圧倒的強者
ナナさんの推薦状により、Aランク昇格への道がより確実なものになったその翌日、俺は推薦状を無駄にしない為にもクエストに取り組んでいた。
他のメンバーは残念ながら別の予定があるそうなので、今日は俺一人だ。眷属の筈のセレネにも振られた、正真正銘のボッチメンである。
「これで、クリア!」
探索依頼と平行して受けた幾つかの討伐依頼。対象モンスターを規定数倒したので、後は探索依頼のキーアイテムを探すだけだ。
一人だと火力が不足気味だが、ボスクラスのモンスターを相手にするのでもなければ割りとなんとかなるもんだね。まあ、昨日覚えたアーツがなかったらちょっと厳しかったろうけど。
ナナさんとの戦闘中に覚えたアーツは、戦闘に大いに役立ってくれた。
レイジングスロウは連続攻撃が可能なアーツだった。一投毎に消費MPが増えて行くものの、息をつかせぬ怒涛の連撃は強力だ。
俺は基本世界樹装備一式を着けているので、ある程度敵に接近されるまでこのアーツで攻撃を続けても、途中から近接武器での攻撃に切り替えれば戦闘が終了する頃にはMPが回復しきっている。これはかなり相性の良いアーツを覚えられたと言えるだろう。
欲を言えば天翔天駆と併用して、上空から一方的に攻撃できるようにしたい所だが、それをするにはMP消費が激しすぎて回復が追い付かない。なので空中戦ではこれからも暫くの間、サイクロントマホークが最大火力になるだろう。
さて、もう一つアーツを覚えていたが……こっちはちょっと微妙かな?
ラピッドスロウは発動までが極端に速い単発攻撃だ。貯めも、予備動作もなく一瞬で発動できる。その素早さ故にか、ダメージはかなり低い。このアーツ無しで物を投げた方がダメージが出るくらいに低い。
使うとしたら牽制とか攻撃の出頭を潰すみたいな使い方になるのかな? モンスターにはあまり効果が無いので、どっちかって言うと対人戦用のアーツになるだろう。
「お、みっけ」
探索クエストのキーアイテムも無事回収出来たので、後は街まで帰るだけなんだけど……良いペースでクエストをこなせていることだし、ちょっと奥まで進んでみるのもありか?
うん、そうだな。街に死に戻ったら今日のプレイは終了ってことで、限界まで奥のエリアに向けて突き進もう。
ぶっちゃけクエストをこなすだけの作業に飽きて来たので、所謂気分転換ってやつだ。運が良ければそれで戦神の武器(偽)強化に使えそうなアイテムも回収出来るだろうし、ナイスな判断だろ?
天翔天駆とマントの滑空の合わせ技で、やろうと思えば一瞬でとんでもない奥地まで進めるだろうが、今回は使わずに徒歩での移動にした。徒歩での移動にした理由としては、プレイヤースキルを高めたいからだ。
ナナさんには誉められたが、俺の戦い方はかなり雑だ。小細工頼りの戦闘は嫌いじゃないけれど、それだけだといずれ行き詰まるのは目に見えている。対戦神を見据えるのなら、今のうちから真っ当な戦い方も出来るようにしておいた方がいいだろう。
って事で! 道中のモブモンスター戦は投擲アーツの使用を禁止して接近戦のみで戦うぜ! 目指せ、剣で使えるまともなアーツの習得!
「ぬわっとォ!?」
「ヂヂュゥ……!」
出会ったモンスターと戦い続け、もうどれだけ奥に進んだろうか? たぶんそんなに奥には進めてない、だって投擲アーツを縛った俺の攻撃力低いんだもの!
「アーツ! アーツはよ! スラッシュとかの初期アーツでもいいからさあ!」
地味に上がり続けるモンスターの戦力。そろそろ辛くなってきたが、一向にアーツは習得出来ない。見たことのある剣のアーツの軌跡、それを模したなんちゃってアーツをこれでもかと繰り出しているのに、全く、全然、なんっーーーーーーーーーにも覚えない!
怒りの一撃を目の前のヒュージラットにシューッ! はいお疲れ、今のもダメでした!
「ぜぇ……ぜぇ……。はぁ、これもうバグなんじゃねぇの?」
でも投擲はアーツ覚える事出来たしなぁ。なんで剣だとダメなんだろ? いつの間にか剣技のスキルだって剣術に進化してるんだぜ?
「……!?」
なかなかアーツを覚えない現状をぼやきながら進んでいたら、異様な気配が前方から漂って来た。
咄嗟に藪の中へと身を隠し、息を潜めているとそれは現れた。
(ヒュージラット、か……?)
それは先ほど戦ったモンスターによく似たモンスターだった。しかしそれにしてはおかしな点がある。ヒュージラットはなかなか強いモンスターだが、このエリアに出現するモンスターの中では最弱の存在であり、他のモンスターから補食対象なのだ。必然、彼らは周囲を警戒するように行動する。だが今目の前に現れたこいつは、周囲を警戒する素振りもなく、圧倒的強者の気配を漂わせながら、のっそりとふてぶてしく歩き、まるで自身がこの森の王であるかのように振る舞っている。
モンスター
ビッグマウス Lv.999
「なっ!?」
「ヂュ……?」
ビッグマウスはゆっくりと周囲を見回すと、フンスと鼻息を一つたてると近くに落ちていた木の実を食べだした。ギリギリ気付かれなかったようだ。
あ、危ねぇ……つい癖で鑑定してしまったが、なんだあのレベル!? あんなのがこんな所を普通に歩いてるなんておかしいだろ!
くっ、幸いまだこちらには気付いていないし逃げるか……? けどあのレベルだ、一度見付かれば俺は簡単に倒されるだろう。なら、このまま隠れてやり過ごすべきか? 索敵能力が低いのか、はたまたレベルの差がありすぎて敵として認識されていないのかは分からないが、この距離で気付かれていないんだ。十分生き残れる確率は高いだろう。だけど……。
「……」
ゆっくりとメニュー画面を開く。クエストをこなしてから戦い続けたお陰で、そろそろログアウトした方がいい時間だ。ログアウトするのだから、負けてもデスペナは気にしなくていい。…………よし、やるか! ボス戦だから当然投擲も解禁するぜ!
「ラピッドスロウ!」
「ヂュオ!?」
油断しきったビッグマウスに煙玉が命中する。藪から勢いよく飛び出し、間髪いれずにレイジングスロウを発動。
道中でウォーキング・デッドの効果は使い切っている。あのレベル差だ、攻撃されれば避けられずに街に死に戻るだろうし、隙も何も関係無い。MPが尽きるか奴に殺されるまでレイジングスロウを続けるぜ!
「うぉぉぉおおおおおお!」
おかしいな、そろそろこっちのMPが尽きる頃なのに、煙幕の中から一向に反撃が来ない。それどころかいつの間にか威圧感も無くなったような……?
MPが尽き、レイジングスロウの硬直が発生するが、やはり攻撃が来ない。俺は不審に思いながらも幻影水晶の剣を構えて煙を見据え続ける。
「あれ……?」
煙が晴れると、そこには何もいなかった。まさか逃げたのか? なんで?
《戦闘に勝利した!》
なんで!?
ビッグマウス。
つまりそう言う事だ。




