表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人外少女シリーズ

人外娘が人助けをしようとしたけど報われなかった話【人外少女シリーズ】

 ヴィンスはいつも、幼なじみのアルモリのことを気にかけていた。


 嫁入りの話が聞こえて来る年頃になっても、徒弟見習いの仕事を始めたヴィンスの後を追いかけて、まだ子供のように都市の路地を走り回っている。


「ヴィンスの兄貴! あっそぼーぜ!」


 そんな幼いセリフを聞くたびに、ヴィンスはため息をつく。しかし、本当に彼が妹同然に育った彼女について心配なのは、精神年齢などではない。


 見習いの仕事を終えたヴィンスが家へと帰っていると、案の定、アルモリの少女らしい甲高い声を聞いた。そしていやでも目に入って来る、ある特徴……。


「よっ、ヴィンスの兄貴! ……なにじろじろ見てんだよ? ああ、これか? カーチャンに作ってもらったんだ。触手、背中から真っ直ぐ出した方が楽だからヨォ、穴が空いてる服をさ!」


 半人外。


 十六歳の少女の姿に、普通はないものが背中から生えている。悪魔の魚と言われる、タコの触手だ。海沿いのこの都市で、見慣れたものも多い。そして、その宗教的位置づけも……。


「なあ、アルモリ。隠した方がいいぜ、それ。その、そんなふうにウネウネさせてたら、目立つしさ……」


「えー!? だって服の中に入れてると苦しいしさあ」


 アルモリの存在は都市では既に有名だった。大っぴらに悪魔の子、と罵るものすらいた。悪魔の魚の特徴を持つ少女……。


 ヴィンスは心配だった。そういう視線を一切この世に存在しないものとして無視するアルモリの姿勢と、それ故にまったく友達も話し相手もおらず、幼なじみのヴィンス自身のことしか頼れない現状を。


「なあ、アルモリ。お前もそろそろ大人になれよ。触手を隠して、嫁に行くんだ。幸い、もらってくれる人はいるらしいぞ。その、大っぴらにお前のことを悪くいう人も、そこまで多くはないんだし、今のうちにさ、その、なんというか……型にハマらなきゃ!」


「あー、うっぜえな」


 アルモリは手を頭の後ろで組んでうめいた。触手も蠢いて不満を示す。


「兄貴までカーチャンみたいなこと言うのな。いいんだよ。あたしは一人でも生きていけるんだから……。そうだ!」


 何か良からぬことを思いついたらしい。付き合いの長いヴィンスは嫌な予感を得る。


「貧民街で魚配ろうぜ!? ちょっと海行って来る! 捕ってくるからさ!」


 良からぬこと、というのは撤回しよう。ヴィンスは思った。しかし、同時に不安がもくもくと立ち上って来る。


「お、おい、お前、触手で漁をするのは漁師のおっちゃんらにいい顔されねーって……」


「いーからいーから! じゃ、行ってきまーす!」


 ※※※※※


 一時間後、魚でいっぱいの樽を触手で担いで街の貧民街までやってくるアルモリがいた。


「本当に捕ってきたよ……」


 半人外の怪力で少女の姿でも簡単にこんな芸当ができる。


 街路の人々がなんだなんだと目を見張っている。


 どすん、と、樽が土剥き出しの、貧しい地区の道の真ん中に置かれた。


「さーさーさー! 皆さん! 無料っすよー!? 一人一匹ずつなあ!?」


 普段なら我先に群がりそうなものを、道ゆく誰も反応しなかった。残酷だが、これが現実だ。ヴィンスは思う。これがアルモリへの社会的評価……。


「おねーちゃん! 一匹ちょうだい!」


 そう思っているところに、天真爛漫な声が響いた。見ると、十歳にもならない女の子がアルモリに向けて両手を差し出している。


「おっ、君、欲しいのか!? よし、一匹な!」


「お母さんの分もちょーだい!」


 それを皮切りに、皆ぽつりぽつり、と、魚を受け取り始める。結局、日が傾き沈みかけた頃には、すべての魚がみんなに配られた。


 ※※※※※


「いやー! 人助けすると気持ちがいいよな!? ヴィンスの兄貴!」


「ああ、そうだな」


 今回はうまく行ってよかった。ヴィンスは素直にそう思った。アルモリの気まぐれや思いつきは恐ろしいものですらある。


 過去にも色々やらかしている。だが、海に潜って触手で魚を捕る思いつきが経験として生きるとは思わなかった。


「あー、今日はマジで良かったよなあ、あの女の子! いい子だよなあ」


「そうだな」


 夕陽を背に家路を歩く二人は、分かれ道に差し掛かる。


「じゃ、また明日な。また同じことやるからなー!」


「お、おう。まあ、頑張れよ」


 また、仕事が終わったら見守ってやろう。そう思うヴィンスであった。ふと、すれ違う人影。何気なく目をやると、その親子連れの子供の方は、昼間の女の子だった。


「ねーねー、お母さん! あの魚ね、背中から何かが生えてるお姉さんにもらったんだよ!?」


「それ本当なの!?」


 母親が妙な声を上げ、ヴィンスはつい振り返る。夕暮れの薄暗さ故、向こうは気付いていないようだ。


「あの人は悪魔の生まれ変わりだからあんな風な見た目なの。いい? あなたも悪いことするとああなっちゃうのよ」


「そーなのー?」


 ヴィンスは再び歩き始める。心臓はバクバクと早鐘を打っている。そうか。そうなのか。これが世間の認識か……。薄々わかっていることではあった。しかし、ああも明確に悪意が示されると……。


 ヴィンスは暗い気持ちになった。


 ※※※※※


「なあ、アルモリ、もうやめよう」


 次の日、アルモリが背中の触手でどさっと魚がいっぱいの樽を地面に置いた時のヴィンスのセリフである。


 アルモリは心底驚いた様子だった。


「なんでだよっ!せっかくみんな笑顔になってるのに! 今日もやるからなーっ!?」


 ヴィンスはそれ以上どう言えばいいのかわからなかった。まさか昨日の親子の会話を再現してやるわけにもいかない。そんな感じでズルズルとアルモリによる魚の無償提供は一週間も続いた。飽き性の彼女からすれば、記録的なことだった。


 この日も、ヴィンスが見守る中、アルモリは魚を配っていた。


 昼頃になって、ヴィンスは、沿岸方面の道からだれかがやってくるのが見えた。複数人いる。どいつも屈強な男たちだった。彼らは二人の前まで来ると、太い腕を組んでじっとアルモリを見据え、こう言った。


「なあ、お嬢ちゃん。困るんだなあ、こう言う真似されると……」


「な!? あんたらにはカンケ……」


「ごめんなさい!」


 ヴィンスは即座に頭を下げた。そう、考えてみれば当たり前の話だ。魚を売って生計を立てる彼らが、この慈善事業を許すはずもない。ヴィンスはやはりもっと強く止めるべきだったと後悔した。


 しかし、わからず屋のアルモリは引き下がらない。


「なんで、なんでだよっ、私はいいことしようとしてたんだよ!」


 ヴィンスはカッとなった。


「もっと考えて行動しろよ! 馬鹿!」


 漁師たちはその様子をじっと見て、


「なあ、とにかく、俺らとしてはこの魚をタダで配らせるわけにはいかん。持っていくぞ」


「あ! 待てよ!?」


 アルモリは触手を漁師の方へ伸ばした。慌ててヴィンスがアルモリを羽交い締めにする。


「何する気だ!」


「離せよ!? 兄貴!」


 漁師たちは突然の敵対行動に面食らったようだったが、すぐに気を取り直して、


「おい、その悪魔をもっとしつけとけ」


 とだけ吐き捨てて去っていった。


 二人はとぼとぼと貧民街を後にする。


「なーんでこうなるかなあ……」


 アルモリは不満顔だ。ヴィンスは苦い顔でこう諭す。


「なあ、お前がここで差別されてるのは、キツイけど事実だろ? だったらさ、もう少し賢く立ち回らなきゃ。できるだろ?」


 アルモリはヴィンスに強い視線を向けた。


「……あたしだって人に認められたいよ!」


 ヴィンスはため息をつく。


「なあ、どう見たって今回のは空回りだよ。もう少し、もう少しでいいから思慮深くなれよな?」


 アルモリはブスッとした。ヴィンスはまたため息。


 二人は挨拶を交わすことなく、別々の家路についた。


 ※※※※※


 日が暮れていく。


 貧民街を抜ける前に、アルモリはふと気付くことがあった。前の道からやってきたのは、昨日の女の子だ。


「あ、昨日の子じゃん。おーい……あ?」


 しかし様子がおかしい。泣きはらした顔に泥だらけの衣服でとぼとぼと歩いでくる。アルモリは駆け寄った。


「どうしたんだい?」


 女の子はアルモリを見上げると、涙を一筋流した。


「……あのね、おっきな男の人たちがね、この辺りで嫌がらせしてるの。魚を受け取った人たちをいじめて……私も……叩かれて……」


「なんってこった……」


 貧民街の人間たちは、あまりこの街の一大産業たる漁場や商船船着場の人間には好かれていない。しかし、購買力が少ないとはいえ、大事な顧客でもある。そういう関係が、漁師たちのこういう行動を生んだのか。一週間も大量に魚をタダで配られてどれくらい売り上げが減ったのか。


 何にせよ、彼女にはそういう複雑なことはわからなかった。とにかく怒りのままに行動するだけである。正義は我にある。そう思っていた。おそらく、奴らの居場所は、酒場だ。


 アルモリは沿岸の街区の酒場に殴り込んだ。


「オラ! どこにいる!?」


 ビンゴだった。例の漁師たちがいた。


「どうしたんだい? お嬢ちゃん。何かあったのか……」


 とぼけたことを言った一人の両氏の顔に、アルモリの触手が投げた椅子がヒットした。


 それからはもう、大乱闘であった。鍛えた体の大男十数人と、半人外のアルモリは互角だった。その結果、酒場はめちゃくちゃになり、自警団がやってきて、男たちを捕縛した。アルモリはなんとか逃げおおせたが……。


 事態はひどいことになった。


 ※※※※※


 夜が明けて、最初にヴィンスが気づいたことは、街に人々が気色ばんでいることだった。みな忙しなく動き、ヒソヒソと秘密の計画を話し合っている。


(どうしたんだろう)


 ヴィンスは訝しがりながらも、工房へ出勤した。そこで驚くべきことを聞くことになる。


(アルモリが凶暴化しただって!?)


 すぐにアルモリの家に行く。しかしそこには……無茶苦茶に打ち壊された瓦礫に山があった。密集地の家ゆえ、火が放たれなかっただけで、焼き討ちにあったようなものだった。


 彼はアルモリを探した。しかし、誰も彼も血走った目をした男たちがいるばかりで、妹同然の彼女の姿は見当たらなかった。


「どこへ……」


 ふと、ヴィンスの頭に、貧民街の光景が浮かんだ。あっちなら怒れる沿岸の街区の人間の手は回っていないかもしれない。向かって損はない。アルモリもそう考えただろうに違いなかった。


 三日間、仕事にも行かずに貧民街を探して、彼はようやく貧民街の裏路地にアルモリの姿を見つけた。すっかりおびえ切っていてローブで姿を隠していたが、ヴィンスの姿を見ると抱きついてきた。


「う、うわあ……兄貴、兄貴……!」


 アルモリのたった一人の肉親、母親は、襲撃で命を落としていた。


 ※※※※※


 二人はもう沿岸部の自宅に戻る事は危険と判断し、貧民街に居場所を求めた。アルモリはいつもの元気を発揮できるはずもなく、虚な表情で兄貴分のヴィンスにすがるように歩いた。


 貧民街の人間は、誰も彼も今のアルモリと変わらないくらい、不幸そのものという顔をしていた。


 ふと、二人はまた、見知った顔に出会った。


「あ! お姉さん、お兄さん!」


 あの女の子だった。


「どうしたの!? 元気なさそうだよ!?」


 子供だけは無邪気で純真なのだった。アルモリは女の子に笑いかけた。そう、この子のために彼女は……。


「ねーね、お姉さん! お姉さんって悪魔の生まれ変わりなんでしょう? 前世でいっぱい悪いことしたんだよね!?」


「………………………え?」


 ヴィンスもアルモリも絶句した。無邪気。純粋さ。それが今や無知と未熟の刃となってアルモリに突き刺さった。


「ねー! なんでー! なんで触手が背中から生えてるのー? なんでー?」


「は……ははは……」


「あ、アルモリ……っ!」


 時に、半人外にはトリガーが存在する。人間の姿から人外の姿へ、変身するためのトリガーが。


 アルモリの場合、それは絶望だった。


 ※※※※※


 アルモリが気がつくと、町は炎に包まれていた。


 体が重い。手を見る。しかし見知ったはずの細くて白い五本の指はそこにはない。


 触手だ。触手だった。太い、人間の胴体ほどもあるタコの触手だった。


「う、うわああああああああ」


 アルモリは叫び声を上げた。その声は炎に照らされた夜空に吸い込まれるだけで、生きているものは誰も聞いてはいなかった。


「ど、どうしたんだ、これは!? ヴィンス! ヴィンスの兄貴! どこだ!?」


 その時、雷鳴のような光が目の前で起こって、映像が頭の中に浮かんだ。


 だがそれがなにを意味するかまだわからない。


 腹。


 腹を見る。


 そこには大きな口があった。タコの口だ。そこになにかが引っかかっている。


「なに、これ……」


 それは腕だった。ちょうど、少年と少女の……。


 その瞬間、アルモリは脳裏に浮かんだ映像の意味を理解した。初めての変身で理性を失った彼女は、やってしまったのだ。


 愛するものを、その腹に……。


「うわああああああああああ」


 映像がどんどんフラッシュバックしてくる。そうだ、そうなのだ。自分は貧民街のたくさんの人をこの腹に……。


「ふふ、ふふ、ふふふふふふふ」


 もうそこに魚を配る優しいアルモリの心はなかった。彼女は人間の面影がわずかに残る頭部を沿岸の街区に向けた。


 血の滴る夜は、始まったばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ