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拾い子進撃譚

作者: でぃー太




「え、ジゼルったら()()拾ってきたの?!」


私の腕に抱えられ眠る子猫を見て、友達のカテリーナが目を丸くした。



「うん、そこの道で声を嗄らして鳴いてたから連れてきちゃった。近くにほかの猫も居なかったし、弱ってるみたいだったから」

「連れてきちゃったってあんたねぇ……。これで何匹目よ?」

「ええと、猫のヨルミとアイノに犬のジーコでしょ。あと、うさぎのミズがいるから……。この子で五匹目ね」


家で待っているかわいい子たちの事を思い浮かべながら指折り数えていると、カテリーナは困ったように頭を抱えた。


「……一応聞くけど、今名前が出た子達も全員拾ってきた子なんでしょ」


私はカテリーナの言葉にコクンと頷く。


ヨルミはこの子猫と同じように道で鳴いていたところを拾って、アイノは鳥に襲われてる所を助けたら家までついてきたから一緒に暮らしている。

犬のジーコは目の病気を理由に捨てられそうになっていた所を見つけて連れ帰って来て、うさぎのミズは誰かの悪戯で体中を怪我していたから治療のために家に連れ帰ってきた。


「でもあなた、うさぎは治療したら自然に返すって言ってなかった?」

「いやぁ、最初はそのつもりだったのよ?でもミズったら何度お別れしても家に戻ってきちゃうんだもの。そんな可愛いことをされちゃったら、離れがたくなっちゃってさあ」


ぴすぴすと小さな鼻を動かし、人参をかじる可愛いもふもふが頭に浮かび、思わず頬が緩む。


「いや、その気持ちは分かるけど、ちょっとハイスピード過ぎない?」

「なにが?」

「生き物を拾ってくるスピードがよ!たった一か月の間に生き物を五匹も拾ってくるなんて一体どんな体質してるのよ。絶対、何か引き寄せてるでしょ」

「えー、そうかなあ」

「そうよ!」


勢いよく頷くカテリーナが面白くて思わず笑みをこぼすと、頬を膨らませた彼女に「もう、笑い事じゃないわ」と怒られた。可愛い。


もう少し話していたいけど、この子猫の手当てもしないといけない。


私は名残惜しさを感じつつ、彼女に別れを告げた。



◇◆◇




私はよくものを拾う。

それはちょっとした小物だったり、ハンカチだったり、生き物だったりと様々だ。

別に拾い物を集める趣味があるだとかでは無い。ただ、目の前にものが落ちてることが多く、それを放置出来ない性格なだけだ。

その拾い物が小物ならまだ良い。落とし主を探してその人に返せばいいのだから。


だけどこれが生き物の場合はそうはいかない。


犬のジーコのように自ら引き取ったケースも稀にあるが、基本的に生き物との出会いは偶発的に起こるケースが多い。その上、出会った殆どは他に行き場のない子達なのだ。


だからもし今日のように生き物を拾った場合、治療をして自然に返したり、里親を探したりする事が多い。それでもどうにもならない場合はヨルミやアイノの様に私が引き取り、一緒に暮らすことになる。


だが正直な話、生き物の多頭飼いはそれぞれの好き嫌いを把握したり、生き物ごとの特徴を理解したりと大変なことばかりだ。

かかる費用も馬鹿にならない。


だから、生き物を拾ってくる度に私はこの子を最後にしてもう生き物は拾わないようにしようと誓うのだが、いざ目の前に弱っている子や行き場のない子が現れると、今日のように勝手に身体が動いてしまうのだ。


何度もどうにかしようと試みたが、この習性ばかりはどうにもならない。そもそも、私は前世からこうなのだ。

最近ではもう今更直せないだろうと半ば諦めている。


そう、前世。

もしかしたら今、突然でてきた不思議な単語に首をひねった人がいるかもしれないが、平凡な私にはこの習性の他に実はもう一つだけ、他の人には無いものがある。

それが前世の記憶だ。

私には生まれた時から前世の記憶があった。

この国で女店主として魔法道具を作って売る店―――魔法具屋を営んでいた記憶が。



私は前世でも今と変わらず沢山のものを拾っていた。

が、今世と少し違うのはその拾ってきた生き物に人間が含まれていた事だ。


あ、いや勘違いしないでほしいのだが、私は誓って人攫いのような犯罪行為はしていない。

何故か知らないが、私がいた地区には捨て子や、やばい人間から逃げ出してきた子がやたら多かったのだ。いや、本当に。


最初に拾った子は悪質な奴隷商人から逃げてきた少年だった。

この国では今も昔も奴隷の存在は認められていない。

だが、昔は今よりもずっと奴隷に関する規制が緩く、裏では多くの奴隷が様々な目的で売買されていたのだ。

母親に売られたと暗い瞳で語る少年をどうにも放っておけなくて、私はこの子を養おうと決心した。


……なんてカッコつけて言うと聞こえは良いが、正直少年に自分を重ねてしまったと言うのもある。

実を言うと、前世の私も貧しい村に生まれ、口減らしの為に捨てられた所を初代魔法具屋店主―――父に拾ってもらった口なのだ。

父はたくさんの愛情の下、本当に大事に私を育ててくれたから捨てられた寂しさだとか孤独を感じることはなかった。


それでも、私は今でもこうして落ちているものに自分を重ねてしまい、無視できずにいる。

だって私自身、父に―――お父さんに拾ってもらえなかったらどうなっていたか分からない身なのだから。

自己投影というのか、同気相求というのか。


それに父が病で亡くなって以来、私自身無意識に人との関わりを求めていた節もあったのかもしれない。


そういう事情もあって、私は少年と共に暮らし始めたのだった。




そして少年と出会ってから、六年後。

私が拾ってきた子供の人数は七人に増えていた。ついでに言うと、猫と犬と鳥も拾っていた。

いや、大家族か。


なんであんなことになったんだっけ、と生まれ変わった今も思うのだが、気づいたらああなっていたとしか言いようがない。

幸い営んでいた魔法道具屋は繁盛していたため、お金に困ることはなかったが家の中は毎日てんやわんやのお祭り騒ぎだったことをよく覚えている。

中でも前世の人生で最後に拾った子がかなり尖りまくった性格だったので、なかなかスリルのある日々を送っていた。


いやあ。あの子、喧嘩になると本気で私を殺しに来るから毎度ひやひやしたものだ。

魔法道具がなかったら多分死んでた。まあ、新作の道具を試す良い機会でもあったから別にいいんだけど。


閑話休題。


そんなこんなで賑やかに日々を過ごしていたのだが、私の人生はある日突然終わりを告げることとなる。


その日、私は注文されていた魔法道具の納期日だった為、朝から山道を歩いていた。

何人か子供たちが運ぶのを手伝うと申し出てくれたのだが、荷物はそんな多くなかったし、山道を何人も連れて歩くのは危険だと思った私は一人で目的地へと向かっていた。が、思えばこれがいけなかった。

今までも何度か行ったことのある場所だったし、油断もあったのだと思う。


ひぃひぃ言いながら山を登っていた私は突然現れた山賊達によって命を奪われた。


全てはあっという間の事だった。

背後から突然襲われ、気づいたときには既に私の身体は地面に倒れていた。

多分、後ろからグサリと刺されたのだと思う。背中が燃えるように熱かったから。

山賊がなにか騒いでいるのが聞こえたけど、私のポンコツな耳は既にそれを聞き取る能力を持たなかった。

ただ痛くて、熱くて、寒くて、朦朧となる意識の中で真っ先に浮かんだのは家で待ってくれているであろうあの子達の事だった。


ああ、あの子達は私がいなくなったらどうなってしまうんだろうか。

食事―――は最近作ってもらいっぱなしだったな。

家事―――も私なんかより上手にできる子が何人もいるし、お金―――はしばらく困らない程度には貯めてある。家計簿管理も子供たちがしてくれてたし、あれ?もしかして私ったらただの役立たず?


……うん。あの子達はなんだかんだでしっかりしているから、私が居なくても大丈夫だ。

あの子達なら、大丈夫。

あの子達は、大丈夫。


大丈夫じゃないのは、私だ。

あの子達の成長を最後まで見れないのが、こんなにも悔しくて、腹立たしい。

まだまだしてあげたい事が沢山あるのに。話したいことが沢山あるのに。

早く、家に帰ってみんなの事を抱きしめたいのに。


なのに、どうして身体が動かないのだ。どうしてあの子達の名を呼ぶことさえできないのだ。


とうとう身体に全く力が入らなくなり、徐々に自分が生から遠ざかっていくのがよく分かった。


だからせめて。

もう二度とあの子達と会えなくとも、笑いかけてもらえなくとも、名を呼ぶことさえできなくとも。

私はあなた達の幸せを願う。

どうか、どうか、あの子達の未来が輝かしいものでありますように。

幸せでありますように。



大好きなあの子達の可愛い笑顔を思い浮かべながら、私はとうとう耐え切れずに瞼を閉じた。



こうして私の一度目の人生は幕を閉じたのだった。






そうして次に目を開いた時、私はおんぎゃーと泣き叫ぶ元気な赤子となってこの世に生まれ落ちていたという訳だ。


緑に溢れたのどかな田舎に生まれた今世の私は、幸せなことに生まれてから何一つの不自由なく、すくすくと育った。

家族にも恵まれて、年の離れた可愛い弟までいる。

そんな申し分のない環境で育ったにも関わらず!結局、現在に至るまで私は自分のこの、すぐにものを拾ってしまうという習性を直せずにいる。



さて。そんなどうしようもない私だが実は現在は親元から離れ、街で一人花屋を営んでいる。

本当は今世も魔法道具屋をやりたかったのだけど、今世の私には魔法道具を作れるだけの魔力が無かった為、魔法道具を作ることが出来ないのだ。本当に本当に残念でならないが、こればっかりはどうしようもない。


だが、無いものをいつまでも渇望しても仕方がない。

どうしても自分の力で何か成し遂げたかった私が魔法道具屋が出来ないならば、と代わりに考えついたのが花屋だった。

花は前世から魔法道具の次に私が好きなものだった。

魔法道具屋が忙しくて大人になってからは触れる機会がなくなってしまったが、幼い頃は父とよく色々な花を育てたものだ。


花屋になると決めてからは早かった。

コツコツとお金を貯め続けた私はつい先月、やっとこの街に建物を借りることが出来た。

一階が花屋で二階が私の住居になっている。小さいけど可愛くて素敵なところだ。


田舎にいる両親には「親離れにはまだ早いよぉぉ」と泣かれたのだが、粘りに粘った結果、何かあったらすぐに戻ってくること、何かなくても頻繁に顔を見せることを条件に何とか許してもらえた。もう少し落ち着いたら、顔を見せに帰ろうかな。

⋯⋯まあ、正直毎日文通してるから話すことあんまり無いけど。


あの村でゆったりとスローライフを送るのも素敵だなとは思うけど、どうやらこうして自分で店を営む方が私の性に合っているらしく、充実した日々を送っている。経営楽しい。




カテリーナという優しくてキュートな友達もできたし、店もなかなか幸先の良いスタートを切っている。

今の人生に不満なんてなにもない……のだが、一つだけどうしても気になることがある。



それが、子供たちの事だ。


あの子達は皆しっかり者だから、ちゃんとやっているかなんて心配はしていないけど、あの子達がどんな風に育ったのか。どんな仕事に就いたのか。今、何をしているのか。

前世で見届けることの出来なかった皆の未来が気になって仕方ない。


会って話をしようだなんて思わない。

あの子達にとって私は既に過去の人物。もう死んだ人間だ。

それなのに今更、前世だなんだと言って悪戯に顔を出せば、未来に進み始めている彼らの邪魔をすることになる。

だから必要以上に関わらないと決めた。彼らが元気に生きているのを見届けて、それで終わりにするつもりだ。



調べたところ、どうやら前世の私が死んでから現在までトータルでまだ十七年しか経っていない。

きっと探せばあの子達を見つけることは十分可能だろう。



それに実は、いま生活しているこの街。

私が前世で生活をしていた街と同じ街なのだ。

それが狙いで店を借りた訳ではないが、誰か一人くらいは今もこの街で生活しているんじゃないかと期待したことも事実。

昔からずっと会いたいという思いはあったのだが、距離や諸々の事情で断念し続けていた。

だが大人となった今、障害は何もない。

これはもう、何としてもあの子達の顔を見るしかないと思うのだ。

まあ、今はまだ店の事で手一杯で何も調べられてないけど、多分何とかなるだろう。

もう少し余裕が出来たら、あの頃の事を調べながらみんなの事をゆったりと探すつもりだ。




◇◆◇



「よし、出来た」


カテリーナと別れた後、家に戻った私は先住人の猫たちに見守られながら子猫の手当てをしていた。

子猫はずっと鳴き続けていたせいで疲れていたのか、手当てを終えた今も眠り続けたままだ。

おかげで手当てがしやすくて助かったけど、あまりに目を覚まさないものだから死んでないかと心配になる。


子猫用にくつろげるスペースも作ったし、取り敢えず今できることはこれくらいだろう。

後はゆっくり休ませてあげよう。

目を覚ました時に子猫が驚かない様に、先住人の皆には一先ず離れてもらった。


「また今度、紹介するからね」


話しかけると、猫のヨルミがまるで言葉を理解しているように短く一つ鳴いた。

か、可愛いぃぃぃ……。


他も子達もそれぞれ尻尾を振ったり、頭をこすりつけてきたりと反応を返してくれる。

え、何この空間。天使しかいない。


そのあまりの可愛さに思わず、フローリングの上をゴロゴロと転がりながら悶える。

うちの子、最強⋯⋯。


暫くはそうして幸せを噛みしめていたが、そろそろ花の手入れの時間なのを思い出し、私は慌てて下にあるお店へ向かった。





花屋は見た目以上にハードな仕事だ。

朝は早いし、全ての花の様子をよく観察しなければならない。

その上、少しでも手入れを怠ればすぐに形として現れてしまう。

でもだからこそ、やりがいのある仕事だと思う。


手をかけた分だけ形に現れる所は魔法道具と同じだなあ。


共通点を見つけ、嬉しくなりながら店頭に飾っている花の水を入れ替えていると、近所に住んでいるおじさん――ミゲルさんから「毎日偉いね~!」と声をかけられた。


「ありがとうございます。大変ですけど、毎日楽しいです!」

「はははっ!いいね、素敵だねえ。ジゼルちゃん自身が楽しそうに育てているからなのか、この店に売ってる花はどれも生き生きして見えるよ」

「それじゃあ、花を買う際は是非うちを御贔屓に!」

「そうだね。今度、うちの娘が結婚するんだけどその時の花はジゼルちゃんにお願いしようかな」

「ありがとうございます!」

「一か月後に結婚式なんだけど間に合うかな?」

「はい、大丈夫です」


私が頷くと、ミゲルさんは顔を綻ばせた。


「良かった。申し訳ないんだけど、この後用事があるから費用とか詳しい話は明日改めてでも良いかい?」

「全然大丈夫です。何時にいらっしゃるかお決まりですか?」

「五時ごろが良いかな」

「かしこまりました。それではまた明日、ご来店お待ちしてしておりますね」

「うん。きっと娘も喜ぶよ」


そう言ったミゲルさんは幸せそうに微笑むと「それじゃあ、また明日」と去って行った。


「ありがとうございました」と頭を下げながら、私は思わぬ所から入った大きな仕事に心の中で拳を握りしめる。

油断すると嬉しさのあまり「でぇゅふふ」と変な声が出てしまいそうなので、代わりに歌を口ずさみながら仕事を再開した。

私は前世から感極まると笑い方が気持ち悪くなるのだが、この前カテリーナにめちゃくちゃ真顔で「その笑い方、絶対直した方が良いよ」と言われた。声のトーンがガチだった。だよね、私もそう思う。



「雑草も~、人間も~、みんな毎日生きているっ、るんたらったったったったったんっ」


花の手入れをしながら作詞作曲私のオリジナルソング『イエス☆森羅万象』を歌っていると、突然後ろから誰かに強く腕を掴まれた。

驚いて咄嗟に振り返った私は、そこに居た予想外の人物に思わず息を呑む。


風で揺れる度にきらきらと輝く銀の髪に、涼やかな印象を与える整った顔立ち。

記憶にある姿よりだいぶ大人っぽくなった気がするが、私がこの子の事を見間違えるはずがない。


振り向いた先に居たのは、七人いた子供の中で一番最初に出会い、誰よりも長く共に時を過ごした少年―――ルカだった。



最初、私のことを警戒してろくに寝れず、寝不足気味だったルカ。

でもそのうち心を開いてくれて、ごくたまにデレてくれるようになったルカ。

熱が出た時、うなされながらお母さんを呼んで泣いていたルカ。

私のあまりのポンコツ加減にどこのおかんですかと問いたくなるくらい身の回りの世話をしてくれるようになったルカ。

成長すると共に反抗期に入ったのか、あまり目を合わせてくれなくなったルカ。


久方ぶりに見るその姿に前世の思い出が一気に蘇る。

しっかり者で律儀で優しかった可愛いルカ。

そのルカが!今!私の目の前にいる!

事情は全く読み込めないけど、ルカが目の前にいるのだ!


元気そうで良かった。もうすっかり大人になったなあ。

元々大きかったけど、身長更に伸びたね。

今は何してるの?新しい友達は出来た?ていうか、恋人できた?

他の子達はどうしてるか知ってる?


グルグルと色々な言葉が頭の中に飛び交う。

なんて声をかけようかと迷っていると、ルカの綺麗な水色の瞳が私を映した。


「その歌は、どこで?」

「⋯⋯へ?」

「いま、口ずさんでいた歌、を、どうして知ってるんですか」


言われてる意味がわからずに首を傾げると、ルカはなにかに気づいたようにパッと掴んでいた私の腕を離した。


「あ、突然失礼しました。その、今あなたが口ずさんでいた歌、俺も聞いたことがあって、つい」


確かに私は前世でもこのオリジナルソングを歌っていたからルカも知っているはずだけど、何で今更そんな事を聞くのだろう。


と、考えてから私は他人行儀なルカの態度にふと当たり前の事実を思い出した。


⋯⋯あ、そうか。私、生まれ変わったんだった。

久しぶりにルカに会えた喜びでそんな事、すっかり頭から抜け落ちていた。

昔と今では顔も身体も全く違う。

ルカにとって今の私は他人行儀もなにも、実際今日初めて出会った赤の他人なのだ。


浮ついていた気分が一気に萎んでいく。


って、いやいやいや。違う、違う。自分で必要以上に関わらないって決めた癖になに落ち込んでんの、私。

思ってた形とは違うけど、こうして元気なことを確認出来て良かったじゃないか。


「あの……?」


ぶんぶん頭を振って湧いてきた感情を打ち消していると、ルカから声をかけられた。

その顔には戸惑いの色が見て取れる。

あ、いけない。私ったら混乱のあまりルカの質問を無視してる。


「すみません、なんでもないです。えっと、質問なんでしたっけ。たんぽぽの美味しい食べ方についてでしたっけ?」

「いや、そんなこと一言も聞いてません。と言うか、たんぽぽって食べれるんですか」

「食用のものがあるんです!サラダとかにしても美味しいですし、遠い国では薬としても使われてるらしいですよ」

「へえ……って、いや、だからたんぽぽの事は今はどうでもよくて。俺が聞いたのはあなたが口ずさんでいた歌についてです。その歌、どこで知ったんですか?」

「あ~、えっと、ですね……」


まさかここで正直に前世の記憶があるからなんて話す訳にもいかない。

私は冷や汗をかきながら必死に誤魔化す言葉を考える。


「ま、街ですれ違った人が歌ってたんです」

「……それ、どんな人だったか覚えてますか」

「ごめんなさい、一瞬の事だったのでよく覚えてなくて」

「そうですか」


そう言うと、ルカはしばらく何かを考えるように下を向いた。

⋯⋯嘘ってバレてない、よね?


暫くの沈黙の後、ルカはふと顔を上げた。


「突然、こんな事聞いてすみませんでした。えっと、このお店は花屋ですよね」

「ええ。そうですけど……」

「それじゃあ、おすすめの花でブーケを作ってもらってもいいですか」

「は、はい。かしこまりました。どのくらいの大きさにいたしましょうか」

「部屋で飾れるくらいの大きさで」

「それなら少し小さめにお作りしますね。少々お待ちください」


内心ドキドキしながらルカとの会話を済ませ、ブーケ作りを開始する。


きっとルカの用件はさっきのでもう済んだはずだ。それなのに、わざわざブーケを注文してくれたのは何も買わずに出ていくのは気が引けたからだろう。相変わらず、気遣いの出来る優しい子だ。


どうしようかな、と少し悩んでから結局スイートピーがメインの花束を作ることにした。

スイートピーの花言葉は門出。なにかおめでたい事が合った時や新しいステージへ進むときに贈られることが多い花だ。

今日、私と出会ったからと言ってルカの人生が変わることは無いだろうけど、私からルカへ向けての精一杯のエールのつもりだ。それにスイートピーは今が旬の花。とても綺麗に咲いているから、この花を使えば素敵なブーケが出来るだろう。


せっせと思いを込めて作ったブーケに仕上げにルカの瞳と同じ色のリボンを結ぶ。

私の大好きな色だ。


「お待たせしました」


遅くなってしまったと急いでルカの方へ振り返ると、水色の瞳とばっちり目が合った。

まさか、ずっと見てたんだろうか。私、集中するとすごい顔になるからあまり見ないで欲しいのだけど。


「……えっと、完成がこのような感じになるんですけど、大丈夫でしょうか」

「ええ、大丈夫です」


ブーケを見て微笑んだルカに安心して思わず私まで頬が緩んでしまった。




「素敵なブーケ、ありがとうございました」


支払いを終えたルカが帰り際、そんな事を言ってくれた。


「でぇゅ―――」


嬉しさのあまり、危うくまたあの気持ち悪い笑いが出そうになった私は慌てて口を手で抑えた。危な。


「嬉しいお言葉、ありがとうございます。またのご来店お待ちしておりますね」


気を取り直し、素直に感謝の気持ちを伝える。

最後の言葉はいつもの癖だ。来店されたお客様全員に言っているからつい口から出てしまったが、恐らく彼と会うことはもう無いだろう。

元気な姿を見れればそれで良いと思っていたが、まさか会話ができるとは思わなかった。最後にこうして話せて良かった。


ばいばい、ルカ。元気でね。


私は幸せな時間の終わりに寂しさを感じつつ、遠ざかっていく彼の背中を見送った。







のだが。




「あれぇ?」


もう二度と会えないと思っていたルカは、何故か二日連続でこの花屋にやってきた。


まだ朝早く、静まり返る店内で私の間抜けな声だけが聞こえる。


居るはずのない人物にまだ寝ぼけているのかと目を擦ってみるものの、その姿が消えることは無かった。あれ、もしかして本物?


「⋯⋯なんで、居るの」

「昨日作っていただいたブーケがとても素敵だったので、今日も作っていただきたくて」


思わず漏れた馬鹿正直な呟きにも、ルカは真面目に返答してくれる。礼儀正しい、可愛い。


⋯⋯って、そうじゃないだろ自分。


隙あらば保護者面してしまいそうになる自分を振り払い、私は慌てて接客モードにスイッチした。

よく分かんないけど、取り敢えず花を買いに来てくれたらしい。

という事は、たとえ誰であろうとお客さんであることに変わりない。大丈夫、これでも私はプロだ。

動揺していようとしっかり他のお客さんと同じように接客して見せよう。


「今日は人にあげる用の花束をお願いしいんですけど、大丈夫ですか」

「え!もしかしてプロポーズですか?!!」


少し気恥ずかしそうに話すルカを見て、思わず近所に住んでいる噂好きのおばさんよろしく、身を乗り出して聞いてしまった。


あ、だめだこれ。全然接客モードに切り替えられてない。

いや、でも普通気になるじゃん。無理だよ、落ち着いてらんないよ。一大事だよ。


鼻息荒く問いかける私にルカは「いえ」と苦笑した。


「今月、同僚が結婚するんです。そのお祝いで」

「あ、あー!なるほど!!それはおめでたいですね」


なんだ、同僚さんにあげるのかあ。

ちょっと残念なような、ほっとしたような、不思議な気分だ。


いや、でも同僚さんの結婚祝いとくれば、いつも以上に気合を入れて作らないと。


「ええ。まあ、色々世話になったのでそのお礼も込めて」

「どんな感じにしたいとか決まっておられますか」

「……そう、ですね。淡い感じの花束がいいです。大きさは昨日より少し大きいくらいで」

「かしこまりました。それでは作らせていただきますね。お時間は大丈夫でしょうか」

「ええ、余裕をもって来たので大丈夫です」

「それではお待ちになっている間、良かったらそこの椅子に腰かけてお待ちください」


ルカは私の言葉に頷くと、店の隅に置いてあった椅子に腰かける。

店の雰囲気に合うように購入したアンティーク調の可愛い椅子だ。おそろいのテーブルも置いてあって、私も一息つきたい時なんかに使っているお気に入りの空間である。


ルカの様子を確認した私は花束づくりを開始する。


えっと、結婚祝いって言ってたから……。


頭の中で色彩とバランスを考えながらイメージを膨らませる。

よし、決めた。


店にある花から何種類か選び取り、試しにまとめてみると想像通りの可愛いブーケが出来たので微調節をしつつ、ラッピングを終える。


完成した花束をもって振り返ると、なんとまたもや水色の瞳と目が合った。

……やっぱ、なんか見られてるよね?


「あの、完成がこのようになります」


なんか変なことしてたかな、と不安になりつつ花束を見せるとルカは「素敵ですね」と微笑んだ。


「これはなんて言う花を使ってるんですか?」


その反応に安堵しつつ、会計を済ませると花束を観察するように見ていたルカからそう問いかけられた。


「主なのはガーベラとカモミールとミモザと言う花です。ご注文通り、今回は淡い色でまとめさせていただきました。また、ガーベラの花言葉は希望。これから幸せな未来を歩み始めるご友人にピッタリかと」

「へえ、そんな花言葉があるんですね。じゃあ、ほかの花も花言葉と関係が?」

「はい。カモミールの花言葉は友情。ミモザの花言葉は感謝です。僭越ながら少しでもル、お客様の気持ちがご友人に届くように思いを込めて作らせて頂きました」


危うくルカと口に出しかけて、慌てて言い換える。

説明しながら花束を手渡すと、ルカはまるで宝物を預かったかのように慎重に受け取った。

そして暫く、何かを考えるように無言で花を見つめるルカ。


「やっぱ、あげるの嫌だな」


どうしたんだろう、と思っていると不意にそんな呟きが聞こえてきた。


え"。それは一体どう言う⋯⋯。

私、もしかして何かやらかしてしまったのだろうか。


「えっと、なにかご不満なところがあれば⋯⋯」


我慢出来ずに声をかけると、ルカは呟きが聞こえていたとは思わなかったようで目を瞬いた後、少し困ったように笑った。


「あ、いえ。今のはそういう意味じゃなくて、むしろあまりに素敵なのであいつにあげるには勿体なく思えてきて」


あ、そういうことか。


ほっとすると共になんとも言えない嬉しさが込み上げる。


「そこまで言っていただけるなんて嬉しいです。ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ朝早いのにありがとうございました。また来ますね」

「はい、是非また―――」


来てくださいね、といつも通り反射的に答えそうになってから、ふと我に返る。

ん?待てよ?今、また来るって言った?


もちろん私的には物凄く嬉しいことだけど、ルカのためを思ったら私はこれ以上関わらない方が良いんじゃ⋯⋯。

いや、でもルカは私が前世の記憶を持ってるだなんて知らないはず。それなのに来店を断るっていうのもどうなんだ。それに彼が自発的にこの店に来る分には私が邪魔してることにはならない⋯⋯?

いやいや、でももし仮に正体がバレた時の事とか考えると⋯⋯。


私の頭脳が未だかつて無いハイスピードで回転する中、薄氷のような美しい水色と目が合った。


「あの、もしかしてご迷惑ですか?」


少し元気なく苦笑するルカを見た瞬間、私は考えるより先にちぎれんばかりの勢いで首を横に振って否定していた。あ、いま首、ごきゅって言った。


「そ、そんな訳ないじゃないですかっ!!!是非またいらしてください!!!!」


そうして気づけば、これ以上ない元気さをもっていつもの言葉を口にしていたのだった。

さようなら、理性。こんにちは、意志薄弱な私。


若干、いやだいぶ、声量を間違えている気もするがもう構わない。

今ここで下手に来店を断って万が一にでもルカの顔が曇るようなことがあれば、私は即座に土下座する自信がある。間違いなく全身全霊をもって謝り倒す。


私の言葉にルカは「良かった」と小さく呟いた。はい、可愛い。


「このお店、いつもこんな朝早くからやってるんですか?」

「はい。たまに花の仕入れとかで開けられない時もありますけど、基本的にはいつもこの時間からやってます」

「へえ、前は完全な夜型人間だったのに朝早いの平気になったんですね」

「そうなんですよ!前と違って今は寝起きでもあんまり頭がぼーっとしないから朝起きるのが楽で、楽で……って、え?」


あまりに自然に言われたので違和感なく話してしまったが、今この子、なんて言った?

私は確かに夜型人間だった。でもそれは前世での話だ。


つまり……。えっと、どういう事?


「それじゃあ俺、このあと仕事なので失礼しますね」


え、ちょっと、まだ話し終わってないよ!?


引き留めようかどうしようか迷っていると、店から出ていく寸前にルカが振り返った。

そうしてまるで悪戯が成功した子供のようにニッと笑う。

あ。その表情、大きくなってからはあんまりしなくなったやつだ。久しぶりに見た。


懐かしいそれに一瞬、全ての思考が止まる。


「花束、本当にありがとうございました」



ルカは最後にそれだけ言うと動けない私を店内に一人残し、出て行ったのだった。




⋯⋯え、ちょっ、だから、つまり、どういう事?!!!







この話はストックが溜まりすぎたので投稿したものなのですが、今書き溜めている連載ものが書き終わったらこちらも連載として書いていきたいと思っておりますので、その時は是非覗いて頂けたら幸いです。お読みいただき、ありがとうございました!





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― 新着の感想 ―
[一言] 愉快な仲間達が押し寄せて囲まれるのか、独占して徐々にバレていくのか、妄想が膨らみます! 面白かったです。続編が読みたくなる良い終わり方でした、、、! これからも応援してます!
[一言] 新作ありがとうございます! こう、あの、最高でした! (語彙力が低下して申し訳ありません) 連載お待ちしています!!
[一言] 連載お待ちしております! 私としては、一番尖った性格の子がどうなったか気になります。 もちろんルカと恋が始まるのか、という事もですよ。
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