第31話「桜きらり」
無言で向き合う、俺と金髪の美少女――。
言葉は発さないものの、彼女はまるでバレてはいけない事がバレてしまったというように、困惑の表情を浮かべている。
この状況でこんな事を思うのはあれだが、彼女はどうやら感情がすぐに顔に出やすいタイプのようだ。
すぐに誤魔化せばいいものの、もうその表情とリアクションで、自分が桜きらりである事を物語ってしまっている……。
「あ、い、いやぁ……違いますぅ……」
声を変えながら、ようやく気まずそうに否定する彼女。
しかし既にバレバレなので、俺はそんな彼女の事がちょっと心配になってしまいつつも、その誤魔化しに乗ってあげる事にした。
一応俺だって、相手の事情ぐらいよく分かっているつもりだ。
多くの企業に所属するVtuberは、基本的にその活動を口外してはならないという話をSNSなんかでよく目にするからだ。
ましてや、Vtuberとそのファンが交流を持つなんて以ての外だし、俺自身そういう繋がりを求めているわけでもない。
俺は純粋に、配信が面白いから彼女の事を追っているだけなのだから。
だからこそ、さっきは思わず名前を口にしてしまった事は申し訳なかった。
驚いて、つい口に出てしまっただけなのだ。
「あ、で、ですよねー! すみません、変な勘違いしちゃって」
話を合わせて笑って誤魔化してみるも、ちょっと嘘っぽかっただろうか。
それでもここは、彼女のためにはっきりと勘違いでしたアピールをしておいた方が良いと思った。
これであとは、きらりちゃんグッズを買って帰るだけだなと思いながら、俺は並べられているきらりちゃんグッズを全種類手にする。
本人の目の前で買うというのも少し恥ずかしいものがあったが――。
「あ、あのっ! 桜きらりの、フ、ファンなんですか?」
「え? ああ、そうですね。いつも面白いんですよね彼女」
「そ、そそ、そうなんですね」
桜きらりの話をしているというのに、これまた分かりやすく恥ずかしがりつつも嬉しそうな表情を浮かべる彼女。
やっぱり顔に出やすいタイプのようで、顔がマスクで隠れてはいるものの、そのマスクの下ではニヤついてしまっている事まで分かってしまう。
「あはは、活動初期から応援しているので、今日は是が非でもグッズ買わないとと思いましてね」
「へ、へぇ、どのぐらい前からですか?」
「それこそ、デビュー配信からですよ。たけのこって名前でコメントもしてると思うので、きっと当時のアーカイブのチャット欄見たらいると思いますよ」
「た、たけのこさん!?」
「え?」
「い、いや! な、ななな、なんでもないですっ!」
思わず反応してしまったのだろう、しまったというように慌てて誤魔化す彼女。
彼女はどうやら、その反応から察するに俺のハンドルネームを認知してくれているようだった。
本当に適当に決めたハンドルネームなのだが、逆に印象に残りやすかったのかもしれない。
しかし、今では配信を始めればすぐに一万人以上集まるのが当たり前のきらりちゃんに、こうして認知して貰えていたというのはファンとして素直に嬉しかった。
「あー、えっと、貴女もその、きらりちゃんファンなんですね?」
「え、ええ、そうですっ!」
「じゃあ、今日は同じくグッズを買いに?」
「え? い、いえ、今日は見に来ただけです! もう全部家にあるのでっ!」
「え、凄いですね! もう家に――ってあれ? 今日が発売日ですよね?」
「あっ! えっと、それはそのっ!」
自ら墓穴を掘ってしまい、目をグルグルとさせる彼女。
恐らく本人の元には、事前にグッズが送り届けられているのだろう。
だから今日は、自分達のグッズが販売される様子をこっそり見に来ただけといったところだろうか。
しかし、この口を開けばとことんポンコツが出てしまう感じは、たしかに桜きらりちゃんそのものだなって感じがして少し笑えてくる。
まぁでも、これ以上彼女にボロを出させるのはかわいそうだし、ここは貴重な経験が出来たという事で、早めにここから立ち去ってあげる事にした。
「えーっと、じゃあ僕はお会計してきちゃいますね。どうも、さっきは勘違いしちゃってすいませんでした」
困っている彼女に別れの一言を告げて、俺はそのままレジへと向かった。
彼女はまだ何か言いたそうな顔をしていたが、彼女自身もこれ以上ボロが出る事を恐れたのか、それ以上は何も言ってくる事は無かったので一安心した。
◇
無事にきらりちゃんグッズを手に入れる事が出来た俺は、まさかの本人と会話出来た事も相まって、満足度120%状態でお店をあとにした。
しかし、こうして無事に目的を達成した俺は、一つの事を思い出す。
それは、よく考えれば俺の部屋に楓花を置いたままにしていることだ。
楓花のことだ、もし何か悪さをされても困るから、ここはさっさと帰った方が良いに違いなかった。
「あ、あのっ!」
しかし、店を出たところで突然声をかけられる。
何事かとその声に振り向くと、そこには先程の美少女こと、桜きらりちゃんの中の人の姿があった。
お日様の下、改めて見てもやっぱり物凄い美少女で、これまでの俺ならばこの時点できっと困惑していたに違いないだろう。
しかし、今の俺は普段から楓花や柊さんといった、四大美女と呼ばれる美少女達と接している事によって、変に困惑するような事にならなくて良かった。
あの二人と過ごす事で、まさかこんな耐性が自分の中で芽生えていたのかと思うと、どんな鍛え方だよとちょっと笑えてくる。
彼女は、恐らく俺が出てくるのをここで先回りして待っていたのだろう。
意を決した様子で声をかけてきた彼女の手と足は、緊張しているのか若干震えているようだった。
「あ、さっきの――」
「その、良ければちょっとお話ししませんかっ!」
「いや、えっ?」
「そ、その! 桜きらりの事で、ちょっと話したいなと思いまして!」
恥ずかしいのか、きゅっと目を瞑りながら、一生懸命俺の事を引き留めようとする。
そんな彼女の勢いを前に、俺はもう断る事なんて出来なかった。
「――まぁ、もう帰るだけだったし、少しならいいですよ」
「ほ、本当ですかぁ!?」
「ええ、じゃあ……あそこの喫茶店でいいです?」
「は、はいっ! いいですっ!」
嬉しそうに返事をする彼女を見ていると、やっぱり桜きらりちゃんと重なる部分もあって、それだけで俺も正直嬉しくなってきてしまう。
こうして俺は、桜きらりちゃん本人で、しかも楓花や柊さんにも引けを取らないレベルの美少女と一緒に、近くの喫茶店へと向かうのであった。
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