夢の中 2
間
恵夢:……あ……片付けなくちゃ。お父さんとお母さんが帰ってくる。
この二人どうしよう。カーペット替えなきゃ、新しいのドコだっけ?
包丁も洗わなきゃ……何をすればいいのか分からなくなってきた。
フと我に返ったように
恵夢:キャァァァ!! 何? 何で二人が倒れてるの? 二人共大丈夫……?
……死んでる……ウソ、誰がこんな……私!? 私が殺した……?
恵夢:私が殺した……? 確かに“殺してやるっ!!”って思ったけど、
本当に殺すなんて……。私は悪くない、私は被害者、
正当防衛で片付けられる。でも殺人には変わりない――……
声1:……そう、あんたが刺した、殺した。
声2:けっこう痛いんだよぉ? どれだけ痛いかワカル?
間
恵夢:あの二人の声が聞こえた時、私の身体は震えたった。
刺した瞬間を思い出したからだ。手に蘇る鈍い感触。見開かれた眼。
倒れていく肉体。私の身体がどんどん震えだした。
恐怖なんかではなく、歓喜の震え……二人を殺したという喜び。
暗転
声3:どうして二人を殺したの?
恵夢:気が付いたら刺してた。
声3:気が付いたら?
恵夢:そう。“殺したい”って思ったら自然と手が包丁に触れた。
声3:殺したいほど憎かったから?
恵夢:憎くはなかった。けど疲れちゃった……。
声3:疲れた?
恵夢:そう、疲れたの。
声3:傷つく人がいたとしても?
恵夢:傷ついたのは私。
声3:絶対に?
恵夢:絶対っていうワケじゃないけど、でもあの二人がいなくなった事で、
私は夢の中に入る事が出来た。
声3:夢の中って?
恵夢:……落ち着ける場所。自分の考えに入り込める場所。
声3:本当に? 今は現実? 夢?
恵夢:……ユメノナカ……。だって私は人を殺したりしないもの。
夢の中でのストレス発散法のハズだもの。
声3:夢ですか? では手を見て下さい。何色に見えますか?
恵夢:何色って、手は肌色に決まって……あか……赤……血の色? 嫌ぁ!!
間
恵夢:あの二人を殺してから常にある人が側にいた。
その人は優しそうな顔で私に語りかける。それが私にとっては辛かった。
何でこの人は私に笑顔を向けるんだろうと。
何でも話していいんだと、弱音を吐いていいんだと言ってるみたいに。
自分の一番弱い部分が我慢出来ずに、耐え切れずに悲鳴をあげた。
間
恵夢:物心ついた頃から、周りの大人に言われてきた。
「恵夢ちゃんは何でも自分で出来るのね」
「ご両親が良い大学を出てるのだから、恵夢ちゃんも良い大学に入ろうね」
「恵夢ちゃんはエライわねぇ。いつもテストで満点とって」
何が良い大学? テストで満点? 馬鹿にするな。
子供だと思って言いたい放題。好きで勉強してたんじゃない。
好きで良い大学へ行こうとしてたんじゃない……
周りがっっ!! 勝手に期待するからっっ!!
声3:周りが期待するから一生懸命頑張ってたんだね。
皆が自分を認めてくれるには勉強するしかなかったから。
辛かったね、もう泣いていいんだよ?
恵夢:……あのね、小さい頃にはなりたいものがたくさんあった。でも諦めてた。
始めからなれるわけないって分かってたから。
声3:どうして? やってみた事もないのに。
恵夢:自分の意見とか言えなかったから。親には「良い大学に入って、
良い所に就職しなさい」っていつも言われてたし……
声3:だから誰にも言えなかった?
恵夢:うん、その頃から自分の意見は言っても無駄だって分かってたから。
それにいつも黙って暗く教室の隅にいたから、クラスでも孤立してた。
だからイジメにもあった。大人に言っても信じてもらえないから、
耐えるしかなかった。それに学校では絶対に泣かないって決めてたし。
涙を流してる所を見られたらもっともっとイジメられるから。
声3:強かったね。でも一人くらいは仲の良い子いなかったの?
恵夢:いなかった。皆、私を嫌ってた。
声3:その中でよく耐えたね。偉かったね。
恵夢:……ずっと誰かにそう言ってもらいたかった。
誰も私を受け止めてくれなくて、夜、一人で親にもばれないように
泣くしかなかった。
間
恵夢:どうしてか分からないけど、この人には心が開けた。
泣きじゃくる子供をあやすかのように受け止めてくれて、
「泣ける事が良い事」……なんて一度もなかった。言われなかった。
初めて、私は心からの涙を流したような気がする。
暗転
声4:お前は何をしたか分かってるのかっ!?
恵夢:分かってる、人を殺すのは良くない事だって。
声4:分かってても人を殺した事に変わりはない、恵夢っ!!
恵夢:私は悪くないっ!! 第一こうさせたのはあんたたち親じゃないか!!
声4:親に向かってなんて口のきき方だ!!
恵夢:私の感情を殺していたのはあんたじゃないか。
あんたの気に入らない事をするとすぐ暴力に走るくせにっ!!
一流と名のつくもの以外には興味も持たせなかったじゃないか!!
声4:なら言うが、お前の為にどれだけの金をかけてやったと思ってるんだ!?
わざわざいらん金まで払って一流の学校に行かせてたんだぞ。
これも全てお前の為に……
恵夢:偉そうに大口たたくなっ!! 何が「いらん金」だ。
大人のエゴを子供に押し付けるな!!
私はあんたのおもちゃじゃない、二度と此処に来るなっっ!!
間
恵夢:初めて親に文句を言えた。まぁ、文句っていうよりもただ言いたい事を
言ったって感じだったけど。でもなんだかスッキリとした。
暗転
声3:どうしたんですか?
恵夢:私は殺した二人の為に何をすればいいですか?
声3:それは……誰にも分かりません。
恵夢:こういう事は辞書には載っていないので……分からないんです。
許しを請う事は簡単にできるけど……
声3:そんなに簡単に許せるものでもない。
恵夢:そう、だから余計に苦しいんです。
声3:眠りなさい。そうすれば教えてもらえます。
恵夢:何を教えてもらえるんですか?
声3:自分の本当の心を天使に教えてもらえるんです。
恵夢:……天使……ですか?
声3:そう、天使です。
恵夢:“人を殺した罪”と“自分を殺していた罪”とどちらが重いでしょう?
私が此処にいる事が罪だと思うんですが。
声3:どちらの罪も大罪です。罪を忘れる為に眠りにつきなさい。
恵夢:ずっと側にいて下さいますか?
声3:ええ、側にいます。
恵夢:……おやすみなさい。
間
恵夢:あの二人を殺した事で私の中の何かが変わった。
あの時どうしてキレたかなんて分からない。
そんな感情もあったかどうか分からない。
真実は夢の中にあるんだから。夢と現実が混ざり合って罪が生まれた。
罪を犯さないと夢の中にいられない事に気付いた、だから――……
私は二人を殺した事、後悔しない。
これを演じようと思ったら無理がありすぎるなぁ。と思いつつも書いたらそれだけで満足しちゃって。
書きかけで放り投げたままの話が他にもいくつかあったけど、今でも書けるかどうか。