謎の食材
ベビーモスを討伐した俺達は、冒険者ランクがCからBに昇格した。Aランクまではあと一歩だが、その一歩がまた長い。最低でもBランクの依頼を百件以上クリアしなければならないうえに、討伐系、納品系、探索系のクエストを各三十回クリアも必要となってくる。
各系統の依頼はCランク以上が条件なので難しくはないが、できることなら討伐系と納品系はBランク依頼百件の条件も満たしたいのでなるべくBランク依頼の中から受けたい。まあ、意識してそうしなくても、Bランク百件こなそうとすると自然とそうなるので気にしなくてもいい。
問題は探索系のクエストだろう。Dランクの物を一度だけ受けた事があるんだが、結構面倒くさかったんだよなぁ。
探索系のクエストは、基本的に指定されたエリアのマップ内を探索するクエストだ。そしてクリア条件は、一定時間以上のマップ内での行動、マップの踏破率六割以上、キーアイテムの入手である。中でも厄介なのがキーアイテムの入手で、正直キーアイテムを探しているだけで前二つの条件が自動的に達成されるくらいには面倒くさい。キーアイテムが自分の周囲十メートル以内に入れば光って教えてくれるのだが、運が悪いとその光にも気付けなくて、延々とマップを彷徨う事になってしまうのだ。その分報酬金額は高いんだけど、時間効率が悪いんだよね。
そんな面倒なクエストなので、実は探索系クエストのキーアイテムの方向を表示する課金アイテムも売ってたりする。
「いよいよとなったら買っちゃうか……」
「何買うの?」
今日はフィーネと二人で討伐クエストを受けまくっている。Bランクの依頼なだけあって、とても雑魚とは言えないようなモンスター達を相手取る必要があるのだが、ボスクラスのモンスターと比べると弱いので雑談する余裕もある。
「導きのコンパス」
「探索クエストの?」
「そうそれ。冒険者ランク上げるには探索クエストもやらなきゃだからな」
「ん。探索クエスト受ける時は呼んでね」
「お? それは助かるけど、フィーネはあんな面倒なのよくやる気になるな」
「探索クエスト中にしかエンカウントしないレアモンスターがいる。お肉が美味しいかもしれない」
「ぶれないなぁ」
「ん。料理はお願いね?」
「レアモンスターにエンカウントして、食材系のアイテムがドロップしたらな?」
おっ、ターゲットのモンスターめっけ。サイクロントマホーク三連打でフィニッシュ! あと何匹倒すんだっけ? 喋りながらだとカウントが適当で困るぜ。
「ライ」
「んー? お、また見っけ」
「お腹空いた」
「……十分くらい前にお弁当食べたでしょうに」
「実は空腹度が上昇するアーツを使ってた。だから何か作って」
「いつの間にそんなアーツを……。せめてクエスト終わらせてからにしない? 手持ちの食材も微妙だしさ」
「そんな事もあろうかと」
でん! とフィーネのストレージから取り出される食材の山。うん、なんとなく分かってたわ。
「これとかおすすめ」
「なんだそれ?」
何かの肉、だろうか? いや、キノコっぽくもあるな。あ、ひげが所々から生えてるし根菜? 鑑定無しだと得体の知れない謎の物体だな。本当に食材なのか……?
「これはクルャヌメメポス」
「くりゃ……え、なんて?」
「クルャヌメメポス。エルフの国の片田舎で作られてるチーズ。食スレのメンバーが集う食材交換会で手に入れた」
「チーズだったのそれ!?」
「ん。クルャヌメメポスは古いエルフの言葉で、意味は不可解な物なんだって」
「まあ、見た目が不可解だもんな」
「エルフ達も作り方をいまいち理解していないのに、何故かクルャヌメメポスは出来上がる」
「不可解過ぎる!」
ゲームだし、エイリアンだって食えるくらいなんだ、食べても問題ないんだろう。けどなー、やっぱり食べるには勇気いるよなぁこれ。
まあ、とりあえず食べるんだけどね。味分からないと、どんな料理に使えばいいか分からないし。ナイフでちょっと削って……。
「あむ、……んん?」
「あっ」
なんとも言えない不思議な食感だ。少なくとも、俺が今まで食べて来たチーズのどれとも違う。無理矢理言い表すならコニュコニュ……? とにかく脳がバグりそうな感じだ。
おっと、食感のインパクトにばかりかまけてもいられない。味と風味もきちんと確認して……の前に。
「あっ、て言ったよね? 今あって言ったよね!? これってそのまま食べちゃダメなやつだったのか!?」
「大丈夫、プレイヤーだからきっとセーフ」
「プレイヤーだから!? え、そのまま食べると死ぬのかよこれ」
「死にはしない。食べた人が三日くらい行方不明になって、代わりに家から人形をしたクルャヌメメポスが発見されるだけ」
「そんな怖い食べ物だったの!?」
「でも三日後にはちゃんと帰ってくるって言うし……」
「安心できる要素じゃないじゃん!」
三日後に帰って来たのは本当に本人なのか? クルャヌメメポスが擬態した姿だったりするんじゃないのか!?
「でも、もう食べちゃったし、しょうがないよね?」
「俺がクルャヌメメポスになっても忘れないでくれよな……」
「ん。美味しく食べて供養するね」
「こんな話知ってても食べるんだ……」
「火を通せば大丈夫なんだって」
「そっかぁ……」
まあ、俺はもう手遅れな訳だが。死刑執行の瞬間が訪れるのを待つ囚人のような気持ちで料理させてもらおう。
「それじゃこいつは確定として、他の食材は……お、いつぞやの竜骨スープじゃん。よく食べずに残しておけたな」
「……使うの?」
「ダメなら使わないよ。ブイヨンの代わりにでもしてチーズリゾットでも作ろうかと思ってさ」
「おお、オシャレだから使ってよし」
「それじゃちゃっちゃと作っちゃうな」
ここは安全エリアでもなんでもないフィールドなので、速度優先で作っていくぜ。スープに目をつけたのも時短の為だったりする。
ベーコン炒めーの、米炒めーの、スープ加えて炊きーのっと。炊いてる間にもう一品くらい何か作るか。うーん、ポテト消費したいしジャーマンポテトでいいか。ベーコンも余ってるしね。
「ジャーマンポテト完成! 後は炊き上がった米にバターとチーズと調味料を加えてっと……おお、お前は本当にチーズだったのかクルャヌメメポス!」
さっきまで意味不明な物体だったとは思えない良いとろけっぷりだぜ!
「ってあら? フィーネどこ行くんだよ? もうじき完成だぞ」
「ん。でもクルャヌメメポスの匂いにつられてモンスターが来る」
「え? うお、風下からめっちゃ来てるな!」
「完成まで集中して。それまでに倒してくる」
「あの数をか!? 料理なんかしてる場合じゃねーだろ!」
「ん。大丈夫、MPは温存しておいた」
それだけ言い残すと、フィーネはモンスターの群れへと駆けて行った。
「アクアウェイブ」
フィーネが槍の石突で地面を叩き、そこから水の波が発生する。威力はあまり期待できそうにないが、モンスター達の迫る速度が緩む。
「セット・サンダーエレメント、ボルテックランス」
突きと共に、雷で形成された巨大な槍が発射される。先頭を走るモンスターに直撃したその攻撃は、先ほどのアクアウェイブの水を伝い群れ全体へと伝播する。
フィーネは属性特化でも本職の魔法職でもないので、今の攻撃だけでモンスターを殲滅する事はできない。しかし水と雷によるコンボダメージと、それに伴う麻痺を受けたモンスターは、彼女の槍捌きの前に次々と倒されて行く。
俺がリゾットとジャーマンポテトを皿に盛り付ける頃には、既に殲滅を終え、ててててと小走りでこちらに戻ってくる所だった。
「ちょっと遅れた」
「いやいや、誤差だろこれくらい。よくあの数をこんな短時間で倒せたな」
「上級職になったから強い」
「へぇ、もう魔法槍士の上のジョブ取れたんだ」
「ん。上級魔法槍士」
「シンプルだなぁ」
「バランスはいい」
「だろうな。さて、そんじゃ冷めないうちに食べようぜ」
「ん。ライ」
「うん?」
「おかわりの処理よろしく」
「はいはい、作りますよ……処理?」
「ん」
フィーネが俺の後方を指差す。ばっと後ろを振り向くと、そこには案の定モンスターの群れが!
「がんばって?」
「や、やってやらぁ!」
「食べ終わったら手伝う。いただきます」
とにかく距離があるうちにサイクロントマホークで数を減らせ! 減らせなければ死ぬと思え!
「サイクロントマホーク、サイクロントマホーク、サイクロントマホーク! くっ、思ったより効きが悪いな」
なんでだ? ってHP全快じゃないですかやだー!? 削れてた分のHPが料理してる間にリジェネで回復されてるとは、ナイスジョークだぜ兄弟!
「群れに突っ込んでHP調整せねば……」ポロッ
ポロッ……? え、今のなんの音?
「……? ッ!?!?!?」
あ、足が……俺の足がッ! クルャヌメメポスになって取れてやがるぅ!?
「フィーネの話マジだったのか! ギャーッ今度は腕が!」
悪神の技よりも強力な呪いじゃねーか! なんなんだよクルャヌメメポスって!
「ガオー」
「わっ、バカお前達! こんな物食べるんじゃない! お前達までクルャヌメメポスになっちまうぞ!? やめ、止めろー!」
ちくしょう、俺にはこいつらを止められない! 頼みの綱はフィーネだけだ。どうかこいつらをきちんとモンスターとして葬ってくれ。よく分からない謎の食材なんかになってしまう前に!
「あむあむ……デリシャス」
なんで今日に限ってゆっくり味わって食べてるのさ!? あっ――。
クルャヌメメポスの前にはウォーキング・デッドも無意味だったようで、俺はそのまま死に戻った。
死に戻った事は確かなのだが、何故かデスペナはつかなかった。もしかしたら、フィーネの話にあったエルフの青年のように、行方不明という扱いなのかもしれない。この世界から消失するから、死亡判定にはなるけれど、生きてるからデスペナはつかない的な。ふぅ、自分で言ってて意味分からんぜ。
クルャヌメメポス、たぶん俺は、もう二度とお前を食べる事は無いだろう。
おまけ
・良いクルャヌメメポスの見分け方
その一、皺を見極めろ!
クルャヌメメポスは、含まれる水分によって、表面に出来る皺の数が変化します。多過ぎると溶け難くなり、少な過ぎると水っぽくなると言われています。全く逆の事を言う人もいます。
その二、根っこを見極めろ!
クルャヌメメポスは、根っこが少なく、長い物程高品質とされます。チーズなのに何故根っこが生えているのかは謎です。おそらくカビの一種だとされていますが、根っこも熱せば溶けるし味は同じなので、カビではないのかもしれません。
その三、色を見極めろ!
クルャヌメメポスは様々な色で出来上がります。暖色に近い程旨味が強いとされていますが、青色をした物がとても美味しかったとの証言もあります。現在234種もの色が確認されていますが、変色のメカニズムは謎です。




