第18話「外出」
家を出た俺と楓花は、町の中心街の方へと歩いて向かう。
空を見上げれば、今日は雲一つなく綺麗に晴れ渡っており、柔らかにそよぐ春風が心地よかった。
桜は既にほとんどが散ってしまっているのだが、これから夏に向けて暖かくなっていくんだなと思うと、それだけでなんだかワクワクとしてきてしまうのだから不思議だ。
「――あ゛ー、疲れたぁ。もう歩きたくないー」
しかし、そんな清々しい休日だというのに、隣の引きこもり干物人間にとってこの陽射しは、ただただ過酷なだけだったようだ。
強引についてきたくせに、早くも楓花は休日に表を歩いている事を後悔するように、げっそりとした様子だった。
「まだ五分も経ってないだろ……嫌なら帰ってもいいんだぞ?」
「無理、お兄ちゃんおんぶしてー」
「それこそ無理だわ」
「――ちっ、ケチ」
ケチじゃない。何が悲しくて、休日に妹を負ぶって町中を歩かないといかんのだ……。
そんな無理なお願いは即却下しつつ、それからぶーたれる楓花を宥めつつ中心街へとなんとか辿り着いた。
今日は休日な事もあり、中心街に近付くにつれて道行く人も徐々に多くなり、都会では無いが田舎でも無い、この丁度良い感じの賑わい具合が俺は結構気に入っていたりする。
この町へ来て一年とちょっと経つが、大方どこに何があるのかは把握しているし、一年の頃はよく晋平と一緒に駅前のハンバーガーショップとか行ったりしたものだ。
そんな事を思い出しながら、俺は今日の目的地である映画館を目指して歩く。
しかし、今日は楓花も連れているため、道行く人が増えてきたことでようやく俺は自分が置かれている状況ってものを理解した――。
そう、ふと周りに目を向けてみると、道行く人のほとんどが俺達の方をジロジロと見てきているのだ。
――そうか、そう言えばそうだった……。
別に、慣れてしまったとか、そういうわけではない。
ただ相手は妹だから、気が付いたら気が抜けてしまっただけだ。
そうだった、今日の楓花はオシャレをし、更にはお化粧までしているのだ。
その姿は普段にも増して、この町の四大美女にして大天使様をしているのだった――。
そんな、突然現れた美少女の姿に道行く人はみんな驚き、まるで憑りつかれた様に目を奪われてしまっているのであった。
それは彼女連れの人であっても同様で、普通ならば彼氏に対して彼女が怒ったりするものだろう。
しかし楓花の場合、そんな事にはならなかった。
何故なら、その彼女までもその姿に一緒に驚いてしまっているからである。
ここがもし都会ならば、芸能事務所のスカウトとかされるのかもしれない。
それ程までに、楓花はただここに存在するだけで、周囲の視線を釘付けにしてしまっているのであった。
しかし、ここは生憎の地方都市だ。
そもそもこんな町に、芸能スカウトの人なんているはずもなく――。
「あ、あの! すいません! 私、こういうものです! も、もし興味がお有りでしたら、こちらに連絡を頂けないでしょうかっ!」
……前言撤回。いた。
楓花であれば、こんな地方の街でも普通にスカウトされてしまうのであった。
声をかけてきて男の差し出す名刺を確認すると、それは誰でも知っているような大手芸能プロダクションの名前が書かれていた。
――いやいや、流石に偽物でしょ!?
そう疑いながらもっとよく名刺を確認すると、どうやらこの人の所属は企画部で、その上ちゃんと役職もついているようだ。
見た目は中年過ぎといった感じで、清潔感のある私服を身に纏っており、役職的にも見た目的にもとてもスカウトするような人には見えなかった。
「いやぁ、休日だから実家に用事がありまして、たまたまこの町に帰って来てたんですよ。そしたらとんでもない美少女がいらっしゃったので、驚いて思わずこうして声をかけてしまいましたよ。昔は私もスカウトしていたんですが、流石にこの出会いを逃してはならないなと思いましてね」
そう男性は、苦笑いしながら事情を説明してくれた。
成る程、言っている事が本当かどうかは判断つかないが、その説明については正直納得が出来た。
要するに、こんな地方都市にたまたまいた、芸能プロダクションの人でも驚いて思わず声をかけてしまう程、人の目を惹き付けてしまったというわけだ。
とりあえず今日のところは、名刺だけ受け取ってその場を立ち去ったのだが、中心街へ着いてすぐにこれだ。
それだけ今の楓花は、否が応でも目立ってしまっている証拠だろう。
「――ふんっ」
しかし当の本人は、先程一枚ずつ受け取った名刺を見ながら鼻で笑うと、全く興味無いのかその名刺を俺に差し出してきた。
「なんだ? いいのか?」
「別に興味無いし、どのみち面倒だから無理。わたしがそんな活動出来るわけないでしょ」
胸を張り、自信満々にそんな事を言う楓花を見て、俺はたしかになと思った。
そもそもこのダメ人間に、多忙な芸能人など務まるわけがないのだ。
だがこうして、ただ歩いているだけでも本物の芸能人のように周囲から注目を浴びてしまうのは、流石は四大美女といったところだった。
「あっ! お兄ちゃん、あそこ寄っていい?」
しかし楓花は、やっぱりそんな周囲の反応なんて微塵も気にしない。
あくまでマイペースに、たまたま通りかかったアニメグッズのショップに興味を示すと、キラキラとした目でそこへ行こうと俺の腕を引っ張ってくるのであった。
別に行っても良いのだが、時計を見ると次の映画の上映時間まであと三十分ちょっとしかない。
それを逃すと次は三時間後とかになってしまうため、楓花には悪いが今寄り道をしている余裕なんて無かった。
「いや、次の映画まで時間が無いから後にしてくれ」
「え、これから映画観るの?」
「あれ? 言ってなかったか? まぁ、俺は元々そのつもりだったから」
「まぁいいけど、お兄ちゃんと映画か――うん、それはむしろ――」
「ん? なんか言ったか? まぁそういう事だから、先に映画館行くぞ」
何かに納得したように、楓花は一人ニヤつきながらうんうんと頷いていた。
その意味は全く分からないが、とりあえず珍しく俺の言葉に納得してくれたようだ。
だから気を取り直して映画館へ向かおうとするのだが、楓花はそれでもこの場を動こうとはしなかった。
「でも、ちょっとだけならいいでしょ!」
そう言って、勝手にそのお店へ入ろうとする楓花。
だが、俺は知っている。
こういう時の楓花のちょっとは、決してちょっとでは済まないという事を――。
だから俺は、仕方なくそんな楓花の腕を掴む。
「ダメだ。お前のちょっとはいつもちょっとじゃない」
「やだ! ちょっとだけ! わたしのディスティニーが、きっとあそこで待ってるのっ!」
「あーもう! 我儘言うなっての、置いていくぞ」
なんだよディスティニーって……。
腕を掴まれても全く諦めない様子の楓花に、俺が呆れながらも腕を離さない。
そんな兄妹で言い合いをしていると、事件は起きた――。
「おいお前、嫌がってるだろ。風見さんから手を放せよ」
突然そんな声をかけられた俺は、驚いて声のする方を振り向く――。
するとそこには、見た事の無いイケメンの男が立っており、そして楓花の腕を掴む俺の事を強く睨んできているのであった――。
――え、なにこれ?




