人形の女主人(ミストレス) 4
ウーティス:中の線が千切れていく。心の導線が少しずつ消えていくわ。
外は動くの、でも中が動かないのよ。外面だけ取り繕って、
内面がないこれが人間。とても「ニンゲンラシイコト」だわ。
だけど何故? とても悲しい気持ちになってしまうのよ。
いつもこんな思いをしているの、人間って。
ナダが、人間らしい事が愚かだと言ってた意味が分かったわ。
だけどもう、引き返せないのよ。
私は人間になりたいと思い、願ったんですもの。
もう少し、もう少しだけ待って頂戴。
神が私を壊してしまう最後まで、この<人形の館>の女主人で
いさせて欲しいの。私に最後まで演じさせて。お願いっ……
カラン(戸の音)
ウーティス:いらっしゃいませ。<人形の館>へようこそ。
どうかなされました? ……私が人形? ええ、人形です。
造られた物ですから。え、何が可笑しいんですか?
笑ってないで答えて下さいませ。学生さんですよね?
制服を着ていらっしゃるから。
こんな時間まで何をなさってたんですか? 何故怒るんです?
お母さんみたい……? だってほら、こんな時間に制服を着て
歩いていらっしゃる方いないんですもの。
ウーティス:椅子にお掛け下さいな、お話が聞きたいですわ。
紅茶でもご用意致しましょう。え、お酒が飲みたい?
カクテルでしたらご用意できますが。ナダ、ナダ!!
あ、まだ買い物から戻ってきていないんだわ。
でしたら、私がお作り致しましょう。
少々お待ち下さいませ。
カラン(戸の音)
ウーティス:お帰りなさいナダ。カクテルを作って欲しいの、いいかしら?
私には《スコーピオン》を、お客様には《フロリダ》を。
ええ、お願いね。
あらあら、人形に見惚れているみたい。
ゆっくりと見て頂きましょう。そういえば最近、
人形を買っていく人がいなくなってきたわ、どうしてかしら?
こんなに綺麗な瞳をしているのに。
整った顔立ち、薄い唇、流れる髪。
人形を「怖い」という人もいるわ。どうしてなのかしら?
ナダ、御免なさいね、今日はもう休んでいて頂戴。
お客様こちらへどうぞ。カクテルのご用意ができましたわ。
ウーティス:え、《フロリダ》の材料ですか?
ごめんなさい、ノン・アルコールです。
ほら、やっぱり未成年の方にお酒を勧めるのはいけない事ですから。
カクテルのお話は終わりにしましょう。
私の名前を言っていませんでしたね。
私、この<人形の館>の女主人「ウーティス」と申します。
え・ええ、ここは<人形の館>人形が欲しいのでしたら
お売り致しますけれど。もしかして、プレゼントですか?
まぁ、正直な方ですねぇ。それでしたら少々オマケ致しましょう。
こちらの人形はいかがですか? こちらの人形がよろしいですか?
そちらの人形ですね、少々お待ち下さいませ。
喜んでいただけるといいですね。頑張って下さい王子様、
貴方のキスでお姫様の瞳が覚める事を願っていますわ。
それでは、ご機嫌好う。
カラン(戸の音)
ウーティス:もうお客様相手に喋るのがやっと。
なぁに? 十分喋っていたですって? 失礼ねぇ、貴方達は。
ほら、もう足が動かないのよ。腕も上がらなくなってきたわ。
指までも……中の導線が全て消えてしまうのね。悲しまないで。
私がいなくなってもすぐ、新しい女主人がここに来るから。
私の代わりはたくさんいるのよ。
人間はその人の代わりにはなれない。
けれど、人形の代わりはいくらでもいる、それが悔しい事ね。
ねぇ見て、もう自分の意志では動く事ができないのよ。
ただの操り人形になってしまうの。
だけどここに残れるわけじゃない、この世界から消えてしまうのよ。
だってただの操り人形になるんだもの。ああ、店を閉めなくちゃ。
ナダに怒られてしまうわ。今日はもう、おしまい。閉店。
ナダ:完全に壊れてしまう女主人。ただの人形となった。
なんで人間くさい人形だろう。くだらない事で傷ついて。
人の為に悩んで、理解しようとして。
まぁ、そこまでする人間も最近はいないけどな。
ウーティスのやっている事はただの夢物語でしかない。
本物の人間だって人間らしく生きていないのに、
どうして人間らしくいられるというのだろうか。
そこが分かっていないから愚かだというんだ。
だが、捨てるには惜しい感情でもある。まさか神は、
最も人間らしくする為にウーティスを造ったのだろうか?
ああ、まだ消えたくないと言っている。
神に逆らう事は誰にも出来ないというのに。
ウーティス:ああ、心が空になっていくわ……身体ももう動かない……
何を言ってるのだろう……何を喋っているのか分からない……
何故なの? 身体も何も動かない筈なのに今私は動いている。
……どうして?
ああそうか、ほんの少しだけ残った私の精神ね。
……何の為に人形は……私は造られたのかしら。
何故壊されるの? 神が私をいらないと言うの。
いらないと言うのなら、始めから造らなければ良かったのに。
……ナダは眠りについたわ。ナダはいいわねぇ、
神のお気に入りの人形だから、壊れる事も消される事もない。
私とは大違い。ふつふつと湧き上がるこの感情は何かしら?
気付いても無駄ね、だって私はもう消えるだけの人形だもの。
ああ……もう……おしまい…………The end.
倒れるウーティス
暗転(この間に衣装の早替え)
リアン:……Start. ナダ、この服でいい? 似合ってる?
カラン(戸の音)
リアン:いらっしゃいませ。<人形の館>へようこそ。
あたしは、この<人形の館>の女主人「リアン」です。
どうぞ、ごゆっくり人形をご覧下さいな。
はい? あたしの名前の意味ですか?
「リアン」とは「虚無」という意味です。どうかなさったんですか?
この店の前の女主人ですか、あたしは知りません。
だって本当に知らないんです。
人形劇ですか? 毎日、夕方から行っております。
勿論、語り部はあたしです。
人形達は夢物語を語る為に存在しているのですから。
こちらの人形でよろしいですか? 有り難うございます。
カラン(戸の音)
暗転
緞帳 下がる
演劇大会で審査員の先生達から評価とコメントがありまして……とある先生の所で「高校生には難しい内容です」と書かれていたんですよ。
えー? 書いたの高校生の私なんですけどー!?
と思わず大声出したのは仕方ないと思う。
他の先生方のコメントもありましたが「さすが3年生、一人芝居も堂々としていました」とかしか覚えてないんですよね。それくらい“高校生には難しい”にビックリしたんだと思います。




