中年おじさん、エリートツンツン青年に目の敵にされてます。
「◯◯さーん!これ、どこに持ってけばいいかな?」
「あ!坂本さん、そんな、私がもっていきますよ!」
「だーいじょうぶ!任せて。こうみえても若いとき、野球部だったんだからさ!」
「ありがとうございます…!」
坂本はもう60になろうとしている会社員だ。年齢なりに出てきている加齢臭のようなものに少し悩んではいるが、人のよさがその目尻の深いわらいじわに現れている、中年男性。出世はしなかったものの、若くからよく働き、そして明るい、優しい男だった。20代で結婚したが、妻は子をもうけることなく病死し、独り身。そんな辛い過去をおくびにも出さず、今日も職場の雰囲気を明るくするのに一役買っている。
部下も同僚も上司も、そんな坂本に多くのものが好感を抱いた。
「ごめんね、ここがわからなくて…。」
「ここはですね、ここに数式が入ってて、」
「すごい!動いた!さすがだねまる✕✕くん!」
「いやはは、そんな。」
坂本はアナログ人間で、四月からデータ入力がそこそこある部署に移ってきたものの、データ入力作業にとまどっていた。パソコンや数字を使うものは苦手なのだ。
何度も部下に教えを乞う坂本だが、とてもしたてにお願いしてくるのと、理解できると教えてくれたことに心のそこからの感謝をくれるので、別に皆は苦ではなかった。誰も坂本に自分で考えろだとか言うような人はいなかったのだ。
ーーーそう、彼以外は。
「坂本さん。それ聞くの六回目ですよね!?」
眉間にしわをよせ、もう黙ってられないとばかり声をあらげるのは、坂本の後ろに座っていた、長身の若い男。
整った顔はそれゆえ、睨み付けると迫力が増す。タッパのでかさも怖さのひとつだった。
「彼には違う仕事もあるんです。あまり聞かないできださい。」
「ご、ごめん!そうだよね、わかったよ。」
「影森さん、大丈夫てすよ、ぼく…、」
「影森さん、またやってるわ。」
「あの言い方はちょっとひどくない?」
ひそひそ女性の声が聞こえてくる。
影森が悪く言われるので、これはいけないと坂本は、あわててフォローした。もとはといえば一度で覚えられない自分が悪いのは、全くその通りなのだから。
「ほんとに、その通りだよね!影森くん、言ってくれてありがとう。✕✕くんも、教えてくれてほんとにありがとうね!」
全くその通りだと言う笑顔で影森に笑いかけ、すぐ✕✕に感謝の笑顔をし、また影森に目をやる。影森は明らかに不機嫌そうになっていた。✕✕に感謝した瞬間から。
なんで?あ、一瞬目をそむけたから?
申し訳ないけど、許してほしい。✕✕くんには、教えてくれたことへの感謝も伝えたいから。
そうこうしてるうちに影森は振り替えって机に向かった。
今度こそ、ごめんと✕✕に目で伝え、坂本はパソコンに向かった。
確かに聞きすぎだった。自分でもそう思う。昔から抜けてたけど、年を取るとさらに忘れやすくて困る。六回も聞いてたのか、よく見てくれてて申し訳ないな。面と向かって注意してくれたんだ自分で頑張らないと。
影森は、同じ部署に四月から本社よりやってきたエリートだ。まだ若いが社内成績一位。
しかも背が高くて容姿端麗。言うことのない完璧人間だ。
しかしながら、彼は自分にも他人にも厳しく、競争をあまりせずのんびりしたムードの会社において、少し浮き勝ちだった。
「課長、ここはこうしたほうが。」
「え、そう?」
「はい、今までのは非効率的です。具体的には…、」
「そ、そうかあ…。」
「おい、ここ間違えているぞ。」
「あ!すみません。」
「前も言っただろ。よく確認しろ。」
「は、はい…。」
「おい、合コン行こうぜ!影森も参加…、」
「前もいったが、行かない。ではお疲れ様。」
「お、おう、そうか。悪いな。」
こんな風に、言ってることは間違ってないのだかとにかくまわりと仲良くしようだとか優しく言おうだとかの気配が全くなく、ビシバシと口を開けば厳しいお言葉が出てくるので、回りの人はそのうち、あまり影森に業務以外で話しかけなくなった。
影森もそれでいいと思っているのか、昼時に席で一人でもとくになにも言わなかった。
ただ、坂本だけは、一人になった影森を見て、せっかく来てくれたのに、話せないのは寂しいなと思っていた。良いかどうかはさておいて、彼は生来のネアカ、そして生来のお節介なのである。
「影森くん、おはよう!見てよあれ、でっかい猫!面白いよね!」
「はあ。靴とるのでどいていただけますか。」
「あ!ごめん、ふさいでたね!」
こんな調子で、簡単な会話をしつっけた。
帰ってくるのはわずかな単語のみ。
それでも坂本は、他の人と接する時ぐらい、にこにこしていた。別に気を遣ってるとかではない。
いろんな人と話してきた坂本にとって、影森の反応は誰とも違って新鮮で面白く、息子ほど年の離れた若者と喋るのはそれだけで楽しかったのだ。
他のものならそのうち離れてくそんなやりとりが、別にほんとに気を遣ってる訳でなく続いていることに、おそらく影森も気づき始めたであろう回数が、1ヶ月のうちに繰り広げられた。
しかし二人が仲良く会話をすることにはならなかった。
むしろ逆になった。
「坂本さん!またですかっ!」
「ご、ごめん、影森くん!」
影森はなぜか坂本にだけ、異常に厳しさを増すようになった。
声をあらげるなんてことはなかったのに、なぜか坂本の些細な挙動も怒鳴り付けるようなったのだ。
なぜだろう、と、最初は話しかけすぎたかなと思いセーブするようにしたら、次の日から、いつもなら話しかける場面ではなしかけなかったとき、じっとり無言で睨み付けられた。クールな彼の、なんとも湿度を感じるその視線に圧倒され、たじろぎ、ごまかすようにいつもの調子で世間話を始めると、収まった。返事は塩だが。
話しかけられ続けるのが嫌だった、などではないらしい。
このように、結局理由はわからぬまま、影森の態度は硬化していったのだった。
とはいえ、理由の大半は坂本のミスなので、恨むことはおろか、未来ある若者を自分のせいで回りに悪評を広めたらどうしようとそればかり心配だった。
今は、坂本はパソコンに向かっている。
またデータにつまってしまったので、自力でなんとかしようとGoogle検索を立ち上げたのだ。
一本指打法で検索バーをたすか、なんてうてばいいかわからない。
「うーん?セル…?」
とりあえず聞き齧ったものを入れてみるも、さらによくわからない。
うんうんうなってると、後ろから殺気がする。
画面の反射でみえたのは、影森が腕をくんで自席からこちらをにらみつける様子だ。
しらべるだけでこんなにかかってて、給料泥棒だと思われてるに違いない!
坂本は視線に屈し、仕方なく、調べる単語だけでもとなりの✕✕くんに確認しようと考えた。
「ごめん、✕✕く…、」
その時、怒号が響いた。
「なんで俺に聞こうとしないんですか!!!」
影森だった。
話しかけようとした瞬間、溜め込んでたものが爆発したかのような声だ。
回りが驚いてこちらを見る。
が影森はそれに気づかないほど、坂本だけを必死に睨み付けている。
「え、い、いいの?だって影森くんもお仕事が、」
「俺はもう終わらせました!」
「そうなの?じゃあ、えっと、お願いしていい?」
影森はお願いする流れになると、ぷいとそっぽをむいた。あれ、と思うと、こくりとうなずいて肯定を返した。
あまり教えたくはないんだろう、でもほかのひとの邪魔させたり、給料泥棒しないために、教えてくれると言い出してるんだ。
そう解釈して、ほんとはきっと一分にいつかい怒鳴られるだろうなときはおもいのだが、そんなふうにおもってはいけないと自分を奮い立たせ、ありがとう!ごめんねーと笑顔を向けた。
笑顔を見た影森が、ぐっと眉間にシワをよせ、さらに顔がみえなくなるほどそっぽを向いた。
首を痛めないか不思議になる坂本は、その頬が赤らんでいることには気づかないのだった。