1 初めての遭遇?
第1話です。
いきなり気分壊しそうなキャラが出ます。
ご注意ください。
語り手: アルタイル
街灯に照らされた暗い路地を行く影が一つ。
バイト先からの帰路で、少し疲れた様子の少女が歩いていた。
彼女、綾野青空は中卒のフリーター。高校を1年でやめてわずか半年しか経っていないが、今の生活に馴染みつつあった。
平日は昼過ぎにバイト先へ向かい、貼り付けた笑顔で仕事をこなし、いつものアパートでゲームを楽しんで寝る。退屈といえば退屈だが、悪くない毎日だった。
なにせ密かに想いを寄せていた幼馴染が隣へ引っ越してきたり、そんな彼とゲームをしたり、ちょっと話し込んだり……
今日もまた、バイトで(主に精神が)疲れた自分を引きずり、いつもと同じ道を歩く。
ここで、彼女の運命を大きく狂わす事件が起こる。
ソラのシンプルなコートのそばを、暗い何かが通り抜けていった。
わずかな気配を感じ目を向けるも、そこにはボロボロのアスファルト以外は見えず。
だが自分以外通らないような時間、道にいる何かに、彼女は恐怖を覚える。
もしかしたらストーカーとかそういうのかも、と考え、自然と早足になるソラ。
そしてどれだけ歩いただろうか。ソラは知らない道にいた。
真っ暗な道をまばらな街灯が照らし、周りの建物は影にしか見えない。
(いつも通り来たはずなのに……)
言いようのない焦りを覚え、すぐにスマホを取り出し確認する。
(なんだ、すぐそばじゃん。)
どうやら近所をぐるぐると回っていたらしいと知り、マップを起動したまま歩む。
(……っ!?)
しかしすぐに異変が訪れた。
突然足が重くなり、バランスを崩して後ろに倒れた。
焦りながらも立ち上がろうとするが、手も足も動かない。
そしてソラが目にしたのは。
……自分を呑み込まんとする、真っ暗な地面だった。
「いっ!?」
言葉にならない悲鳴をあげ手足を引き抜こうとするも、地面は強力な粘着力で離さない。
尻も四肢も捕らえられ、身動き一つ取れないソラ。
そんな彼女の様子を楽しむように、地面はより強い力で彼女を引き込もうとする。
目に光るものを浮かべ叫ぼうとするも、地面の中から現れた触手に口を塞がれてしまう。
それを合図に、同じような真っ暗な触手が何本も飛び出してくる。
それらはソラに巻きつき、彼女をより深く押し込んでいく。
既に臍のあたりまで呑み込まれたソラは、いよいよ絶望にまで呑まれようとしていた。
ソラは幼い時から何度か視える経験をしたことがある。
それこそ犬のような影の塊、空飛ぶ金のトロンボーンもどき、老人を助けてるコウモリ翼のお姉さんだの、もうなんでもありだった。
当然周りは信じようとせず、いつしかそれらを気にしないようにしていたソラ。
どう見ても面倒ごとの予感しかしない異形たちを、自然と避けるようになっていた。
それがまさか、久しぶりにこんなところで再会するなんて。最悪のシチュエーションで。
世界に超常現象や超生物がいるのは知ってる。でもそれは、自分には関係ないものだと思っていた。
涙で顔が大変なことになりながらも、もう乾いた笑みしか出てこなかった。
覚悟を決め、そっと目を閉じる。
そのとき、視界が紅い光に染まった。
ソラを包んでいた触手の力が、僅かに緩む。
「……っ!」
少し遠くから響いた声が、彼女をを奮い立たせる。
この声は、そう。
密かに想っている幼馴染の声。
再び紅い閃光が走り、彼女を捕らえていた触手が吹き飛んだ。
影から体を引き抜き自由になった体で、彼の元へと全力で走る。
触手と水たまりのような影が追いかけるが、紅い光がそれを許さない。
疲れ切った体で、目前の人物に思わず抱きつく。
「そうか。怖かったよな、アヤノ。」
唯一、ソラのことをアヤノと親しげに呼び、どんな時でも味方でいてくれる、彼女の想いの向かう先。
紅く細い淵の眼鏡が、彼の整った容姿をより引き立てる。
二堂介治。
自分の目線よりも随分と上に、その顔が見えた。
途端に絶対的な安心感を感じ、目を閉じる。
「アヤノ、ちょっと危ないからその辺に……」
ソラの様子を見た彼は、僅かに頰を緩めた。
「……そのままじっとしてろよ。」
そう、今は戦闘中なのだ。
今までさりげなく紅い光線で抑えていた魔物に目を向ける。
《影の魔物》。それは《幻想の世界》深淵部に多く潜む、《無意味》のエネルギーをまとった《原初の影》の子たち。
話のわかる奴もいれば、ひたすら《意味》を得ようと足掻くものもいる。
今回のターゲットは後者だろう。だが、そんなことよりも。
「俺のアヤノに手ェ出したんだ。……楽に死ねると思うなよ?」
不敵な笑みを浮かべ、片手に一冊の開かれた本、もう一方の手を魔物に向けるカイジ。
整った顔は邪悪に歪み、憎たらしい魔物を今にも視線で射殺さんとしていた。
「ほーらよ、ちょっと遅めのクリスマスプレゼントだ。」
カイジの手のひらから放たれたのは、先ほどのものよりも強力な光線。
しかしそれを、魔物は地面に引っ込むことで回避した。
途端に不機嫌さが顔にでるカイジ。魔物は笑うかのように揺らめく。
「魔女舐めんな。」
殺気を込めた低い声とともに、本を持っていない方の手を上へ向け……振り下ろす。
それに合わせ空へと向かった光線が、魔物めがけて急降下してくる。
次の瞬間。
魔物は文字通り影も形も残さず消滅した。後に残る煙に向け中指を立てて一言。
「ザマァッ!!」
満面の笑みである。
幸い、というよりも軽い催眠術を使ったからなのだが、ソラはカイジの様子に気づかず眠っている。
表では容姿端麗、文武両道、学校では他人を寄せ付けない才能を見せる人気者の少年。
しかしその正体は、己の欲望に忠実な、自分の快楽のためならどんなものにも平気で手を出す大型ルーキー魔女(男)であり、これまでにも何度も罪を重ね、魔術で握りつぶしてきた。
彼が悪だというのはまぎれもない事実。しかし、彼が善ではないというのは違う。
カイジは自身の欲望のままに魔術を極め、様々な存在の影響から、自身の悪意に疑問を抱かなくなったただの魔女。
それは普段の彼の様子によく表れている。
そんなカイジは、今も自分に抱きつき眠っている唯一手に入れたい女に目を向け、困ったように微笑んだ。
今すぐ連れ帰って襲っちまえという自分の顔の悪魔を蹴飛ばし、ソラを王子様が姫にするように抱く。
ふと、腕の中の幼さの残る綺麗な顔が、幸せそうに見えた。
思わず頰を染めるカイジ。
「ああ、今すぐ俺のものにしたいよ、アヤノ……」
不敵な笑みを浮かべ、ボソッと呟く少年。
しかしその顔はすぐに引っ込み、かわりに不安に満ちた顔で喚く。
「お前に嫌われるわけにはいかない。でもお前が好きだ。でも俺のこと、そういう目で見ていないかもしれない。ああ、どうすんだ俺……」
要はヘタレである。全く困った両想いだ。
その日、あるアパートの一室で、情けない声がいつまでも響いていたとか……
凄まじい二面性を見せるカイジ。
あれでもいいやつなんです、ホント。