第17話「初めての休日」
高校二年になってから、初めての土曜日がやってきた。
つまり、初の休日である。
この一週間、思い返せば本当に色々あった。
なんでも、一つ下の世代は奇跡の世代なんて呼ばれており、そしてその中でも東西南北の名の付く中学校に一人ずつ、四大美女と呼ばれるとんでもない美少女がいる事を知った。
そしてなんと、そのうちの二人がうちの高校へと入学してきており、しかもその内の一人は妹の楓花の事であったのだ――。
そして今では、もう一人の四大美女である柊さんとも一緒に帰る関係になっており、俺の周囲の環境はこの一週間で大きく変化しているのであった。
正直、この短期間で色々ありすぎて俺もパンク寸前のため、ようやくやってきたこの週末、俺は自分のための時間に当ててリフレッシュしようと思っている。
だからとりあえず、土曜日の昼から家でグダグダ過ごすのも勿体ないなと思った俺は、丁度見たい映画もある事だし、今日は一人で映画鑑賞へ出かける事にした。
別に誰かと遊びに出かけてもいいのだが、今日は何も気を使う事無く、一人で自分のためだけに時間を使いたい。
そう思い立った俺は、とりあえず服を着替えると、それから一階へ降りて歯を磨いて身支度をしていたところ、俺が使用中だというのに突然洗面室の扉が開けられる。
「――あれ? お兄ちゃんだ、おはよう」
驚いて振り向くと、そこにはいつもの赤いジャージを身に纏い、髪の毛は寝ぐせでぐしゃぐしゃになっている、完全に寝起き状態の楓花が立っていた。
「――おはよう。とりあえず、今はまだ俺が使ってるからちょっと待ってくれ」
「――あれ? お兄ちゃん出掛けるの?」
「ん? あぁ、ちょっとな」
「ふーん、どこに?」
「いや、だからちょっとな」
「言えないところ行くの? 怪しいなぁー」
「怪しくないから。いいから出てけって」
まだ寝ぼけている様子の楓花は、ぼけーっとしながらも俺がどこに行くのか気になるのか、俺が出てってくれと言っても扉のところから一切動こうとはしなかった。
「――じゃあ、わたしも一緒に行く」
「はっ?」
「もう決めたから」
「いや、お前家から出ねーじゃん」
そう、いきなり一緒に行くとか言いだしたが、楓花はこれまで学校以外の用事で家を出る事なんてほとんどないのだ。
あるとすれば、アニメグッズとかゲームの発売日に出掛けるぐらいだが、それも親に送迎して貰っているから、基本的に休日楓花が外を歩く事なんて皆無に等しいのだ。
だから中学時代、楓花の私生活は謎に包まれており、その結果、大天使様なんて呼ばれてしまっていたわけだが、実際は極度の面倒臭がり屋なだけで、ずっと家に引きこもってアニメを見たりゲームをしているだけの、正真正銘ただの干物女なのだ。
「高校生になって、わたしも変わったんですー」
しかし楓花は、そう言って歯を磨く俺の隣に立つと、並んで一緒に歯を磨き出した。
そして、どうやら楓花は本気で一緒に出掛けるつもりのようで、俺を逃がさないように空いた方の手で俺の服の裾をぎゅっと掴んできた。
「離してくれないか?」
「はわわまふぇーん」
「あのなぁ……」
「むうぃふぇーす」
ダメ元で頼んでみたが、楓花はやっぱり服を離してはくれなかった。
せっかく外行き用に着た服が伸びてしまっても困るので、仕方なく俺は楓花が歯を磨き終えるのを隣で待つ事にした。
こうして歯を磨き終えた楓花は、歯を磨いてスッキリしたのかもうすっかり目も覚めたようで、俺の手を両手でぎゅっと握ってきた。
「十分! ――いや、三十分だけ待ってて!」
「なんで増えてるんだよ……」
「女の子の準備には、色々と時間がかかるものなの! 三十分と言わず一時間!」
「――ったく。三十分だ」
「らじゃー!!」
ビシッ! と一回敬礼をした楓花は、それから急いで自分の部屋へと駆け込んで行くのであった。
そんな嵐のような妹を見送りつつ、俺はこのまま楓花を無視をして出かける事も出来るのだが、さすがにせっかく支度をする妹の事を放って出掛けるなんて、そんな鬼畜な真似は出来ない。
結果、今日は一人でのんびり過ごしたかったのだが、仕方なく楓花の事を待ってやる事にした。
それから、俺は部屋で一人楓花の支度が終えるのを待っていると、きっちり三十分が経過した頃、ようやく楓花の部屋の扉が開かれる音が聞こえてくる。
――やれやれ、本当に三十分ギリギリだな。
心の中でそう愚痴りつつも、やっと出かけられると思って俺も立ち上がると、勢いよく部屋の扉が開かれる――。
「おっまたせー! さ、行こう!」
「本当だよ、結構待ったん――」
少しも悪びれない楓花に、俺は呆れながら返事をするのだが、部屋へ入ってきた楓花を見て思わず俺は固まってしまった――。
一体いつ買ったのか、白地に青い花柄模様のワンピースを着ており、肩にはその花柄と合わせた青の可愛らしいショルダーバッグ。
そして、元々整いすぎているその顔には薄っすらと化粧まで施されており、その結果、ただでさえ四大美女なんて呼ばれている楓花だが、今日の楓花は普段とは見違えるほど綺麗になっているのであった――。
「ん? どうしたのお兄ちゃん?――あっ、もしかして見惚れちゃったかなー?」
そんな楓花を前に、俺が驚いて固まってしまっていることに気が付いた楓花は、そう言って面白がるように俺の事を茶化してきた。
だが、今回ばかりは本当に楓花の言う通りだったため、こんな時俺はなんてリアクションしたら良いのか分からない。
「――あぁ、そうだよ。お前もちゃんとしたら、その、本当にヤバイのな……」
結果、俺は素直に感想を告げた。
本当にヤバイと思ったから、それはもう本当にヤバイのだ。
こんなにちゃんとした楓花なんて、ここ数年で記憶にない。
つまりは、成長した楓花がおめかしをした姿を見るのは今日が初めてであり、まさかここまでとんでもないことになるのだという事を、俺はこの目ではっきりと分からされてしまったのであった――。
「えっ? そそそ、そうかなぁ」
すると楓花は、俺の返事を聞くや否や、それはもう分かりやすく恥ずかしがる。
さっきまでの勢いはどこへやら、恥ずかしそうに横を向くと、自分の頬をポリポリと指で掻きながら、ニヤっと変な笑みを浮かべていた。
そんな分かりやすい妹にちょっと笑ってしまいながらも、おかげで変な緊張も解けた俺は、時間も勿体ないし早速出かける事にした。
「ふぅ、まぁいい。さっさと出掛けるぞ」
「えっ? う、うん! 行くっ!! 楽しみ!!」
こうして俺は、元気良く手を挙げながら返事をする楓花を連れて、今日は一日休日を満喫する事にしたのであった。
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