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憲兵、左遷される

 王国から遥か西の彼方に、悪いことばかりする意地悪な奴らがいた。

 その名は魔族。魔王率いる、悪しき心を持つ種族だ。

 魔族は人々の暮らしをおびやかし、昼夜を問わず好き勝手していた。

 さすがに大きな街にやってくる馬鹿はいなかったが、街の外や力のない小さな村はこの限りでない。

 みんな迷惑していたが、その悪行に敢然と立ち向かい、戦い続けている冒険者たちがいた。


 これはそんな彼らの物語……ではない。



「ユージーン、探したぞ」


 振り向くと、そこには同僚の男が立っていた。

 憲兵隊の制服をだらしなく着崩したその男は、肩で息をしながら俺を睨んでいる。

 断っておくが、特にこいつから睨まれるようなことをした覚えはない。

 むしろ貸してやった金はいつ返すんだと、こっちが睨みつけてやりたいくらいだ。

 と、まあそれはさておき、


「ジャックか。どうしたんだ、そんなに息を切らせて」

「……言ったろ、お前を探してたんだ」


 息を整え、ジャックはそう言った。


「ったく、あちこち歩き回りやがって……。お前な、こないだも一悶着あったばっかだろ。少しは休むってことを覚えたらどうなんだ?」

「休んでるさ」

「あのな、巡回は休むとは言わねえんだよフツー」


 そうか?

 まあ、こいつが言うならそうなんだろうな。

 ……巡回中にしれっと女を口説くのもどうかと思うが。


「──っと、こんなとこでお前と話し込んでる場合じゃねえ」


 コホンと咳払いをして、ジャックは俺を見据えた。

 その厳めしい表情に、こちらも思わず身構える。

 口の悪い男だが、こいつがこんな顔をするのは珍しい。


「何かあったのか? まさか、またダンジョンの外に魔物が?」

「え? ああ、まあ……マモノみてえなもんだな」


 握った拳に力がこもる。

 だとすれば、一大事だ。


 魔王が嫌がらせ目的で勝手に生み出す地下迷宮、ダンジョン。

 嫌がらせとある通り、ダンジョンが生成されるのは大抵が人里のすぐそばだ。

 これらは主に冒険者ギルドが管理し、強固な塀や覆いを兼ねた出入口を建てることで、勝手に立ち入れないよう対策がされている。


 が、しかし上層の魔物はこれといった縄張り意識がなく、あぶれた個体がダンジョンの外に出てきてしまうことがあった。

 そのため俺たち憲兵隊は年に一度、冒険者ギルドと共同で上層に溜まっている魔物を一掃するのだが。

 ごく稀に、中層以降のより縄張り意識の強い魔物が外に出てくることがあるのだ。


「おお……ちょっ。おいおい、そう力むなって。みたいなもんって言ったろ、ホンモノの魔物じゃねえよ」


 ジャックが慌てて肩を叩いてくる。

 なんだ、魔物じゃないのか。


「ほんとお前、仕事中は冗談が通じねえよな」


 わざとらしくため息をつきながら、ジャックはボソリと呟いた。

 もはや何も言うまい。

 余計なお世話だとか、そもそも仕事中に冗談なんか言うなとか、色々と思うこともあるが。


「で、結局何なんだよ」

「おお、そうそう。隊長が執務室に来いってさ」

「……隊長が?」

「おう、何か大事な用件があるっぽいぜ」

「ふうん?」


 あの隊長が、ね。

 なんだか嫌な予感がするが……。


「ほら、早く行けって。グラハム・マクバーニーの記念プレートは、俺が代わりに磨いといてやるからさ」


 そう言うや否や、ジャックは俺が用意した水の入った桶とボロ布を手に取り、トンっと自分の胸を叩いた。


「そうか、助かる」

「いいってこと。ついでにこれで借金をチャ──」

「すまん、任せたぞ」


 一言礼を言って、俺は支部に向かうことにした。

 ただ、これで貸した金をチャラにしたりはしない。

 そう心に決めながら、歩みを進める。


 グラハム・マクバーニー──この街で最も尊敬されていた憲兵の名だ。


 憲兵としてはかなりの高齢だったが、時には揉め事を起こしたごろつき共を縛り上げ、時にはダンジョンから溢れた魔物共を駆除し、街の治安維持に努めていたマクバーニー。

 その活躍ぶりから、下手するとこの街の憲兵隊の隊長よりも名前が知られていたかもしれない。

 実際、正義感の強さから一部の有力者に煙たがられていたらしく、彼は生涯出世とは全くの無縁だった。

 だがそれでも、この街──オブディシアの住人はもちろん、街を拠点にしている名うての冒険者でさえ、彼を慕い敬っていた。

 今では世界有数の腕利きとされる彼らも、駆け出し時代に一度は助けられたことがあるという話だ。

 冒険者ギルドの壁には、彼に贈られた名誉Aランク冒険者の証と、記念プレートが飾られている。


 そして、彼は俺の育ての親でもあった。


 どういうことかって、別に珍しい話でもない。

 俺が孤児で、親がいなかった。それだけだ。

 な、今どきよくある話だろ?


 ただまあ、孤児になった理由があまりに情けないこともあって、わざわざ自分から人に話したりはしないけどな。

 関係を訊かれても親戚だと濁してるし、それはそれで別に嘘は言っちゃいない。

 もっとも、知ってるやつは知ってるだろうから、それも焼け石に水かもしれないが……。


 顔も知らない俺の両親は、赤ん坊の俺を置いて夜逃げしたんだそうだ。

 それを知った遠縁のじいさんが、残された多額の借金と共に俺を引き取ってくれた。

 ちなみに借金は一括でじいさんが返したらしい。


 ろくでなしの両親が今どうしてるかは誰も知らないし、別に知りたくもない。

 俺にとって家族はじいさんだけであり、じいさんは俺の目標だ。

 じいさんの大きな背中を追いかけながら、いつかその意志を継ぐのだろうと考えていた。


 そして、その"いつか"は、望まない形で訪れた。

 無敵と思われていたじいさんが病に伏せ、そのまま帰らぬ人となったのだ。

 享年七五歳──。あまりに唐突で、呆気ない別れだった。


 じいさんの遺言通り、埋葬はひっそり執り行われることになった。

 墓掘りや神父が帰り、一人残った俺は、じいさんの墓前に誓いを立てた。

 マクバーニーの名に恥じない、立派な憲兵になってみせると。


 俺は一四歳で国家憲兵の試験を通過し、王都での数年の訓練・実働期間を経て、常々希望していた故郷のオブディシア支部にめでたく配属された。

 何度か憲兵はやめて騎士にならないかと話を持ちかけられたこともあったが、一旦持ち帰って考えたフリをしつつ、最終的には丁重にお断りさせてもらった。

 俺に騎士になる気は毛頭なく、その考えは今も特に変わっていない。

 ともかく俺は一人の憲兵として、愛する街の治安維持に努めた。

 

 で、その三年後──つまり今日。


「ユージーン・マクバーニー。貴殿を本日付で、オブディシア支部より、ホワイトエンド駐在所での勤務を命ずる」


 いきなり執務室に呼び出された俺は、でっぷりと腹の出た隊長から、異動を命じられてしまった。


 行先はホワイトエンド。

 北の果てにある、町か村か判別に困る辺境の土地だ。

 そんなのありかよ。

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