが、どうやらそれは普段からそうみたいだ。
そんな、地でポンコツを発揮する星野さんは、やっぱり桜きらりちゃん本人だった。
だからこそ俺は今、そんなきらりちゃんと面と向かって会話出来ている事が楽しくて仕方がないのだ。
「でも、やっぱりたけのこ――いえ、風見さんは不思議な方ですね。正直に申しまして、こんなに自然に面と向かって会話が出来る男性は貴方は初めてなんです。だからこうして――」
「え? ああ、それはきっとあれですよ。俺には星野さんと同じ妹がいるからです」
「同じ妹?」
「ああ、ごめん、言葉が足りてないね。うちの妹もさ、星野さんと同じく、世間では四大美女なんて呼ばれてるんですよ」
「――え?」
「妹の名前は、風見楓花。『西中の大天使様』なんて呼ばれてるようです」
「えっ!? ええええー!?」
そんな突然の俺からのカミングアウトに、星野さんは思わず声をあげながら驚いてしまったのであった。
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