第16話「バニラアイス」
「お兄ちゃ~ん! アイス取って~!」
帰宅後、いつもの干物スタイルになった楓花は、いつものソファーへダイブして横になると、今日も今日とて自分では一切動こうとはしない。
人にアイスを取らせて、大好きなアニメを見ながらケラケラと笑っていた。
そんなダメ妹に呆れながらも、甘い俺は仕方なく冷凍庫からアイスを取り出して、楓花へと差し出す。
「ほらよ」
「えー、バニラー? わたし抹茶がいいー」
「あのなぁ、だったら自分で取れよ」
「お兄ちゃん、何事もホウレンソウが大事なんだよ? 複数味があるなら、事前に何味が良いか相談しなきゃ、社会に出たらやっていけないよ?」
「何もしないお前が社会を語るな。だったら先に報告しろっての」
こいつマジでと思いながら、俺はちょっとした仕返しに楓花のおデコにアイスをくっつけて渡してやる。
すると楓花は、アイスの冷たさに「あぎゃっ!」と変な声をあげながら驚いていた。
こうして渋々バニラアイスを手にした楓花は、不満そうな顔をしながらもスプーンでアイスを一口食べると、その目をキラキラと輝かせながら「やっぱりバニラしか勝たん!」と言い出した時は、流石に引っ叩きたくなってしまった。
そんな自由過ぎる楓花に、また余計な事を言われないうちに、俺はさっさと自分の部屋へと向かう事にしたのであった。
◇
自分の部屋へとやってきた俺は、いつも通りPCの電源を入れると、今日もVtuberの配信を探す。
しかし、今日はこの時間帯、残念ながら目ぼしい配信は一つも見当たらなかった。
諦めた俺は一度ぐっと伸びをしながら、今日の帰り道の出来事を思い出す。
家ではさっきみたいにいつも干物で、学校でも他人に興味を示さない楓花だけど、一度本気を出して振舞ったら、まさかあそこまで周囲に影響力を及ぼす程だとは思わなかった。
中学の時の通称名が「大天使様」なのも頷けてしまう程、あの時の楓花は兄である俺から見てもまるで本当に天使のように思えてしまったのだ。
そんな、自分の妹の知らない一面を知れた今日の出来事は、良かったと思える反面、少し怖くもあった。
ずっと一緒だと思っていた妹に、俺もまだ知らない一面があった事が怖かったのだ。
もしかしたら、他にも俺に見せない一面があるんじゃないかと思うと、これまでの積み重ねが嘘のようにすら思えてきて、一体どの楓花が本当の楓花なのか分からなくなってくるような――。
まぁそれは言い過ぎだとしても、今日は楓花の凄い一面を知れて良かったとポジティブに捉える事にして、俺は気を取り直して推している桜きらりちゃんの過去の配信動画を観る事にした。
――ガチャッ。
しかしその時、扉の開く音がした。
その音に驚いた俺が視線を向けると、そこには下でアニメを見ながらアイスを食べていたはずの楓花が、またしても勝手に人の部屋へと入ってきたのであった。
まぁこうしてノックもせずに勝手に入ってくるのは楓花ぐらいなのだが、先程考え事をしていた相手の登場に俺は兄妹だというのに少し緊張してしまう。
「なんですぐ部屋に行っちゃうのよ」
どうやら俺がすぐ部屋へと籠ってしまったのが気に食わないようで、少し膨れながら文句を言ってくる楓花。
「そんなの俺の勝手だろ?」
「じゃあわたしも一緒にいるー」
「なんでだよ?」
「わたしの勝手でしょ」
「――いや、ここは俺の部屋だぞ?」
それとこれとは話が違うだろと言っても、楓花は問答無用に俺の隣に座って持ってきたバニラアイスを食べ出した。
そして何が楽しいのか、楓花は俺の隣に座ると「ンフフ」と変な笑いを漏らしていた。
「なに? あ、もしかしてアイス一口欲しいの? 仕方ないなー」
そんな自分勝手な楓花に呆れていると、楓花は何を勘違いしたのかアイスをスプーンで掬うと、そのまま「あーん」と言って差し出してきた。
「――いらねーっての」
「照れちゃってー。いいから、はい、あーん」
「あのなぁ」
「あーん」
「――ったく」
どんどん迫ってくる楓花を前に、俺は仕方なく口を開ける。
――しかし、いくら妹相手でも、やってみると中々恥ずかしいな……。
はやく入れるなら入れてくれと思っていると、楓花は気にする素振りは見せずそのままスプーンを俺の口の中へ――入れる直前で手を止めると、楓花はそのスプーンを自分の口へと運んだ。
「うっそぴょーん! あげないよーだ!」
そして楓花は、してやったりというようにドヤ顔を浮かべながら悪戯に笑い出す。
そんな楓花の悪戯に、俺は内心かなりしてやられた感を感じつつも、そんな事はバレたくないからここは鼻で笑って誤魔化す。
「――はいはい、満足か?」
「えー、何その反応? 本当は食べたかったでしょ?」
「いらねーっての、合わせてあげただけだ」
そして、用は済んだならもう帰れと払うように手を振ると、楓花はそれが不満なのか、思いっきりその頬っぺたを膨らませる。
「――なによそれ!」
「なによって、言葉のまんまだよ」
「はぁ? お、お兄ちゃんはわたしのアイス食べたくないっての!?」
「食べたくねーよ別に」
素っ気なくそう答えると、完全に怒ったのか楓花は勢いよく立ち上がると、そのまま部屋から去っていく――かと思いきや一度立ち止まり、それからくるりと振り返って、また俺の隣へと戻ってきた。
その謎過ぎる行動に、なんだなんだと俺は少し身構える。
すると怒った楓花は、再びアイスをスプーンで掬うと、そのままそのスプーンを俺の口へとねじ込んできた。
「どう!? 美味しい!?」
「ん? んん」
スプーンを咥えながら、喋れない俺は首をコクコクと縦に振って頷く。
最初は驚いたが、口に広がるバニラの味はたしかに甘くて美味しかった。
すると楓花は、満足したのか俺の口からスプーンを引き抜くと、満足そうな笑みを浮かべながら仁王立ちする。
「良かったねお兄ちゃん、こんな可愛い妹と間接キスできてっ!」
そこまで言われて、俺はようやく気が付いた。
あぁそうか、強引過ぎて意識する間も無かったが、今のは一応間接キスになるのかと。
でも、妹と間接キスしたところで……というのが正直なところだけど、ここでそういう事を言うと、また楓花が不機嫌になるのは目に見えていたため、ここは俺も話を合わせてやる事にした。
「――あぁそうだな、嬉しいよ」
すると楓花は、相変わらず仁王立ちしてドヤ顔を浮かべているのだが、恥ずかしいのか見る見るうちにその顔が真っ赤に染まっていくのが分かった。
そんな楓花がちょっと面白くて、俺は更に追い打ちをかける事にした。
「ちなみに、もうそのスプーンは俺で上書きされてるからな」
「は? べ、別にそんなの余裕だし?」
「じゃあ、今ここで食べてよ」
「い、いいよぉ? いくよぉ?」
「うん、ほら早く」
売り言葉に買い言葉。こうして余裕ぶった楓花は、少し震える手でスプーンでアイスを掬うと、思い切った様子でぱくっと口に含んだ。
「あ、間接キス――」
だから俺は、ちょっと驚いたフリをしながら悪戯にそう言って反応すると、楓花は顔を更に真っ赤にする。
そして、仕返しのように俺の肩を一回叩くと、そのまま部屋から出て行ってしまった。
そんな分かりやすい楓花を見送った俺は、どうやらこの勝負も俺の勝ちだなと思いながら、再びVtuber鑑賞に戻る事にした。
それから暫くの間、隣の部屋がドタドタと騒がしかったけれど、今日はそっとしておく事にした。




