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その名は清掃員

 ここは冒険者ギルド本部。この世で一番人の出入りが多い場所と言われている。

 一獲千金を夢見る冒険者、名を上げたい傭兵、安く済ませたい依頼人、ランクを自慢し合う荒くれ者、新たな出会いを探す新人、そんな新人にアドバイスをする飲んだくれ。今日も夢と希望とお金を求めて数多くの人が訪れている。


 もちろん来客だけではない。


 ギルド内にはモンスターや土地の情報がある本棚、依頼書が貼られた掲示板、軽食や飲み物を摂るためのカウンターやテーブルなどさまざまな施設があり、それぞれに担当の職員が就いている。当然ながら受付や事務員も多数おり、職員だけでもかなりの人数になる。



 そんなギルドに勤める一人の青年がいた。


 職員の制服に身を包み、仕事道具を手に静かな廊下を歩いている。


「あの、ラギリスさん」

「ん?」


 その青年に三人の女子職員が話しかけてきた。

 知っている相手ではない。新人が来る話は聞いてないので別の部署の人間だろう。


「ラギリスさん、よろしかったら……あたしたちと『お昼』ごいっしょしませんか?」

「すまないが……遠慮するよ……。これから『窓拭き』をしなくてはならないんだ」


 見る人が見れば羨ましがるであろう食事のお誘いだが、意外にも青年はこれをスルー。


 淡々とした口調で断り、それでは、と去っていく。


「「「…………」」」


 残されたのは誘った女子職員たち。と、


「やめとけ! やめとけ! あいつは付き合いが悪いんだ」


 今度は振られた女子職員たちに通りすがりの男性職員が話しかけてきた。


「『どこかに行こうぜ』って誘っても楽しいんだか楽しくないんだか……。

『ラギリス』二十三歳、独身。仕事はまじめでそつなくこなすが今ひとつ情熱のない男……。

なんかエリートっぽい気品ただよう顔と物腰をしているため女子職員には()()()()、ギルドからは掃除とか雑用ばかりさせられているんだぜ。

悪いやつじゃあないんだが、これといって特徴のない……影のうすい男さ」


 そう言われているのを知ってか知らずか、ラギリスは振り返ることなく歩いていった。



 表舞台も舞台裏も華やかな冒険者ギルドに勤めているといえどもラギリスはただの清掃員。人がいない場所を人がいないうちにキレイにするのが主な仕事だ。華やかさとは無縁どころかむしろ泥臭い汚れ仕事と言える。

 ギルド職員といえば世間の憧れの的だが、清掃員になりたい人はあまりいないだろう。そもそも表に出ることがほとんどないのでギルド内でも知らない人は多い。


 もっとも野心のないラギリスからすればこのくらいがちょうどいい。自分に合って楽でいいし、本部なだけあって給料もいい。待遇に全く不満がないと言うと嘘になるが、反抗するほどではない。


 そんなわけでラギリスが入社して五年経つが、ずっと変わらずこの仕事をしている。


「おーい、ラギリスー」


 窓拭きをあらかた終わらせたところで先ほどとは別の男性に話しかけられた。

 男の名はタール。ラギリスたち『清掃員チーム』のリーダーだ。今は別の場所で仕事をしているはずだが、わざわざ来たということは仕事の話だろう。


「ラギリス、仕事だ」

「この後物置の整理があるんですが」

「こっち優先で頼む」


 ラギリスの予想は当たった。

 実はこういう急に入ってくる仕事がラギリスにとっての数少ない不満だったりする。立場上仕方がないと割り切っているが。


「すぐに待機室に来な。詳しいことはそこで説明する」

「はい」


 ため息をついて掃除道具を片付ける。


 自分たちの出番なんて来ない方がいいのに、と思うラギリスだがその願いは叶いそうにない。


        ☆


 スラム街のあるボロ小屋に四人の男がいた。ギルド職員が一人、商人が一人、盗賊が二人。立場的には仲の良くない組み合わせだが、皆上機嫌で酒を片手に談笑している。


「いやー、まさかこんな簡単に儲かるなんてな」

「まったくだぜ。楽して飲む酒の味を知っちゃあ真面目に働くのがバカバカしいな」

「おいおい、俺は明日からもギルド職員として働かなきゃならねえんだが?」

「私も商人ですからねぇ。ま、この商売(・・)から足を洗う気はありませんが」


 この四人はグループで稼いでいた。

 ギルド職員のエダスが職場から冒険者の情報を盗み、商人のアイダがその中から騙されやすそうな標的を選んで不良品を高値で売りつける。そして盗賊のブラクとトラフがその冒険者を狙って不幸な事故(・・)を起こし、有り金や魔物の素材を奪う。

 ただ盗みを働くよりもそこそこの地位にいるギルド職員と裏に精通している商人がいる分やりやすく、四人で山分けしてもいい稼ぎになっていた。


 今日までは。


「しかし天下のギルド職員様がこんなあくどい商売してるなんて、バレたらお縄じゃ済まないだろうに」

「バレなきゃいいんだよバレなきゃ」

「じゃあダメですね」

「「「「!?」」」」


 突如聞こえてきたいるはずのない五人目の声に四人全員が振り向く。


「いやはや、報告通りの場所にいてよかった。人探しは苦手でして」


 そこには一人の青年が壁にもたれかかるように立っていた。


 何者だ、なんて聞くまでもない。その青年の服装がギルド職員の制服だからだ。

 つまりは四人の、特にエダスの所業がギルドにバレたということである。


 四人の反応は速かった。

 幸い相手は一人。金のにおいに敏感なスラム街に大勢のギルド職員や兵士が来れば多少は騒ぎになるはずだが、外は静かなところから応援もいないはず。


 四人がそれぞれの武器をとる。


 大人しく捕まる気などさらさらない。スラム街で殺人など数えてはキリがないし、彼らもためらいはない。不幸な人間が一人増えるだけだ。


 しかし。


「一人で出向くとは何のつもりか知らねえが――」


 覚悟しな。という言葉は出てこなかった。出す前に四人とも倒れていた。


「な、なんだ……!?」

「体に力が入らねえ……!」


 攻撃された?

 ――否。青年は一歩も動いていないし、四人は触れられてもいない。


 毒を盛られた?

 ――否。痛みもないし痺れもない。ただ力を奪うだけの毒なんて聞いたことがない。


 青年が何かをしたのは間違いないが、何をされたのか全くわからなかった。


「『僕ら』の誰かが出張ってきた時点であなたたちは有罪確定なんですよ。抵抗も弁解も許されません。まあ他のメンバーなら即刻死刑だったでしょうし、生きてるだけよかったですね」


 逃げようともがく四人など意に介さず、青年は通信用の魔道具を片手に告げる。


 相手は一人とはいえ武器も持てない起き上がれないでは勝ち目はない。腕に覚えのある男四人が華奢な青年一人に何もできずに制圧された。

 四人の反応は早かったが、敵わないと気づくのはあまりにも遅かった。


「な、何者なんだテメェは……!」


 絞り出すような声にその青年――ラギリスは答えた。




「清掃員です」




『冒険者ギルド本部 清掃員チーム』

 主に建物の掃除を担当している。



 ――不穏分子の掃除もまた、彼らの仕事である。

この主人公は爆破したり手を切り取ったりはしません

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