人形の女主人(ミストレス) 3
カラン(戸の音)
ウーティス:いらっしゃいませ。<人形の館>へようこそ。失礼、中へどうぞ。
どんな人形をお探しですか?
私のような人形ですか……お上手ですわねぇ。
有り難うございます、とても嬉しいですわ。お話に詰まった……?
作家さんなんですか? 締め切り前……逃げ出してきた?
人形を見たくなったから? まあ、有り難うございます。
本当に人形がお好きなんですねぇ。
だってほら、人形達が喜んでるんですもの。
私の名前ですか? 「ウーティス」と申します。
……いい名前だと言われたのは初めてです。
この子ですか? 「ナダ」といいます。
操り人形ではありません、意思を持った人形ですわ。
何をお飲みになりますか?
カクテルでしたらご要望通りにご用意できますけれど。
勿論どんな種類でも。《ゴッド・ファーザー》ですね、
なら私は《ゴッド・マザー》を。
ナダ、《ゴッド・ファーザー》と《ゴッド・マザー》をお願いね。
ウーティス:カクテルが出来るまで何のお話をしましょうか?
人形のお話でもしましょうか。あら、私は奥様ではありませんわ、
女主人です。どちらも同じですわねぇ。
今夜の月は綺麗ですねぇ。……満月を見るのは久し振り。
いえ、月を見る事自体久し振りですけれど。「外に出ませんか?」
御免なさい。私は外に出られないんです。
足が動かないものですから。
真実ですか? ……月が知ってますわ。
戸の開く音
ウーティス:ナダ、有り難う。はい、どうぞ。え? 人形が見たい?
どうぞご覧になって下さいな。
先程からどの人形達も貴方をじっと見てましたもの。
人形達が1シーンずつ演じる
青い鳥より
ミチル:青い鳥を捕まえたら幸せになれるの。
だから、ずっとずっと探し続けるの。幸せの青い鳥を!!
ヘンゼルとグレーテルより
グレーテル:うわぁ、お菓子の家だあ。ヘンゼルお兄ちゃん中へ入ろうよぉ。
ヘンゼル:駄目だよグレーテル。中に誰か居るかもしれないだろう?
グレーテル:大丈夫だよぉ。ヘンゼルお兄ちゃん見て見てぇ!!
お家の中までお菓子で出来てるぅーーーー!!
ヘンゼル:グレーテル、早く家へ帰ろうよ。
幸福の王子より
王子:ツバメよ、僕の瞳を持っていくといい。ほらこのサファイアを。
僕の体にあるこの黄金も持っていくといい。
気にしないでおくれ、僕は、皆が幸せになれればそれで嬉しいんだ。
赤ずきんより
赤ずきん:おばあちゃんのお耳って大きいのね。
狼:可愛いお前の声を聞く為だよ。
赤ずきん:おばあちゃんのお目って大きいのね。
狼:可愛いお前の顔を見る為だよ。
赤ずきん:おばあちゃんお口って大きいのね。
狼:可愛いお前を食べる為さっっ!!
白雪姫より
白雪姫:お母様、貴女が殺そうとした白雪ですわ。
今日は私と王子様の結婚式の日。
その靴を履いて踊って下さいな、お母様。踊って下さらないの?
……熱いでしょう? だってその靴、真っ赤に燃えた鉄の靴ですもの。
とっても綺麗ですわお母様。本当に踊りがお上手ですわねぇ。
嗚呼、もう燃え尽きてしまったの?
ねぇ、誰かその魔女を何処かに捨て置いて。私を殺そうとしたのよ!!
ウーティス:童話は残酷ですわ。人形達も恐怖に怯えますもの。
……素晴らしい人形? 嬉しいですわ、そう言って頂けると。
あら……足が動きますわ。……有り難うございます。
ウーティス:あら、もう夜が明けますわ。一晩中お喋りもいいものですわね。
お話の方は書けそうですか? そうですか、頑張って下さいね。
……ねぇ、お暇でしたらまた来て頂けますか?
ええ勿論、《ゴッド・ファーザー》をご用意致しますわ。
それでは御機嫌好う。
カラン(戸の音)
ウーティス:……どうして足が動くのかしら?
壊れ始めると、どんどん身体が壊れていく筈ではなかったの?
だけど、この身体を駆け巡る奇妙な圧迫感は、一体……
ええ、分かってるわナダ。店を閉めるのね、閉店。
ナダ:神も人が悪い。いや、人ではなかったな。
「ウーティス」は今までで一番いい人形だ。
あそこまで愚かだと逆に可哀相に思ってしまう。
ただの傍観者をここまで飽きさせない人形。
だが、神は何を考えてあの人形の足を元に戻したのだろうか?
奇妙な圧迫感を残して。それとも新しい実験だろうか。
身体中の導線が『助けて』と悲鳴をあげてる頃だろうに。
ま、関係の無い事だ。
あの人間くさい女主人が、早く壊れてしまえばいいのに。