レオナ
25
「あの子の話を聞かせてくれないか。」幸太がその少女たちを前に切り出した。
二人は先に訪れた警察である程度の内容を確認したあとその病院に来ていた。
「なんの?」リーダー格らしい派手な化粧の少女が訝しそうにこたえた。
「・・・レオナのことだ。」落ち着いた口調で幸太が再度尋ねた。
「だから何を言えっていうんだよ!?」その声はその病室を飛び出し廊下に反響して隣の病棟に消えていった。
「・・・教えてくれないか。・・・あの子がどんな子でどんな暮らしをしていたか。」
「はっ?!施設に言って聞けばいいじゃない?私達はなにもしらね〜よ。」痩せた少女があざけるように言葉を継いだ。
「学校にも行かないで、飯食って、糞して、寝てました〜ってか?」そういいながら大声で笑い、その様子に他の二人も薄ら笑いした。
沙紀のなかを呵責が走り巡った。
幸太がじっと少女たちを見た。
「第一その女がちゃんと親やっていたらこんなことにはなんなかったんだろう?こんなところまで来て、何考えてるんだか。」少女が沙紀をみてその姿を罵った。
「おぅ!その通りだ。」幸太が低いその声で少女を叩いた。
「俺たちの罪は認める。・・・だがな、お前たちがしていたことも事実だろ。」
少女は何食わぬ顔で「はぁ〜?なんのこと?なに言ってんだか、このおじさん。」少女は小ばかにした様子で幸太を睨んだ。
気にする素振りも見せないで幸太が返す。「・・・ふざけていて許される場合じゃないことだってことが判らないか?」
少女の睨みを見下すように幸太が睨んだ。
怯んだ少女がその視線を沙紀に移した。「ウゼ〜んだよあんたら!第一あんたはこの女のなんなんだよ?」
視線を幸太に定め直した少女に幸太がこたえた。「婚約者だ。」
「へっ?!・・・あんた馬鹿?あの子はあんたの子供じゃないんだろう?そんなののためになんで?まさか愛がそうさせるとかダルいこというんじゃないんでしょうね?」少女はあきれながらもその顔に興味を表した。
「おう!俺はこいつに惚れている、だから結婚する。惚れた女の子供だ、俺の子供になるはずだった子供だ。だからここに来た。だから今お前たちに腹を立てている。」
「いいか、お前らの屁理屈を受け入れるほど俺は寛容じゃない、お前らの境遇を優先させて考えるなんて俺の器じゃ無理なことだ。」
「俺のこの痛みは、今ここでお前たちから受けている、こいつの痛みだ。そしてもう話すことができないあの子の痛みだ!人の罪を煽ったところで、お前らが犯した罪は消えないんだぞ!」
沙紀の前で幸太が見せたことのない表情で少女たちを恫喝した。
「そんなことしったことか!あいつが勝手に出て行ったんだろう!?私たちはこんな怪我させられてんだよ!その上なんで怒鳴られなきゃなんないだよ?!私たちは被害者なんだよ!」
「ふざけるな!!殺されたも同然のあの子以外に、被害者がいるわけないだろう!!あえて言うが、いいか、お前たちがしてきた事実は消すことなんてできないってことを肝に命じておけ!それがどういう形でこれからお前たちに影響するか、お前たちのこれからの言動しだいだってこともな!」
「落ち着きなよおじさん。普通に話そうよ、ねっ、」鼻の骨を処置した少女が制するように口を挟んだ。
「私たちは同じ施設の仲間だったんだし、その中でのことは私たちにしか解らないことだってあるんだし。」
幸太がその少女を睨んだ。
「仲間だぁ〜!?・・・あの子がお前たちの仲間だったのなら、どうしてお前達はここにいる!?8歳の少女に怪我までさせられる理由はなんだったんだ!?」
一回り少女達を睨みつけたあと幸太が声を更に荒げて言った。
「8歳の女の子が高校生のお前らに向かっていったなんて・・・どんな恐怖が、どんな怒りが、あの子の中にあったのか!いつまでもふざけた口きいてるんじゃね〜ぞ!!」
少女たちの声が消えた。
その口論にかき消されていた沙紀のすすり泣く声が唯一その病室を支配した。
しばらくの沈黙の間も幸太は真っ直ぐ少女達を見ていた。
もはや少女達に言い返す言葉はなかった。
幸太は泣き続ける沙紀の肩に手を置き病室から出ることを示唆した。
沙紀はうつろな意識の中それに従った。
病室を出てゆく二人の背中を見るとはなしにぼんやりとした視線で追いながら少女たちは、後悔を押し込めていた言い訳の軽さを感じていた。
幸太の言葉に後押しされた後悔は、言い訳を押し上げその罪を見せつけた。
26
留置所の面会室の中で男が沙紀を睨んでいた。
沙紀は視線を合わせられず、ずっとそのガラスを固定している枠を見ていた。
幸太はじっとその様子に時を任せていた。
やがて男はレオナのそのときの様子を、映画のシーンを思い出すかのように、詳細に二人に語った。
その男はレオナのその生涯に幕を閉じようとする間際に現れ最後の話し相手となった。
一通りの内容を話し終えた男は沙紀に向かって訊いた。
「どうしてあの子を捨てた?あんたは親なんだろう?どうしてのうのうと生きている!あの子があんなふうに死ぬことを、あんたが産み落としたときにあんたが決めてしまったんだぞ!」男が声を抑えて沙紀を責めた。
沙紀はまた、唯々泣いていた。
幸太が静かに応答した。
「その通りです・・・。きっと誰が聞いても許し難い行為だと思います。」
少しの間をとって幸太が更に言葉を継いだ。
「私は・・・いままでいつも性別の区別なく“人”としての思いを優先してきました。」
鼻で深く吸い込んだ息を口から吐き出し、唇をその歯に巻き込むように硬く閉じた後、幸太はその思いを、ガラスの向こうの男を真っ直ぐ見て続けた。
「でも・・・でも、このことに関して、私は女性であるこの人が抱えたその呵責を理解できていません。それはきっと一生わからないことなのでしょう・・・。」
「・・・しかし、その私でさえ潰されそうなこの心を、どうにか奮い起こしてこうしてここに伺っています。・・・それが当事者であり、ましてや、女であり、あの子を産んだこの人の辛さは、きっと私の比ではないだろうということは理解しています。」
「いままで・・・この人はそんな思いをあの子を産んでからこれまで、抱えてきたのも事実なんです。まして、償う対象のあの子が亡くなってしまった今に至ってしまっては・・・。」その感情に断ち切られまいと言葉を続ける幸太が、我慢しきれず言葉を詰まらせた。
幸太が呼吸を整えるまでの少しの間沈黙が幸太の思いを受け継いだ。
「・・・ありがとうございます。あの子の言葉に心を傾けていただいて。・・・真剣にその思いを受け入れていただいて。本当にありがとうございます。」幸太はその思いを正直に男に告げた。
男が黙って幸太を見詰めた。
沙紀は腰を下ろした椅子の上で体を折って泣いた。




