第29話「添い寝」
――ついに、この日がやってきた。
俺が日頃から追っている、Vtuberの桜きらりちゃん。
彼女が所属するVtuber事務所の、大手アニメグッズ販売店とのコラボ企画がいよいよ明日からスタートするのだ。
売られるものは、Vtuberの絵がプリントされたクリアケースとかタペストリーなど、まぁよくあるキャラクターグッズだ。
それでも、今回初めてこのVtuber事務所のライバーがグッズ化するという事もあり、前評判はかなり高く、恐らくファンによる争奪戦が始まる事は間違い無さそうだった。
だが、それは秋葉原とか都市部の話であり、こんな地方ではまだライバルは少ないと見ていいだろう。
そして幸いな事に、この町にもそのアニメグッズ販売店が駅前に存在するのである。
――これはもう、世界が俺に買いに行けと言っているに違いない!
そう思った俺は、明日は土曜日という事もあり、朝からそのお店へ行く事を心に誓っているのであった。
だが正直、不安もある。それはもし誰か知り合いに見られたりしたらちょっと恥ずかしい事だ。
だが、それでも俺は行くしかないのだ――。
何故なら、初の桜きらりちゃんグッズが販売されるのだ。
であれば、古参ファンの一人として何としてもグッズをゲットし、SNSにアップするという義務が俺にはあるからだっ!
そう思った俺は、今日はいつもより早く寝る事にしたのだが……、今日も今日とて楓花は俺の部屋に入り浸り、勝手に漫画を読んでいるのであった。
パジャマ姿で、クッションを三つ横に並べた上でどかっと横になると、テレビと漫画を器用に同時で楽しんでおり、今日も安心の干物っぷりだ。
「なぁ楓花、そろそろ寝たいんだが」
「え? なに? 一緒に寝たいの?」
「違うわ! 明日朝早いから、早く寝たいんだよ」
「ふーん、何かあるの?」
「なんだっていいだろ」
楓花に理由を知られると、どうせ後々面倒になるだけだしな。
明日は土曜日。どうせ楓花は昼まで寝ているに違いないから、ここで黙っておいた方が無難に違いないと思った俺は、理由を告げないでおいた。
「じゃあ、寝る?」
すると楓花は、もっとあれこれ聞いてくると思ったのだが、意外とすんなりと受け入れてくれたのであった。
そのまますくっと立ち上がった楓花は、読んでいた漫画をちゃんと本棚へ戻し、観ていたテレビの電源を切る。
その急なお利巧具合に、俺の思考が追い付かなくなる。
だが楓花は、そのまま何事もなく一息つくと、それから自分の部屋へ向かっていく――ことはなかった。
何故か楓花は部屋を出て行くことなく、ベッドの方へとやってくる。
「――いや、出口はあっちだが?」
「まぁまぁ、今日はこの美少女楓花ちゃんが、一緒に寝てあげるから」
楓花はそう言うと勝手にベッドへダイブし、そのままベッドの奥側で布団を被り横になるのであった。
「今日だけだよー? 全くもう、しょうがないなぁ」
「……いや、俺はそんなこと一言も言ってないだろ」
「はいはい、恥ずかしがらなくていいってば。わたしはね? お兄ちゃんが素直になるまでここを動くつもりないよ。ここはさ、素直になって一緒に寝るか、諦めて一緒に寝るかの二択だと思うよ?」
「結局どっちも一緒に寝るしかねーじゃねぇか」
「まぁそういうこと。はいはい、明日用事があるんでしょ? 早く寝るよー」
いや、何でこいつが仕切ってんだよ……。
しかもこの、やれやれ顔しながら仕方なく一緒に寝てやる感が、絶妙に腹立つんだが――。
まぁいい、早く寝ないといけないのはその通りだ。
たかが妹と一緒に寝るぐらい別にどうでもいいかと思った俺は、その挑発に敢えて乗ってやる事にした。
だが当然、俺が素直になって一緒に寝るとか言う寝言は認めたくないため、あくまで後者の諦めて一緒に寝るを選んだだけだ。
こうして部屋の電気を消すと、「待って、わたし茶色がいい」と楓花が言うので、仕方なく常夜灯にして俺もベッドへ横になった。
そう言えば楓花は、暗いところで寝れないんだっけなと幼い頃の記憶が蘇ってくる。
まだお互い小さい頃は、よく楓花は自分の枕を持って俺の部屋へとやって来たんだっけな。
だがそれも、楓花が小学校の高学年になる頃には無くなった。
そして中学時生になると、俺の事を避けるようになった頃もあった。
所謂、思春期ってやつだろうなと思っていたのだが、それも気が付くと無くなっていた。
そして今ではすっかり干物女になってしまい、こうして俺に一々構ってくるようになったのである。
「お兄ちゃんと寝るの、いつぶりだろう」
「さぁな。小学生とかじゃねーか」
「そっか。ふふ、懐かしい感じするね」
「まぁ――そうだな」
たしかになと思った。
お互い今では高校生になり、ベッドが狭く感じられる。
そのせいで、触れ合った肌からは楓花の高い体温が伝わって来て、今隣に楓花がいるのだという事をより実感させられる。
「……なんだか、小さい頃より近いね」
どうやら楓花も同じ事を感じていたようだ。
今更になって恥ずかしくなったのか、その言葉には少しの恥じらいが感じられた。
だが、その時だった。
楓花は俺の方へ顔を向けると、それから両手で俺の手をきゅっと握ってきた。
「なっ、おい?」
「小さい頃は、こうしてたもん」
だからいいでしょと言うように、楓花は握った手を離そうとはしなかった。
たしかに、あの頃俺の部屋へやってきた楓花は、いつもこうして俺の手を握ってきていた事を思い出す。
あの頃は夜が怖かったのか、不安になった様子の日は決まってこうして一緒に眠っていたんだっけな。
「……やっぱり落ち着くなぁ」
「そうかい」
「えへへ、落ち着く」
「はいはい」
言葉通り、安心したような表情で目を瞑る楓花。
その姿に、俺もまぁいいかという気持ちになってくる。
俺は俺で、結局こうしていつも妹には甘いのである。
なんなら、こうしていくつになっても甘えてくるところとかは、正直可愛いとすら思えてくる。
そんな、普段はただただ憎たらしいけど、可愛いところもあるうちの妹。
だからこうして、たまには一緒に眠るのも悪くないかなと思えてくるのであった――本人には絶対に言わないけど。
こうして安心したのか、俺より先にすやすやと寝息を立てだす楓花。
その楓花の呼吸のリズムに、同じく眠気に誘われた俺もすぐに眠りについたのであった――。
それにしても、今日が金曜日という事もあり、割とクタクタで本当に良かったと思う。
何故なら、もし今の俺にもっと元気があったのならば、この腕に当たるその柔らかい感触に、今頃きっと悶えていたに違いないだろうから……。
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