第22話「映画と変化」
楓花と一緒に、映画館へとやってきた。
ここへ来るまで色々あった気がするけれど、ようやく観たかった映画が観れるという事に安堵する。
ちなみに今日観る映画は、ずっと好きで買っている漫画のアニメ映画版だ。
しかも、作中でも一番の名シーンが映像で観られるというのだから、俺は今日この日が来るのをずっと楽しみにしていたのだ。
しかし、残念というかなんというか、本当は一人で物語に没入して楽しみたかったのだが、生憎今日は楓花も一緒なのだ。
今日は絶対に観たい映画を観るのは俺の中で決定事項であるだけに、もし楓花が他の映画を観たがったら面倒だなという若干の不安を抱えているわけで……。
「ねぇお兄ちゃん! わたしあれ観たいっ!」
そう言って楓花が嬉しそうに指差す先にあったのは、映画のポスター。
そしてそれは、なんと俺が今日観ようとしていた映画のものだった――。
思えば、楓花は俺の部屋に来る度に俺の漫画を勝手に読んでいるから、あの漫画の面白さは同じく熟知しているのだ。
だから、とりあえず今日の予定がブレないで済みそうな事に一安心しつつ、上映まで時間も無いし楓花が心変わりする前にさっさとチケットを買う事にした。
「ねぇお兄ちゃん、ポップコーン食べたい」
「ん? あぁ、買えば?」
「いやいや、ここはお兄ちゃんが可愛い妹のために買ってあげるところでしょ」
「何でだよ……ってまぁ、それぐらいはいいか。時間無いしさっさと済ませるぞ」
こうして俺は、楓花に特大キャラメルポップコーンとコーラを買わされたのだが、無事にお目当ての映画が観れるのならばそのぐらい些細なお話だ。
「やっぱ、こういうところで食べるポップコーンは一味違うよねー」
座席へ座ると、むしゃむしゃと美味しそうにポップコーンを食べる楓花を見ていると、何だかハムスター的な小動物を観察しているような気分になってくる。
本当に、黙って座っていれば絶世の美少女なんだけどなぁと思いつつ、まぁこれはこれで可愛げがあっていいかと俺もポップコーンを掴んで口へ運んでみると、確かに美味しかった。
こういうのって、家では絶対に食べないけれど、こういう所で食べるととても美味しく感じられるから不思議だ。
そうこうしていると、会場の照明が落とされる。
そしてスクリーンに明かりが付くと、ついに上映が始まった――。
◇
今日観にきた映画は、人気ラブコメ作品のアニメ映画化。
幼い頃から主人公の側にいたヒロインが、中々素直になれないながらも主人公の気を引こうと一生懸命になっていたのだが、結局想いを伝えられず関係は平行線のまま続く。
しかしそんなある日、主人公は家の都合で引っ越さなければならなくなる。
だが、主人公はそんな状況に困惑しつつも、皆と離れてしまう寂しさからその事をギリギリまで周りに伝える事が出来ないでいた。
そして引っ越しまであと一週間と迫ったある日、ついにヒロインは主人公が引っ越しをする事を知ってしまう。
引っ越しを知ったヒロインは焦り、戸惑い、そして、悲しみからただただ一人涙する。
それでも、後悔だけはしたくないと覚悟を決めたヒロインは、二人の思い出の場所に主人公を呼び出すと、ついにそこで想いを伝える。
だが主人公は、その告白を断ってしまう――。
本当は主人公もヒロインの事が大好きなのだが、遠く離れてしまう主人公は、その内に秘めた想いを殺しながら、彼女のために身を引く事を選んだのであった――。
そして普通なら、これで終わってしまう恋――なのだが、それでもヒロインは決して諦めなかった。
何故ならヒロインは、主人公が本心で言っていない事にちゃんと気が付いていたのだ。
だからどれだけ距離が離れてしまおうと、すれ違ったりしようと、これまで積み重ねてきた二人の関係は、もうそんな事で無くなったりはしないのだ。
そして、その気持ちは主人公も同じだった。
離れてみて、ヒロインの大切さを改めて思い知った主人公は、必ずまたこの街へ戻ってくる事を決心する――。
――そして二年後、高校を卒業した二人は再び想い出の場所で再会する。
二年も経てば、成長した二人とも見た目も多少は変わっており――でも、その想いだけは変わらなかった。
そして二人は、幼い頃に一緒によく遊んでいた丘の上にある、一本の木の下で向き合う。
「今度は、俺から言わせてくれないか――ずっと好きでした。大好きです。だから俺と――付き合って欲しい」
涙と共に、頷くヒロイン。
こうして二人は、初めてのキスを交わすと共に、無事に結ばれてハッピーエンドを迎えるという内容としては王道なラブコメ。
それでもこの作品は、学校一の美少女であるヒロインと、普段物静かな主人公のキャラがとにかく良くて、そんな二人による甘酸っぱい純愛ラブストーリーは、知れば知る程引き込まれるものがあるのだ。
だから映画を観終わった俺は、正直涙を堪えるので必死だった。
流石に妹の隣で号泣するわけにもいかないため、俺はこの込み上げてくる感情を必死に堪えつつ、この温かい感情は一人になれる時までそっと胸の中にとっておく事にした――。
そうして俺は、隣の楓花はどうしているのだろうかと気になって、そっと隣へと目を向ける。
すると楓花は、無表情のまま残ったポップコーンをモグモグと食べているのであった。
どうやら楓花にとっては、残念ながらこの映画はそこまで刺さらなかったようだ。
でも漫画は読んでたわけだし、さっきはあれだけ楽しそうにしてたのになと思った俺は、なんて言うかそんな楓花を見てちょっとだけ残念な気持ちになる。
俺は感動できたから、出来ればこの感情を共有したかったのだ。
しかし、今の楓花は見るからに大して感動している様子では無かった。
きっと楓花なら、号泣でもするんじゃないかと思っていたのだけれど……。
「面白かったね」
楓花は、やっぱり無表情でそう呟くだけだった。
「――ああ、良い映画だった」
「うん、あのさお兄ちゃん」
「ん? なんだ?」
「お兄ちゃんは……ううん、やっぱ何でもない」
何かを言いかけて、やめてしまう楓花。
それが何なのかは分からないが、やっぱり楓花は楓花で、今の映画を観て何か思うところがあったのかもしれない。
そう思えた俺は、ちょっと安心すると共に、まぁ感じ方は人それぞれだしなと思いながら映画館をあとにしたのであった。
◇
映画館を出て腕時計を見ると、早いもので既に十六時を少し回っていた。
まだ帰るには少し早いなと思いながら、俺は隣を歩く楓花の方を向く。
映画館へ来る前に、ディスティニーがなんちゃらと楓花が行きたがっていた店にでも付き合ってやろうかと思ったのだが、どうにも楓花は映画を観てから様子がおかしかった。
「おい楓花、まだ時間あるしさっきの店行くか?」
「――ううん、今日はいいや」
「そ、そっか」
――やっぱりおかしい。
何かずっと考え事をしているように、無表情で隣を歩く楓花。
結局この日は、そのままどこへも寄り道をせず真っすぐ帰宅する事となった。
そんなわけで、映画を観てからずっと様子のおかしかった楓花。
普段はウザいぐらい騒がしい楓花の急変に、もうなんだか映画の余韻に浸る感じでもなくなってしまう。
しかし、気になるからといって下手に干渉するのも良く無いよなと思い、とりあえず俺は晩御飯の時間までVtuberの動画でも見て暇を潰す事にした。
どうせあの楓花の事だから、メシでも食えばケロッと元気になってるだろうと思いながら――。
ガチャッ――。
だがその時だった。ノックもせず、に突然俺の部屋の扉が勝手に開けられる。
そして――。
「お兄ぢゃあああああん!!」
いつもの赤いジャージに着替えた楓花が、何故か半べそ状態で突然部屋へと入ってきたかと思うと、そのまま俺に飛びつくように抱きついてくるのであった。
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